カンテラテンカ

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時計塔の決戦 3

 追突したと、思った。
 だが実際俺は、地面から思いのほか離れたところで、空中に浮いていた。地面を見れば、俺の腕からすり抜けていったラヒズだけが地面にぶつかり、ぶつかったところから青い血を広げて、もうピクリとも動かなかった。
「――無茶をする!」
 俺の頭上から声が聞こえた。顔を上げるとパーシィの苦い顔が俺を覗き込んでいる。
 よく見れば、俺のオーガの巨大な身体は、翼で羽ばたくパーシィに支えられてかろうじて空を飛んでいた。
 あの状況下で、落下する俺たちを見て駆けつけ……いや、飛びつけたのだろう。
「あの高さから落ちたら、いくらオーガだって死んでいたぞ!」
「はは……」
 気が抜けてしまって、思わず笑みが出た。
「助かったぜ、パーシィ」
「笑いごとか……!」
 しばらくパーシィはらしくなく怒った様子だったが、
「なあ、悪魔たちはどうなった?」
「青い光を見なかったか? 巨大な魔法陣がベルベルント中を包んで――それが消えたら、悪魔たちもそっくりみんな、消えていたよ。死体も、血すら残っていない」
 そうか。やったな、サナギ。俺もやったぞ、みんな。
 パーシィは俺を抱えたまま空を旋回するように羽ばたく。
 ミゼリカ教会の広場で前線を守っていたアノニムが、俺のことを見上げている。目が合ったのが分かる。
 アノニムは呆れたような顔をして、でも、拳を軽く上に突き上げた。俺は驚いたが――同じように拳を突き返した。
 遠くを見れば、騎士団詰所から複数の騎士団員に紛れて、黒曜とサナギと緑玉の姿が見える。
 さすがに表情は見えなかったが、俺は突き上げた拳をそのまま振ってみせた。黒曜と緑玉は小さく、サナギは大きく手を振って応じた。
 再び眼下を目を落とす。ミゼリカ教会の広場にいた人々が何事かと空を見上げ、異形の俺を見て目を丸くしているのが分かった。急に恥ずかしくなってきた。
「おいパーシィ、もういい、下ろせ。見られてる」
「何故だい? 元凶の悪魔を倒した英雄だというのに」
「馬鹿! 今の俺はオーガだろうが!」
 パーシィは笑い、そんなことは関係ないよ、と言った。
「人間も獣人も元天使だって、力を合わせて悪魔と戦ったじゃないか」
「それにしたってオーガなんざ妖魔だろうが! 人間にとっちゃ敵寄りだ……おい、そうだ。下ろすなら服屋の近くに下ろしてくれ」
「服屋?」
「オーガ化したとき服が千切れ飛んだんだよ!」
 『店のものは戦いに役立てる限り自由に使っていい』んだったよな。この場合、その条件に当てはまると言っていいのかは疑問だが――まあ、多少は甘く見てもらおう。

 遅れて状況を理解したのか、人々が歓声を上げている。泣いて笑って、決着を喜んでいる。オーガの俺を見てもなお。
 あのおびただしい鎖を引き摺り走るのに、時計塔をぶち破るのに、ヒトでは足りなかった。俺がオーガであることはきっと大したことじゃなくて、でもこんなにも意味がある。

