カンテラテンカ

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神降ろしの里<前編> 3

 数日後のことだ。
「依頼だ」と声をかけられて、久々の仕事に勇んで食堂に降りると、黒曜たちのいるテーブルにらけるが笑顔で座っていた。
「……どうやって金を捻出したんだよ?」
 先日のやりとりが記憶に新しい。らけるは、
「持ってた円を売った!」
 と、意気揚々と話した。
「エンなんて聞いたこともねえ金を換金する場所があったのか?」
「換金っていうか……、そういうよく分かんないもの集めてるコレクターに売ったんだ!」
 なるほど、とタンジェは思った。そう来たか。
「サナギがコレクターとのコネを持っててさ。相談したら取り次いでくれたんだよ」
「そうかよ。金ができて、やることが俺たちへの依頼とはな。本気で死人に会えるなんて信じてんのか?」
「可能性があるなら確かめないとさ!」
「……まあ、金もあって、依頼だってんなら、文句はねえよ」
 タンジェはあいていた椅子に座る。
 全員が揃ったところで、依頼人のらけるから話を聞くことになった。
「依頼の内容は、太平倭国のヨミマイリに参加するまでの俺の護衛!」
 意気揚々と話すらけるに、簡単にメモを取っていたサナギが顔を上げる。
「ヨミマイリっていうのは、あれだね。太平倭国の、死人が還ってくると言われている時期にあるお祭り」
「なんだよ、サナギ、知ってるんじゃん!」
「それで亡くなった召喚主に会おうというわけか。うーん……」
 サナギにとって、らけるがどういう意図で死人に会いたいのかは明確だ。サナギは決して笑い飛ばしはしなかったし、面と向かって否定もしなかったが、そう言ったきり難しい顔をして黙り込んだ。
「行きの護衛はいいけど、帰りはどうするんだ?」
 入れ替わるようにパーシィが尋ねる。らけるが「帰り?」と首を傾げるので、パーシィは、
「太平倭国からこっち、星数えの夜会への帰路だよ」
「でも、召喚主に会えたら、そのままニッポンに帰るしなあ」
 らけるの言葉に、パーシィはぱちぱちと目を瞬かせたあと、
「召喚主は死んでいるんだろう?」
 確認するように言ってから、断言した。
「だったら会えることはないよ」
「いや、だから、それに会えるってのがヨミマイリなわけで」
「ははは、異世界の人は騙されやすいんだな。妄信と言ってもいい」
 言外に、パーシィがらけるを嘲笑したのが分かった。パーシィにその意図がないにせよ、今のはらけるに失礼だと感じたので――いくららけるが確かに馬鹿馬鹿しいことを言っているとしても――タンジェは口に出して注意した。
「てめぇだってミゼリカ教の妄信者だろうが。他人ばっかりつつくもんじゃねえぜ」
「俺が妄信者か。とんだ勘違いをされたものだなぁ」
 心外だ、という顔はしたものの、さりとてパーシィは怒ったふうでもなく、こう言い直した。
「会えなかった場合を考えて、帰路のことを決めておく必要はあると思うよ」
「言葉、選べんじゃねえか」
 褒めたわけではないのだが、パーシィはニコリと笑った。
「それはそうだろう。俺は説法はしないが、正しい言葉を使うのは聖職者として当然だよ」
 タンジェはパーシィの顔をまじまじと見た。――こいつは自分の発言が常に『正しい言葉』でなされていると思っているのか。驚きである。
 ともあれ、らけるは、
「そっか、そうだな……」
 それならばと納得した。故郷にすぐにでも帰りたい気持ちは分かるが、タンジェから見ればらけるも少し焦りすぎだ。
「じゃあ、もし召喚主に会えなかったら帰りもよろしく!」
