カンテラテンカ

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ニセパーシエル騒動 8

 天使パーシエルが消えたことは、まだソレルの町では知られていない様子だった。これから結婚式の準備を進めるにつれ、行方をくらましたことが知れて、大騒ぎになるだろう。そのパニックに付き合う義理はない。俺たちは知らん顔のまま予定通り昼の馬車に乗った。
 しばらく結婚詐欺師パーシエルの噂は流れるかもしれない。だが、その悪評はもはや天界から堕ちたパーシィを飢えさせうるものではなかった。
「タンジェにお礼を言わなくちゃいけないな」
 馬車の中でパーシィがぽつりと呟く。面倒に思い、「いらねえよ」と言ったが、無視してパーシィは俺に頭を下げた。
「ありがとう」
 この調査は――アルフとの邂逅は、パーシィにとってどんな意味があったのだろうか。言ってしまえば罪を糾弾され、二度と許しが得られないと知れただけの出来事だ。
 だがパーシィにナイフは突き立てられなかった。
 パーシィはアルフの感情をどう受け止めたのだろう? 知りたくないわけではなかったが、聞くのはやめた。パーシィが自ら語らないのなら、俺に礼を言った、それがすべてだ。

 俺は復讐に対して肯定も否定もしたくはない。善いとか悪いとかで判断したくも、されたくもない。
 加害者を許せ、とも言わない。俺はオーガ共を許せたわけじゃないし、アルフだってパーシィを許すことはないはずだ。

 ただ、すべての罪人がその罪に向き合うばかりじゃない。性根の腐った極悪人も、逃げ続ける臆病者もいるだろう。
 その中で、いろいろな感情や出来事にもみくちゃにされながら必死に前に進もうとするやつらくらい、互いに、法に、あるいは神に許されなくても、少しでも救われはしないかと、俺は思うのだ。

【ニセパーシエル騒動 了】
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ニセパーシエル騒動 7

「悔しいよな」
 気付けば、声になっていた。
「自分はなんで殺せねえのか、覚悟はあるつもりなのに……罪は相手にあるはずなのによ……」
 アルフは俺を見た。アルフはほとんど泣きそうになっていた。俺はパーシィに、ナイフを放すように声をかけた。
「……」
 パーシィはまっすぐにアルフを見ていたが、俺のほうを見ているアルフとは視線が合わない。やがて目を伏せて、ナイフをゆっくりと手放した。
 自由になったナイフを持ったまま、アルフは二、三歩、よろけるように後退した。
「なんで刺せないんだ……! 僕の覚悟は、そんなに生半可なものだったのか……!?」
「そうだ」
 俺は頷いた。
「俺だってそうだ。空想上の相手を何回殺せたって、目の前にしたら殺せねえんだ。俺たちの相手を殺す覚悟なんてそんなもんなんだ」
「……」
「だが、てめぇには救いがある。パーシィはすでに罰を受けてるってことだ。てめぇが我が身を犠牲に、なんて殊勝な気持ちでいなくても、とっくにこいつは……たぶん、後悔をしてる。こいつに後悔を気付かせた誰かがいて、その誰かはこいつが復讐されることは望んじゃいねえ」
 続けた。
「そんなことでてめぇの婚約者が戻るわけじゃねえ。だから復讐をやめろと言うつもりもねえ。だが……パーシエルなんて天使はもうどこにもいねえし、てめぇは復讐には向いてねえよ」
 俺の与えた言葉は、生ぬるくて偽善的で、でもたぶん、誰かが言ってやらなくちゃならない言葉だった。
 俺にはパーシィを許してやることはできない。だが俺たちは、パーシィに下されようとしている私刑を止めることくらいはしてもいいはずだった。仲間だから。だとすれば、復讐に身をやつした"人間"の、対等な相手は、俺だと思った。
「お前は……」
 黙ったままだったアルフが、ぽつりと言った。
「お前は、何なんだ? 急に場を仕切って、……分かったような顔をして……」
「てめぇと同じ根性なしさ。復讐を志して冒険者になったが、……俺も、斧を振り下ろせなかった」
 アルフは俺を見た。アルフの顔が歪んでいき、
「怖いさ……ああ怖いさ!! 人を殺すのが怖くて、パーシエルの名誉を傷付けようと思ったときも、だから人を殺そうなんて思えなかった!!」
「ああ」
「なのにこいつは、こいつは平気でゼータを、僕の婚約者を殺させて、食ったんだ!! こいつは人を殺すのなんて何とも思ってない、卑怯じゃないか……! そんなの、ずるいじゃないか!! 一方的すぎるじゃないか!!」
「ああ」
「じゃあ僕の気持ちはどうすればいいんだよ!!」
 アルフは崩れ落ちた。泣いていた。
「そんなことはてめぇが決めるんだよ!」
 俺は叫ぶように言った。アルフは喚き散らす。
「分かんないよ! だって僕は、復讐がしたかった!」
「……」
「どうすればいいんだよ、どこにこの気持ちを置けばいいんだよ!」
 俺はその答えを知っている。
 逡巡した。
 だが、ここまできたら言わなきゃいけないだろう。覚悟を決める。
「愛だよ!!」
 俺のデカい声が山に響き渡った。音量を間違えたな。
「……へ?」
 俺は咳払いをした。たぶん、全身真っ赤になっていると思う。
「て、てめぇは言ったよな。婚約者とは別の女で……村に恋人がいると。お前はその女が急にいなくなるのが怖くて先に村から出たと言ってたが……好きだったことに間違いはねえんだろ」
 アルフは困惑したまま、視線だけで俺の言葉を肯定した。
「なら、村に戻れよ。お前は詐欺師だしろくでもない野郎だが、誰も殺しちゃいねえ。まだ胸張って生きていける」
「……」
 アルフは呆然と俺のことを見上げていた。俺はたぶん、自信満々で見つめ返してやらなきゃいけなかったが、恥ずかしさのあまり視線を逸らした。
「……でも、彼女の前から急に消えた僕を、彼女はまだ……愛しているだろうか……?」
「知らねえよ! そんなことに責任を持つ気もねえ」
 本音ついでに、視線を逸らしたまま思ったことを言った。
「だがその女にとっては、てめぇは急に消えたんだ。それはてめぇが味わったのと同じだろ」
「……!!」
 アルフが息を呑む。
「だったら、相手の気持ちが逸れることくらい覚悟しろってんだ」
 俺からすりゃ、余計なことを考えて、失うことを恐れて逃げ出したこいつが悪いんだ。……いや、そもそもはこいつの最初の恋人を食ったパーシィが悪いんだろうが……。それでも新しく惚れた相手ができたのなら、アルフはそいつのために全力になりゃよかった。
 復讐心を愛で上書きできる、とか、そんなことを言うつもりはない。俺だってまだ自分の復讐に整理も決着も付いちゃいない。ただ、復讐にかける情熱を、こいつは、俺も、きっともっと前向きな何かに変えていける。そうしてくれるだけの誰かが隣にいるのなら。
「……村に……」
 アルフは言った。
「戻るよ……。ベティが……待っててくれてるかもしれないから……」
 アルフはパーシィの血で汚れたナイフをそっと折りたたんだ。それを懐に入れ直し、ゆっくりと立ち上がる。アルフがパーシィに視線すら寄越すことは、もう二度となかった。
 パーシィは黙ってアルフを見つめていた。背中が見えなくなるまで、長いこと、見送っていた。

