カンテラテンカ

神降ろしの里<後編> 2

 3時間も山を登れば、山の中腹にあるカンバラの里にたどり着く。オンカンザキの港町からここまで特にトラブルはなく、道もある程度整っていて歩きやすいくらいだったが、サナギとらけるは汗だくになってずいぶんとバテていた。思えば、ファス山、エスパルタ、オンカンザキ山と、ここ数か月で山をずいぶん登った。それでもサナギはいつまで経っても体力は人並み程度で、今回同行するらけるは一般人だ。
 とはいえ、暑さもある中、サナギもらけるも、文句や泣き言は言わないので、責め立てる必要はないだろう。
 パーシィから夕方には着くとあらかじめ聞いてはいたが、山に慣れないサナギとらけるを抱えていたから、夕日がオンカンザキ山の向こうに沈む前にたどり着けたことは幸いだったと言える。
 それほど広くない里の中央に広場があって、村人全員がいるんじゃないかってくらい賑わっていた。質素ではあるが屋台が建ち並んで、ソースの香ばしい香りが里の入り口まで伝わってきた。
「屋台出てるよ!」
 疲れた顔をしていたらけるが、ぱっと明るくなる。
「焼きそばのいい匂い!」
「やきそば?」
「ベルベルントに焼きそば、ない?」
 あまり聞かない言葉である。ただ、「焼き」と「そば」の言葉の組み合わせから、料理であることは想像がつく。ソバも馴染みがないほうではるが、ベルベルントに出す店がないわけじゃない。
「炒麺のようなものか」
 黒曜がフォローするように言ったが、そっちのほうが聞き覚えがなかった。らけるも「よく分かんないけど、たぶんそう!」とあいまいな返事をした。続けて、
「麺をソースで焼くんだよ。お祭りとかだと絶対ある!」
「詳しいな」
「ニッポンにもあるから」
 似た料理が異世界にもあるというのはなんだか変な感じだ。
 少なくともらけるはこの世界とはずいぶん違うところから来たようだ。14日間の航海で、暇を潰すのに最適なのはやはり雑談で、らけるは本当にたくさん、タンジェたちにいろいろな話をした。らけるの世界に、妖魔はいない。魔法もない。代わりにあるのは、ぱそこんだの、すまほだのという『便利なもの』。らけるの説明は要領を得ず、タンジェはまるで理解できなかったし興味も沸かなかったが、サナギは熱心に楽しそうに聞いていた。
 異世界というものは食事も文化もまるきり違うものだという思い込みと偏見がタンジェにはあって、だかららけるの語る言葉が理解できなかったことは当然だと思っている。ただ、ぱそこんやすまほを始めとした異文明以外の部分に、わりと似通っているところが散見されるらしい。たとえば貨幣、特に紙幣の文化なんかは、らけるのいた世界でも一般的だったようだ。
 それはともかく、村人たちに、神降ろしに関してさらに詳しく話を聞く必要があるだろう。サナギが近くにいた男に声をかける。
「こんばんは」
 男は驚いた顔をしていたが、すぐにこう応答した。
「うん――、ああ、――?」
 まったく言葉が聞き取れない。一瞬、呆然としたあと、共通語じゃないことに思い至った。オンカンザキの港町とは違い、この里では共通語は使われていないということなのだろう。うん、とか、ああ、とか、意味のない言葉しか分からない。
「あー」
 サナギは納得といった様子で、何度か頷いたあと、困るそぶりを見せず、
「――、――?」
 すぐに言語を切り替えた。こちらも何を言っているのかは聞き取れなかったが、サナギと村人の間で意思疎通はできたらしく、話を切り上げたサナギが振り返る。
「カンバラの里で共通語が流暢なのは、ええと、訳が難しいな。たぶん、尼さん、と言ったのかな?」
 タンジェたちの暮らすベルベルントのある地方は、ほぼ全員が共通語話者だ。それ以外の地元特有の言語を操れる者は多くない。それこそ言語学者か、地元の者か。サナギはどちらでもない。タンジェは感心する。ただ、分からない単語があったのでそこは素直に尋ねた。
「尼さん?」
「聖憐教の修道女だな」
 パーシィがさらに言葉を訳す。
「そうか、それならそちらに話を聞こう」
 黒曜の言葉に一同は頷く。サナギがさらに話を聞いて、尼さんの家を確かめ、すぐに向かった。

