カンテラテンカ

モントランの蒐集家 5

 モントランの聖ミゼリカ教会で、結婚式が始まる。とはいえ、タンジェがフロイナに言い放った言葉に嘘偽りはなく、これはとんだ茶番だ。
 それでもタンジェはごく真面目に、領主から貸し出された正装に身を包んで、結婚式の招待客の一人として教会のチャーチベンチに座っている。獣人の黒曜、緑玉、アノニムだが、モントランではそこまで気にされるほどの特徴ではないらしく、獣耳などは出したまま参列していた。見慣れぬタンジェたちが、教会の最後列とはいえ領主の娘の結婚式に参列している様子は、町人たちにとっては奇妙であろう。ただ、不思議そうな顔を向ける町人こそ散見されたものの、そこを突き悪態をつくような人の悪い者はいないらしかった。
 タンジェは聖ミゼリカ教会の、いわゆる教会式の結婚式に参加するのは初めてだ。故郷ペケニヨ村に教会はなく、結婚式は集会所で行われるのが常だったし、そもそも小さな村で村民の数が少なく、結婚式そのものの回数が多くない。サナギは「別に周囲に合わせておけば大丈夫だよ」と気軽な調子だったし、緊張するたちではないが、偽装結婚式なのだからボロが出る可能性はないに越したことはない。タンジェは周囲のことを、彼なりによく観察しつつ、結婚式の進行を待った。
 神父が結婚式の開式の宣言をする。それから間もなく、新郎――パーシィが入場するのを、参列者が拍手で出迎えた。タンジェも合わせて拍手する。
 パーシィは祭壇の前で立ち止まる。実に堂々としたいでたちだ。あいつにも緊張の概念はないのかもしれない、とタンジェは思う。タキシード姿のパーシィは、普段は上げている前髪を下ろし、七三に分けて流していて、ちょっと雰囲気が違った。顔の刺青は化粧か何かで隠しているらしい。――目立つからな。
 それから、
「新婦の入場です。参列者はご起立ください」
 という声に伴い、一同は立ち上がる。
 オルガンの音とともにバージンロードを領主とともに歩いてくる、ヴェールに顔の隠されたフロイナ。フロイナは新郎の横まで進み、領主からフロイナの手を託されたパーシィは、それを受け取った。そしてともに祭壇の前へと進む。
 それから一同は促され着席し、神父は聖書から一節、何がしかの説法をした。タンジェにはまるで意味も分からず退屈な時間だったが、ほどなく終わる。
「エスクスさん、フロイナさん」
 神父は新郎新婦に語りかけた。エスクスというのは、本来フロイナと結婚するはずだった旅人の名だ。町人への結婚式の報せにすでにその名を使っていたので、今回、パーシィはそいつのふりをする。
「お二人は神の前で結婚の意志を、聖なるしるしによって固めていただくためにおいでになりました。お二人の愛は神の祝福で深められ、神はお二人に結婚の秘跡によって恵みを与えてくださいます。……」
 それから、誓約に入る。
「エスクスさん、フロイナさん。お二人は自らすすみ、この結婚を望んでいますか」
「はい」
 と、パーシィは済ました顔で大嘘をついた。
「はい」
 フロイナも呟く。
「互いに愛し合い、尊敬し合い、愛と忠実をもって、結婚の誓約を守り抜く決意をもっていますか」
「はい」
「エスクスさん、フロイナさん、あなたは順境にあっても逆境にあっても、病めるときも健やかなるときも、生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか」
「はい、誓います」
 つつがなく嘘をつき終えて、神父は新郎新婦を向かい合わせ、
「それでは教会を代表し、わたくしがお二人の結婚が成立したことを宣言いたします。お二人が交わした誓約を、神ご自身が固めてくださり、祝福で満たしてくださいますように。神が結ばれたものを、人が分けることはできません」
 そして、
「それではヴェールを上げて、誓いの口づけを」
 そこまでやるのか? タンジェが思うのと同時に小さな舌打ちが聞こえてきたので、視線だけそちらに向けた。結婚式だというのに腕を組んでチャーチベンチに不遜に寄りかかる、不機嫌な様子のアノニムであった。こんな茶番に付き合わされて、苛立つ気持ちも分からないではないので、タンジェは視線を新郎新婦に戻した。
 パーシィはフロイナのヴェールを上げ、しばしフロイナと見つめ合った。そして、

「――<ホーリーライト>ッ!」

 突如、聖なる力の発露を新婦に向けた。
「!」
「うわ!」
 迸る閃光に目の眩んだ参列者たちがざわつく。タンジェたちは即座に異常を察知し立ち上がり、バージンロードを駆け抜けパーシィに駆け寄った。
「どうしたッ!」
「――妖魔だ!」
 パーシィは鋭く応答した。光が収まれば、至近距離で聖なる光を浴びたフロイナが蹲っている。
「何をおっしゃるのかしら……」
 フロイナは俯いたまま呟いた。
「わたくしを、妖魔だとおっしゃったの?」
「間違いなく今、その気配がした。殺気にも近い。ただの旅人だと侮ったな」
「――」
 ざわめきが広がる教会内。
「せっかくの結婚式なのに。こう台無しにされては、困ったものだわ……」
 フロイナはあくまで被害者ぶるつもりだ。だが、俯いたまま隠された顔を上げようとはしない。
 タンジェはパーシィに尋ねた。
「悪魔か?」
「いや。そんな上等なものじゃない。三下とまでは言わないが、一般的な妖魔だろう」
「――言ってくれるわねえ!」
 パーシィに挑発の意図があったかは知らない。だが結果として激昂したフロイナは顔を上げパーシィを睨みつけた。青かったはずの瞳が赤く染まり、異様な様子だ。彼女を中心に突如として風が吹き荒れた。雪が混ざるほど冷たい風。
「参列者の方々は逃げて! 領主様、先導お願いできますかッ!」
 サナギが鋭く叫ぶのに、思いのほか動揺していない領主が「あ、ああ!」とすぐに行動を開始した。こちらも比較的冷静な神父と共に、怯え、逃げ惑う参列者たちを必死にまとめ、外へと誘導していく。
「何者だ!?」
「モントランの背負う大雪山、ゴーセ山の雪女。名前を言うならグラクシアよ」
 長い髪が風に靡き、巻き上げられ、逆立つようだ。

<< >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /