カテゴリー「 ┣星数えの夜会の戦い」の記事一覧
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星数えの夜会の戦い 5
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星数えの夜会の戦い 4
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星数えの夜会の戦い 3
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星数えの夜会の戦い 2
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星数えの夜会の戦い 1
星数えの夜会の戦い 5
俺――黒曜――は、サナギとの取り決め通り、緑玉に勝算が見込めない相手が現れた場合の対応を遂行した。
敵対する悪魔の名はサブリナ。身長は目算で195cm、武器のヒールは5cm。俺より体格はよいがその割に素早い。
俺の役目は緑玉とサナギが無事に騎士団詰所まで逃げる時間を稼ぐこと。可能であれば勝利する。
「またいいオトコが現れたじゃない! テンション上がっちゃう!」
サブリナの発言。
「名乗りなさいな! 戦いの前には必要よ」
「黒曜」
応答。
青龍刀の横薙ぎ。回避。サブリナの上段蹴り。青龍刀での防御。弾いて、返す刃で突き。回避。
同時に踏み込み、ハイヒールと青龍刀が打ち合う。一撃、二撃、――三撃目で互いに間合いを取り直す。
外からの喧騒と気配。下級悪魔が数体、星数えの夜会の扉を蹴破って侵入してくる。
「アタシたちの戦いの邪魔はさせないわよ。とはいえ、こいつらまともに言葉も通じないのよね――」
サブリナが突如、攻撃目標を下級悪魔に変更し頭を蹴り潰す。一騎打ちの維持のため、下級悪魔の掃討を優先したと判断する。俺に攻撃照準を向けた槍持ちの悪魔は、その槍を回避し首をはねる。
ハイヒールが三体目の悪魔の顔面を蹴り抜き消し飛ばす。青龍刀が最後の悪魔の剣を弾いて脳天から両断する。
それからサブリナの攻撃目標は、流れるように下級悪魔から俺へ戻る。上段回し蹴りを屈んで回避。
対象の足の切断を目的に青龍刀を捻り込む。素早い回避。掠った。だが痛手ではない。サブリナの足から一筋だけ流血。青い血。
「やるわね!」
サブリナの発言。
「自分の血を見たのなんて何年ぶりかしら。この色だから、見られるとやりづらいのよね」
この世界は、人間以外はすべからく生きづらい。
「アンタもそう?」
短く首肯。
「そ。でも今は、関係ないわね」
踏み込みからの素早い蹴り。頭部を狙ったもの。回避して青龍刀を回し斬りする。サブリナの装飾品を一つ持っていった。
サブリナのヒールが頬を掠る。素早い二撃目は腹部に。大きく下がり衝撃を受け流す。浅い。一瞬で足を入れ替え、俺が下がった分だけ踏み込み、続けて三撃目。ほぼ同じ個所、みぞおちを狙った連続攻撃。青龍刀で受け止めて弾く。浮いた足をそのまま回転させ回し蹴りに変える。振り払ったあとの青龍刀が戻らない位置だ。止むを得ない。右腕を犠牲にする。できる限り綺麗に折れるように位置と角度を調整し、蹴りを受ける。折れた。
だが持ってかれるだけでは済まさない。
素早く戻ろうとする足を両断する目算で斬る。思ったより戻りが早く両断はできなかったが、深い。人体ならば大腿動脈の位置だ。青い血が噴き出す。
悪魔に痛覚はあるか。不明だ。だが裂傷を負ったほうの足は軸足にはできない。片手でも対応可能と判断する。