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ニセパーシエル騒動 6

 ナイフがパーシィに辿り着く前に、アルフの腕はアノニムの片手で抑えつけられていた。アノニムからすればあんな突進など止まって見えただろう。
「アノニム、彼の怒りは正当だ」
 パーシィが言った。
「刺されてやろうと思う」
 アルフの顔がみるみる真っ赤になった。
「お前は傲慢なんだよ!! 今も昔も……!! 『刺されてやろうと思う』!? ふざけるな!! 馬鹿にするなあっ!!」
 アルフはアノニムの拘束から逃れようと暴れたが、一般人がアノニムに万に一つも敵うわけがない。
 アノニムは片手でアルフを組み伏せて地面に叩きつける。それから倒れたアルフに馬乗りになり、その首に手をかけた。
「アノニム!!」
 パーシィが名を呼ぶが、アノニムは無視した。アルフが震えた声で叫ぶ。
「ぼ、僕を殺すのか? パーシエルの仲間も所詮は邪悪だ!! 最低だ!! クズ共め!!」
「大事なもののために武器を取る。てめぇにその覚悟があるなら、こうされる覚悟もあったんだろうが?」
 怒りも憐憫もない、ただ「そう」であることが当然のように、アノニムは言った。
「てめぇが復讐でパーシィを刺すのは構わねえ。だが、それならその復讐で俺はてめぇを殺す。だったら先にてめぇを殺しても同じだ」
 アルフの表情が徐々に怯えに変わる。アノニムが本気なことが分かったのだろう。そうだろうな。そう言ったのなら、アノニムはそうする。
 だが、俺の口から思いがけず言葉が落ちた。
「それはてめぇらの理屈だろ……大事な人を食い殺されて、相手が天使だから、はいそうですかってわけにはいかねえだろ!」
 復讐したい気持ちは分かる。俺だってそうだった。当たり前だ。仲間が相手とて、俺の感性は限りなくアルフ側である。
「赤毛のお前は話が分かるか!!」
 アノニムの下からアルフが叫んだ。
「この男を止めてくれ!! パーシエルには断罪が必要だ!!」
「うるせぇ! てめぇ、自分が詐欺師だってこと忘れんなよ!」
 怒鳴り返すと、アルフは「お、お前、僕の味方じゃないのか!?」と驚愕した。それからごにょごにょと「だって詐欺は……パーシエルへの復讐には必要だったから」とか何とか言い訳をした。
「パーシィ、刺される覚悟はあるんだな?」
「あ、ああ……もちろんだ」
 俺が問うと、パーシィは頷いた。俺はパーシィに手を貸して立たせた。
「よし、アノニム、どきやがれ」
「ああ?」
「アルフに刺させよう。それが一番早え」
「それをされたら俺はこいつを殺すが?」
 殺すが? か。てめぇがそうするだろうことも、できることも知ってる。
「大丈夫だ。俺が何とかする」
 俺には確信があった。アノニムは訝しげに俺を眺めていたが、ゆっくりアルフから退いた。今までだったらアノニムは俺の言うことなんかに聞く耳を持たなかっただろうが、俺とアノニムの関係も少しずつ変わってきているのかもしれない。
 それはともかく、俺はアルフも立たせて、ナイフを構えさせた。
「思う存分刺せ!」
 アルフの背中を叩いて鼓舞する。アルフは戸惑った顔をしていたが、パーシィに向かっていった。
 ナイフを腹に突き立てようとして、だがアルフは、そこで止まった。
「……」
「……」
 数秒の沈黙。焦れたらしいパーシィがナイフの刃を掴み、
「刺すんだ」
 パーシィの手袋越しにナイフが指を切っている。みるみるうちに白手袋が血で染まっていくのを見て、アルフは顔色を悪くした。
 俺は、知っていた。
 刺せるわけがないと。
 アノニムやパーシィ、黒曜、緑玉、それにたぶんサナギが容易にそうできるようには、普通に育った普通の人間は、人を殺せない。
 俺がそうだから分かる。
 感情的にナイフを振り回すことはできるだろう。さっきパーシィに突っ込んでいったみたいに。でもいざ冷静になって、さぁどうぞという相手にナイフを刺せるか、となったとき、そう簡単には刺せやしない。人の姿をしていて、会話が成り立つならなおさらだ。いやというほど覚えがある。
「……刺せねえよな」
 俺は言った。
「さ、刺せるさ……!! 僕には覚悟があるんだ!!」
「だったらそもそもパーシエルの名前で結婚詐欺なんかしねえで、強盗殺人とかやってんだよ」
 そのほうがパーシエルの悪名なんざあっという間に広がるぜ、と俺は言った。
 アルフに覚悟がない、とは言わない。全員が全員、殺人を躊躇える人間だ、というわけでもない。ただ、アルフの覚悟はきっと、アルフ自身の殺人を容易く許可しない。だから結婚詐欺なんて方法で、こいつは復讐をしようと――自分は復讐をしていると、思い込みたかったのだ。