「往復の護衛か……」
 黒曜が腕組みをする。その様子に不安になったのか、らけるが、
「金、足りるか?」
 少し小声になって尋ねた。
「護衛料としては足りている。だが太平倭国は海の向こうだ。船代が問題だな」
「あ、それなら大丈夫!」
 急に元気を取り戻したらけるが、勢いよく身を乗り出した。
「ベルベルントの近くに港町があるだろ? セイラだっけ。あそこの船着場で、太平倭国まで乗せてくれるって船を見つけたんだよ!」
「詳しく聞かせてくれ」
「うん。アビーって名前の女の人が船長の船で、貨物船らしいんだけど、太平倭国に荷物を届ける用事があるんだって! 積荷の上げ下ろしとか手伝うならついでに乗せてくれるってさ!」
「条件よすぎない?」
 緑玉が小声で黒曜に囁いたのが聞こえた。黒曜は腕を組んだまま黙っていたが、やけに大人しくメモを取っていたサナギが口を挟む。
「太平倭国への海域は、海棲妖魔や海賊が出るからね。用心棒も兼ねてってことじゃないのかな」
 なるほど、タンジェとしては、それなら納得だ。
「海上での戦闘となると少し不安は残るが……」
 黒曜は常にパーティメンバーの実力に配慮し、依頼を決めている。海へ出る依頼は初めてだから不安に思うのも分かる。だが最終的には頷いた。
「受けよう」
 顔を輝かせたらけるが、黒曜の両手をとって、ぶんぶんと上下に振った。
「ありがとう!」
 その笑顔を眺めて、脳天気なヤツ、と思う。礼を言うのは、依頼が完遂したときだろう。


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神降ろしの里<前編> 2

 自室での筋トレに一区切りをつけたタンジェは、水分を摂ろうと部屋を出た。階下の食堂に向かう途中、
「それ、マジかっ!」
 らけるのデカい声が階段のほうから聞こえた。
 夜会の二階には談話室があるので、誰かと会話をするならそこを使えばいい。だからたぶん――独り言だろう、と、タンジェは思った。
 今回に限らず、らけるはたまにやけに明瞭な独り言を言っていることがあって、らける本人はそれを『自分の中にいる、もう一人との会話』なのだと説明していた。それが嘘でも本当でもタンジェにはあまり関心がないことなのだが、らけるの発言はシンプルに異常者のそれだとも思っている。
 ただ、サナギの分析によれば、「召喚の際にたまたまその場にいた『何か』と、情報化・再構築されたらけるの肉体がくっついてしまったんだろう」とのことで、らけるとくっついてしまった『もう一人』が彼の中に実際にいることは、らけるの妄言ではないらしい。
 だからタンジェの思ったことは、正確には、独り言だろう、ではなく、らけるが『中にいるもう一人』と会話をしているのだろう、ということだ。
 他人のパーソナリティにわざわざ苦言を呈する趣味はないので、らけるがどこで誰と会話をしてようが勝手なのだが、階段でデカい声で話しているのは耳につく。階段はほかの一般の宿泊者との共有部分でもあるので、タンジェは一言注意しようと階段を下りた。
 が、階段を下りてみれば、踊り場でらけると女が立ち話をしているのが目に入った。
 もちろん、女は実在する人間で、彼女の名は『言祝ほとと』といった。らけるの少し前くらいに星数えの夜会に来た人物だと記憶している。ただ、タンジェにとっては、発音しにくい名前の女、という印象しかない。
 二人に接点を見出すことは難しい。だが、タンジェはふと、『石竜子らける』『言祝ほとと』の名前が、どちらもベルベルント近辺では見ないそれで、なんとなく雰囲気が似ていることに思い至った。――同郷、か?
