カンテラテンカ

不退転の男 2

 タンジェが親父さんに渡されたお使いメモは、結構な文字数で――だが、サナギの書くそれに比べて、なんと読みやすいことか!――その分、タンジェの抱える買い物袋もかなり重い。もちろんタンジェにとって運ぶのに苦労はないが、これをそれなりの年齢の親父さんや非力な女性の娘さんに運ばせるのは無理があるだろう。買い出しを引き受けた理由はそれだけだ。
 もっとも、タンジェがこのお使いを引き受けなかったとて、別に他に予定があるわけでもない。ヒマではあった。世話になっているのだ、あいている時間にお使いくらい行ってやって然るべきだろう。
 改めてお使いメモを確認して、不足のものがないことを確認する。問題ないと判断し、星数えの夜会への帰路を歩く。
 馬車が横切るのを待つ大通りで、くい、と服の裾を引かれた。見下ろすと、幼い少年がひとり、タンジェの服の裾を掴んでタンジェを見上げている。
 知らない子供だ。もっとも、知っている子供というのはほぼいない。
「なんだよ?」
 上から睨んだが、少年はまったく怯んだ様子がない。太陽光をいっぱいに浴びてキラキラ光る大きな目でしばらくこちらのことを見上げていたが、
「パパとママが……」
 と、呟いた。
「あ?」
「パパとママが戻ってこないんだ」
 少年にはまるで悲壮感も焦燥感もなかったが、その言葉には多少、同情した。内心で、ほんの少しだけ。とはいえ、タンジェにできることなんか別にない。わざわざ迷子の両親探しをしてやる気はなかった。そうでなくても、買い出しの途中で、大荷物を抱えているのだ。
「で?」
 とタンジェは言った。
「お兄さん、冒険者さんでしょ?」
「……なんで分かった?」
「星数えの夜会は、お兄さんたちが思ってるより有名だよ」
 少年は無邪気に笑っている。
「ね、依頼を受けてほしいな。ボクのパパとママを探して! お礼ならできるんだ」
 依頼内容の割に、ずいぶん気楽な様子だった。

★・・・・

 帰宅後、タンジェは買い出ししてきた荷物を親父さんに預けて、結局、ついてきた少年を適当なテーブル席に座らせた。それからパーティのメンバーを探す。迷子の両親を探す程度の依頼、本来ならタンジェ一人でも済むだろうが、問題は少年が告げた「パパとママがいると思う場所」だった。少年は「パパとママは学者さんで、遺跡に行ったんだよ」と言ったのだ。
 遺跡……確かにベルベルントの周囲にはいくつか遺跡がある。いずれも比較的小規模で、すでに発掘・盗掘され尽くした出涸らしだと聞いているが、学者ならば行くこともあるのだろうか。問題は、放棄されたそれらの遺跡には定期的に妖魔が住み着く、と聞き及んでいたことである。そのたびに駆除されているようなのだが、少年の両親が帰らないなら、最悪の場合を考えなければいけないだろう。
 少年がテーブル席で足をぷらぷらさせているのを横目に、見慣れた顔を探せば、黒曜とパーシィはすぐに捕まった。アノニムは外出から帰ってきたところに声をかけることができた。
「サナギと緑玉知らねえか」
 たまたま近くにいた翠玉に尋ねると、鳥がさえずるように控えめに笑って、
「2人でお出かけしましたよ」
 と。タンジェは面食らう。サナギと緑玉が? ……もしかして、本当に仲がいいのか?
 まあ、それを追及する趣味はない。わざわざ外出しているのを呼び戻すこともないだろう。妖魔のいる可能性がある遺跡とはいえ、ベルベルントの郊外。フルメンバーで臨むほどの危険はないと思われる。
 とりあえず4人で少年の話を聞くことにした。

