ミラー・イン・ザ・ボックス 6
燃えている。
村が、燃えている。
俺にとってただの日常であったはずのそれが、破壊され、蹂躙され、めちゃくちゃになって、そこにある。
俺は雄叫びを上げて、緑肌の巨躯に向かっていった。だが、木を切るための斧は簡単に弾かれて、ちょっと突き飛ばされただけで俺の身体は人形を振り回すみたいに吹き飛んだ。
オーガ。
俺の村を襲った巨躯の群れ。
隣の家の爺さんを。婆さんを。村長を。私塾の先生を。家畜小屋の夫婦を。井戸の横に住む娘を。教会の神父を。命乞いをする親子を。
父を。母を。
引き裂いて貪り食うそいつらを。
いつか、絶対に、殺してやる。
そう、誓った。
★・・・・
目が覚めた。
疲れていたからだろう。故郷の夢を見たのは。
実際に半年前に滅ぼされた、俺のふるさと。エスパルタ国にある、ペケニヨ村という小さな村だった。
生き残ったのは俺だけだ。なんで俺だけ生き残ったのかは知れない。どうでもいい。とにかく、俺の目の前で村を、村の人々を、俺の両親を蹂躙してのけたあのオーガどもに、俺は復讐しなくてはならない。
そのためには、俺は戦う技術を、力を手に入れる必要がある。だから俺は冒険者になったのだ。ただの木こりであった俺が、戦い、オーガどもを殺す力を求めて。
やはり盗賊役なんかに甘んじている場合ではない。さっさと金を貯めて異動して戦士になり、経験を積まなくては……。
俺は起き上がり、今の時間を確かめた。昨晩は遅かったが、日課のトレーニングをする時間には間に合っている。俺は、軽くストレッチをして身支度を整え、階下に下りた。
朝の冷えた空気が、汗ばんだ身体を撫でる。俺の振った斧は、勢いよく空を切った。
「ちっ!」
容易く回避された攻撃から二撃目を繋ごうとした。が、木こり生活で慣れた手斧よりもはるかに重い戦斧は、力任せに振り回したせいで勢いよく外側へ逸れている。それでも俺の生来の並外れた怪力は強引に斧を切り返したが、そのときにはもう、相手はとっくに青龍刀を俺の首元に差し向けている。
「悪くない動きだった」
俺を見下ろす、感情の伺えない顔。元木こりの俺に戦闘を教えているのは、黒曜だった。
「最初に比べれば見違えたが……まだ、踏み込みが甘い」
くそ、と俺は毒づいた。
「基礎の基礎は身に付いている」
「だがてめぇに一太刀も浴びせられてねぇ……!」
「それは相手が俺だからだろう」
黒曜は淡々と告げた。
「現に、ヤイ村ではお前は滞りなく戦闘ができていた」
ヤイ村での戦闘……つい昨日のゴブリンとの交戦の話だ。確かに俺は戦闘に勝って、だから生きてここにいる。
「お前は戦闘能力こそまだ低いが、体力も筋力もあり、足腰も鍛えられている。冒険者としての基礎は出来上がっている」
「だからなんだよッ!」
俺は怒鳴った。
「旅だけできる奴なんざ冒険者と呼ばねえんだよッ! 戦闘ができて敵を殺せる、それが冒険者だろうがッ!?」
黒曜は俺のことを無表情で見下ろしていたが、やがて「そうか」とだけ言った。黒曜が俺に何を言うつもりだったのかは知れない。
黒曜との日課のトレーニング――戦闘訓練は、見た夢の不快な、焦りのような気持ちを振り払ってくれた。
俺は半年前にペケニヨ村からここベルベルントに来てすぐ、戦闘を師事する相手を探した。紆余曲折はあったのだが、それで最終的に戦闘訓練を引き受けたのが黒曜だった。黒曜はその頃すでに星数えの夜会を常宿としており、その縁で俺もここに所属することになった、というわけだ。
三ヶ月間の基礎訓練は厳しく、それを終えてようやく冒険者としてやっていける立場になったというのに、その先が盗賊役とは……。考えれば考えるほど、自分のやっていることのちぐはぐさに呆れる。
★・・・・
パーティの仲間たちは食堂でてんで気ままに過ごしていた。いつも朝が遅いサナギまで起きているので、黒曜とのトレーニングは思いのほか長くなったらしい。
「おはよう。毎日精が出るねぇ」
そのサナギが声をかけてくるので、俺は軽く右手を振るだけで応じた。
洗面所でタオルを使い汗を拭き、再び食堂に戻ってくる。昼時らしく客入りが多い。
「何か食べますか?」
適当にカウンター席につくと、すぐに娘さんが声をかけてきた。
「あぁ……そうだな、じゃあパンとシチューで」
「はーい。すぐにお持ちしますね!」
星数えの夜会の昼食には、シチューが大鍋で用意されていることを知っている。わざわざニンジンが星の形にくり抜かれた「星数えシチュー」だ。手間だろうに何故わざわざそんなことをするのかと尋ねたことがあるが、「こうするとウチの名物っぽいから」との回答だった。実際のところ、抜き型を使っているのでそこまで手間はかけていないらしい。
俺はカウンターで頬杖をついて、ぼうっと食事を待っていた。横に座ってきた行商人らしき男二人組がこんなことを話しているのが耳に入る。
「いやしかし、なんてこった。なんであんなことになったんだ」
「あの村、最近ゴブリンに悩まされていたって話だぞ。ゴブリンがやったんじゃないのか」
ゴブリンに悩まされている村か。昨日の依頼の村の話題だろうか?
「あの様子じゃ、生き残りはおらんだろうなあ」
「ベルベルントへの行商の途中で寄るには最適な村だったんだがな、ヤイ村は」
「……」
俺は振り返り、テーブル席で、緑玉とその姉・翠玉とともに食事をとっている黒曜に声をかけた。
「黒曜、昨日の依頼の村……確か、ヤイ村っていったよな?」
黒曜は特に驚いた様子もなく顔を上げて、無表情のまま頷いた。
「ああ」
「えっ」
今度は行商人が振り返る番だった。
「ヤイ村の……依頼が、なんだって?」
「俺たち、昨日ヤイ村でゴブリン退治をしたんだが……ヤイ村がどうした?」
俺が尋ねると、行商人二人は顔を見合わせた。それから片方が俺のほうを見て人目をはばかるといった感じで言った。
「実は……そのヤイ村に今朝方、寄ってきたんだが……ひどい有様だったよ。建物は壊されて、火を放たれてめちゃくちゃ。一人残さず殺されていて……」
「なんだと?」
「俺たちはすぐ離れてベルベルントに来たが……野盗かもな……」
神妙な顔の行商人から視線を黒曜に移す。黒曜は涼しい顔で「依頼外だ」と言った。
そうだ。俺たちにはもはや関係のないことだ。
破壊された村。火を放たれた家屋。殺戮の限りを尽くされた村。
今朝見た夢が目の奥でちかちかとちらつく。ああ、ちくしょう! 俺はかぶりを振った。
「お待たせしましたー」
状況を知らない娘さんがのんきに俺の前にシチューとパンを置いた。俺は、あえてもう何も考えないように、パンをシチューに浸してかぶりついた。