神降ろしの里<後編> 3
「そもそもヨミマイリ――カンバラの里においては、神降ろし――は、仏様……先祖の霊の供養のために行われるものです」
仏の話は、山を登る前にパーシィから聞いている。
「今は屋台が出て、お祭りの様相でしょう? 夜が更けると、屋台をどけて、皆で面を被ってマイリ踊りを踊るのです」
「マイリ踊り?」
「楽器に合わせて、皆でてんで好きなように踊るのものです。そうすると、その輪の中に面で顔を隠した仏様も参加し、ともに踊って楽しむとされております。面を被るのは、仏様と生者の見分けがつかないようにするためですわ」
「じゃあ、そのマイリ踊りで死者に会えるんですね!」
らけるが意気揚々と尋ねると、光蓮は静かに首を横に振った。
「死者は、会えるものではありません」
それはそうだ。タンジェにとっては分かり切っていた答えだった。だが、らけるは、
「でも、さっきは『会える』って!」
困惑に顔を歪めている。確かに、先ほど光蓮は「会える」と言った。なのに次は会えないと言う。どちらかが嘘なのだろうか? だが、そんな嘘をつく意味はないだろう。光蓮は頷いた。
「そうです。本来は、会えません。ですがややこしいことに、『今は会える』……ようなのです」
「今は、会える?」
「ヨミマイリは、毎年この時期に行われています。カンバラの里のヨミマイリ……『神降ろし』は、一週間続きます。今日は6日目で、明日が最終日なのですが……今日までの5日間で、連日、本当に仏様が現れているのです」
一同、沈黙。光蓮は続けた。
「例年ではありえなかったことです。皆一様に『参加者が増えた』『増えた者は仏様だった』と言うのです。そして……その仏様が、生者を山へと連れ去っているのです」
「なに……!?」
参加者、つまり『仏』に関しては……恐らく、何かトリックがある。だが、そうしてまで村人を山へ連れ去る目的、そしてトリックを仕掛けている犯人も謎だ。
「仏様とともに山に消えた生者は、この5日間で10人以上にのぼるのですが、誰も帰ってきておりません」
「誰か追いかけてって、山を探したりはしてねえのかよ?」
タンジェが尋ねると、
「村の人びとは聖憐教の信者で、また世慣れしておらず極めて純粋です。仏様が本当にいらしたと……信仰が届いたと思い込んで、誰も疑問に思わないのです」
パーシィが頭の痛そうな顔をして額を抑えた。
「皆、行方不明者については『仏様に会って連れられ、山に還った』と口を揃え、喜んでさえいるのです」
「……」
沈黙が降りる。
「わたくしは……」
光蓮が呟いた。
「わたくしは、聖憐教の尼です。仏様がいることは否定いたしません。けれど……」
顔を上げて、まっすぐに黒曜一行を見た。
「仏様が、生者を連れ去るなんてことはありえません。そんなことは、聖憐教の教典にもない! 何者かが仏様を騙っているに違いないのです。そんなことが許されていいはずはありません。これは……信仰に対する侮辱です!」
光蓮の茶色がかった黒い瞳が、窓から差し込んだ夕日に照らされてきらりと光った。
「聖職者、どう思う」
黒曜が淡々と尋ねる。パーシィはすぐに応答した。
「光蓮に全面的に同意する。仏を騙った悪意ある何者かが、村人を誘拐していると見たよ」
「パーシィ様、あなたは……?」
「聖ミゼリカ教徒だ」
「まあ……!」
同じ意見の聖職者がおられて心強いです、と光蓮は喜んだ。サナギが麦茶の中の氷を弄び、カランと音を立ててから言った。
「つまり、光蓮さんの依頼というのはこういうことだね。仏を騙り、村人を誘拐しているものがいる。それの真相を突き止め、消えた村人たちの行方を確かめる……」
「はい」
光蓮は頷いた。
「報酬は?」
いつも通りの淡白な声色で黒曜が尋ねた。野暮なことではあるが、タンジェたちは冒険者で、依頼を受けるのは仕事だ。光蓮もそのことは承知のようで、立ち上がり、棚へと向かった。
「ベルベルントのほうの通貨はGですよね……Gldは手持ちにないのです。ただ……報酬品でもよければ、こちらを差し上げますわ」
棚から取り出したのはペンダントのようだった。ペンダントトップに大きな青い石が嵌まっている。装飾はごく慎ましく、上品でシンプルな見た目だ。質は良さそうだし、売れば金になるだろう。この地方特有の硬貨を受け取ってもGに両替すると手数料がかかるので、物品でもらえるのはありがたいくらいだ。
「どうだ? タンジェ」
「あ?」
急に黒曜に話を振られて、タンジェは彼の顔を見た。
「盗賊役の見立てで、依頼を受けるに値する価値のあるものか?」
タンジェは難しい顔をした。タンジェは冒険者になるまで、盗賊役とは無縁の生活をしてきた。盗賊役のスキルは師ブルースに鍛えられながら特訓中で、それも主に探索・解錠がメインだ。鑑定については基礎は教えてもらっているものの、まだまだ勉強中である。
それでも、ここで分からないと黙っては、わざわざ盗賊役のタンジェに声をかけた黒曜に対しても、自分自身に対しても失礼だ。タンジェは思ったままのことを伝えた。
「たぶん、質は良さそうだ。具体的にいくらかまでは……分からねえが……依頼の報酬としては、問題ねえと思う」
黒曜は頷いた。
「ならば受けよう」
全面的に信用されているということだろう。ただ、タンジェとしては実力不足を感じて情けない気持ちが強い。ベルベルントに帰ったら鑑定眼を集中して磨く期間を作ってもいいかもしれない。
黒曜と光蓮の間で話が進んでいる。
「具体的にどうするか……」
「皆様もマイリ踊りに参加して、里から離れ山に向かう者がいたらそれを追うのはどうでしょうか?」
なるほど、分かりやすくていい。共通語が話せない村人たちとは意思疎通が難しいから、聞き込みなんかの手間を飛ばせるのもシンプルだ。
「そうだね、それがよさそう」
参謀のサナギが賛成したなら、あとはリーダーの黒曜の判断に委ねられる。
「分かった、それでいこう」
決まりだ。