「名前は?」
「ハンプティ!」
 黒曜の質問に元気よく答えたハンプティは、冒険者たちの顔をじーっと見比べてから、何か質問があれば、とでもいうように首を傾げた。
「両親が遺跡から帰らないという話だったが」
「うん! 北にあるホックラー遺跡に行くって、パパとママが言ってた」
「ホックラー遺跡か」
 黒曜が言いながら――今回サナギが不在のため――メモを取っている。
「いなくなったのはいつ頃だ」
「昨日のお昼くらいから。昨日の夜には帰るって言ったのに、帰ってこないんだ」
 ここで、だいたいサナギかパーシィが「それは不安だろうね」くらい言うものだが、サナギはいないとして、パーシィが黙って聞いているのが何となく不自然に感じた。パーシィの顔を見やると、特に変わった表情はしていないのだが、何か考え事をしている様子だった。無視してもよかったが、
「パーシィ、何かあんのかよ」
「え?」
 タンジェが声をかけると、パーシィは顔を上げた。
「俺かい?」
「何か考えてることがあるんじゃねえのか」
 目を何度かぱちぱちと瞬かせたあと、パーシィはハンプティを見て、
「それじゃあ、……ハンプティ、きみ、片眼鏡の、長身の男性に会ったことはあるかな?」
 その外見特徴に当てはまる心当たりは、ラヒズしかない。だが、何故、今このタイミングでそんなことを少年に聞くのだろうか。タンジェは訝しく思ったが、黙って様子を見ていることにした。ハンプティは人差し指を顎に当ててしばし考えたあと、
「うーん……あ。あの人のことかな? あるよ。パパとママの友達だって」
 パーシィはそれを聞いてまた少し考える素振りをしてから、タンジェたちに小声で言った。
「この少年から、若干だが……ラヒズの気配を感じる」
「あ?」
 タンジェの眉が上がる。
「あいつどこにでも出てきやがるな。しかし……どういうこった?」
「分からない」
 本当に僅かなのだけれど、警戒はしたほうがいいかもしれない、とパーシィは告げた。
 警戒と言ってもな、とタンジェはハンプティの様子を眺めた。大きな目を不思議そうにキョロキョロ動かしている。こいつの両親がラヒズに関わっていた、ということなんだろうか。だとすれば帰ってこない原因も、遺跡の妖魔ではなく、悪魔絡みなのだろうか?
 ……今考えても仕方がないことだ。
「報酬は出せるのか」
 黒曜が淡々と聞くと、
「うん! お小遣いがあるから。普通どのくらい払うものなのか、よく分かんないんだけど……300Gldでどうかな?」
 迷子の両親探し、目的地も分かっている、ホックラー遺跡は徒歩で行ける距離、遭遇したとして妖魔は恐らくゴブリンやコボルト程度……さまざまな条件を加味し、充分すぎるくらいだ。300Gldをぽいと出せる子供なんてめったにいない。裕福な家庭の子供なのだろうと思う。タンジェは最近、師ブルースに相談して鑑定眼も熱心に磨いていて、だからハンプティの着ている服がかなり上等らしいことも見て取れた。
「ホックラー遺跡自体は、徒歩で1時間もあれば着く」
 頷いた黒曜が言う。
「早めに出たほうがいいだろう」
 初動はハンプティの両親の生存率に繋がるはずだ。タンジェは頷いた。おそらく日帰りの依頼になるだろうから、旅支度は最低限だ。一同は簡単に、だが的確に装備を整えて、さっそくホックラー遺跡に向かうことにした。
「じゃあハンプティ、依頼が終わったらここで……」
「え、ボクも行くよ!」
 ハンプティはぴょんと椅子から飛び降りて、きらきらとした顔をこちらに向ける。
「連れて行くわけねえだろ、探索の邪魔だ」
「えー」
 タンジェの言葉に、ハンプティは不服そうな顔をして、それから、
「でもボク、パパとママにくっついてホックラー遺跡に行ったことあるんだ! だから案内できると思うよ」
「……」
 ホックラー遺跡は観光地ではないから、まず地図は流通していないだろう。盗賊ギルドに行けば出回っているかもしれないが、そこまで手間をかけたくないし金も無駄だ。タンジェが天秤にかけて悩んでいる横で、パーシィがばっさりと告げた。
「だが、足手まといだからなあ」
「……」
 ハンプティはぱちぱちと目を瞬かせてパーシィを見つめ、やがて少し考えるようにしたあと、
「そっか、分かった。じゃあここで待ってるね!」
 にこりと笑った。なかなか聞き分けのいいガキじゃねえかとタンジェが頷く。ところが黒曜が、
「あとから追ってこられるほうが、やりづらい」
 と言った。思わず彼を見て、
「……何のことだ?」
「ハンプティは、あとから俺たちを追いかけて遺跡に来るつもりだ。見れば分かる」
 その言葉に、タンジェがハンプティに視線を移せば、沈黙を保っていたハンプティは、やがてちろっと舌を出した。タンジェは眉根を寄せて額を抑える。
「……なら、初めから連れてったほうがまだマシか……」
 どうせ来るなら、タンジェたちといたほうが危険は少ないだろう。仕方ない。
「よく分かったものだな?」
 感心した様子のパーシィが黒曜に尋ねれば、腕を組んだ黒曜は、
「幼いころの翠玉と緑玉が、よくああいう顔をしていた。あの顔をした2人は、危険な場所についてくる」
 無表情で言った。はは、とパーシィは笑った。
「翠玉と緑玉が? 意外とヤンチャだったんだな」
「ああ」
 黒曜が頷き、続けて、余裕があればハンプティの面倒をみるようパーシィに言った。今回のメンバー構成で後衛なのはパーシィだけなので、彼に頼むことになるのは止むを得ないだろう。パーシィは「分かった」と快諾したが、本当に分かっているかは怪しい。パーシィに子供のおもりは荷が重いのではないだろうか。

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