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ニセパーシエル騒動 5

 俺からすれば、かなり歩きやすい山だった。整備されているわけじゃないが、獣道があったし、狩猟の痕跡がところどころにある。それとは別に真新しい足跡があって、確かに誰かが――ニセパーシエルが、ということになるだろう――通ったのが分かった。
「足跡を追うぜ。といっても、素直に獣道を進んでるみてえだな」
 山でのそういった痕跡なら、ペケニヨ村で木こりをやっていた頃に身につけた知識と経験で見つけられるし、追える。何なら得意分野だ。
 視線を感じたので振り返るとみんながまじまじと俺を見つめているので、狼狽えた。
「な、なんだよ」
「タンジェは自分を盗賊役に向いてないと言うけど、なかなかどうして。様になってるよ」
 以前までの俺なら、盗賊役として褒められたところでと斜に構えていただろうが、盗賊役でやっていくと決めた今だとなんとも面映ゆい。
「うるせぇ! とにかく行くぞ!」
 俺は足跡を追いながらみんなを先導する。
 程なくして人影に追い付いた。長い金髪を結った後ろ姿を見てパーシエルだと知れる。俺たちの足音を聞いて振り返った彼は、ぎょっとした顔をして俺たちをまじまじと眺めた。
「な、なんだ!? もう追っ手が出たのか!?」
 しかし、すぐに、
「い、いや……ソレルの町人じゃないな? 誰だ? 僕に何か用か?」
 確かに綺麗な顔立ちの男だった。金髪に青い目、すらりとして背も高く、天使と言われればまあ、そうかもしれない、という感じだ。
「パーシエルだな?」
 俺が尋ねると、
「あ、ああ。そうだが?」
 俺たちの目的を窺っている様子ではあったが、素直に答えた。
「目的を聞きに来たんだ」
 パーシィが一歩、パーシエルに近付いた。
「何故、パーシエルの名を名乗っているのか、理由が知りたい。きみが何者で、何の目的があるのか……」
 パーシエルはパーシィを凝視していた。それから「うそだろ」「そんなまさか」と何度か口の中で繰り返して、
「お前――パーシエル!? 豊穣の天使パーシエルか!?」
 大きな声を上げた。
「あ、ああ……」
 パーシィのほうが驚いたようで、目を丸くしている。
「お前のその顔、忘れるはずない! そんな刺青をしたり、髪色や髪型を変えたりしたところで、分からないわけないだろ!!」
 突如、パーシエルのほうがパーシィに掴みかかった。思わず引き剥がそうとしたが、胸倉を掴まれている当のパーシィが、手の仕草で俺を制止した。
「きみは、いったい……」
「ぼ、僕が分からないのか!? いったいどこまで人をコケにすれば……!!」
 パーシエルの顔が歪む。軽蔑と怒り、といった様相だった。
「お前が生贄に捧げさせて食った女はな!! 僕の婚約者だったんだよ!!」
 ヒュッとパーシィの喉が鳴った。
「お前はとっくに忘れてるかもしれないけどなあ!!」
 止める間もない。パーシエルはパーシィを殴りつけた。避けられたと思うが、パーシィは甘んじてそれを受け入れ、地面に倒れた。緩慢に身体を起こし、
「そうか……」
 パーシィは呟くように言った。
「そう、だったのか……」
 パーシエルは怒鳴り散らす。
「しかし、お前が地上に来てるとは知らなかったよ!! 天界から追い出されたのか!? はは、その汚いナリを見れば分かるってもんだ!!」
「……」
 何も口を挟めずにいると、不意にサナギが尋ねた。
「きみの……本当の名前は、なんというの?」
「……アルフだ」
 パーシエル――いや、アルフは答えた。
「最初から説明してくれるかい? 何故、きみはパーシエルを名乗って結婚詐欺なんかしたの?」
 アルフは地面に転がったままのパーシィから視線を外さなかったが、
「こいつに婚約者が食い殺されてから、僕は失意のドン底にいたよ。村の守護天使はいつの間にかこいつから別の天使に代わっちまって、復讐する機会すらなかった。それで、……村の別の女が優しくしてくれて、その女と恋人になった。でも……またいついなくなるかと思うと怖くて、僕はそいつを置いて村から出たんだ」
 するとどうだ、とアルフは言った。
「手元には女からもらった金品だけが残って、僕は自由になった」
 もちろん最低なことだとは分かっていたさ、と続ける。
「でも気付いたんだよ! この最低なことを、パーシエルの名前を使って繰り返せば、僕は儲かるしパーシエルの名は地に落ちる。調べたんだぜ。天使ってのは人々の信仰心で生きてんだろ? パーシエルの評判を落とせば落とすほどお前は餓えて苦しむってわけだ!!」
 アルフは懐からナイフを取り出した。折りたたみ式のバタフライナイフ。パチンと音を立ててそれを開くと、
「お前がこっちに来てるなんて知らなかったから、そんな回りくどい方法でしか復讐できなかった!! 知ってたらとっくにこうしていたさ!!」
 アルフが拙い構えでパーシィに突っ込んでいく。あんなもの容易に避けられるだろうが、パーシィは避けないであろうことを、俺たちはたぶん全員知っていた。

