カテゴリー「 ┗ベルベルント復興祭」の記事一覧
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ベルベルント復興祭 9
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ベルベルント復興祭 6
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ベルベルント復興祭 5
ベルベルント復興祭 9
そして俺は、焼きそばを焼いていた。
暑い! 熱い!! やってらんねぇ!!
「あのー、このヤキソバ? っていうの、二つください」
「ああん!? そこにあるの持ってけ! 一つ5Gだ!」
「ちょ、タンジェ、態度態度!!」
やってきた女の二人組に怒鳴りつけると、できた焼きそばを容器に詰めていたらけるが割って入った。
「10円……じゃなかった、10Gだよ、ありがとね!! おいしいからよかったらほかの友達にも紹介して!!」
らけるは人当たりのいい笑顔で焼きそば二つを女どもに渡している。俺の態度に怯んだ女二人も安心した顔になり、硬貨と引き換えに焼きそばを受け取り去っていった。
「タンジェ、二回戦敗退した挙げ句、あっつい中焼きそば焼かされてるからって、態度悪すぎじゃん?」
「改めて全部言うんじゃねえ!」
一応ラケルタに勝敗を報告しようと夜会の屋台に顔を出したのが運の尽き。ラケルタはとっくにらけるに代わっていたし、親父さんに捕まり「すまんが休憩するから代わりに焼いといてくれ」と屋台を押しつけられる始末。「30分で戻る」という親父さんに「1時間は休憩しなよ! 屋台は俺とタンジェで見ておくから!」と言い出したのはらけるで、しかもこいつはもっぱら売り子で焼きそばを焼く気はないらしい。親父さんにゆっくり休憩してもらいたい気持ちも、じゃあ俺が売り子をできるのかと言ったらできないだろうことも間違いはないのだが、この状況を受け入れるには俺の気は短すぎた。
二回戦敗退したので正午には時間があり、黒曜との約束の時間もまだ先だ。ヒマだから断る理由もない。ちなみに娘さんは午前中は祭りを見て回り、午後から店番する約束らしく、姿が見えなかった。
俺だって料理くらい多少はできるが、別に得意でもなければ好きでもない。こんな大量の麺を焼くのに楽しさを見出すのは無理ってもんだ。
当たり散らすように焼きそばをかき混ぜていると、
「焼きそばだ。珍しいな」
屋台の前に子供がひとり立っていた。口ぶりからして焼きそばのことを知っているらしい。倭国の人間かと思ったが、髪は金で目は青く、倭国の一般的なそれではなかった。
「焼きそば、二つください」
子供がらけるに声をかける。らけるは「はいはい」と言って、容器に入った焼きそばを手渡す。
「10円……じゃない、えーと、10Gね!」
何回やるんだよ、その間違い。まあ、習慣はなかなか抜けないか。
「円?」
子供は不思議そうな顔をして、それかららけるのことを上から下まで眺めた。
「それ……学ラン?」
ぴた、とらけるの表情が固まる。
「あんた、ニッポンのひとか?」
子供の言葉に、固まったらけるの表情が見る間に驚愕のそれに変わり、子供のことを見て、それから俺のことを見た。いや、俺のほうを見られたって知らねえよ。
「い、いま、この子、ニッポンって言った! タンジェ!!」
「確かに言ったが、俺に振るんじゃねえ!」
「ま、ま、待って、どういうこと? ニッポンのこと知ってる? あ、召喚師とか……!?」
子供はこちらも少なからず驚いた様子で、
「いや……俺も元はニッポンにいたんだ」
そんなことあんのかよ!? 俺は焼きそばをかき混ぜながら、思わず口に出した。
「そんな誰も知らねえような異世界の人間が、らける以外にいたなんてな……」
らけるはもうほとんど泣きそうな顔になっていた。
「うわー、マジ!? 仲間いたんだぁ! 俺、石竜子らける! きみは?」
「阿武隈、北斗……」
名前の響きも確かに倭国っぽいな。倭国とらけるのいた国は比較的文化が近いようだから、つまりニッポンっぽい、とも言えるだろう。
「どこ住みだったの? いくつ?」
「おいらける、話すなら脇によけてろ。ほかの客もいるんだぞ」
同郷に会えて嬉しい気持ちは分かる。たった一人だと思い込んでいたのだからなおさらだろう。だが、俺は焼きそばを焼き続けなきゃいけないし――手を止めると焦げる!――客は意外にも途切れないので、長話は別の場所でやってもらったほうが都合がいい。話すならゆっくり話したいだろうしな。
「あ、そっか。それに北斗、二つ焼きそば買ったんだし、誰か待たせてるもんな? なあ、あとで話できない? どこかの宿に泊まってるの?」
「ロンギヌスの仮宿ってとこで世話になってる」
ロンギ……? 聞いたことがある。どこで、誰に聞いたんだっけか……?