攻める。青龍刀で首元を狙う。下がって回避。返す刃で狙うのは再び首。これは屈んで回避。
俺の足元を狙う回し蹴り。跳んで回避。
サブリナの屈んだ体勢は一瞬だ。サブリナが上体を起こしながら半歩下がる。だが、着地した俺の踏み込みのほうが僅かに迅い。
切り裂く。
届いた。
サブリナは青い血を噴き出す傷口を抑えて、その場に膝をつく。
「すごく――」
サブリナの発言。
「――楽しかったわ!」
笑う。首をはねる。
落ちた首と身体が靄に包まれて、数秒。靄が晴れれば、そこにはクモが一匹、死んでいる。
ジョロウグモ。
窓が割れ、扉が破られ、ボロボロの星数えの夜会に吹いた風が、ジョロウグモの死体を外へ運んでいく。
転がっていった死体は、二度と戻らなかった。
この世界は、人間以外はすべからく生きづらい。
だが、俺のような男にも、大事なものはある。
目的達成。これより緑玉とサナギの無事を確かめに、騎士団詰所に向かう。
星数えの夜会の戦い 4
「大丈夫か!?」
俺でもサナギでもない、でも聞き慣れた声がした。大通りに駆け込んできたのはタンジェリンだった。交戦回数が少ない俺たちに比べ、ベルベルントを駆け回っているタンジェはずいぶん戦闘をこなしているらしく、血と土埃と怪我にまみれている。でも致命傷はないようでいつも通り元気そうだった。
「ああタンジェ! ちょうどいいところに」
サナギがぱっと顔を輝かせる。
「この子たちを聖ミゼリカ教会に送り届けてくれる?」
「あ? 別に構わねえが……なんでサナギが外に出てる? 夜会が襲われたのか!?」
タンジェリンは俺と同じく、サナギと黒曜の囮作戦は聞いていなかったみたいだ。サナギは逃げてきたことを簡単に説明した。だが黒曜が囮になったことは伏せている。確かに教えたら黒曜を助けに行きかねない。タンジェリンには悪いけど、サブリナ相手じゃ黒曜の足手まといだ。
「そうか……逃げてきたのか。それじゃあ、さっさと騎士団詰所に行けよ。てめぇには早いとこ送還術式を書いてもらわねえとな」
「うん。そのつもり。で、この子たちも放っておけないから……」
「分かった」
頷いたタンジェリンが、双子の片割れを背中に担ぎ、無事なほうを先導してさっさと立ち去っていった。話が早いな。
それにしても、タンジェリンは黒曜からの指示でベルベルント中を駆け回っているわけだけれど……それがたまたま今、このタイミングで通りかかるなんて。
「都合いいな……」
思わず呟くと、
「タイミングとか流れってものは、目に見えないけど確かにあるよ。流れは俺たち人間側にあるかもね。そうだといいなあ」
サナギは当然のような顔で俺に手を差し伸べた。
「さあ。俺を詰所まで連れて行ってくれる?」
「……」
必要ないでしょ、と俺の口から零れるように声が漏れた。
「サナギ一人だって行けるでしょ? 俺が力不足だから……俺のことを信用してないから、黒曜を囮にして……なんて思いつくんでしょ!?」
サナギは俺のことを見つめていて、次の言葉を待っていたみたいだったけれど、俺の言葉なんかこれ以上はない。
じきに、サナギが口を開いた。
「余計なことを考えているね。でも、それはきみが生きているという証だね」
俺は、それを聞いて、ゆっくり目を見開いた。
「………その言葉は……。そんな……それじゃあ、あの……」
あの、俺に一時の安らぎをくれた老医者は。
「サナギ・シノニム・C23は、晩年、とある屋敷で医者の真似事をしていたね」
サナギは微笑んだ。
「"思い出した"?」
それじゃあ。
俺の人生に"サナギ"は、いた、のか?