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ニセパーシエル騒動 4

 翌日になり簡単に朝食を済ませた俺たちは、給仕の娘に天使パーシエルの居場所を尋ねた。
「パーシエル様は、今は町外れのお屋敷に住んでおられるはずです」
 娘はテーブルを拭きながら答えた。
「ローラさんとの結婚式後、そこで新婚生活を送られるんですって! 素敵ですよね!」
「結婚式はいつなの?」
「今日の夕方からです。昨日よりさらに町が盛り上がると思いますよ!」
 俺たちは顔を見合わせた。早めにケリを付けたほうがよさそうだな。
「ああ、それと……奇跡で生き返ったという猟犬の……飼い主の猟師の家はどこかな?」
「山の近くです。パーシエル様のお屋敷とご近所ですよ」
 地図を描きましょうか、と言うので、ありがたく受け取ることにした。
 娘が描いてくれた地図はかなり簡略化されていたが、最低限の体裁は整っている。これならすぐに着けるだろう。
「ありがとう」
 サナギが礼を言うと、娘は笑って「どういたしまして!」と答えた。
 俺たちはパーシエルの屋敷に行ったが、不在だった。 まだ昼まで時間があるので、先に猟師のほうに話を聞いてまた来よう、ということになる。しかし、
「かなり早い時間だが、どこに行っているのだろうか」
 パーシィが呟く。
「結婚式の打ち合わせとかかな?」
 サナギが無難なことを言った。
 なるほど、それなら町長の家や結婚式場にいるかもしれないな。目立つ男だろうから、町で聞き込みすれば居場所は掴めそうだ。
 ともあれ俺たちは猟師の家のほうに向かった。娘はご近所だと言っていたが、猟師の家は町外れのパーシエルの屋敷よりさらに山寄りで、10分ほどは歩かねばならなかった。
 猟師の家はパーシエルの屋敷に比べれば遥かに小さい。が、しっかりした造りの丸太小屋に俺は好感を持った。丸太小屋の前で猟犬が元気よく吠えている。こいつが例の、生き返ったとかいう……。
「どうした、ハイド。お客さん?」
 吠える猟犬に応えるように、中から猟師が出てきた。思ったよりも若い。20代前半というところか。猟師は俺たちを見て怯んだ顔をした。
「だ、誰だい? あんたら……」
「急に大人数で押しかけてすまない。聞きたいことがあるんだ」
 パーシィが一歩前に出て、尋ねる。
「天使パーシエルに蘇生させてもらったというのは、この猟犬かい?」
「あ……ああ! そうさ」
 猟師は頷いた。
「そうか……」
 パーシィは猟犬をちらと見た。吠えていた猟犬は不思議そうに首を傾げた。
 サナギが後ろから、
「その蘇生の奇跡について調べているんだ。何、軽い好奇心さ」
 猟師の顔がにわかに青くなる。
「そ、そ、蘇生の奇跡に、う、う、疑うところはないよ。間違いなくパーシエル様は、その……ハイドの蘇生をなさった」
 嘘が下手すぎるだろ。俺でも分かるぞ。
「そうなんだ。ところでこちらのパーシィは本物の天使なんだけれど……」
 サナギはパーシィを指して紹介した。猟師は目を剥いて「へえ!?」と変な声を出した。
