カンテラテンカ

カテゴリー「  ┣星数えの夜会の戦い」の記事一覧

星数えの夜会の戦い 5

 黒曜は、サナギとの取り決め通り、緑玉に勝算が見込めない相手が現れた場合の対応を遂行した。
 敵対する悪魔の名はサブリナ。身長は目算で195cm、武器のヒールは5cm。黒曜より体格はよいがその割に素早い。
 黒曜の役目は緑玉とサナギが無事に騎士団詰所まで逃げる時間を稼ぐことだ。可能であれば勝利する。
「またいいオトコが現れたじゃない! テンション上がっちゃう!」
 サブリナの発言。黒曜の視線がついとサブリナを向く。
「名乗りなさいな! 戦いの前には必要よ」
「黒曜」
 必要はなかったが、応じた。同時に、青龍刀の横薙ぎ。回避。サブリナの上段蹴り。青龍刀での防御。弾いて、返す刃で突き。これも回避される。
 同時に踏み込み、ハイヒールと青龍刀が打ち合う。1撃、2撃、――3撃目で互いに間合いを取り直す。
 外からの喧騒と気配。悪魔が数体、星数えの夜会の扉をから侵入してくる。
「アタシたちの戦いの邪魔はさせないわよ。ちょっとどいてて――もらうわね!」
 サブリナが突如、攻撃目標を悪魔の群れに変更し、そのうちの1体の頭を蹴り潰す。一騎打ちの維持のため、悪魔の掃討を優先したと判断する。黒曜に攻撃照準を向けた槍持ちの悪魔は、その槍を回避し首をはねて対処した。
 ハイヒールが3体目の悪魔の顔面を蹴り抜き消し飛ばす。青龍刀が最後の悪魔の剣を弾いて脳天から両断する。
 それからサブリナの攻撃目標は、流れるように悪魔たちから黒曜へ戻る。上段回し蹴りを屈んで回避。
 対象の足の切断を目的に青龍刀を捻り込む。素早い回避。掠った。だが痛手ではない。サブリナの足から一筋だけ流血。青い血。
「やるわね!」
 サブリナの発言。
「自分の血を見たのなんて何年ぶりかしら。この色だから、見られるとやりづらいのよね」
 生きづらい世界だ。あるいは獣人は、ヒトにとって、ヒトより悪魔に近いのかもしれない。
「アンタもそう?」
 短く首肯。
「そ。でも今は、関係ないわね」
 踏み込みからの素早い蹴り。頭部を狙ったもの。回避して青龍刀を回し斬りする。サブリナの装飾品を一つ持っていった。
 サブリナのヒールが頬を掠る。素早い2撃目は腹部に。大きく下がり衝撃を受け流す。浅い。一瞬で足を入れ替え、黒曜が下がった分だけ踏み込み、続けて3撃目。ほぼ同じ個所、みぞおちを狙った連続攻撃だ。青龍刀で受け止めて弾く。
 浮いた足をそのまま回転させ回し蹴りに変える。振り払ったあとの青龍刀が戻らない位置だ。止むを得ない。右腕を犠牲にする。できる限り綺麗に折れるように位置と角度を調整し、蹴りを受ける。折れた。
 だが持っていかれるだけでは済まさない。
 素早く戻ろうとする足を両断する目算で斬る。思ったより戻りが早く両断はできなかったが、深い。人体ならば大腿動脈の位置だ。青い血が噴き出す。
 悪魔に痛覚はあるだろうか。判断材料はない、不明だ。だが裂傷を負ったほうの足は軸足にはできない。片手でも対応可能と判断する。
 攻めるタイミングだ。青龍刀で首元を狙う。サブリナは下がって回避。返す刃で狙うのは再び首。これは屈んで回避。
 黒曜の足元を狙う回し蹴り。こちらは最低限の跳躍で回避した。
 サブリナの屈んだ体勢は一瞬だ。サブリナが上体を起こしながら半歩下がる。だが、着地した黒曜の踏み込みのほうが僅かに迅い。 
 切り裂く。――届いた。
 サブリナは青い血を噴き出す傷口を抑えて、その場に膝をつく。
「すごく――」
 サブリナが笑う。
「――楽しかったわ!」
 首をはねる。
 落ちた首と身体が靄に包まれて、数秒。靄が晴れれば、そこにはクモが1匹、死んでいる。
 ジョロウグモ。
 窓が割れ、扉が破られ、ボロボロの星数えの夜会に吹いた風が、ジョロウグモの死体を外へ運んでいく。
 転がっていった死体は、二度と戻らなかった。