……ああ! 思い出した。確かベルベルント防衛戦の際にブルースが言っていた。スラムにあるという冒険者宿だ。
「スラムの宿だろ」
「知ってるのか?」
「話には聞いた」
らけるは俺のほうを向き、
「場所も知ってる?」
「そこまでは知らねえ。パーシィなら知ってるんじゃねえのか。あいつたまにスラム散歩してるから」
「なんで!?」
「知らねえよ!」
ともあれらけるは頷いて、
「じゃああとでパーシィに聞いてみるよ。北斗、引き止めて悪かったな!」
北斗は10Gと引き換えに焼きそば二つを受け取り、小さく頭を下げて立ち去っていった。
「屋台手伝っててよかったぁ!」
北斗の背中を見届けたらけるは泣き笑いのような様子でいたが、
「でもあいつもニッポンに帰れねえからここにいるんじゃねえのか。元の世界に帰る手がかりにはならないかもしれねえ」
だから先走ってぬか喜びするなよ、というつもりで言ったのだが、らけるは、
「うん、大丈夫! 分かってる! でも、同じところから来たって人いるだけで心強いじゃん?」
ベルベルント復興祭 8
待機室に行く前に、廊下にあるトーナメント表を見た。勝敗がつくたびに更新されているらしく、勝者の名前から赤線が伸びている。それで俺たちのあとに戦ったアノニムが勝利したことが知れた。アノニムと戦える!
俺たちがライライを追ってとっ捕まえ、尋問している間に一回戦はすべて終了していた。それどころかすでに二回戦も数試合が終わっているようだ。
通りかかった運営スタッフに、今、誰の試合が行われているのかを確認する。トーナメント表と照らし合わせて、三戦前のやつらだと知れた。またギリギリだ、俺は急いで選手入場口に向かう。
相変わらず出番待ちの参加者が数人いる。知らない参加者の一人に「試合妨害の犯人は捕まえたのか?」と尋ねられたので、頷いた。
「無差別?」
「いや……個人的な怨恨だ」
「そうか。お疲れさん」
その参加者はそれで話題を切り上げた。
アノニムはというと、壁に寄りかかって腕を組んでいる。特に話しかけてはこない。俺としても別に話すことは何もなかった。黙って現在進行している試合を見届ける。
手練れが残っているので、一試合がやや長引く傾向にあるようだ。俺とアノニムの前の三戦も合計で20分はかかった。ただ待つだけなら退屈な時間だろうが、手練れの戦闘が三パターンも観戦できたとも言える。立ち回りの参考になる場面も多かった。
次の試合の選手が呼ばれる。アノニムが壁から背中を離す。俺も続いて舞台に出た。
一回戦よりさらに太陽が高く上がっている。
武器を選ぶように言われ、俺はまた大剣を選ぶ。
向かい合ったアノニムが槍型の長柄武器を持っているのを見て、少なからず動揺したのを努めて隠した。普段使っている棍棒とリーチが近い片手剣を選ぶだろうとばかり思っていたのだ。一回戦も槍だったのかもしれないが、俺はアノニムの試合を観ていない。
わざわざ選ぶということは、少なくとも片手剣や大剣よりもその扱いに長けているということだ。俺はアノニムが棍棒以外の武器で戦うところを見たことがないが、やつは元奴隷剣闘士だ、どんな武器に精通していたって今さら驚くことじゃない。
初期位置について、それぞれ構える。
槍と実戦で戦う機会は多くない。マイナーな武器ではないのだが、俺の周りに使い手は多くない。黒曜との戦闘訓練で長柄との戦い方の立ち回りは勉強したが、それが身に付いているか、改めてこの戦いで分かる。
「――はじめ!」
開始の号令。まっすぐ突っ込んでったら貫かれる。向こうのほうがリーチが長いんだから当たり前だ。長柄の隙を狙うなら正面以外、俺は素早くアノニムの左手側に駆けていく。