 ――しかし、そろそろマジで下ろしてくれねえかな。
 戦いで流れた汗が冷えて、春の夕刻という時間も相まり、少し寒い。全裸なのだからなおさらだ。

【時計塔の決戦 了】

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【エピローグ】>>

時計塔の決戦 2

 時計塔まで一直線に駆けていく。途中で出会う悪魔は難なく両断する。
 時計塔周りはいやに静かで、内部への入り口がわずかに開いているのが分かる。駆け寄れば、風に煽られた扉は、俺を誘うように大きく開いた。
「……」
 俺は内部に入り、吹き抜けになっている巨大ならせん階段を見上げる。上るのは骨だが、この先にいるのがラヒズならその価値も、意味もある。
 黙々と階段を上っていく。
 数分ほど上り続けた。ようやくたどり着いた頂上では巨大な歯車がゆっくりと回り、刻一刻と時を刻む時計塔の文字盤を動かしている。数メートルはあろうかという文字盤は半透明で、外の景色が少しだけ見える。そこから透けて、傾き始めた日が時計塔の頂上に光を落としていた。
 その逆光の中に、ラヒズがいた。
「やあ。きみが来ましたか」
「ラヒズ……!」
 俺は斧を握りしめた。ここに来るまで階段を上ってきた疲労なんてあっという間に吹き飛ぶ。
「一応言っとく。<天界墜とし>を終わらせろ」
「ふふ。断られると分かっていて提案するとは、健気ですねえ」
「なら、ぶちのめす!」
 斧を構えて走り出す。ラヒズのいつもの鎖が虚空から飛び出し、俺を拘束しようとする。斧で跳ね飛ばした。数秒駆ければ俺の間合いだ。
「おや、やりますね」
 ちょっとだけ驚いた様子のラヒズが、俺の振った斧を、それでも難なく回避する。
「私と出会ったときより練度が上がっている。人間の成長は早いですね。おっと、きみはオーガでしたか」
 安い挑発だ。後方から迫る鎖を避け、右手側から絡まろうとする鎖を弾き返し、正面から叩きつけられる鎖を斧で受けた。
 踏み込んで横薙ぎにした斧は、ラヒズの目の前に一瞬で集まった鎖の束に阻まれる。金属同士が触れる音がして、俺の腕に痺れが走る。押し切れるかもしれない、そう思って鎖をぶち破ろうと斧に力を込めてみたが、アノニムでも破れない鎖だ。今の俺では無理だとすぐに悟る。背後から鎖が迫るのに気付き、仕方なく一旦退いた。
 鎖を回避し、あるいは弾きながら、何度かラヒズに攻撃を仕掛けようと試みるものの、やはり自由自在の鎖が鬱陶しい。
 何度目かの肉薄、だが不意打ちで足元を蛇のように滑った鎖に気を取られた。鎖がまず一本、利き腕の右手に絡みついて俺を引き倒し、それからうつ伏せになった俺を何本かの鎖が床に叩き付けた。
「ちっ……!」
 鎖から逃れようとしてみるが、抑えつけられた身体は持ち上がりもしなかった。
 ラヒズは相変わらず笑っている。
 ここまで来て、このザマかよ――!
 恐怖はない。ただひたすらに悔しい。ラヒズが地に這いつくばる俺に、一歩近付く。
 そのときだった。
 巨大な文字盤が、青い瞬きを放った。いや、文字盤が発光したのではない。外だ。
 明らかに陽光ではない、青い光が外を包んでいた。
 先ほどまで穏やかな西日に包まれていた時計塔の中が、青く染まる。
「送還術式ですか」
 光に照らされたラヒズの横顔はやっぱり薄ら笑っていて、そこからは怒りも悲しみも焦りもいっさい伺えない。
「送還術式!? サナギ――成功させたのか!」
「そのようですね。残念です」
 ラヒズは肩を竦めた。
「そもそもあの写本をサナギくんに渡したのは、あれを見たらもしかしたら<天界墜とし>を成功させることに興味が向くかと思ってのことなのですよ」
「はっ。アテが外れて残念だったな!」
「ええ。そうですね」
 ラヒズは相変わらず余裕の笑顔で、背で手を組んで佇んでいる。
 そうか。無事に、やったか。じゃあ、もうこれで終わりだな。

 ――んなわけあるか!

