モントランの蒐集家 8
モントランから発つ頃になっても、まだフロイナは目覚めてもいなかったが、会う必要性は薄いだろう。一同は午後の早い時間の馬車に合わせて出発することにした。
馬車の停留所に向かう途中で、サナギはしっかり『テイクファイブ』でメープルティーの茶葉を買った。馬車を待つ一同のもとに、息を切らせたミスティが走ってきて、
「みなさーん!」
「あれ、ミスティ。どうしたの?」
肩で息をしていたミスティは、応じたサナギに小さな紙袋を差し出した。
「これは、私からのお詫びとお礼です」
「お詫び?」
「私が皆さんを巻き込んだので……」
ミスティは俯き、やがてそのまま頭を下げ、
「申し訳ありませんでした」
「いいんだよ、顔を上げて」
と、一行を代表してサナギが言った。
「メープルティー、とても美味しかったよ。帰って淹れるのが楽しみ」
顔を上げたミスティはくしゃと少しだけ顔を歪め、一瞬泣きそうな顔をしたが、
「お嬢様を助けてくださって……ありがとうございました!」
それを隠すようにまた大きく頭を下げた。
馬の蹄の音がする。
★・・・・
「ミスティからの袋、中身は何だったんだい?」
「どれ……あ、これ、スパイスだ。最初にミスティがお使いでベルベルントで買ったやつの一部かな」
紙袋の中身を検めたサナギが言うのに、
「ベルベルントだと価値が下がるんだろ?」
と、身も蓋もないことを返すパーシィ。サナギは、
「それでも高価なものに違いはないよ。少なくとも夜会にはストックがない。親父さんたちにあげようか。料理のレパートリーが増えるかもしれないよ」
「それはいいな!」
タンジェは、てめぇは料理の味なんか分からねえだろ、と言ってやろうかと思ったが、やめた。わざわざ言葉にすることでもないだろう。
「おい」
と身を乗り出したアノニムが不意に言った。
「パーシィ。二度と誰かとケッコンなんて考えんな」
ああ、とパーシィはすぐに応じた。
「今回ですっかり懲りたよ。確かに結婚なんてろくなもんじゃないな」
苦笑いするパーシィの顔をしばらく見ていたアノニムは、やがて一つ頷いた。
「それでいい」
そんな会話を聞きながら、タンジェはぼんやりとなんだそりゃ、と思っていたが、
「ヤキモチでは?」
とサナギが言ったのには、さすがに彼に視線を移した。
「はあ?」
「はあ?」
「はあ?」
タンジェだけでなく、パーシィと緑玉までが同じような反応をしたのが可笑しかったらしく、サナギはけらけらと笑った。
「アノニムだってそういう感情があってもおかしくないと思うよ」
「そうなのか?」
パーシィが尋ねたが、アノニムの反応はといえば、
「うるせえ、知るか」
だった。
――あのアノニムがヤキモチだぁ? ……パーシィに?
――戦闘中に、俺に囮を頼み込んできたのだって奇跡みてえなもんだ。
――まあ……そういうこともあるのかもしれねえな。
思いつつ、乗合馬車の窓から外を眺めながら、タンジェは無言を通した。10月の大雪山が遠ざかっていく。
【モントランの蒐集家 了】