 ずいぶんと質素な家だ。ほったて小屋とまでは言わないが、装飾の一つもない平屋である。聖職者が住んでいるなんて、言われなければ分からないくらいだった。
 黒曜が木製の扉をノックする。扉が横に開き、女がひとり現れた。
 顔だけ出した真っ白な頭巾を被り、黒い着物を着ている。首から十字架が下がっている。ベルベルントならまず聖ミゼリカ教徒だが、この国においては聖憐教徒の証なのだろう。尼さんはタンジェたちを見渡したあと、
「まあ、こんばんは!」
 共通語であいさつした。
「神降ろしにいらしたのですか? どちらからいらしたの? あら……わたくしったらいけないわ、さあお上がりになって、お茶をお出しします」
 清貧な外見から想像していたのとは少し違う印象である。社交性のある僧だ。
「お邪魔しまーす!」
 らけるが元気よく言って遠慮なく上がった。らけるは自然な動作で靴を脱いだが、タンジェたちは面食らった。入り口を入ってすぐ板間があって、確かに尼さんも靴を履いてはいなかった。
「靴を脱ぐのか?」
 タンジェが尋ねると、サナギが靴を脱ぎながら、
「太平倭国はそういうところが多いね」
 平気な顔で答えた。文化の違いということだろう。一同は誘導されるまま靴を脱いで、平たいクッションに座った。
 らけるがやけにスムーズに靴を脱いだことを不思議に思っていると、
「ニッポンも家では靴脱ぐんだぜ!」
 タンジェの視線に気付いたらしくらけるが言った。 
「にっぽん、ですか。知らない土地ですわ」
 キッチンが奥にあるらしく、そちらから尼さんの声だけが聞こえた。
「異世界なん……です。で、ニッポンに戻るために、ヨミマイリに参加しようと思って来たんです!」
 元気よく答えるらける。尼さんは「まあ、そうなのですか!」と言いながら、盆に茶の入ったコップを用意して現れた。
「皆さまにっぽんから?」
 尼さんは一同に順々にコップを渡していく。砕かれた氷が入って、キンと冷えた茶だ。タンジェたちは礼を言った。質問には黒曜が回答する。
「俺たちはベルベルントから来た」
「ずいぶん遠くからいらしたのですね」
 さっそく、渡された茶を飲む。何せ外は暑く、山を登ってきたから、喉はカラカラだった。茶は不思議な味がする。色は似てるが、紅茶ではない。穀物っぽい味だ。
「煎った麦を煮出したお茶ですわ。ここでは一般的なお茶で、麦茶という名ですの!」
 タンジェの戸惑いを察したのか、尼さんが心配そうな顔になる。
「お口に合わなかったかしら」
「……不味くはねえ。不思議な味だが、嫌いじゃねえな」
 すっかり飲み干すと、すぐおかわりをくれた。タンジェが言葉のわりにずっと麦茶を飲んでいることには、もちろん尼さんは気付いているようで、彼女は綻ぶような笑顔になった。それから、
「それで、にっぽんに帰るのに、なぜ神降ろしに来る必要があったんでしょう? いろいろお聞かせ願いたいわ」
 話が早い。サナギが少し身を乗り出した。
「そうだね。自己紹介からしようか。俺はサナギ。こちらは黒曜、タンジェリン、アノニム、パーシィ、緑玉、らける。らける以外は冒険者さ。らけるの護衛をしてここまで来た」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは光蓮と申しますわ」
「ええ、光蓮さん。さて、こちらのらけるだけど。召喚術でこちらの世界にトランスファーしてきたのだけど、召喚主が死んでしまって元のニッポンに還る手段がなくなってしまった」
「とらんすふぁー、ですか?」
 サナギが簡単に召喚術の解説を交える。光蓮は頭のいい女らしく、早い段階でらけるの境遇を察すると、
「お亡くなりになった召喚主に会って、にっぽんへの送還を頼みたいということですのね」
 と、らけるの目的を端的にまとめた。
「そう、そうなんです! それで、ヨミマイリで死者に会えるって!」
「……」
 光蓮は神妙な顔になった。
「……もしかして、会えない?」
 途端にらけるの顔がくしゃくしゃになる。だから言ったろ、とタンジェが言おうとする前に、
「いえ……『会える』のです」
 光蓮がぽつりと呟いた。
「えっ!?」
 俺たちが同時に光蓮を見る。らけるが目を見開き、逸って身を乗り出した。
「やっぱり、会えるんだ! あの、ヨミマイリで何をすれば会える、とか、なんか条件とかあるんですか!?」
「……」
 また光蓮は少し黙り、
「……会える、のですが」
 と言葉を濁した。それから少しの沈黙があって、
「皆さんは、らける様の護衛をしている冒険者様ということでしたね?」
「そうだが……」
 それが何か、と黒曜が続ける前に、光蓮はまっすぐ顔を上げて言った。
「わたくしから依頼することは可能でしょうか?」
「依頼だと?」
 タンジェが思わず聞き返す。
「待てよ。そいつはどういうことだ? ヨミマイリで死者に会えるって話と関係あんのか?」
「あります」
 光蓮は迷わず頷いた。
「どういうことなのかは分からんが……」
 腕組みした黒曜が、
「依頼を受けるかどうかは、話を聞いてから判断する」
 冷静にそう伝える。光蓮は二、三度小さく首肯してから、
「分かりました。今、この里で起こっていることをお話しします」
 そう語り始めた。

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