「あとはてめぇをぶっ倒すだけだ!!」
 俺は吼えた。初めてオーガに変じたあのときと同じ、でも決定的に何かが違う感覚。
 燃え滾る塊に手を伸ばせば、すぐに触れて、俺の身は焼かれるように熱くなる。けれどもこれは、俺の憎悪や復讐心で燃える炎じゃない。今度の激情は、使命感と義憤とでも呼ぶべきもの。すべての決着をつける――そのためのもの。
 繊維が切れる音。俺の身体が膨張して服を破く音。何倍も太くなった両腕を、あのときと同じく払えば簡単に鎖は千切れ飛ぶ。オーガ化! 俺は怒鳴るように叫んだ。
「ラヒズ!! 決着をつけようぜ!!」
 ラヒズは笑顔で応じた。
「いいでしょう。これで最後にしましょうか」
 尋常じゃない量の鎖が、けたたましい音を立てて時計塔を這い回る。次々絡み付く鎖は一本ずつなら難なく千切れる。量が増えて、腕の一振りで払えなくなっても、俺は全身に纏わり付いた鎖を引き摺るようにしてラヒズに突進した。前進する俺の勢いに負けた鎖が弾けて砕ける。
 ラヒズに体当たりし、そのままやつの背後にあった文字盤へ突っ込んだ。
 時計塔の文字盤は粉々に砕け散り、俺とラヒズは外へ飛び出していた。遥か下方にある地面に叩きつければラヒズだって死ぬだろう。俺も一緒に落ちる羽目になるが――まあ、オーガ化しているし、もしかしたら生き延びられるかもしれない。
 落下。
 この期に及んでワープで逃走なんかさせるものか。俺はラヒズを掴んだまま、重力に身を任せて落ちていく。
「きみも死にますよ」
 ラヒズは平気な顔で言った。
「はっ。俺はな、ラヒズ。俺の思う最善で死ぬことなんざ、怖くねえんだよ」
 てめぇはどうなんだ、と、聞いても仕方のないことを言った。
「私ですか? そうですねえ――」
 あれだけ遠かった地面がもう直前だ。
「――別に怖くはありませんね。それにまあまあ、満足していますよ」
 地面に、追突する。

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時計塔の決戦 1

 戦いはずいぶん長引いていた。
 俺――タンジェリン・タンゴ――は、盗賊ギルドと各門を往復したり、その途中でアノニムに会ったり、サナギに会ってガキ二人を押し付けられたりと忙しく駆け回っていた。侵攻する悪魔の練度は高くなく、ほとんどの冒険者が対応できている。だが、悪魔の数が、減らない。
 次から次へとやってくる悪魔たちは、ベルベルントを破壊し、冒険者と戦い、そして死んでいく。そしてまた次にやってきた悪魔が、ベルベルントを破壊し、冒険者と戦い――。
 ああもう、キリがねえ!
 サナギの送還術式はまだ完成しねえのか? このままじゃジリ貧だ。怪我こそ増えてきたが、俺はまだ余裕がある。しかしベルベルント各所を回っていると消耗している冒険者を何度も見る羽目になる。傷は癒せても疲労はどうしようもない。
 もう戦い始めてから2時間以上が経っている。冒険者は戦闘慣れはしているが、長い戦いをぶっ通しでするようにはできていない。
 サナギに任されたガキ二人をミゼリカ教会に送り届けたとき、教会上空ではパーシィがほとんど一人で悪魔を迎え撃っており、侵攻の心配こそなさそうだったが――傷ついた冒険者が次々に運び込まれて、医療班は目を回す寸前、という感じだった。
 限界は近い。一度どこかが決壊したら終わってしまう。

 この戦争を終わらせる方法は、二つ。
 サナギの送還術式を待つ。
 あるいはラヒズを見つけてぶちのめし、<天界墜とし>を終了させる。

 ベルベルントを回っている間に、サナギが無事に騎士団詰所に到着しているのは聞いていた。だからうまくすればじきにサナギは送還術式を完成させるはずだ――そう、思いたい。だが、いつになるか分からない。送還が成功するかも、分からない。
 俺からすれば、後者の方法のほうが手っ取り早く、確実に思えた。しかし問題が一つ。とうのラヒズの居場所が分からない。
 だが朗報は唐突に訪れた。それは本日何回目かの盗賊ギルドを訪れたとき、各所の情報とともにブルースからもたらされた。
「そうだ。ラヒズを見かけた、という情報があったぞ」
「何だと!!」
 俺は身を乗り出した。
「どこにいるって!?」
「と、時計塔だ。入っていくのを見たってやつがいる」
 俺の剣幕に押されてブルースが若干引いている。
 時計塔! ベルベルントの中央に建つ、聖ミゼリカ教会の尖塔と対をなす巨大建築だ。
「よし! ありがとよ!!」
「お、おい。お前、一人で行くのか?」
 すぐさま出ていこうとする俺に、ブルースの声がかかる。俺は振り向いた。
「当たり前だろ! 時計塔の中なんざ大して広くねえ。複数人で行っても仕方ねえよ」
「……」
 ブルースは少し、何を言うか悩んでいる様子だったが、結局口から出たのはありきたりな、
「気をつけろよ」
 という言葉だった。俺は頷いて、盗賊ギルドを飛び出す。

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