 生きづらい世界だ。
 だが、黒曜のような男にも、大事なものはある。
 
 目的達成。緑玉とサナギの無事を確かめに、黒曜は騎士団詰所に向かう。

【星数えの夜会の戦い 了】

<< 
【防衛戦・幕間】>>

星数えの夜会の戦い 4

「大丈夫か!?」
 緑玉でもサナギでもない、でも聞き慣れた声がした。大通りに駆け込んできたのはタンジェリンだった。交戦回数が少ない緑玉たちに比べ、ベルベルントを駆け回っているタンジェはずいぶん戦闘をこなしているらしく、血と土埃と怪我にまみれている。でも致命傷はないらしい。足取りもしっかりしている。
「ああタンジェ! ちょうどいいところに」
 サナギがぱっと顔を輝かせた。
「この子たちを聖ミゼリカ教会に送り届けてくれる?」
「あ? 別に構わねえが……なんでサナギが外に出てる? 夜会が襲われたのか!?」
 タンジェリンは緑玉と同じく、サナギと黒曜の囮作戦は聞いていなかったようだ。サナギは逃げてきたことを簡単に説明した。だが黒曜が囮になったことは伏せている。確かに教えたら黒曜を助けに行きかねない。タンジェリンには悪いが、サブリナ相手じゃ黒曜の足手まといだ。
「そうか……逃げてきたのか。それじゃあ、さっさと騎士団詰所に行けよ。てめぇには早いとこ送還術式を書いてもらわねえとな」
「うん。そのつもり。で、この子たちも放っておけないから……」
「分かった」
 頷いたタンジェリンが、双子の片割れを背中に担ぎ、無事なほうを先導してさっさと立ち去っていった。あまりタンジェリンの人となりに興味のない緑玉でも、彼が子供嫌いであることは聞き及んでいたが、タンジェリンは文句の一つも言わなかった。あの男は、この緊急事態に、自分の好き嫌いで人命を選別しないのだ。
 それで自分を顧みて、緑玉は顔を歪める。
 それにしても、タンジェリンは黒曜からの指示でベルベルント中を駆け回っているわけだが……それがたまたま今、このタイミングで通りかかるなんて。
「都合いいな……」
 思わず呟くと、
「ふふ、俺も思った。でも、タイミングとか流れってものは、目に見えないけど確かにあるよ。調子のいい考えだと思われるかもしれないけどね」
 サナギは当然のような顔で緑玉に手を差し伸べた。
「さあ。俺を詰所まで連れて行ってくれる?」
「……」
 必要ないでしょ、と緑玉の口から零れるように声が漏れた。
「サナギ1人だって行けるでしょ? 俺が力不足だから……俺のことを信用してないから、黒曜を囮にして……なんて思いつくんでしょ!?」
 サナギは緑玉のことを見つめていて、次の言葉を待っていたみたいだったが、緑玉の言葉なんかこれ以上はない。
 じきに、サナギが口を開いた。
「"余計なことを考えているね"」
 そして、ごくいつも通り、にっこりと笑った。
「でも、それはきみが生きているという証だね」
 緑玉の目がゆっくり見開かれて、
「………その言葉は……。そんな……それじゃあ、あのときの……"せんせい"は……」
 あの、緑玉に一時の安らぎをくれた老医者は。
「サナギ・シノニム・C23は、晩年、とある屋敷で医者の真似事をしていたね」
 緑玉の人生に"サナギ"は――
「"思い出した"?」
 ――いた、のか?
「もう、あの頃のきみを助けるには遅いけれど、」
 サナギは青い返り血を浴びた緑玉の手を取って、
「今はこうして、きみと手を繋いで走ることができるよ」
「……馬鹿だな……」
 緑玉の声は震えていた。
「本当に、遅すぎるよ……」
 過去の緑玉は、あの日から、焼けた故郷と屋敷に囚われたままだ。
 ひとりぼっちで泣いていて、痛みに震えたままだ。ようやく差し伸べられた手はあまりに遅すぎるのに、でも、こんなにもあたたかい。
 
