ミラー・イン・ザ・ボックス 1
振り下ろした斧が的確にゴブリンの頭を割った。
浴びた血飛沫を乱暴にぬぐう。俺は次の獲物へと素早く視線を走らせた。
奇声を上げながら刃こぼれした剣を向けて突っ込んでくるゴブリンをかわしたら、今度は斧を横薙ぎにしてその身体を両断する。
「雑魚が群れやがって!」
愚痴も出ようというもんだ。
ゴブリンはざっと見ただけでも十数体で群れを作っていて、そのどれもが戦闘員らしく何かしらの武器を持っている。
村の家畜や畑を思う存分襲って肥えたに違いない。ゴブリンにしてはやや体格がいいのも厄介に拍車をかけていた。そこら辺のゴブリンより力があり、脂肪のせいで傷が致命傷になりづらくなっているのだ。
俺たちはようやく、ゴブリンどもを半分片付けたところだ。
夕暮れ時の牧場は少なくなった家畜を避難させている。広さ自体は暴れるのに不自由ない。だが、ゴブリンを殺すほどにその血で塗れた地面のコンディションは悪くなる。
俺の得物は戦斧だ。斧は踏ん張りがいる武器だ、ということを、俺はここ数ヶ月で嫌と言うほど学んだ。戦えば戦うほど動きにくくなる地面に苛立つ。
だが、迫り来るゴブリンの棍棒の攻撃を捌けないほどのボンクラではない。
力いっぱい棍棒を弾き、ゴブリンを袈裟斬りにすると、相手は身悶えながら絶命する。
「次!」
怒鳴って手近なゴブリンを睨みつけると、残りのゴブリンはじりじりと間合いを取る仕草をした。怯んだのかもしれない。
思わず舌打ちした。
もっとも近い位置にいるゴブリンの武器は、粗末な槍だ。俺の斧よりもリーチが長い。
さっきみたいに向こうから突っ込んでくれば対処は楽だ。だがこちらから向かうと一撃は食らうかもしれない。だいたいゴブリンの武器ってのは、致命傷にならなかったとしても病原菌だの潜んでいるんだ。うまく攻撃をかわしながら攻撃しないと、後が面倒だ。
そう俺が一瞬思考している間に、仲間の一人、黒曜がリーチの差に構わず向かっていった。
黒曜は無表情のまま、すらりと抜いた青龍刀でゴブリンを両断する。あまりの速さに、何が起きたのか分からない、という顔のゴブリンが派手に血飛沫を上げて倒れた。
錯乱したゴブリンが一体、顔色一つ変えない黒曜に武器を振りかざした。
だが、そのゴブリンが黒曜に一太刀でも浴びせることはなかった。こちらも仲間の緑玉がその両腕に構えたトンファーでそいつを撲殺したからだ。
黒曜が緑玉と視線を交わした。感謝というほど明確な意思は読み取れず、かといって咎めるでもない黒曜の様子を見て、緑玉が小さく肩を竦めたのが分かる。
最後に残った数匹のゴブリンは、とうとう敵わないと悟ったのかてんでバラバラに逃げ出した。黒曜と緑玉の様子に一瞬気を取られていた俺は我に返り、逃げ惑うゴブリンを追う。
ここで逃がすと厄介だ。森や住処に潜まれたら、探すところからやる羽目になる。
「待ちやがれ!」
ゴブリンの逃げ足は、思いのほか速い。
広がる距離に焦る。斧を投げてやろうか、一瞬迷ったその横を、獣のような速さで追い抜く影がある。
それはゴブリンに飛びかかると、あっという間に手に持っていた棍棒で殴り殺した。
残るゴブリンも黒曜と緑玉が手早く始末していた。最後の最後に醜態を晒した。俺はまた舌打ちする。
別に、競争ってわけじゃない。この場に残った四人は仲間同士だ。だが、俺はこういうので劣るのは我慢ならない。
俺の前で最後のゴブリンを殴り殺した男が、ゆっくりとこちらを見る。
「あやうく逃がすところだったじゃねえか?」
それは俺が一番よく分かっている。が、図星を突かれるとカチンときた。
「斧を投げるなり何なり、いざとなりゃ方法はあったさ」
苦しい言い訳だ。それでも言い返さなきゃ気が済まなかった。
男――名をアノニムという――は鼻で笑った。余裕そうなところがますます腹立たしい。アノニムを睨むと、やつも睨み返してきた。
そうして俺とアノニムが睨み合っているところに黒曜と緑玉がやってくる。黒曜は抑揚のない声で、
「終わりだ」
とだけ告げた。口数の少ない男なのだ。
そうだ。何はともあれ、牧場にゴブリン十数体の死体。
ゴブリン討伐の依頼は達成だ。
黒曜はすたすたと家畜小屋へと向かう。緑玉は呆れた顔で俺とアノニムを一瞥したが、特に何も言わず黒曜に続いた。
俺も大概だが……おおよそやつらには愛想というものがない。
「……行くか」
冷めた態度を取られたからか、俺の熱も落ち着いた。不毛な睨み合いを切り上げて、血まみれの牧場を眺める。
これの掃除を追加依頼されたら面倒だな、と思いながら、俺は踵を返した。
★・・・・
「怪我はないかい!?」
家畜小屋で待機していたパーシィが、開口一番そう尋ねた。
「ああ」
淡白な答えを返した黒曜は「依頼人に報告してくる」と言って、そのまま休みもせず牧場主のところへ向かおうとする。
「俺も行こうか?」
家畜小屋に座り込んでいたサナギ・シノニム・C24が、立ち上がって尻についた藁を払った。
パーシィとサナギは能力や特性があまり乱闘向きではないので、こうして家畜小屋で待機していた。
黒曜は首を横に振る。
そう、とサナギはすぐに引き、黒曜は小屋に来たときと変わらない動作で小屋を出ていった。
黒曜、緑玉、アノニム、パーシィ、サナギ、そして俺タンジェリン――この六人が、俺の所属する冒険者パーティの構成員だ。