すぐさま応じたアノニムが、俺の向かう先から槍を横に薙ぐ。大剣で弾こうとしたがそこまで甘くはない。槍は弾けず受け止められた。槍が引かれて、大剣の構え直しもできていない一瞬の間に、大剣を巧みにすり抜けた槍が俺の腹に打ち込まれる。
「……ぐっ!」
木製武器だし刃先は丸い。鈍い衝撃はあったが、大したダメージではなかった。だが本物の槍なら致命傷だっただろう。
この時点で、もしこれが真剣勝負なら俺の負けだ。くそ、メイン武器じゃない槍で相手されてもこれかよ! わずか数十秒の出来事だった。
だが、これは試合だ。俺には試合続行の意思があるし、武器もまだ使える。さすがに一撃くらいくれてやりたいところだ。
体勢を立て直して、改めてアノニムに近づこうと試みる。槍というのは一定の間合いを保って戦う武器だから、向こうだって懐に入られたくはないはずだ。緩急を付けて大剣の間合いまで近づく。
間髪入れずに振り回した大剣を、アノニムは槍の柄で受け止めた。俺と力比べをする気はないらしく、アノニムは槍の柄を半回転させて俺を大剣ごと横にいなした。
そこまでヤワな体幹はしていない、よろけることはなかったが、大剣を構え直しているうちにアノニムは素早く槍の間合いへ退く。それから鋭く槍を突き繰り出した。
槍は後ろに避けても無駄だ。横にかわして槍をすり抜けアノニムの懐まで飛び込む。さっきよりも深く近い位置だ。だが、大剣で腹を殴りつける一瞬前に、引き戻された槍の先が大剣の柄を握る俺の手の甲に突き刺さった。
反射的に緩まった手から大剣を掬い上げるように、槍が跳ねる。一瞬にして俺の手から大剣が持っていかれて、追い縋ろうとしたときには大剣はアノニムの足元に転がっていた。それからアノニムは落ちた大剣を地面に縫い付けるように、槍を刃の上に突き立てた。
「……くそ!!」
武装解除。俺の負けだ。
「しょ、勝者、アノニム選手です!」
俺だって慣れない武器だったとはいえ、ここまで歯が立たないもんか!?
アノニムは別に何てこともないように舞台を立ち去っている。……次の試合の邪魔になる、俺も移動した。
ベルベルント復興祭 7
俺とラケルタ、それから試合を邪魔した犯人が連れ立って待機室に向かっているのを見て、闘技場のスタッフが慌てて走り寄ってきた。
「先ほどの試合の妨害者ですか!?」
「そうだ。これから待機室で話を聞こうと……」
「ほかの選手もいますから、別室がいいでしょう。スタッフも聞き取りに参加します」
それはありがたいことだ。スタッフはすぐに待機室とは別の控え室を開けてくれて、俺たちはそこに犯人を放り込み、椅子に座らせた。犯人は観念したらしく大人しくしている。
少し遅れてスタッフが二人、紙とペンを用意して入室してきた。スタッフがさっそく話しかける。
「では……試合を妨害した理由を話してもらいましょう。まずはあなたの名前から」
犯人はため息をつき、
「ライライだ。売れないスクロール書きでね」
スクロールってのはサナギがよく書いてる、あのトラブルの元だな。それを読み上げれば魔力がないやつでも疑似魔法が放てるって優れものだ。昔は巻物に書いていたからスクロールって名前らしいが、今は本型が多い。使い切りのものがほとんどで、そのくせ値段は馬鹿みたいに高いので、市販品は俺とは縁がなかった。
「私たちの試合を邪魔したあの炎の玉も、貴殿のスクロールによるものか」
「そうだ」
「何故試合の邪魔をした?」
ライライは肩を竦めた。
「頼まれたからだよ」
「頼まれた!? 誰にだよ!?」
「……」
急に黙るライライ。思わず胸倉を掴みかける俺を、ラケルタが制止する。
「もしかしてですが……」
スタッフの一人が言った。
「ライライさんは、選手入場口にいましたよね。観客は観客席以外は立ち入り禁止ですから、入れるとしたら関係者……運営スタッフか選手です。しかし選手では部外者を中に入れる手引きはできませんから……」