 いや、らけるは異世界から召喚されたのだ。ほとともそうだ、という話は聞かない。
 だからといってらけるとほととの会話に興味があったわけではないのだが、
「嘘ではないのですが、実際に『そう』であると決まったわけでは……」
 声量がごく普通なので、通りがかりで聞こえてしまう。聞こえた会話は途中からで、内容は何のことか分からなかったが、ほととは困ったような顔をしていた。
「いいよいいよ、可能性があるなら!」
 と、明るい調子のらけるが応答する。
 タンジェとしては、会話に割り込みたいわけでも、会話をやめさせたいわけでもないが、一応、声量と、階段の踊り場を占領していることを注意しようと声をかけた。
「おい」
 らけるとほととが振り向き、タンジェを見る。ほととのほうはそれだけで何が言いたいかを悟ったらしく、
「すみません。すぐどきますね」
 と、申し訳なさそうな控えめな笑顔になった。らけるにもあいさつをして、ほととは食堂のほうへ降りていった。結果として会話をやめさせる形になってしまったが、重要な話自体はもう済んでいたらしく、らけるがそれを咎めることはなかった。それどころからけるは顔を輝かせてタンジェに向き直り、
「タンジェ! 聞いたか!?」
「何も聞いてねえ。じゃあな」
 らけるの横を通り抜けて階段を降りようとすると、らけるは素早くタンジェの進行方向に回って、
「あるらしいんだよ! 東のほうに!」
「……」
 正直、鬱陶しい。ただ、聞いてやらないと付き纏われそうなので、仕方なく話を聞いてやることにした。
「何が」
「『死者に会う方法』だよ!」
「そうか、よかったな」
 もちろん、信じてはいない。口だけで相槌を打ってその場を立ち去ろうとすると、らけるはタンジェの肩を掴んだ。
「待てよぉ、話聞いてくれって」
「何なんだよ」
 イライラとらけるの手を振り払う。らけるは別に堪えた様子もなく、
「タメなんだから仲良くしようぜー!」
 むしろ肩を組んできた。
 最初に出会ったとき、年齢を聞かれて特に疑問にも思わず答えたのが失敗だった。らけるとタンジェは同い年で、以降、らけるはタンジェにやたら馴れ馴れしい。
「な! 俺の召喚主、死んだって話したろ? で、召喚主じゃないと俺をニッポンに戻せないらしいんだけど、死んでるからどうにもならないと思っててさ」
 さっき昼飯の場で耳に入ってきた話だ。
「でも、死んだ人間に会える祭りがあるらしいんだよ!」
「はあ? ……祭り?」
 タンジェは思いきり眉を寄せた。
「そんなもんあったらサナギが知ってるだろうが」
「世界は広いんだから、サナギが知らない未知の祭りだってあるんだよ!」
 と、世界の広さなんか知らないだろうらけるは訳知り顔で言って、
「ほととが教えてくれたんだ。東の……大平倭国っていう国に、数日だけ死人が戻ってくる期間があるって! お盆みたいなもんかな?」
「オボン?」
「俺のいた国でも似たような期間があってさ。死んだ人がキュウリとかナスに乗って帰ってくるんだよ」
 何を言っているのか分からなかったが、理解した部分だけ嚙み砕き、タンジェは、
「てめぇの故郷の世界は、死人と会えんのか」
「いや、会えはしないんだけど……なんか、そういうことになってる期間というか」
「わけが分からねえよ」
 タンジェは早々に話を切り上げて、肩に組まれたらけるの腕をまた振り払って階段を降りた。らけるは懲りずについてきて、しゃべり続けている。
「とにかくさ、大平倭国って国である期間だけ行われる祭り、ヨミマイリっていうらしいんだけど、それで死人に会えるらしい!」
「……あのな」
 呆れてらけるを振り返り、
「そんな祭りがあるわけねえだろ。あったら話題にならないわけがねえ。死人に会いたいやつなんてごまんといるんだからな」
 これでもかなり優しく言い含めたほうだ。らけるは唇を尖らせ、
「じゃあ、ほととが嘘をついてるっていうのか?」
