カンテラテンカ

ミラー・イン・ザ・ボックス 2

 戦いの疲れを少しでも癒そうと思い、俺が斧を下ろして肩を回していると、
「おい」
 アノニムが声をかけてきた。
「てめぇ、何体殺った?」
「……」
 無視しようかとも思ったが、そうするとこの話題から逃げたみたいにも思える。それは避けたい。俺は素直に答えた。
「四体だ」
「俺は五体」
 マウントを取られた。ムカつく。
 アノニムは鼻で笑って明らかに俺を見下した顔になる。
 アノニムと俺はつくづく気が合わない。何かというとこうして力比べだの口論だのに発展する。口論はともかく、力比べは勝てた試しがない。重ねて言うが、マジでムカつく。
 再度藁の上に腰かけたサナギが「おや」と声を上げる。話を聞いていたらしい。
「あれ、それじゃあ緑玉は三体しか倒してないことになるな」
 急に話題に出された緑玉が反応して、
「何」
 と短く言う。
「黒曜は四体倒しているのを見たよ」
「見てたの。数えてたの」
「うん。ゴブリンが全部で十六体なのも見てたし、数えてた」
 サナギはどうでもいいところも目ざとい。
「倒した数なんて別に何体でもいいじゃん……」
 これ以上、会話に混ざりたくない、話題にされるのはごめんだとばかり、緑玉は会話を打ち切ろうとした。
 が、今度は身を乗り出してきたパーシィが、
「そうだよ。それに、アノニムがいるんだから多少討伐数が少なくなってしまっても無理はない」
 話を引き継ぐもんだから、緑玉は露骨に面倒そうな顔をした。
 パーシィとアノニムはパーティの中では比較的長い付き合いらしい。どうも贔屓がある。俺は顔を歪めた。
「少なくなるも何も、一体しか変わらねえじゃねえか」
「最後のゴブリンに目の前で逃げられそうになってたけどな」
「てめぇ! そうだ、あれが最後の五匹目なら、横から掻っ攫ってったってことじゃねえか!」
 アノニムがまた腹立つことを言うから、俺は思わず食ってかかった。
 アノニムは平気な顔で、
「そんなもん殺ったもん勝ちだろうが」
 思わず掴みかかろうとしたとき、
「揉めているのか」
 黒曜の声がした。早々に依頼人への報告を済ませたらしい。
 その言葉には特に咎めた様子もなく、感情は伺えない。黒曜が感情的になるところなど見たことがない。
「別に、そんなんじゃねえよ」
 ふん、と鼻を鳴らして俺はそっぽを向いた。
「そうか。依頼人が呼んでいる」
 黒曜はすぐに背を見せて家畜小屋を先に出て行った。明確には言われなかったが、ついてこい、という言葉を言外に感じ取り、俺たちは後に続いた。

★・・・・

 依頼人は中年の牧場主で、このヤイ村の村長でもある。
 村で一番大きな牧場を所有していて、その分だけゴブリンからの被害が大きかった。
 ここ一月ほど、近隣の森に住み着いたらしいゴブリンたちの襲撃で、家畜が何頭もやられたとのことだ。
 一般に、ただの人間が適当な武器を持ってゴブリンと戦い、生き残るのは、ほとんど無理だ。俺はよく知っている。妖魔というのは、本当に舐められない。俺たちがゴブリンを苦も無く一蹴できたのは、俺たちが「冒険者」だからだ。
 当たり前だが、冒険者を名乗って直後、急に身体能力が上がるとか、妖魔との戦闘に耐え得るメンタルを手に入れるとか、そういうことはいっさいない。
 単に俺たちは日頃の戦闘訓練や今回と同じような妖魔や害獣の討伐依頼で、少しずつ鍛えているってだけだ。
 最初の依頼でゴブリンに敗北し二度と戻らない新人冒険者もいる。
 その点で言えば、最初にたまたま組んだ六人で、まだ三ヶ月ではあるが、一人も欠けずに依頼をこなせているのは相当運がいいんだろう。
 アノニムのように気に食わないやつはいるが、命と天秤にかけたらそのくらいは目を瞑るしかない。少なくとも、今は。