「つまり、頼んだ相手は運営スタッフ……そいつが、ライライを闘技場の中に入れる手引きもした?」
俺が言葉を引き継ぐと、ライライは「やれやれ、そうだよ」と両手を挙げて降参らしきポーズをした。
「おい、なんで運営スタッフが俺とラケルタの試合の邪魔を依頼なんかすんだよ!?」
「心当たりがまったくないのか?」
逆にライライに尋ねられて、俺は面食らった。少し考えるが、いや、やはり心当たりはない。
俺の様子を見ていたライライは息を漏らして呆れたように笑う。
「依頼はな、タンジェリン・タンゴ、お前の試合を台無しにしろということだったよ」
名指しされると思わなかったので、俺は思い切り眉根を寄せた。ライライは続けた。
「僕に依頼をしてきたのは、ルワンだ」
知らない名前だ。そんなやつに恨まれる覚えはない。だがスタッフは顔を見合わせて、微妙な顔になった。
「なんだよ……知ってんのか?」
「あの……タンジェリン選手が予選会でぶっ飛ばした審査員です……」
スタッフが気まずそうな顔をして言う。あ、あいつ……! 俺は頭を抱えたくなった。逆恨みじゃねえか!
「そういうことだ、分かったろ? ルワンはお前に恥をかかされて、そのお返しをしたかったというわけさ。それでお前の試合を台無しにしろと僕に依頼してきた。僕の手製のスクロールでそれができたなら、贔屓の客になってくれると言うのでね」
スクロールを使うならライライから買って自分でやりゃいいだろうに、わざわざライライにやらせてるってのもまたセコい。それにしても、
「だがてめぇよぉ……明らかにラケルタを狙ってたよな!?」
「もっと手前の地面を狙ったつもりだったんだよ、まあ炎上したのは剣だけだったんだからいいだろう」
「そんな精度だから売れねえんだろ!」
途端に、ライライは明らかに不機嫌になる。
「スクロールを書くのは難しいんだ!! お前のような脳筋には分からんだろうがな」
正直、サナギがすらすら書くので、時間はかかるがそれほど難しいものだという認識がなかった。そうか、……難しいのか。サナギを基準に考えたのが悪かったのだろう。言い過ぎたかもしれない。
だがそれを謝る前に、
「とにかく、罰するなら僕ではなくてルワンだろう!」
「開き直ってんじゃねえ!」
「ふん、お前も僕のおかげで勝てたようなものだろう? 劣勢に見えたぞ!」
「んだと!?」
今度こそ掴みかかってしまったが、スタッフが二人がかりで、
「暴力沙汰はやめましょう、こっちもあなたを失格にしなくちゃならなくなる!」
俺を止めた。ほとんど譲られた勝利だ、俺が失格になったらラケルタに申し訳が立たない。俺は舌打ちしてライライを放した。
俺が落ち着いたのを見届けてから、スタッフ二人が話し合う。
「ルワンを問い詰めますか?」
「特に怪我人や被害は出なかったから、厳重注意くらいしかできなさそうだが……」
俺に対するルワンの個人的な恨みだ。あんまり騒ぎ立てて復興杯の運営に支障が出るのはよくない。
「ライライが捕まった今、もうルワンに俺の試合を邪魔する方法もねえだろ?」
「そうですね。厳重注意ののち、念のためルワンは私が見張るようにしておきますよ」
「充分だ。ありがとよ」
ライライも改めてスタッフ二人に次はないことを告げられ、解放された。片方のスタッフはルワンのもとへ、もう一人はライライに付き添ってやつを闘技場の外へと送り届けた。
俺とラケルタは控え室を出ながら、
「ライライを解放してよかったのか? タンジェリン」
「俺のセリフだ。怒るとしたらてめえだろ。あいつのせいで危うく焼かれかけたし、試合にも負けたんだぜ」
「貴殿が危険を察知したから私は無傷だったんだ。これで私が勝利や試合の継続を主張しては、そんな筋の通らないこともあるまい?」