 サナギがその長い人生の中で負った因果応報は、きっと計り知れない数あって、その中で一番大きな<天界墜とし>が、こうして降りかかってきているけれど。
 そうして彼が紡いできたものの中に、あの地獄において緑玉の唯一の安らぎがあった。
 恩を返す、というわけじゃない。でも、緑玉は初めて、自分の意志で思った。

 俺は弱いかもしれないけれど、頼りないかもしれないけれど、
 俺の周りで勝手に何もかも決まっていくこの世界で、それでも俺が何か選べるのならば。
 サナギを守ろう。彼がそれを望んでくれる限りは。

<< >>

星数えの夜会の戦い 3

 騎士団の詰所の場所は南門のほうだ。2人は大通りを南下していく。
 言いたいことはたくさんある。しかし何もまとまらないし、そもそも言葉にすることに意味があるのかも分からない。ただ、やることだけは決まっていた。そうしたい、したくないに関わらず、サナギを詰所まで送り届けることが今の緑玉に与えられた役目だ。緑玉は今も昔も、それに逆らえない。
 大通りはところどころ燃えていて、崩れた家の瓦礫がたくさんある。死体もあった。緑玉は故郷のことを思い出して嫌な気持ちになる。
 ふと、泣き声が聞こえた。見れば、瓦礫の前に子供がいて泣いていた。足から血を流した子供がもう一人、力なく瓦礫の上にもたれている。
 サナギが立ち止まった。
「怪我をしている。それに……避難場所が分からないのかな? 聖ミゼリカ教会に連れて行ってあげよう」
 緑玉は紙束を持ったままのサナギの手を引いて止めた。
「聖ミゼリカ教会は騎士団詰所とは逆方向だ。移動距離が伸びることはリスクでしかない。無視するべきだ」
 サナギは何度か瞬きをして緑玉の顔を見つめる。ちょっとびっくりしている、という感じで、緑玉に対して軽蔑や失望といった感情は伺えなかった。
 緑玉は重ねて、
「<天界墜とし>の送還術式を書けるのはサナギしかいないんでしょ。サナギを喪うリスクは一つでも増やしたくない」
 それから、視線から逃げるようにそっぽを向く。サナギは瓦礫の前の子供たちと緑玉を見比べて、やがてぽつりと言った。
「……過去の俺の因果応報だ、俺には<天界墜とし>に対する責任がある」
「分かったら、行こ」
 緑玉はサナギの手を引いたけど、彼は動かなかった。
「でも、それって見捨てる理由になるかな? 俺の責任はこのベルベルントにいるすべての命から負っているんだよ」
 そして緑玉を見て何故か微笑むのだ。
「大したことじゃないよ。ただちょっと寄り道するだけじゃないか」
「たった2人の、しかも片方は死にかけてる、あんなちっぽけな命のために危険を負う必要はないんだ!」
 思わず大きい声が出てしまった。サナギは緑玉の激昂を静かに受け止めてから、
「でも、生きてて、生きたくて、なのに見捨てられたら、それって悲しいことじゃない?」
 そんなのは、と、緑玉は思う。サナギがその身を危険にさらす理由にはならないじゃないか。
 サナギは緑玉の腕を優しく振りほどくと、子供たちのほうへ向かっていった。軽く身体を屈めて「大丈夫?」と声をかけている。
「ああ……あ、弟、ぼくの弟なんです。た、たすけて……」
 子供はワッと泣き出し、血まみれの子供のほうを指し示す。瓦礫の上でぐったりしている子供の顔を見れば、2人が双子であることはすぐに分かった。
 サナギは大通りを見渡し、小走りで道具屋に駆け寄ると、ほとんど地面に散らばって割れている瓶の中から無事なものを見つけ出してきた。傷薬だろう。
 紙束を小脇に挟み、ハンカチに傷薬を染み込ませたサナギは子供の怪我をゆっくりぬぐっていき、最後に一番深い足の傷に巻き付けた。
「心配しないで。さあ、避難所に行こう」
 緑玉はそれをただ眺めていて、そして、たまらなくなった。
 だって、そんなの……、緑玉だって、そうされたかった。
 優しい手で救われて、「心配しないで」って微笑みかけられたかった。
 でも現実は、緑玉は何もできずに捕まって痛い目に遭って、それだけだ。緑玉の人生に、"サナギ"は現れなかったのだ。

