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エピローグ

 ベルベルントに残った戦火の爪痕は深い。
 俺――タンジェリン・タンゴ――たちのパーティの中での一番の重傷者は右腕が折れた黒曜だった。俺もズタボロにはなっていたが、致命傷は一つもない。それどころかオーガ化したときに傷が癒えたようだ。結果だけ見れば、限りなく最低限の負傷だと言えるだろう。それはともかく、あの野郎、黙っているのでしばらく気付かなかった。よく見たら右腕を使わないのでそれと知れて、問答無用でパーシィの前に引き摺っていった。治療を受ければ、ずいぶん綺麗に折れていたらしい腕はほどなく治り、俺たちはそれで、元通りになった。
 だが、この戦いにおいて、冒険者生命を絶たれるような大怪我をした冒険者も少なくない。市民にも、冒険者にも、犠牲は出た。
 サナギはそれに対して、自分が責任を負うべきだろうと言った。そうだろうか。あまり深刻に考えるな、と言うと、
「右腕が潰れた冒険者に、義手を贈ろうと思うんだ。ビームとか出せたらかっこよくない?」
 あんまり懲りてはいない様子だった。
 パーシィは、あの戦いのあとのモテようが本当にすごかった。街を歩けば黄色い悲鳴が上がり、山ほどのプレゼントを抱えて戻ってきて、星数えの夜会には出待ちの女がいる始末。さすがに本人も苦笑いしていたが、ほとぼりが冷めるのには時間がかかりそうだ。
 アノニムは、何も変わらないように見えて、実は一番変わったのかもしれない。ある日、夜会に赤ん坊を抱えて戻ってきたので俺はひっくり返った。聞けば幼馴染みの忘れ形見らしく、いつもは花通りで面倒をみているのだとか。このときはたまたま花通りが忙しいので預かってきただけらしい。俺はものすごく安心した。てめぇの子かと思ったぞ。
 数日して、見た顔のガキが二人、まだボロボロの星数えの夜会を訪ねてきた。俺がサナギに頼まれてミゼリカ教会に送り届けたあの双子だ。俺とサナギに礼を言ったあと二人が緑玉を探すので、呼んできてやれば、緑玉は何とも言えない苦い顔をするのだった。双子は緑玉にも礼を言ったが「礼を言われる覚え、ないんだけど」と素っ気ない。それでも双子が緑玉を見つめれば、緑玉は複雑そうな表情で、それでも確かに口端を僅かに上げた。緑玉が笑うのを初めて見た。こいつ笑顔下手だな。

 俺は、というと。
 あのあとヒトの姿に戻り、服を拝借してすぐ、ラヒズの落下地点に様子を見に行った。
 時計塔の下は粉々になった文字盤の欠片でいっぱいで、その中に青い血溜まりがある。一匹の蛇が死んでいて、それがラヒズだと、知れた。
 俺の見ている前で、それもどろどろに溶けて、そして消えていった。
 思えば、サナギの研究に始まった<天界墜とし>は、170年の因果の果てにここに来た。その鎖は途中で俺のルーツを巻き込み、散々引きずり回したあと、今ここでようやく、ほどけたのだった。

 ベルベルントの復興は、少しずつ、でも確実に進んでいく。
 人々の営みは、また元通りに戻っていく。やがて癒える傷と同じく。聖ミゼリカ教の癒しの奇跡のように、瞬く間に、とはいかないけれど。
 人々が支え合い励まし合い、見る間に家も、人も、物も、元に戻っていくさまは、まるで奇跡だった。いや、きっとそうなのだろう。誰しも使える奇跡があるのだろう。

 そしてじきに、俺たちは日常へと戻っていく。

 白昼のまどろみの中で、人々は、俺たちも、何もない日々を<退屈>と呼んでいる。
 あの戦火の中では眠っていたそれが、平和と名を変え、ようやく目覚めたのだろう、と思った。
 けれども俺たちは冒険者。次の冒険に出かけるそのときに、<退屈>は寝かしつけて置いていく。
 おやすみ、<退屈>。そう声をかけて。

 俺はタンジェリン・タンゴ。ペケニヨ村でヒトに愛され育った、オーガの子。ベルベルントにある『星数えの夜会』で、リーダーの黒曜、戦士役のアノニム、聖職者のパーシィ、遊撃手の緑玉、参謀のサナギとパーティを組む冒険者。
 担当役職は盗賊役で、今も昔も向いてない。それでも俺はこの街で、このパーティで、これから先もずっと、盗賊役をやっていく。

【エピローグ 了】
【おやすみヴェルヴェルント 完】

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