「そうか……?」
悔しくねえのか、と尋ねると、
「そうだな。別に貴殿とはいつでも戦える」
もちろん模擬戦闘だ、とラケルタは言った。
「黒曜ともよくしているだろう?」
「まあな」
そうだな、いつだって戦える。俺たちは仲間だからな。
闘技場の出入り口と参加者待機室の分岐点で、ラケルタが「それじゃあ、私は夜会の屋台に戻る」と言った。
「残りの試合、観ていかねえのか」
「そうしたいのはやまやまだが、暑くてな……」
それはそうか。俺は手に持ったままだったジュースの瓶を渡した。
「親父さんや娘さんと飲んでくれ」
「いいのか?」
「ああ」
「感謝する。らけるも喜ぶよ」
ベルベルント復興祭 6
それにしても、一回戦だけでも実に20試合近くあることになる。40人近い数のトーナメントだから、全部の試合もだいたい40戦くらいだ。制限時間はなく、決着――戦闘不能、降参、あるいは武装解除、つまり武器が使えなくなった時点で敗北だ――がつくまで試合は続くが、そうなれば試合の時間はまちまちだ。
とはいえ午前九時から正午までの三時間だから、一試合の時間は四分から五分くらいを想定してるんだろう。当然、それより早く決着がつくものもあれば、それより長引く試合もあるだろうが。
参加者は待機室で待っていてもいいし、立ち見席でよければ客席に出て試合を観戦してもいいとのことだった。俺とラケルタの試合は12番目。少し時間があるので暑いが試合を観戦することにする。
観客席は満員の大盛況で、歓声やら応援やらで騒がしい。最上段には立ち見席を兼ねた通路があって、たとえばホットドッグやらの、片手で食べられるフードの屋台がいくつか出ていた。
往来の邪魔にならない位置に立って試合の様子を見ていれば、予選会で参加者が絞られただけあってずいぶんレベルが高い。
知り合いの参加者といえばブランカだ。やつの試合運びは鮮やかで、相手も雑魚ではないだろうに、一太刀も浴びぬまま攻勢を崩さず勝ってしまった。それはそれとして、観客の黄色い悲鳴が凄まじい。
まあ確かに見目もいい。
リカルドが言っていたズィークという名の参加者はどれだろうか? 圧倒的な強さ、という視点でいえば該当しそうなヤツは何人かいて判断できなかった。まだ試合の順番が来ていない可能性もある。そういえば、俺にはあまり関係ないと思ってよく見ていなかったが、シードもあるようだった。
試合を見届けている審判は冷静かつ平等で、試合の交替もスムーズだ。手際はよく、運営にゴタつきはなさそうだ。マナーの悪いヤツはだいたい予選会で落とされたのだろう、負けて変に食い下がる輩もいない。
観客は大いに盛り上がっていた。これぞお祭り剣闘、運営側もやるかいがあるというものだろう。
だいたい30分ほど試合を眺めて、そろそろ待機室に戻ることにする。太陽に照らされて頭のてっぺんが暑い。屋台で売られているエールやドリンクは飛ぶように売れていた。
★・・・・
★・・・・
待機室ではこれから試合のやつらがいて、リラックスした様子で過ごしている。敗者も特に後腐れなくどんどん立ち去っており、人数は減るばかりだ。当たり前だ、一回戦で参加者は半分の20人近くまで減るのだ。
「緊張しているか?」
隣に腰掛けてきたラケルタが尋ねた。
「いや」
素直に答える。この手のイベントの参加は初めてだが、俺は自分でも驚くほど緊張していない。まあほとんど度胸だけで冒険者をやっているみたいなところもあるからな……。
ラケルタも大して緊張しているようには見えなかった。ここで緊張して動けなくなるようなら、そもそもお祭り剣闘なんか参加しないとは思うが。
「若いのに大した胆力だな」
褒めすぎだ。たぶんここにいる中で緊張しているやつなんかほとんどいない。
「そういや、アノニム見かけたか?」