 突然、気配がしてそちらを向けば、崩れた店と店の間から何者かが現れた。悪魔だ。まっすぐに双子とサナギを狙っている。サナギは反応して銃を向け、子供がヒッと息を呑んだ。だが、悪魔の槍が届くよりも、先んじて走り出し悪魔との距離を詰めた緑玉のトンファーが突き刺さるほうが早かった。
 悪魔の頭蓋が割れて血飛沫が上がるのに子供が怯え、「ひぃ……ッ!」と情けない声を上げた。緑玉はそれにもイライラする。
「ありがとう、緑玉」
 サナギは銃を下ろした。緑玉は無言を返す。サナギが子供を治療してる間、大通りを警戒するふりをして、ほんの数m、その場を離れた。そうするしか気持ちを収める方法がなかった。
 あのままサナギの顔を見ていたら、泣き喚いてサナギに当たってしまいそうだった。そんなことになったら、緑玉はもう自分自身に耐えられない。
 大通りの陰から複数の気配がする。悪魔だろう。ほんとうに多い。一様に、淡い紫っぽい色の肌に、黒い鎧を身につけている。天界に悪魔の軍とかがあるのだろうか。
 出会い頭。むしゃくしゃついでに即、1体殴り倒す。悪魔が臨戦体勢に入るときにはもう1体、頭を潰していた。まだ3体残っている悪魔が一斉に武器を振るう。槍が腕を掠める。剣2本を続けざまにトンファーで払う。
 隙の大きい槍の悪魔の懐に入り込み顎を一閃。それから剣の悪魔に回し蹴りを食らわせて吹き飛ばした。
 最後の1体と対峙した瞬間、再びの銃声。悪魔はこめかみを的確に撃ち抜かれて崩れ落ちた。
 見れば通りの向こうで、サナギが構えた銃を下ろすところだった。
「……」
「……」
 緑玉とサナギは数秒だけ見つめ合って、でも特に何も言わずに、緑玉から視線を逸らした。