★・・・・

 さて、家に入ると、そわそわした様子で依頼人が待っていた。
「終わったのか!」
 高圧的な態度で尋ねる。
 俺は最初からこの依頼人が気に食わない。というのも、こいつは最初から冒険者ってのを見下していて、おまけに黒曜たちへの態度が露骨に悪い。……もっとも、こいつに限らず、村人の多くは黒曜たちを見て驚いて顔を背けたり、隠さず渋面を作ったりしていた。
 そりゃあ、こいつや村人たちの思考も分からないわけじゃない。
 黒曜、緑玉、アノニムの三人は「獣人」だからだ。
 黒曜には、豹の耳と尾。――出会った当初、猫だと言ったら注意されたな。
 緑玉の両耳にあたる部分からは鳥の羽根。――緑の鳥だ。ウグイスかメジロだろうと思っていたら孔雀らしい。
 アノニムの牛耳と、折れているとはいえなお目立つ角は、アノニムがミノタウロスの血筋であることを示している。
 昔に比べて獣人への抵抗はかなり少なくなっている、とはサナギの弁。だが、こういう田舎の村ってのは得てして閉鎖的で排他的だ。まだまだ獣人差別が激しく、だいたい歓迎されない。
 だから依頼を受けたパーティに獣人が半分もいる、という時点で、この依頼人は俺たちを追い出してもおかしくはなかった。
 実際のところ、村長はじろじろと俺たちを不躾に眺めて「まあ、使えればなんでもいい」と、横柄な態度で依頼内容を話した。
 獣人だからか知らないが、緑玉は人間嫌いなのだが……その緑玉じゃなくても嫌な気分になるような態度だった。
「薄汚い冒険者でも、ゴブリン程度は始末できるんだろうな。お前らは程度も低そうだが」
 俺は何度も水筒の水をぶっかけてやりたい気持ちを抑えた――この依頼人、茶の一つも出しやがらねえ!――気持ちを抑えられたのは、冒険において貴重な水をこの依頼人にぶっかけるのが勿体なさすぎるからだった。
 別に、黒曜や緑玉やアノニムがなんと言われようが、俺には関係がない。そこを論点に怒る気もない。だがこの依頼人は、人間の俺に対しても言動が変わらないので、結局、俺も緑玉たちと同じくらい腹が立つ。そういう意味では分け隔てない人物なのかもしれないとパーシィがぼやいていた。
 それはそれとして、たいそう不快な思いをしたであろう黒曜だったが――まあ、黒曜は相手を見て依頼を受けるか否かを判断するようなタイプではないが――この依頼を受けることを躊躇わなかった。黒曜はこのパーティのリーダーなので、俺たちは必然、それに従うことになる。俺たちは夕方、ゴブリンの襲撃を待ち構え、応戦して倒した、というわけだ。

 村長はゴブリンを全滅させたことを尊大な態度で喜んだ。
「仕事はしたようだな。約束の600Gだ。さ、終わったんだからもう帰ってくれ」
 サナギが肩を竦めた。アノニムがあくびをしている。俺もそうしたい気分だ。こういうところでだけ気が合う。
「なんだ? 言っておくが、これ以上居座っても何も出んぞ。ワシらはこれからゴブリンどもの死体を確認するのに忙しいんでな」
 どうせもう顔を合わせることもないだろう。てめぇの横柄な態度に呆れてんだよ、と言おうとしたが、やめた。文句を言うなら、黒曜が600Gを受け取ってからだ、と思った。実際、黒曜が600G受け取るときにはどうでもよくなっていた。さっさと帰って湯でも浴びて、飯を食いたい。
 俺たちはゴブリンの返り血にまみれたまま、荷物をまとめて村を発った。
 報酬600Gってのは、ゴブリン退治においては若干少ないくらいの金額だ。だがまだパーティを組んで三か月の新米冒険者である俺たちは、報酬金や依頼人の好き嫌いで依頼が選べるほど偉くない。だから黒曜も依頼を受けたのだろう。
 報酬は人数割りになるから、俺の取り分は100Gだ。命を賭けた割には合わない。だが、それが冒険者だ。

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