「もう、あの頃のきみを助けるには遅いけれど、」
サナギは青い返り血を浴びた俺の手を取って、
「今はこうして、きみと手を繋いで走ることができるよ」
「……馬鹿だな……」
俺の声は震えていた。
「本当に、遅すぎるよ……」
過去の俺は、あの日から、焼けた故郷と屋敷に囚われたままだ。
ひとりぼっちで泣いていて、痛みに震えたままだ。
ようやく俺に差し伸べられた手はあまりに遅すぎて、でも、こんなにもあたたかい。
サナギがその長い人生の中で負った因果応報は、きっと計り知れない数あって、その中で一番大きな<天界墜とし>が、こうして降りかかってきているけれど。
そうして彼が紡いできたものの中に、あの地獄において俺の唯一の安らぎがあった。
恩を返す、というわけじゃない。でも、俺は初めて、自分の意志で思った。
恩を返す、というわけじゃない。でも、俺は初めて、自分の意志で思った。
俺は弱いかもしれないけれど、頼りないかもしれないけれど、
俺の周りで勝手に何もかも決まっていくこの世界で、それでも俺が何か選べるのならば。
サナギを守ろう。彼がそれを望んでくれる限りは。
星数えの夜会の戦い 3
騎士団の詰所の場所は南門のほうだ。俺たちは大通りを南下していく。
言いたいことがたくさんあって、でも何もまとまらなくて、でもやることは決まっていた。俺がそうしたい・したくないに関わらず、サナギを詰所まで送り届けることが今の俺に与えられた役目だ。
俺は今も昔も、与えられた役目に逆らえない。
大通りはところどころ燃えていて、崩れた家の瓦礫がたくさんある。死体だっていくつかあった。俺は故郷のことを思い出して嫌な気持ちになる。
ふと、泣き声が聞こえた。見れば、瓦礫の前に子供がいて泣いていた。足から血を流した子供がもう一人、力なく瓦礫の上にもたれている。
サナギが立ち止まった。
「怪我をしている。それに……避難場所が分からないのかな? ミゼリカ教会に連れて行ってあげよう」
俺は紙束を持ったままのサナギの手を引いて止めた。
「ミゼリカ教会は騎士団詰所とは逆方向だ。移動距離が伸びることはリスクでしかない。無視するべきだ」
サナギは何度か瞬きをして俺の顔を見つめる。サナギからは特別、俺に対する感情は伺えなかった。ただ、ちょっとびっくりしているという感じだった。俺は重ねて言った。
「<天界墜とし>の送還術式を書けるのはサナギしかいないんでしょ。サナギを喪うリスクは一つでも増やしたくない」
視線から逃げるように俺はそっぽを向いた。サナギは瓦礫の前の子供たちと俺を見比べて、
「……過去の俺の因果応報だ、俺には<天界墜とし>に対する責任がある」
「分かったら、行こ」
「……過去の俺の因果応報だ、俺には<天界墜とし>に対する責任がある」
「分かったら、行こ」
俺はサナギの手を引いたけど、彼は動かなかった。
「でも俺の責任はこのベルベルントにいるすべての命から負っている」
「でも俺の責任はこのベルベルントにいるすべての命から負っている」
そして俺を見て何故か微笑むのだ。
「見捨てるわけにはいかないよ。どんなにリスクがあろうとね」
「たった二人の、しかも片方は死にかけてる、あんなちっぽけな命のために危険を負う必要はない!」
思わず大きい声が出てしまった。サナギは俺の激昂を静かに受け止めてから、
「でも、彼らは生きているから」
そんなの、……そんなの、サナギがその身を危険にさらす理由にはならないじゃないか。
サナギは俺の腕を優しく振りほどくと、子供たちのほうへ向かっていった。軽く身体を屈めて「大丈夫?」と声をかけている。
「ああ……あ、弟、ぼくの弟なんです。た、たすけて……」
子供はワッと泣き出し、血まみれの子供のほうを指し示す。瓦礫の上でぐったりしている子供の顔を見れば、二人が双子であることはすぐに分かった。
サナギは大通りを見渡し、小走りで道具屋に駆け寄ると、ほとんど地面に散らばって割れている瓶の中から無事なものを見つけ出してきた。傷薬だろう。