 ほとととらけるの会話はほとんど聞いていないが、ほととだって本当かどうかははっきりしないと言い添えていたはずだ。
「そうじゃねえよ。要するに、そういう言い伝えがあるとか、そういうことになってるってだけで、その話が独り歩きしてんだろ。てめえの世界のオボンと同じくよ」
 たとえばハロウィンだって死霊がうろつくとされている日だ。ゴーストなどのアンデッドが活発になりやすい時期という印象はあるが、それで実際に死人に会えたなんて話は聞かない。ヨミマイリとやらも恐らくそういう慣習の行事なのだろう。
「行ってみなきゃ分かんねえじゃん!」
 らけるは頬を膨らませた。
「見もしないで決めつけるのよくねーぞ! ワンチャンあるなら行ってみる価値あるじゃん、なあ!?」
「勝手に行きゃあいいだろ!」
 らけるの声が大きくなるにつれて、タンジェからも思わず大きな声が出てしまった。こんなところで騒いでいたら親父さんに怒られてしまう。
 らけるはタンジェに怒鳴られたことなんか気にしていない様子で、
「俺一人で行けるわけねえじゃん! な、一緒に行こうぜ!」
「ふざけんな、なんで俺が!」
「タンジェだけじゃなくていーよ、黒曜たちも一緒にさあ」
 確かにタンジェたちは今、依頼を抱えていることもなく、穏やかな日々を過ごしている――いい言い方をすれば。⁠悪い言い方をするならタンジェたちは連日ヒマで、現状、穀潰しである。
 それで、タンジェはふと閃いた。
「それはよ……依頼か?」
 これが依頼なら、タンジェたちにとっても悪い話ではない。稼業なのだから相手が誰からだろうと、依頼はあったほうがいい。
 らけるは目をぱちぱちと何回か開いたり閉じたりしたあと、
「なるほど!」
 得心いったという様子で頷いた。
「依頼すればいいのか! タンジェたちは冒険者だもんな。依頼って、どうすればいい?」
「親父さん……は、通さなくてもいいか。黒曜に直接、報酬とか相談しろ」
 らけるの笑顔が固まり、見る間にしおれていった。
「報酬って要するに、依頼料だよな? うわ……金……ない……全然ない。確か、グルドだっけ。俺、円しか持ってないもん……」
 タンジェは呆れ半分で首を傾けた。
「じゃあ依頼どころじゃねえだろ……明日の宿も危ういじゃねえか」
「皿洗いしたら宿代はとりあえず免除してくれるって親父さんが!」
 らけるはこの世界に来てから収入を得ていない。親父さんはらけるの事情を聞いて気の毒がっていたから、らけるが自立できるまでは面倒をみてやるつもりなのだろう。あるいはたぶん、アノニムに対してそうであるように。
 親父さんはお人よしだからな、とタンジェは思う。――まあ、確かにこいつを路傍に放って、死なれでもしたら寝覚めは悪いが……。
 ただ現実として、らけるは現金の貯蓄はいっさいない。エンというのがらけるの故郷の金の単位らしい。それなら手持ちがあるということだが、さすがに異世界の金をGldに換えてくれる換金屋はないだろう。
「……それで? 皿洗いでようやく部屋を借りてるやつが、どうやって俺たちに依頼料を出すんだよ?」
 らけるは口をつぐんで、難しい顔をした。
 ベルベルントにおいては、獣人だろうが異国人だろうが異世界人だろうが、偏見や差別はごく少ないだろうとは思う。仕事だって探せばあるだろう。
 だが、らけるの身のこなしなどどを見るに、らけるは戦闘訓練などをしてはいないし、魔法などの特殊な能力も使えない。元の世界で何をしていたのかとサナギが尋ねたのを聞いていたことがあるが、返答は『コウコウセイ』という耳慣れない言葉だった。詳しく聞くとどうやら学生の一種らしく、らけるの故郷では、住人のほとんど全員が特定の年齢で学校に通うとのことだ。ごく平凡な『学生』、それもこの世界に来て間もない人間が、手に職をつけられるかと言えば……、難しいかもしれない。
 たぶんらける自身もそのことをよく理解していて、だかららけるは今、金策を必死に考えている。
 嘲りの意図はなかったが、タンジェは、はっ、と鼻を鳴らした。