<< >>

星数えの夜会の戦い 2

 サブリナは間髪入れずに、予備動作もなく鋭い蹴りを繰り出した。かろうじてトンファーでいなしたが、相当な威力であることが分かる。それだけで相当な熟練者だと知れた。
 格闘術、より正確に言えば、蹴術がサブリナの武器のようだ。蹴りというのは拳での攻撃より単純に威力が高い。熟練者なら手数も多い。厄介だ。
 蹴りにトンファーの構えを合わせて防御し、もう片手のトンファーで足を折ろうと試みる。体格で負けている以上、狙うのは"武器"だ。
 だが叩き折る前にサブリナは素早く足を引き、踊るように回った。後ろ回し蹴りを防御する。しばし力が拮抗する。
「可愛い顔して意外と狡猾ね!」
 サブリナが笑う。
「悪魔に狡猾とか言われたくない」
「いやん、アタシはラヒズたちとは一味違うわよ」
「何が違うの。悪魔でしょ」
 ギリギリとサブリナの足に力が籠められていく。緑玉が少しでも気を抜けば、トンファーを突き抜けて蹴りが突き刺さるだろう。
「そもそもあんまり気が合わないのよね。今回は楽しそうだから手を貸してるけど」
「手を貸してる? でも、あんたも<天界墜とし>で落ちてきたんでしょ?」
 サブリナは足にいっとう力を込めて緑玉を身体ごと跳ね飛ばすと、くるっと回ってハイヒールの踵を鳴らした。
「アタシは違うわよ。だいたい、あの召喚術式で天界までは堕とせないでしょう。たぶん、ラヒズも承知の上なんでしょうけどね」
「……」
「それでも悪魔を大量に召喚できれば、街一つくらいは攻め落とせる――そういう考えなのかしらね」
「じゃあ<天界墜とし>は、結局失敗してるの?」
 緑玉が尋ねると、
「んーそうねえ。この街が陥落すれば成功だし、陥落しなければ失敗。そういうことじゃない?」
 喋りながらもサブリナは足を止めてはいない。次々繰り出される蹴りをトンファーで叩き落とすが、緑玉の反応のほうが若干遅れている。
「とはいえあの術式は実際、大したものよ。悪魔が無尽蔵に召喚できるんだもの。熟練の召喚師でもああはいかないわ。人間側はジリ貧ね」
 のんびり話しているように見えるのに、サブリナは攻撃の手をいっさい緩めてはいない。サブリナの話が有益そうだからと会話に集中しようもんなら、一瞬で流れをもっていかれるだろう。
「ただ、アタシはあまり侵略とかには興味ないのよね。強いオトコと戦えるならそれでいいわ!」
 カンッとハイヒールのカカトが鳴って、頭部を狙うハイキック。緑玉は半歩下がってかわした。
「サナギを探してたんでしょ? サナギは強い男じゃないよ」
 少なくとも物理的には。
「そっちはアタシの相棒の失敗のフォローよ。あの子、ほんとどこ行ったのかしらね」
 それは知らない。
 サブリナのハイヒールのカカトが緑玉の頬を掠る。蹴りだというのに鋭すぎるそれは切り傷になった。
「……」
 強い、と、素直に思う。勝てるか? 分からない。どうしたものか。
 もちろん、サナギは守り抜かなければならない。それが黒曜から与えられた役目だし、それに単純に、サナギに死なれては困る。
 サブリナが足を引く。最低限の動作で、最大の威力を発揮してくる。防御しようと構えた。
 が、突如バン、と音がして、でもサブリナはそれより早く攻撃をやめて身体を半身に傾けていた。何らかの回避行動をとったのだと理解するのと、先ほどの音が銃声だと認識するのは同時だった。発砲――!? この場において、敵に対して銃撃を仕掛けるもの。そんなの1人だけだろう。
 サナギだ。研究室の出入り口から左腕で紙束を抱え、右腕でサブリナに銃を向けている。
 一瞬、思考が停止する。――なんで出てきた!?
 サブリナがあらまあ、という顔をして、でもすぐに体勢を立て直すと一直線にサナギに向かっていく。緑玉が守りに行く前に、勢いよく夜会の窓から転がり込んできたのはしなやかな黒い影。黒曜だ。サブリナの対応力はさすがで、突如として現れた黒曜に対しても冷静な彼は、黒曜に向かってキックを放った。
 黒曜は青龍刀で受け止めると、サブリナの足を弾き迷わず一歩踏み込んで青龍刀を横薙ぎにした。
「行こう、緑玉!」
 サナギは黒曜がサブリナを引き受けているうちに、あっという間に裏口から飛び出していった。
「ちょっとサナギ……!」
 緑玉は慌ててサナギを追いかける。サナギなんて大して素早くない。難なく追いつき、並走する。
「どういうことなの!? どこに行く気!?」
「とりあえず……応戦本部、騎士団詰所! そこで続きを書く!」
 それは、説明になってない。緑玉の顔を見て、サナギが、
「……もし夜会に悪魔が来て。その悪魔がきみの手に負えない強さ、あるいは数だったとき、黒曜が囮になって俺ときみを逃がす――そもそもそういう話だったんだよ」
「は? ……⁠何それ、聞いてないんだけど」
「言ったら反対するでしょ」
「ふーん。……そう」
 緑玉は、明確に、拗ねた。
「俺に黙って全部決めてたんだね」
 だって、いつもそうだ。緑玉は蚊帳の外。ただそこにいるだけで、ほかで全部決まっていく。
 サナギは走りながら何とも言えない顔を向けていたけれど、それ以上のことは言わなかった。もっとも、何かを言われたとして、今の緑玉にとってはすべて言い訳だ。

<< >>

星数えの夜会の戦い 1

 サナギが自分の研究室に籠って2時間が経とうとしている。緑玉は今は誰もいない星数えの夜会の食堂で、バーカウンターに寄りかかっていた。
 もしかしたら、タンジェリン辺りはしっかり立って入り口と裏口を見張れなどと言うかもしれない。ただ、入り口を見張れば裏口が疎かになるし、その逆も然り。結局、この位置がどっちも見張れてちょうどいい。
 もちろん警戒は解いていない。トンファーは握っているし、襲撃があれば対応できる。実際、対応したばかりだ。夜会の窓を割り、扉を破壊して、3体の悪魔がずかずかと入ってきたので、そいつらは殴り殺した。数で負けていたから、少し怪我は負ったものの、まだ対処可能だ。
 ラヒズだってサナギが送還術式を書けるかもしれないことは知っているはずだ。ラヒズがサナギを放っておくはずはない。もう少し攻撃が激しくてもよさそうなものだ。もし、この街に襲い来ている悪魔全部にそのことが伝わっていないだとしたら、指示系統の見直しをお勧めする。
 サナギの研究室は静かすぎて、たまに様子を見に行こうか、と思う。でも集中している邪魔になってはいけないし、その間に襲撃が来たら……やっぱりできない。結局、ここでヤキモキしているしかない。
 こうしていると、自分はいつも何もできずに突っ立っているだけだな、とか、考える。

