ミラー・イン・ザ・ボックス 7
その翌日。
幸いなことに今朝は悪夢を見なかった。深く眠ったらしく、目覚めてすぐに活動的な気持ちになれた。黒曜とのトレーニングを行い、身支度を整えて朝食を食べ、自室に戻って食休みのあと筋トレを始めた。小箱の開錠にはすっかり煮詰まっていたし、筋トレは毎日欠かさずしている日課なのもある。
身体を動かしていると頭を空っぽにできていい。
ひと汗かいてモヤモヤが一時的に吹き飛び、清々しい気持ちになっていると、部屋がノックされた。
最近来客が多いな、と思いながら「誰だ?」と声をかけると、ドアの向こうにいたのは黒曜だった。
「タンジェリン。旅支度をして降りてきてくれ。依頼だ」
俺は立ち上がった。「分かった」とだけ返事をすると、黒曜は立ち去ったようだった。
こんなに立て続けに依頼が来るのは、駆け出しの俺らにとっては珍しいことだ。稼業なのだから忙しいほうがいいに決まっている。
さっさと旅支度を済ませ、部屋を出る……前に、小箱に目を留めた。
一瞬、持っていって旅先で開錠を試みようか考えた。だが旅には邪魔になる。それに万が一俺が帰らなかったとき、これが手元に戻らず困るのは娘さんだ。
俺は結局、小箱は机に置いたままで部屋を出た。小走りで階段を駆け下り食堂に出ると、テーブル席に緑玉とサナギが座っている。
「黒曜はアノニムとパーシィを呼びに行ってる」
何も聞いていないのにサナギが言った。俺は頷く。あいている席に座る。
数分もしないうちに、準備を整えた六人が集まった。
「こうも立て続けに依頼があると、少し驚くな」
パーシィが口火を切ると、サナギがうんうん頷いた。
「まだ内容は俺も聞いていないよ。黒曜、説明して?」
黒曜が「ああ」と首肯し、
「目的地は先日行ったばかりのヤイ村だ。あの村は……タンジェリンと緑玉は知っていると思うが、俺たちが依頼を終えて去ったあと、何者かの襲撃に遭ったらしい」
「ええ!」
サナギとパーシィが顔を見合わせた。
「そんなタイミングよく、入れ違いみたいに?」
「詳細は不明だ。だが、ヤイ村が壊滅し、多くの死人が出たのは間違いないらしい。そこでゴーストを見たと行商人からベルベルントの聖ミゼリカ教会に報告があったそうだ」
「ゴースト……!」
死霊の類を討伐できる者は限られている。冒険者の中でも中堅以上か、あるいは俺たちのような駆け出しでも聖職者がいれば可能だ。この依頼は、俺たちへの依頼というよりパーシィへの依頼と言っていいだろう。
「数は?」
「不明だ」
「参ったな……」
パーシィもほぼ指名であることが理解できているだろう。腕を組んで難しい顔をしている。
「あんまり数が多いと、複数回に分けないと厳しいかもな」
「どのくらいが目安だ?」
「三十体より多いと、無理だと思う」
黒曜の質問にいつになく真面目な顔のパーシィが答えた。
「俺の力の源は人々の祈りなんだよ。ベルベルントからそう離れていないとはいえ、あの場所にベルベルントの祈りは届かない。ヤイ村では祈りの力は期待できないだろうから、ここで蓄えている力を持っていくしかない……」
君たちは全員、信心深くないしな、と、パーシィは言った。確かに俺は不心得者なほうだし、黒曜たちも特定の宗教を信仰している話は聞かない。どういう理屈か分からないが、言葉通りパーシィの力が誰かの祈りによって成り立つなら、確かに俺たちでは不足だ。
「行ってみないと分からないな」
「聖水を買っていくといいと思う。武器にかければ、一時的とはいえみんなの攻撃も通るよ」
パーシィの言葉に、緑玉が荷物袋を掲げた。もう買ってある、ということだろう。
「で、報酬は?」
「ゴーストが全部退治できれば600Gだ」
「それ、適正価格なのか?」
「聖水代とか野営のこととか危険性とか考えると、かなり安いかもね」
俺は渋い顔をしてみせた。サナギがそれを見て笑う。
「依頼を選り好みできる立場じゃねえだろ」
驚くことにアノニムがまともな冒険者っぽいことを言う。
「どちらにせよ、聖ミゼリカ教会からの、ほぼ俺たちへの指名だ。断れる依頼ではないな」
淡々と言った黒曜が、荷物を持って立ち上がる。
「発とう」
俺たちはまた、数時間かけてヤイ村に行くことになる。
途中、休憩に親父さんが持たせてくれたサンドイッチを食い、ヤイ村に近づく。まだ日は高い。ヤイ村の近くで待機し、ゴーストが確認でき次第、対処する形になるだろう。