ふと思いついて聞いてみる。朝も見かけなかったし、ウォーミングアップもタイミングが違ったのか会わなかった。トーナメント表では名前が並んでいたので、アノニムの試合は俺たちの直後のはずだ。
「先ほどまでいたよ。もう間もなく試合だ、選手入場口まで移動しているのではないか」
私たちもそろそろ移動しよう、と言うので、二人で選手入場口まで移動した。入場口には試合を待つ数人の参加者がたむろしていて、その中に確かにアノニムもいる。目は合ったが、特に会話するでもなく自然に視線を逸らした。
現在進行形で進んでいる試合が終わると、入れ替わるように参加者二人が舞台へと出ていった。そいつらが11番目の対戦カードらしい。そうなるとその次は俺とラケルタの試合だ。特に呼びかけがなかったので気付かなかったが、思ったよりギリギリだったんだな。
前の対戦は3分ほどで決着。名前も所属も知らない男が勝っていて、名前も所属も知らない男が負けている、としか言いようがない。向こうにとっても俺とラケルタの試合はそんなもんだろう。
11番目の試合の二人が勝敗を決し、戻ってくる。入場を促されたので、入れ替わりで舞台に出た。
暑い。
拍手と歓声。太陽が地面に反射してまぶしい。
武器を選ぶように言われて、この数週間で特訓を重ねた大剣を手に取った。
ラケルタも武器を選んでいる。彼は剣士だ、当然ながら手に取るのも片手剣である。
審判に指示されるまま、開始位置に立った。剣を構えるラケルタと向かい合う。
「では――はじめ!」
審判が号令をかける。
先手はもらう! 守りに徹するのは性に合わない。大剣を構えたままラケルタに突っ込み、まずは上段から振り下ろす。
ラケルタは受けるのではなく回避で初撃を流し、俺の右手側に回り込む。ラケルタが素早く袈裟斬りに振った剣は、強引に引き戻した大剣の刃部分で受けた。しばし鍔迫り合い。だが、技術はともかく怪力なら負けやしない。
分が悪いと悟ったらしくラケルタはすぐに剣を引く。俺も合わせて大剣を構え直す。
次はラケルタからの攻撃だ。顎を狙った鋭い切り上げ、木製武器だろうが当たったら一発で意識を持ってかれる。半歩下がって回避し、ラケルタの追撃は大剣で弾いた。
ラケルタの剣戟は特別、疾くはない。回避はできる。一撃が重いということもない。受けることも可能だ。ただ、とにかく隙がない。剣を構え直すほんの一息や、視線を俺から外すような油断の一瞬もない。どう攻めたものか……。
そこでラケルタの背後、俺の視界の端に、何か光るものが見えた。――なんだ?
俺の一瞬の隙を見てラケルタが斬り込んでくる、が、俺はラケルタの攻撃をかわしたあとラケルタの腕を掴んで無理やり横に引き倒した。咄嗟の判断だった。急に引かれたラケルタの手から木製武器がすっぽ抜ける。
剣が転がった先は今さっきラケルタがいた位置で、そこに突如、炎の玉が二発突き刺さった。剣が炎上する。舞台の地面は砂なので燃え広がることはないだろう。ただ、その炎の玉は明らかに反対側の選手入場口から放たれたものだった。
俺たち復興杯の参加者は、全員が西側の選手入場口から出退場している。東側の選手入場口は誰もいないはずだ。しかし目をこらせばそこに人影が見え、そいつは身を翻して立ち去ろうとするところだった。やつが突然、ラケルタに向かって火を放ったのだ!
「てめぇ!!」
俺が追おうとするのを、立ち上がったラケルタが制止した。それから、
「武器が使えなくなった、私の敗北だ! 私が追う!」
審判と俺に言い放ち、選手入場口へ駆けていく。
「待てよ、そうはいかねえだろ!!」
確かに武器が使えなくなった場合も敗北条件に数えられている。しかし外部からの攻撃によるものだ、あんなので決着はナシだろ!?
だいたい、なんで俺たちの試合に邪魔が!?