「まあ、金の目処がついたら改めて依頼するんだな。そのときはきちんと仕事をこなすさ」
 それかららけるの身体を押しのけてようやく階下に下りた。少し水分を摂るだけのつもりが、すっかり喉が渇いたし、小腹もすいてしまった。

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神降ろしの里<前編> 1

 パーシィに、人は死んだらどうなるのかを尋ねてみたことがある。
 別にそれを聞いてどうしようと思ったわけでもない。ふと考えたことをそのまま言葉にしただけだ。
 タンジェの質問に、パーシィはぱちぱちと目を瞬かせたあと、綻ぶように笑った。
「どうにもならないよ」
 まず、とパーシィは続けた。
「肉体は残るだろ。死体だ」
「ああ」
「中身のほうだが……何かしらの力がかかると、ゴーストなどのアンデッドの類になることもある」
「何かしらの力?」
「悪い力なら悪霊に。善い力なら守護霊になることもある」
「……」
「でも、だいたいは、そうはならない。そうはならなかった中身――要するに魂――がどうなるかというと、別にどうにもならない」
 タンジェは黙って聞いている。
「天国とか、転生とか。そういうものはだいたいの場合、生者への慰めだ。あまり言うべきではないのかもしれないが……結論から言えば、ないよ。少なくとも俺は見たことがないし、ないと思っている」
「じゃあ、宗教なんざ何のためにあるんだよ?」
 続けて、
「死んだあと天国に行くためじゃねえのか」
 と、雑な知識で尋ねた。
「宗教は、死者のためにあるんじゃない。生者のためにあるんだよ」
 パーシィは淀みなく答えた。こんな質問は聞き飽きているのかもしれない。
「幸福への感謝、理不尽への納得、不幸への慟哭、そのほかあらゆるもの……。宗教はそれを受け止めるための、器、みたいなものかな」
「器……」
「神は、祈りを叶えてくださる存在ではない。かといって試練を与える存在かというとそれも違う。――タンジェ。神が創られたものに、不完全なものは何一つないんだよ。そう『在る』ことは、すべて完全で、肯定的で、だから俺たちは、何故そう『在る』のか、考え続けなくちゃならない。神は、思考を与えてくださる。思考は希望になる。希望は人を人たらしめるものだ」
 パーシィは微笑む。
「宗教は、人類を人類たらしめる根幹だよ」
 タンジェは、数秒間たっぷり黙ったあと、吐き捨てた。
「クソ食らえだ」
 けれどもパーシィは、笑っていた。

★・・・・

 さて、タンジェには想像も及ばない技術というのがこの世にはごまんとあるけれども、とびきり理解を越えているのは『召喚術』だ。
 サナギに解説を乞うたが、やれ情報化した魂の抽出だの、人体の再構成だのとわけの分からないことを言い出す。早々に理解を諦めたタンジェが黙って聞き流していると、サナギは比較的分かりやすいように言葉を選び直し、説明してくれた。
 それでようやく、辛うじて把握できたのはこうだ――召喚術には『ワープ』と『トランスファー』がある。ワープは同じ世界での移動、トランスファーは異世界からの移動である。
 『異世界』という存在に関しては、パーシィが『天界』から来たと言い張っているとおりさほど珍しいものではない。もちろん、タンジェにとって馴染みがあるかと言えば、ないほうだが……。ただ、異世界は遠近や相性などで移動に難易度があり、遠い世界からこっちに実際にトランスファーを起こすことはとんでもなく難しい、と。素質も必要になるらしい。
 ワープに関しては、先日、エスパルタの山中でラヒズがやってのけた人体の転移と同等のものだ。あれも生半可な術ではないとサナギが言っていたか。
 要するに、理屈も実践も非常に難しい、それが召喚術である。タンジェにとってはほとんど縁がなく、特段、気に留める技術ではない。ただ――星数えの夜会に宿泊する人間のひとり、『石竜子らける』という名の男は、その召喚術でこの世界に訪れた異邦人らしい。それも、タンジェたちの知らないはるか遠い世界から。