紙束を小脇に挟み、ハンカチに傷薬を染み込ませたサナギは子供の怪我をゆっくりぬぐっていき、最後に一番深い足の傷に巻き付けた。
「心配しないで。さあ、避難所に行こう」
俺はそれをただ眺めていて、そして、たまらなくなった。
だって、そんなの。そんなの、俺だって。
俺だって、そうされたかった。
優しい手で救われて、「心配しないで」って微笑みかけられたかった。
でも現実は、俺は何もできずに捕まって痛い目に遭った。俺の人生に、"サナギ"は現れなかった。
突然、気配がしてそちらを向けば、崩れた店と店の間から何者かが現れた。たぶん悪魔だということは一目で分かった。まっすぐに双子とサナギを狙っている。サナギは反応して銃を向け、子供がヒッと息を呑んだ。だが、悪魔の槍が届くよりも、先んじて走り出し悪魔との距離を詰めた俺のトンファーが突き刺さるほうが早かった。
「ひぃ……ッ!」
悪魔の頭蓋が割れて血飛沫が上がるのに子供が怯える様子になる。俺はそれにもイライラした。
「ありがとう、緑玉」
サナギは銃を下ろした。俺は何も答えなかった。サナギが子供を治療してる間、大通りを警戒するふりをして、ほんの数メートル、その場を離れた。そうするしか、俺のこの気持ちを収める方法がなかった。
あのままサナギの顔を見ていたら、泣き喚いてサナギに当たってしまいそうだった。そんなことになったら、俺はもう自分自身に耐えられない。
大通りの陰から数体悪魔だろう。ほんとうに多いな……。それに、みんな似たような外見だ。低級悪魔というやつか。
むしゃくしゃついでに即、一体殴り倒す。悪魔が臨戦体勢に入るときにはもう一体、頭を潰していた。まだ三体残っている悪魔が一斉に武器を振るう。槍が腕を掠める。剣二本を続けざまにトンファーで払う。
隙の大きい槍悪魔の懐に入り込み顎を一閃。それから剣の悪魔に回し蹴りを食らわせて吹き飛ばした。
最後の一体と対峙した瞬間、再びの銃声。悪魔はこめかみを的確に撃ち抜かれて崩れ落ちた。
見れば通りの向こうで、サナギが構えた銃を下ろすところだった。
「……」
「……」
俺とサナギは数秒だけ見つめ合って、でも特に何も言わずに、俺から視線を逸らした。
星数えの夜会の戦い 2
サブリナは間髪入れずに、予備動作もなく鋭い蹴りを繰り出した。かろうじてトンファーでいなしたが、相当な威力であることが分かる。それだけで相当な熟練者だと知れた。
格闘術、より正確に言えば、蹴術がサブリナの武器のようだ。蹴りというのは拳での攻撃より単純に威力が高い。熟練者なら手数も多い。厄介かも。
蹴りにトンファーの構えを合わせて防御し、もう片手のトンファーで足を折ろうと試みる。体格で負けている以上、狙うのは武器。
だが叩き折る前にサブリナは素早く足を引き、踊るように回った。後ろ回し蹴りを防御する。しばし力が拮抗する。
「可愛い顔して意外と狡猾ね!」
サブリナが笑う。
「悪魔に狡猾とか言われたくない」
「いやん、アタシはラヒズたちとは一味違うわよ」
「何が違うの。悪魔でしょ」
ギリギリとサブリナの足に力が籠められていく。俺が少しでも気を抜けば、トンファーを突き抜けて蹴りが突き刺さるだろう。
「そもそもあんまり気が合わないのよね。今回は楽しそうだから手を貸してるけど」
「手を貸してる? でも、あんたも<天界墜とし>で落ちてきたんでしょ?」
サブリナは足にいっとう力を込めて俺を身体ごと跳ね飛ばすと、くるっと回ってハイヒールの踵を鳴らした。
「アタシは違うわよ。だいたい、あんな無茶な召喚術式で大量に墜とせるのなんて、せいぜい中級悪魔までよ」
「……」
「質を選べば量は減るし、量を選べば質は落ちるわ。分かるでしょ?」
重要なことを言われている気がする。サナギはそういうことは言っていなかったと思うけど、でもサブリナが言ってることはなんとなく分かる。
「じゃあ<天界墜とし>は、結局失敗してるの?」
「んーそうねえ。この街が陥落すれば成功だし、陥落しなければ失敗。そういうことじゃない?」
喋りながらもサブリナは足を止めてはいない。次々繰り出される蹴りとトンファーで叩き落とすけれど、俺の反応のほうが若干遅れている。