犯人を追うラケルタをさらに追う。背後から審判が、
「と、ともかく規定に則り、ラケルタ選手は武器を使えなくなったものと判断します! 勝者はタンジェリン選手! 二回戦までに戻ってくるように!」
観客は戸惑うようにザワついていたが、俺のほとんど不戦勝に近い勝利にブーイングはなさそうだ。俺としては不本意だが、文句を言っている間に犯人とラケルタは遠くに行ってしまう。
トラブルがあっても、復興杯は続く。次の試合はアノニムだが、やつなら問題なく戦うだろう。
★・・・・
★・・・・
俺とラケルタの試合を邪魔した犯人は、頭からボロ布を被っていて、後ろ姿では男か女かも判断できない。ようやくラケルタに追いつき横に並ぶと、
「何故ついてきた!?」
「炎の魔法を使う相手なんだ、戦いになるかもしれねえ。一人より二人だ!」
しかも、ラケルタは丸腰だ。ラケルタはしばらく黙ったあと、
「分かった、二人で捕まえよう。素性と動機を聞き出す!」
俺は頷いた。
前方を駆ける犯人は、闘技場の廊下を突っ走り、観客席へと躍り出た。屋台の並ぶ立ち見席の隙間を走り抜けていく。
俺は屋台の店先にあったジュースの瓶を掴んだ。
「金は払う!」
店主に言って、店主が目を白黒させている前で俺は瓶を振りかぶった。こう見えて、投擲にはちょっとした自信がある。
俺がぶん投げた瓶は吸い込まれるように犯人の頭に向かっていき、そして、ぶつかった。
「ぐえ!」
犯人が頭を抱えて蹲る。俺が瓶を投げている間にもラケルタが追い続けていて、立ち止まった犯人をようやく捕まえた。
瓶は地面に転がったが、幸い割れはしなかったようだ。犯人の頭への衝撃も、記憶がぶっ飛ぶほどじゃなかっただろう。これでゆっくり話が聞ける。
俺は瓶を拾い上げ、ジュース屋台に金を支払ってから、犯人とラケルタと一緒に参加者の待機室へと向かった。犯人はもう抵抗はしなかったが、こんなところで詰問したら周りの観客が不快に思うだろう。
ベルベルント復興祭 5
受付を済ませて闘技場の中に入ると、すでに参加者が大勢いて、廊下の壁一面にでかでかと貼られたトーナメント表前に集まっている。当然、俺だって対戦相手が誰か確認したいのだが、背伸びをしても見えなかった。いや、俺だって別にそこまで小さいわけじゃない。同年代の平均くらいはあるはずだ。だが予選会を突破した奴らはやはりガタイがいいやつばかりなのだ。
結局、集合時間の八時までにトーナメント表を見ることはできなかった。集合の声かけに応じて仕方なくその場を離れ、参加者の待機室に移る。これから一時間ほど自由にウォーミングアップ等をして構わない旨伝えられて、参加者は各々散っていった。会場で身体を温めるヤツもいれば、待機室で身体を休めておくヤツもいるらしい。
俺は廊下に戻って、ようやく壁に貼られているトーナメント表を見た。参加者は、正確には数えていないが40人を少し超えるくらいで、自分の名前を探すのにも苦労する。やっと見つけた、と思ったら、俺の横に書かれた名前が意外なもので、思わず二度見してしまった。
「三位まで賞品が出るとのことだから」
と、急に背後から声がかかった。
「それらを一つの宿に独占されないよう、早い段階で同じ宿の参加者をぶつけ合う方針のようだ」
ワイシャツにいつもの黒いジャケット――学ランというらしい――を肩にかけたらけるが立っていた。いや、瞳が金色だ。ラケルタである。
一回戦の俺の対戦相手だった。
「てめぇ、出るなら言えよ」
会話するのは久しぶりだ。日常生活で彼はほとんどらけるでいて、先のベルベルント防衛戦でラケルタが出てきているのは見かけたのだが、とても会話できるタイミングはなかった。こうして言葉を交わすのは、実にカンバラの里以来だ。
「ああ。参加受付もギリギリだったのだ。参加を巡ってらけると揉めてな」
「揉めた?」
「らけるのほうに参加意思はなく、彼は翠玉と祭りを見たかったらしいな。誘ってはみたが断られたので、予定がなくなりこうして私に時間を譲ってくれたわけだ」