 石竜子らける――名前の響きからして、まずもってベルベルント近辺の出身ではない。それくらいはタンジェも把握していたが、まさか異世界の出身とは……。もっとも、これもまた、タンジェにとってそれほど関心のあることではない。

 今日の昼食は、親父さん特製のスパゲッティ・アラビアータ。特筆するほど辛党ではないのだが、タンジェはトマトが好きなので、ピリリと辛味のあるアラビアータでもおいしく食べられる。親父さんの作る料理の中で、好物と言えるメニューのひとつだ。
 早速、パスタをフォークに絡めるタンジェの隣のテーブルで、
「帰れないって、それマジ?」
 らけるが青い顔をしている。彼と向かい合ってテーブルについているのはサナギだ。
「より正確に言うなら、帰るのはかなり難しい、かな」
「じゃ、じゃあ、確率ゼロではないんだなっ!?」
 ガタッと身を乗り出すらけるだが、サナギはあまり浮かない顔をしている。
「召喚術というのは本当に複雑な術なんだよ。だからこう言われてるんだ――『召喚したものは、召喚主にしか還せない』」
「俺をこっちの世界に召喚した人じゃないと、俺を元の世界に戻せないってこと……?」
「そう。でも、きみの召喚主は……」
 サナギは口をつぐんだ。
 らけるの召喚主は死んでしまったと、らける自身から聞いていた。
「でも、難しい、ってことは、無理、ではないんだよな?」
「召喚術自体は術式を使ってもできるから――魔法陣なんかを使った儀式だね――らけるが召喚された術式を解けば俺にも送還はできるかなあ、って感じ」
「なんだよ、できるんじゃん!」
「ただ50年はかかるかな」
「ズコーッ!」
 らけるが勢いよくずっこける。
「それでも無事に帰れる可能性は30%くらいだね。何せ、解いた術式が正確だとは限らないから」
「50年かかって30%!?」
 召喚術って難しいんだあ、とらけるが天を仰いだ。
「それでもいいからやってほしい……ってのは、俺のワガママだよなあ。サナギの50年を拘束できないよ」
 タンジェが思うに――そもそも50年後なんて生きているかも怪しい。冒険者は明日の命さえ保証できない身だ。らけるより先にサナギが死ぬのも充分ありえる話、……いや、その場合、『次のサナギ』の準備ができているのか? 思い当たったが、タンジェは先を考えるのはやめた。
 会話に混ざる気はない。あくまで脳内で口を挟みながらアラビアータを口に入れて咀嚼していると、
「召喚主なら確実に送還できたのかな?」
「そうだね。すっごく簡単に言えば、1+1=2を2=1+1にするっていう話だからね。召喚できたなら送還もできる」
「そうなのか……」
 らけるが目の前に置かれたアップルジュースにようやく手を付けた。ちまちま飲みながら、
「死んだ人に会う方法でもあればなぁ……」
 『元の世界に戻る』、つまり、らけるにとって故郷に帰る、ということだ。それを望むのは当たり前のことだろう。どういう経緯でこの世界に来たのか詳しい話はほとんど聞いていない――正直、興味もない――が、望んだところでないのなら、現状には多少、同情する。
 サナギは、
「まあ、俺も探すからさ」
「死んだ人に会う方法を!?」
「あはは!」
 らけるの反応に、思わずといった様子で笑い、
「今の技術じゃ死人の蘇生は無理だね。俺だって興味はあるけど」
「そっかぁ……」
「俺が探すのは、短期間かつローリスクできみを元の世界に還す方法だよ」
「ありがと! 俺にできることない?」
「無理をしないことだよ。元の世界に還るには、きみが心身ともに健康であることが第一だ」
 うん、と、らけるは素直に頷いた。二人が解散する。間もなくアラビアータの皿が空になり、タンジェも席を立った。

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