「もっとも、質を選ばなければ本当にいつまでも落ちてくるでしょうね。人間側はジリ貧ね」
のんびり話しているように見えるのに、サブリナは攻撃の手をいっさい緩めてはいない。会話に集中したら一瞬で流れをもっていかれる。
「アタシはあまり侵略とかには興味ないのよね。強いオトコと戦えるならそれでいいわ!」
カンッとハイヒールのカカトが鳴って、俺の頭部を狙うハイキック。俺は半歩下がってかわした。
「サナギを探してたんでしょ? サナギは強い男じゃないよ」
少なくとも物理的には。
「そっちはアタシの相棒の失敗のフォローよ。あの子、ほんとどこ行ったのかしらね」
それは知らない。
サブリナのハイヒールのカカトが俺の頬を掠る。蹴りだというのに鋭すぎるそれは、俺の頬に切り傷を与えた。
「……」
強いな……。勝てるビジョンが思い浮かばない。
どうしたものかな。もちろん、サナギは守り抜かなくちゃいけないけど。
サブリナが足を引く。最低限の動作で、最大の威力を発揮してくる。防御しようと構えたが、突如バン、と音がして、でもサブリナはそれより早く攻撃をやめて身体を半身に傾けていた。何らかの回避行動をとったのだと理解するのと、先ほどの音が銃声だと認識するのは同時だった。この場において、敵に対して発砲するやつなんか一人しか考えられない。
サナギだ。研究室の出入り口から紙束を抱えてサブリナに銃を向けている。
一瞬、思考が停止する。なんで出てきた!?
サブリナがあらまあ、という顔をして、でもすぐに体勢を立て直すと一直線にサナギに向かっていく。俺が守りに行く前に、勢いよく夜会の窓から転がり込んできたのはしなやかな黒い影。黒曜だ。サブリナの対応力はさすがで、突如として現れた黒曜に対しても冷静な彼は、黒曜に向かってキックを放った。
黒曜は青龍刀で受け止めると、サブリナの足を弾き迷わず一歩踏み込んで青龍刀を横薙ぎにした。
「行こう、緑玉!」
サナギは黒曜がサブリナを引き受けているうちに、あっという間に裏口から飛び出していった。
「ちょっとサナギ……!」
俺は慌ててサナギを追いかける。サナギなんて大して素早くない。難なく追いつき、並走する。
「どういうことなの!? どこに行く気!?」
「とりあえず……応戦本部、騎士団詰所! そこで続きを書く!」
それは、説明になってない。俺の顔を見て、サナギが、
「……もし夜会に悪魔が来て。その悪魔がきみの手に負えない強さ、あるいは数だったとき、黒曜が囮になって俺ときみを逃がす――そもそもそういうハナシだったんだよ」
「は?」
は?
「何それ、聞いてないんだけど」
「言ったら反対するでしょ」
「ふーん。……そう。俺に黙って全部決めてたんだね」
いつもそうだ。
俺はいつも蚊帳の外。ただそこにいるだけで、ほかで全部決まってく。
サナギは走りながら、俺に何とも言えない顔を向けていたけれど、それ以上のことは言わなかった。きっと何か言われても、今の俺には全部言い訳に聞こえたと思う。
星数えの夜会の戦い 1
サナギが自分の研究室に籠って2時間が経とうとしている。俺――緑玉――は今は誰もいない星数えの夜会の食堂で、バーカウンターに寄りかかっていた。
もしかしたら、タンジェリン辺りはしっかり立って入り口と裏口を見張れ、とか、言うかもしれないけれど。入り口を見張れば裏口が疎かになるし、その逆も然り。結局、この位置がどっちも見張れてちょうどいい。
もちろん警戒は解いていない。トンファーは握っているし、襲撃があれば対応できる。
実際のところ、この2時間で何体悪魔が来たかというと、ゼロだった。扉を閉めているから、わざわざ開けてまで入ってこないのだろう。
たぶん大通りのほうでは今も誰かが戦っているんだと思うけど、夜会は通りから大きく離れているから、わざわざここまで来る悪魔がいないのは分かる――普通だったら。ラヒズだってサナギが送還術式を書けるかもしれないことは知っているはずだ。ラヒズがサナギを放っておくはずはない。下っ端の悪魔にはそういうことが伝わっていないのだろうか。だとしたら指示系統の見直しをお勧めする。
