カンテラテンカ

分水嶺 10

 ラッシュと緑玉が現れ、それから数分ほど遅れてライゴとサナギが追いついた。サナギは何度か転んだらしく――運動音痴なのである――土と葉っぱまみれだったが、誰にも怪我はなさそうだ。
 地に倒れ伏したノワケを見て、はっとした顔になったライゴは、しかして浅く何度か頷き、「たいしたもんだ」と呟くように言った。
 改めて見たノワケの死体。巨大で、強く、自然に生きた、誇り高い命である。ただ、人に害を為すなら、人のために殺されなければならなかった。共存は、人にとって、あるいは野生動物たちにとっても、容易ではない。タンジェは短く黙祷した。
 目を開けると、ライゴとサナギ、そして緑玉も同様に黙祷しているのが目に入る。数秒後には、目を開いた。
 戦闘は……結果的には鮮やかな連携だったといえるだろう。
 先陣切ったタンジェに気を取られたノワケの目をパーシィが眩まし、その隙にアノニムが強烈な一撃を叩き込んで動きを鈍らせ、黒曜が的確に急所をついた。
 問題といえる問題は、強いて言うなら、自分が明らかに"囮役"であったことにあとで気付いたタンジェが、アノニムをジトリと睨んだくらいである。もっともそれは真っ先に飛び出したタンジェにどうしたってくっついてくる役割ではあったし、実際、戦いにはしっかり貢献している。悔いることも恥じることもない。
 そのアノニムはといえば、ノワケを見下ろして、黙祷するでもなく、
「複数人がかりなら、なんてことはねえんだな」
 言葉の意図をはかりかね、タンジェは訝しげにアノニムを見た。アノニムはそれ以上は何も言わなかったし、ライゴが持ってきたソリにノワケの死体を載せねばならず、その重労働に駆り出されていった。
 タンジェもそれを追おうとしたところで、
「アノニムは剣闘奴隷だったそうだよ」
 突然パーシィが言った。足が止まる。
「幼い頃、子グマと戦わされたこともあったと言っていた」
 タンジェは返す言葉を失い、パーシィを見た。アノニムの背中を眺めていたパーシィはタンジェに視線だけ寄越すと、
「人に歴史あり、というやつだな」
 にこりと笑って、小走りでアノニムのあとを追った。ノワケを囲む輪に入ると、ライゴに、
「これ、食べるのかい!?」
「そうだな、捌いたら村がしばらく食ってけらあな」
 そしてタンジェも、ようやく足を動かして、近付いていった。
「ならさっさと血抜きだ! 黒曜の一撃でだいぶ抜けただろうが……胸からも出したほうがいいだろ」
 分かっとるわい、うるさいガキだ、と、ライゴが言って返す。ノワケの巨体を村に運ぶのは、ずいぶん骨が折れそうだ。

★・・・・

 何度も何度も腰を曲げて礼を言う村長に、いよいよもってタンジェが「もういい、聞き飽きた、鬱陶しい、そもそも最初の一回で足りてんだよ!」と畳みかける頃には、もうとっくに日は暮れていた。
 今からの下山は難しい。ロッグ村には宿はなく、村を前にして野宿かと思われたが、村長は村の集会所を快く貸してくれた。布団はないが、今の時期は寒くはないので床と壁と天井があるだけで充分ありがたい。村長とライゴが湯を沸かしてくれたので身体も拭けた。至れり尽くせりである。
 血抜きを終えたノワケは、運ぶ前に最低限、タンジェとライゴで捌いた。それから村に運ばれたのちに村人総出でさらに細かく捌かれて、大量の肉になった。到底、腐る前に食べきれる量ではないので、ほとんどは燻製肉などになるだろう。新鮮なうちに食べ切れるであろう部位は、村人が各々、深い感謝を述べながら家庭に持ち帰った。村長とライゴが受け取った分は熊鍋にして、今晩の夕食に振る舞ってくれるとのことである。

 熊鍋ができるまでの間、タンジェは外でぼんやりと星を眺めた。星数えの夜会の親父さんとは違い、星見をする趣味はないのだが、夜の秋風は心地いい。依頼を成し遂げた達成感がじわじわと湧いてきて、言葉にならなかった。ただ、熊殺しの喜びを他人と共有するのも悪趣味だと思ったので、こうして外に出て、一人で反芻している。
「何してるの」
 急に声がしたので驚いてそちらを向くと、緑玉がいた。足元にラッシュが寄り添っている。驚いたことは隠しつつ、
「てめぇこそ何やってんだ」
「ラッシュの手入れ。今日の狩りでかなり汚れてたから」
「そ、そうかよ」
 緑玉は普段はかなりドライなほうで、依頼人に対しても心を開くようなことはまずなかった。それがラッシュに対してはこの調子である。ずいぶん面倒見がいいんだな、と言うと、
「ラッシュは依頼の達成に貢献した。俺たちと何も変わらない。なのにラッシュだけないがしろにされていいわけなくない?」
 と、わりと強めの口調で返答があった。
 その語気に反応して反射的に言い返しそうになったが、考えてみれば緑玉の言葉に反論したい部分は特になく、だから口から出す言葉も思いつかず、タンジェは身を乗り出しただけになった。
「……なに?」
「……いや……」
 タンジェは姿勢を戻した。しばし沈黙。
「……じゃあ、俺はラッシュをライゴの家に送ってくるから」
 緑玉が言って、踵を返す。
 おそらくだが、動物が好きなのだろう。もしかしたら、人間が嫌いだからこそ。
 獣人たる緑玉、あるいは黒曜が人間たちにどんな扱いを受け、どんな人生観をもってここにいるかなんてのは知らないし、聞くつもりもない。ただ、パーシィの言葉通りだ――人に歴史あり。
 だとすれば、とタンジェは思った。
「熊鍋、無理して食うことねえぞ」
 緑玉が立ち止まり、こちらを振り返った。
「なんで? 楽しみだけど、熊鍋」
「……」
 気遣って損した。タンジェは舌打ちした。

 やがて供された熊鍋はほんとうに美味かった。
 たっぷりの野菜と煮込まれた熊肉は、臭みもなく柔らかい。この技術は長く獣肉を捌き、調理し、食してきた猟師であるライゴの手腕だろう。
 冒険者というのは身体が資本であるから、だいたいよく食べるものだ。しかし、それでもなお特筆すべきほど、黒曜一行は食事量が多い。大柄で筋骨隆々な見た目通りのアノニムや背が高くがっしりめの緑玉だけでなく、しなやかな体つきの黒曜も、一見すらりとしているパーシィも、本当によく食べる。
 タンジェも健康優良の17歳男子だからして食べ盛りだ。だが健康志向で食事量も腹八分が目安のタンジェは、相対的に周囲から「あまり食べない」と思われているレベルであった。断っておくが、これでも人よりは食べている。
「お野菜、おいしいね〜」
 と、のんきなことを言って、熊肉より野菜ばかり拾って食べているのはサナギで、こいつだけは黒曜一行の中で……どころか、世間一般から見ても少食である。
「……残ったら村のもんに分けようと思ったが、こりゃ……残らんな」
 ライゴが呟いたので、熊肉を咀嚼して飲み込んだタンジェは、
「冒険者に飯出して、残るわけねえよ」
「かっ、覚えておくわい!」
 ライゴが笑った。骨をもらったラッシュがその足元で、珍しく、わん、と一度だけ吠えた。

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