不退転の男 3
ホックラー遺跡への道のりは、途中までは街道で快適だ。少し道を逸れても、それほど過酷ではない。1時間歩き詰めなのは、子供の体力にはきついと思うのだが、ハンプティは文句一つ言わなかった。両親とホックラー遺跡に行ったことがある、案内できると言っていただけはあり、道案内も的確だ。年齢や家柄がなければあるい冒険者になれるかもしれない――いや、冒険者なんてのは理由なくなるようなものでもないか。
「こっちだよ!」
パーシィが面倒をみているはずだったが、案の定、すでにパーシィは彼のおもりをほとんど放棄していた。一応ハンプティの動きを目で追ってはいるが、そんなことはタンジェにだってできる。
「手でも繋いでおけよ」
タンジェが呆れ半分でパーシィに声をかけると、
「嫌がられてしまって」
……パーシィではなく、ハンプティの側の問題だったようだ。
「もうあの年頃だと手なんか繋がないものだろうか?」
「あー……ガキはめんどくせえからな……」
そういう時期が自分にもあったかもしれないことを棚に上げ、タンジェは適当に相槌を打った。
「見て見て! ほら、あそこ!」
ホックラー遺跡の入り口が木々に沈んでいる。さすがにベルベルント郊外は騎士団の見回りもしっかりしているらしい、ここまでの道のりには妖魔の気配も賊の潜伏もなかった。
ダンジョンというわけではない、すでに公的な調査が入っている場所だ。さすがに何もないだろうとは思ったが、タンジェは盗賊役としてまず動く。遺跡の入り口を丁寧に調べて、罠の類がないかを確認した。もちろんそんなものはなかったが、昔に解除されたのであろう罠の残骸は残っている。
それから――確かに最近、何者かが侵入したような形跡はあった。ということは、この形跡の主はハンプティの両親だろう。やはり、奥にいるのか。
ともあれ入り口付近に危険はなさそうだ。タンジェは立ち上がった。
「大丈夫だ、進める。行こうぜ」
盗賊役は、こういうとき先頭を歩くものだ。
遺跡の入り口すぐに地下へ向かう石造りの階段があって、それを降りていけば少し開けた空間に繋がった。遺跡と言うだけあってやや人工的な造りで、古びた燭台が等間隔で壁にあった。燭台にはいくつか火が灯っていて明るい。もちろん、自然に火が灯るわけはないから、これも人の痕跡だ。
「やっぱりパパとママがいるんだ!」
ハンプティは喜んだ。
「血の臭いはしない」
黒曜が先頭のタンジェに囁く。獣人の黒曜は五感が鋭いので、彼がそう言うなら間違いはないだろう。
「少なくとも怪我はねぇってことか……? それじゃあなんで帰ってこねえんだ?」
「分からない」
それはそうだ。まだ危険を想定して警戒するしかない。血の臭いも、妖魔の気配もしないなら、考えられるのは……。悪魔の姿が脳裏をチラつく。
遺跡は迷うほどは広くない。多少の分かれ道もハンプティが奥への道を案内してくれた。数十分もすれば、タンジェたちは遺跡の最奥まで来てしまった。四角の石が積み上げられた壁に四方を囲まれた、比較的広い空間だ。
壁の燭台には相変わらず火が灯っていたが、誰ひとりいない。気配もない。
「おい、どうなってんだよ。誰もいねえじゃ――」
「タンジェ!!」
突然、黒曜がタンジェの名を叫んだ。
「――かわせ!!」
意味を理解するより先に身体が動いて、タンジェは大きく一歩身を引いた。タンジェの首があった場所を鋭い刃が通り過ぎる。
「……何の冗談だ?」
タンジェは口端を歪めた。タンジェの首を的確に狙ったその刃は、間違いなく青龍刀のそれだった。ベルベルント近辺で青龍刀の使い手は多くない。少なくとも今ここでそれを振り回せるのは黒曜しかいなかった。
そして実際、避けるよう指示したとうの黒曜が、青龍刀を構えてタンジェに向けている。
「やられた」
黒曜は珍しく忌々しげに顔を歪めて、
「身体が動かん。何とか避けろ、タンジェ!」
「ふざけんなてめぇ! どうなってやがるんだ!?」
容赦のない一閃が再びタンジェを襲う。盗賊役というのはだいたい身軽さがウリで見切りも得意なものだが、ことタンジェに関しては当然そんなことはない。そんな訓練はしていないし取っ組み合いのほうが得意である。それでも黒曜の申告があったのでかろうじて回避はできた。タンジェの赤毛が数本ばかり切り落とされて宙を舞う。
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