「もし天使パーシエルさんの起こした奇跡に不正があったなら、大変なことだよ。パーシィが怒るかもだ」
「いや。そ、それ……は……」
 ずいぶんゴリ押しな説得だが、根が気弱らしい猟師はまんまと視線を泳がせている。
「今話してくれれば、もしかしたらきみのことは見逃せるかも」
 サナギがもう一押しすれば、
「す……すみませんでしたっ!!」
 あっさり素直に、謝罪した。サナギはちょっと物足りないというような顔をしたが、
「自作自演? それとも、怪我を治したというだけ?」
「じ、自作自演ですらないです。嘘をつきました」
 猟師は恐る恐るといった様子でパーシィの顔を窺っている。この調子でよく町人が信じたもんだよな……。
「なぜ?」
 パーシィが尋ねると、
「ぱ、パーシエル様に頼まれました。金を山分けしてくれると言うので」
「……『山分け』?」
 妙な言い方だ。まるで、これから何らかで大金が手に入るような。
 サナギは早々に察したらしく、苦笑いした。なるほどね、と言ったあと、
「じゃあもう、パーシエルはあの屋敷には戻らないね」
「……はい。俺に約束通りの分、金をくれて、もう発ちました」
「おい待て、どういうことだ?」
 俺のことを振り返ったサナギは、
「結婚詐欺だよ」
 と、短く言った。
「はい、あの、察しの良いお嬢さんで……」
 猟師が頷く。お嬢さん、と呼ばれたサナギは別段それには突っ込まず、
「きみはグルになってパーシエルを天使だとでっち上げたんだね?」
「……はい」
「それでローラ嬢とその家から金品を貢がせて、さも結婚するように振る舞い、そして……結婚式当日になったら、どこかへ消える。そういう手順だったわけだ」
「そうです……」
 猟師はすっかり小さくなってしまった。
「わ、悪いことだとは思いました。しかし俺は……この性格だからあんまり……狩りにも向いてなくて。親父が遺した金も、もう少なくて……」
 もういいよ、とパーシィが遮った。
「そこのところを責めるつもりはない。そもそも用があるのはきみじゃないし……」
 へ、と猟師が顔を上げる。怒られる、罪に問われるとばかり思ったのだろう。
「そういうことらしいよ。で、パーシエルがどこに向かったか分かる?」
 サナギが尋ねると、
「山へ……。今からなら追いつけるかも……」
 山か。山歩きなら得意だ。サナギとパーシィは猟師に礼を言った。俺たちはすぐに山に入る。猟師は嵐のように去っていく俺たちに唖然とした視線を向けていた。

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プロフィール

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一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
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