 ――余計なことを考えているね。

 思い浮かんだのは、老人のしわがれた声だった。
 奴隷だったころ、緑玉は日常的に結構痛い目に遭っていた。そこの主は緑玉で長く"愉しむ"ために、怪我を老医者に治療させていた。その老医者のことは男女の別すら覚えていない――というか、当時からそもそも分からなかった。老爺だったのかもしれないし、老婆だったのかもしれない。老人に対して変な感じだけれど、中性的なひとだった。
 その老医者は特段、緑玉に同情らしい同情を向けていたわけではないのだが、ただ、彼――あるいは彼女――との時間が、緑玉にとっては唯一、安らぎの時間だったことは間違いない。
 人は、死んだ者の声から忘れていくらしい。これは確かサナギから聞いたことだ。そのときは「趣味の悪い雑学を植え付けてこないでほしい」と文句を言ったと思う。
 あの老医者の声は明瞭に思い出せる。不思議だ。
 ただ――この後に、何か一言、二言、あったような気がする。それがどんな言葉だったかは思い出せない。

 不意に、人の気配がした。緑玉は入り口のほうを見る。破壊された扉から、ひょいと人影がこちらを覗く。緑玉はトンファーを構えた。
 ずいぶん背が高い。緑玉より、黒曜より、アノニムより高いだろう。中に入ってくるのにカツカツと音を鳴らしているのはハイヒールで、それでさらに大きく見えた。
 ハイヒールということは女性なのかと思ったが、ガタイがどう考えても男だ。顔は……化粧が濃くてどちらだか判断できない。どっちにしろ、知らない顔であった。緑玉と目が合い、
「あらやだ」
 急な訪問者は頬に手を当てて声を上げた。声は男だ。口調は女。どっちなのか正直混乱しているけども、そんなことは些細なことだ。もっと重要なことはつまり――敵か、味方か?
 お互いに一拍、沈黙。それから訪問者は、
「イケメンじゃないの!」
「……」
 ここまでの情報じゃ敵か味方かは分からない。冒険者と言われればそうも見えるし、悪魔と言われれば……ラヒズが悪魔だというぐらいなんだから、こういうのもいるのかもな、って感じだ。
「ボウヤ。ここって『星数えの夜会』で合ってるかしら?」
「……」
 星数えの夜会を探している。ということは……。緑玉の脳内の天秤は敵側に傾く。
「応援に来たのよ。アタシの相棒がやられたって聞いて……」
 相棒がやられて、応援? ということは、冒険者? だが、緑玉の脳内の天秤は味方側には傾かない。一度疑いが出れば当然だ。
「……あんたの相棒が誰だか知らないけど。ここに来たのは悪魔だけ」
 緑玉は真実をそのまま伝えた。あらまあ、と、それでも訪問者は焦る様子はない。
「あの子ったら。場所を間違えたのかしら。困った子ねェ」
 まあいいわ、と。
「緑の髪の美形……アナタがサナギちゃん?」
「……」
 サナギを探してるということは、つまり悪魔で、敵だということなのだろう。だがサナギを探すのに教えられた特徴としてはそれは雑すぎる。やはり悪魔の指示系統には問題がありそうだ。
 とにかく、そうと決まれば戦うだけだ。一歩踏み込む。頭部を狙うには位置が高すぎる。ボディを狙ってトンファーを突き出した。訪問者はバックステップで難なく回避する。
「あら人違い? ごめんなさいね」
 カツンとハイヒールが鳴る。
「それにアタシったら、自己紹介もまだじゃない。アタシの名前はサブリナ。悪魔よ」
 サブリナと名乗った悪魔は続けた。
「さ、名乗りなさいな。戦いの前には必要よ」
 戦う前に名乗りを上げる? 悪魔のくせにまるで武人だ。馬鹿馬鹿しい。そんな儀式的なことに何の意味があるのか。
 だいたい、サナギのことを知っているなら、夜会のメンバーは把握しているだろう。それとも……サナギのことしか聞いてないのだろうか? サナギと緑玉を間違えるくらいだ、可能性はある。
 緑玉は構えたまま一瞬躊躇ったが、
「……緑玉」
 結局名乗った。
「緑玉ちゃんね。楽しみましょ!」

 >>
<<【花通りの戦い】

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /