カーテンコール 8
ペケニヨ村がオーガに襲撃されたとき、マンダは大怪我を負って意識もなかったが、かろうじて生きていた。生き残っていたのはタンジェとマンダだけだ。だがマンダが死ぬのは時間の問題であった。
タンジェはすぐにマンダを抱えて下山を試みた。エスパルタまで行けば医者か、聖ミゼリカ教徒がいる。だが、タンジェも無傷ではない。マンダを抱えて下山をするのは無理があった。
そこでタンジェは、プロポント山中腹、ペケニヨ村からエスパルタまでの間にあるヘブラ村に寄った。少しでも兄を救える可能性を探して。
幸いなことに、ヘブラ村にはたまたま聖ミゼリカ教の巡礼者たちが宿泊していた。彼らに応急手当を任せると快諾し、癒しの奇跡はマンダの傷を塞いだ。
「それでも全快はしなかった。兄貴の意識は戻らなかったし……これ以上の治療は、この場では無理だとも言われた。だが、その巡礼者たちは、次の目的地がヴァルチアだっつったんだ」
ヴァルチア。聖ミゼリカ教の総本山である。そこまで行けば、マンダは全快するだろう。タンジェはかろうじて謝礼を払い、巡礼者たちにマンダを連れてってもらうことにし、単身で山を下りた。それからエスパルタからベルベルントへ向かったのである。
「酷い話だと思いませんか!」
とマンダは黒曜に熱弁した。
「それ以降、ヴァルチアで目覚めた僕のもとに、会いに来ないどころか手紙の一つも寄越さないなんて!」
「しょうがねえだろ。俺はてめぇをいないもんだと思うことにしたんだ」
「それこそ酷い話だな! なんでさ!?」
「それは……」
復讐に関わらせる気がなかったからだ。
マンダはタンジェと違い、というより、両親やペケニヨ村全体の雰囲気に違わず、気性は穏やかで心優しくのんびりしていて、間違っても復讐なんてものには縁のない男だった。タンジェがそうあってくれと思っていた。そして彼の存在は、自分の甘えと隙になるだろうとも思った。だからタンジェは、兄の今後の人生は放っておくことに決めたのだ。ヴァルチアに行ったあとの兄のことも、どこでどうやって暮らしてるかも知ろうとしなかった。
口ごもったタンジェのことを不服そうに眺めていたマンダだったが、
「まあ、でも、いいよ。こうしてまた会えた」
と、タンジェのよく知る穏やかな微笑みを浮かべた。
「今はどこで何をやってるの? エスパルタにはいないようだということは何となく分かっていたけど……」
「……ベルベルントで冒険者をやってる」
「ベルベルント? 冒険者!?」
マンダは驚き、
「あ、じゃあ黒曜さんは冒険者仲間だということ?」
「話が早えな。ベルベルントにはあと4人、パーティメンバーがいる」
昔からマンダは実に聡明だ。そうなんだ、と少しだけはしゃいだような様子で、
「帰りにエスパルタに一度寄るよね? 荷物を整える時間をくれる? 僕もベルベルントに行く!」
「はあ!?」
穏やかなせいであまり目立たないのだが、マンダはこうと言い出したら聞かないところがあって、タンジェは彼のことを頑固だと思っている。となれば、タンジェと黒曜が黙ってベルベルントを発ったとて、マンダは意地でもベルベルントに来るだろう。ヴァルチア、そしてエスパルタで過ごした期間があるとはいえ、彼がベルベルントのような大都会に一人で来て無事でいられるとは思えない。だったら一緒に行き、星数えの夜会で過ごさせたほうがまだましだ。
「……仕方ねえな……いいか? 黒曜」
「ああ。家族なら、一緒にいろ」
タンジェは目を瞬いて黒曜を見た。黒曜はごく涼しい顔をしている。だが、そうだな、とタンジェは思った。そうするべきなのかもしれない。
「ありがとうございます!」
顔を輝かせるマンダ。なんでかタンジェは眩しく思い、目を細めた。
★・・・・
そうだ、とタンジェは言った。
「親父とおふくろの墓はどれだ?」
「ああ、こちらだよ」
と、マンダが指し示した墓に、ナイフで両親の名が刻まれている。見れば、墓すべてに村人の名前があった。誰一人欠けることなく。
律儀な兄らしい、と、タンジェは思った。
タンジェは両親の墓の前に屈み、目を閉じた。たった数秒。思ったことは、シンプルに「ありがとう」だった。
あの日記を見て分かったのだ。自分がいかに両親に愛されていたのかということが。
タンジェは目を開け立ち上がり、爽やかな秋晴れの下、黒曜とマンダのほうへ向かって身を翻した。
出会い、真実、再会。
かつて復讐のためなら投げ捨てるつもりだった命だって、ここまで持ってこれたから、黒曜との出会いを思い返し、バレンから聞かされるすべてを知って、兄マンダとの再会もできた。マンダとの再会は、別に望んじゃいなかったが……兄の元気そうな顔を見れたのは、よしとしよう。
――ラヒズとの因縁に決着がついたことが、こうしてまた意味を持ってタンジェの物語にピリオドを打とうとする。
だからこれは、拍手も喝采もないけれど、ある一幕のカーテンコールだった。
復讐すべき相手がいないこと。それがまるで、タンジェの物語の終幕であるかのように。
けれど、終わりになんかさせるかよ、と思う。復讐なんか目的にしなくたって、愛する人と歩む日々はある。
何度だって、タンジェの物語の幕は上がる。
カーテンコールなんざまっぴらだ!
【カーテンコール 了】