それは……らけるには気の毒なこったな。
「てめぇはこういうの好きなのか」
ラケルタはらけるに比べて真面目な武人、という印象だったので、こんなお祭り騒ぎに便乗するのは意外だった。思わず尋ねると、
「たまに技術を披露する場がなければ、剣も鈍ろうよ」
涼しい顔をするのだった。
「タンジェリン。貴殿の目的がアノニムとの戦いであることは知れている」
ラケルタはトーナメント表を指す。
「一回戦で私か貴殿、勝ったほうが、二回戦でアノニムと対戦だ」
アノニムが一回戦を勝ち抜けば、とラケルタは言い添えた。星数えの夜会の参加者は俺、ラケルタ、アノニムの三人で、トーナメント表できれいに横並びになっている。アノニムの一回戦の対戦相手は知らない名だったが、確かにアノニムがここを勝ち抜けば俺かラケルタ、どちらかと戦うことになる。
「……」
慣れねえ武器でラケルタに勝たなきゃいけねえわけか。俺は少しげんなりした。誰が相手でも負ける気でやるつもりはないが、黒曜をして『相当な剣の腕』と言わしめるラケルタとどう戦ったものか。
「しかし、あと一時間も待機というのは長いな」
ラケルタがぼやくように言った。俺は内心で同意する。ただ、40人近い参加者全員が一気に闘技場に出ることはできない。交替しながらウォーミングアップをするのを想定すれば無理のない数字ではあるのではないか、と思う。たとえば5人ずつウォーミングアップしたとすれば、だいたい8組が交替で使うことになるわけで、そうなれば各組が使える時間は7分半しかない。
「てめぇもちょっとは身体を動かしておくんだろ」
「そうしたい気持ちはあるのだが……動くと体力を消耗する」
「ああ……暑いからな」
闘技場は円形のコロシアムで、スリバチ状の観客席にも闘技の舞台にも屋根はない。直射日光をもろに受けることになる。戦闘に備え、室内で身体を休める者がいるのも納得の暑さだった。
「なるべく屋根の下にいるつもりだよ」
「そうか、直射日光が当たらねえだけマシか」
「ああ」
許可は得ているとはいえ、らけるの身体にあまり負担もかけたくはない、とラケルタは言った。
「らけるは参加意思はなかったんだったな」
「ああ、ただもう開き直っているらしいな。復興杯に関しては私の好きにしてくれ、とのことだ」
「開き直る……翠玉の件か? そもそもなんで断られたんだ?」
別に興味があるわけではないのだが、どうせここで話を切り上げてもヒマな時間が続くだけなので尋ねてみた。ラケルタは、
「翠玉には先約があったのだ。ずいぶん前から、午前中はポラリスと祭りを回ると約束していたらしい」
「それじゃあ仕方ねえな」
ポラリスというのは星数えの夜会に所属する冒険者の一人で、自称人魚の女子だ。ちょっとやかましいだけで悪人でないことは分かるのだが、俺の苦手なタイプで話をしたことはほとんどない。ただ翠玉と仲が良いことは普段の様子で知れていた。
友人同士の間に割り込んだっていいことなんか何もない。
「そうだな。だかららけるも大人しく引き下がったのだが、それで午前中は予定がカラになってしまったので、こうして私も復興杯に出られるというわけだ」
「午後はどうすんだ?」
「祭りを見たいと思っているようだが……らけるは一緒に回る相手を探しているよ。タンジェリン、どうだ?」
日頃つい適当にあしらってしまうものの、別にらけるを邪険に思っているわけではない。祭りを回るのも嫌というわけではないのだが……脳裏に黒曜との約束が浮かぶ。どうしたって俺も黒曜と祭りを回りたいのだ。
「……俺も先約がある」
「なるほど、今日のらけるはツイてない」
ラケルタは笑ったが、らけるには若干悪い気もする。俺の考えを察したのか、
「翠玉はポラリスとの予定は午前中だと言っていた。午後は空いているかもしれないからな、また声をかけてみるように言っておく」
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