サナギの研究室は静かすぎて、たまに様子を見に行こうか、と思う。でも集中している邪魔になってはいけないし、その間に襲撃が来たら……やっぱりできない。結局、ここでヤキモキしているしかない。
こうしていると、俺はいつも何もできずに突っ立っているだけだな、とか、考える。
――余計なことを考えているね。でも、それはきみが生きているという証だね。
不意に思い浮かぶ、しわがれた声。奴隷だったころ、俺は日常的に結構痛い目に遭っていた。そこの主は、俺で長く"愉しむ"ために、俺の怪我を老医者に治療させていた。その老医者のことは、男女の別すら覚えていない。けれど、老医者との時間は俺にとっては唯一、安らぎの時間だった。
……どうでもいいことだな、とは思うけれど。未だにあの言葉を思い出すってことは、結構、印象に残っているのかな。
そんなことを考えていると、人の気配がした。俺は入り口のほうを見る。悪魔だったら扉を蹴破ったりするもの? 俺は悪魔なんてラヒズしか見たことがないから分からない。あいつは普通に扉を開けてきそうだけど。
ガチャリ、と扉を開けて、誰かが入ってくる。俺はトンファーを構えた。
ずいぶん背が高い。俺より、黒曜より、アノニムより高いと思う。ハイヒールを履いていて、さらに大きく見えた。
ハイヒールってことは女性なのかと思ったが、ガタイがどう考えても男だ。顔は……化粧が濃くてどっちだか判断できない。どっちにしろ、知らない顔だ。
「あらやだ」
急な訪問者は頬に手を当てて声を上げた。声は男だ。口調は女。どっちなのか正直混乱しているけども、そんなことは些細なことだ。もっと重要なことはつまり――敵か、味方か?
お互いに一拍、沈黙。それから訪問者は、
「イケメンじゃないの!」
「……」
で、敵なの? 味方なの?
ここまでの情報じゃ分からない。冒険者と言われればそうも見えるし、悪魔と言われれば……ラヒズが悪魔だっていうぐらいなんだから、こういうのもいるのかもな、って感じだ。
「ボウヤ。ここって『星数えの夜会』で合ってるかしら?」
「……」
星数えの夜会を探している。ということは……。俺の脳内の天秤は敵側に傾く。
「応援に来たのよ。アタシの相棒がやられたって聞いて……」
相棒がやられて、応援? ということは、冒険者? 俺の脳内の天秤は味方側に……は、傾かない。一度疑いが出れば当然だ。
「……あんたの相棒が誰だか知らないけど。ここには誰も来てない」
俺は真実をそのまま伝えた。あらまあ、と、それでも訪問者は焦る様子はない。
「あの子ったら。場所を間違えたのかしら。困った子ねェ」
まあいいわ、と。
「緑の髪の美形……アナタがサナギちゃん?」
「……」
サナギを探してるってことは、そういうことなんだろう。悪魔で、敵。でも、サナギを探すのに教えられた特徴としてはそれは雑すぎるよね。やっぱり悪魔の指示系統には問題がありそうだ。
とにかく、そうと決まれば戦うだけだ。一歩踏み込む。頭部を狙うには位置が高すぎる。ボディを狙ってトンファーを突き出した。
訪問者はバックステップで難なく回避する。
「あら人違い? ごめんなさいね」
カツンとハイヒールが鳴る。
「それにアタシったら、自己紹介もまだじゃない。アタシの名前はサブリナ。悪魔よ」
サブリナと名乗った悪魔は続けた。
「さ、名乗りなさいな。戦いの前には必要よ」
こんなナリして、武人みたいなことを言う。
戦う前に名乗りを上げる? 馬鹿馬鹿しい。そんな儀式的なことに何の意味があるのか。
だいたい、サナギのことを知っているなら、きっと夜会のメンバーは把握しているだろう。今更俺が名乗ったところで……いや、もしかして、サナギのことしか聞いてないのか?
俺は構えたまま一瞬躊躇ったけれど、
「……緑玉」
結局名乗った。
「緑玉ちゃんね。楽しみましょ!」
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