神降ろしの里<後編> 4
「なぁーんで俺の依頼中なのに別の依頼重ねて受けちゃうわけー?」
言葉ほど不満そうには見えなかったが、らけるの言い分にも一理ある。とはいえ、文句があるならその場で言えばよかったのだ。
「てめぇも反対しなかったじゃねえか」
「反対できる空気じゃなかったもん」
夕日も山の向こうに落ち、辺りはすっかり暗い。けれども紙製のランプ――チョウチンという名だと光蓮が教えてくれた――が灯る広場は煌々と明るい。一同は光蓮の家から出て、広場までの道を歩いている。
「そもそも依頼は行きと帰りの道中の護衛じゃん」
ぼそ、と緑玉が口を挟んだ。
「今は行きでも帰りでもないんだから、依頼の隙間時間でしょ」
「そんなのあり!?」
「まあ帰りの護衛はしっかりやるからよ。それにマイリ踊りには参加できるんだ、文句はねえだろ」
マイリ踊りで現れる仏は、まずもって死者を名乗る赤の他人だ。召喚主に会えたとしても偽者だろう。つまり会えても会えなくてもどちらにせよ送還は無理だ。らけるは還れない。だが……ここまで来たなら、最善さえ尽くしたなら、らけるだって納得できるはずだ。
「……ま、確かにまだ最後のワンチャンがあるもんな! 仏さんが本物のパターン!」
残念ながら、らけるに最善の納得を求めるには時期早計らしい。パーティの全員、仏が本物であることはないとほとんど確信していたが、もはや誰も口にはしなかった。
「んなことより腹ごしらえだろ」
たぶん話を一番分かってないだろうアノニムがぶった切り、先頭を歩く。パーシィも小走りになってアノニムの横に並んだ。
「さっきからいい匂いがしてるもんな!」
マイリ踊りまでまだ時間があるというので、一同は屋台で飯を買って食っておくことにしたのだ。この土地の硬貨を、依頼料のたしにしてくれと光蓮が渡してくれていた。これで屋台でも買い物ができる。
屋台に並ぶ食べ物は見慣れないものばかりだが、匂いはとてもよく、食欲をそそられる。
らけるも食事自体には賛成らしい、はしゃいだ様子で、
「こっちの世界で食えるとは思ってなかったよ、焼きそば!」
と、すぐに機嫌を直した。
村人自体は多くはないし、屋台も一台一台はとても小さいのだが、小規模なりに賑わっていて、人々は食事と歓談を楽しんでいる。タンジェを始めとして、こちらはほとんど村人との会話が成り立たないので、村人と意思疎通のできるサナギと光蓮の先導する二つのグループに分かれ、手分けして飯を買った。
買った屋台飯は光蓮の家で食べさせてもらうことにする。
日が落ちたからか日中ほど暑くはなく、窓を開け、草で編まれたカーテンを下ろした光蓮の家は風も入って涼しい。
タンジェはらけるが言っていた焼きそばというものをさっそく口に入れた。
「ん、これ……うめえな」
太平倭国の食事を出す店はベルベルントにもいくつかある。それにかぶれて、たまに親父さんも白米や焼き魚なんぞを出す。美味いし嫌ではないのだが、当初は箸を使うのは本当に大変だった。箸使いはここ数ヶ月でようやくサマになってきたが、それでもらけるや黒曜、緑玉のきれいな箸使いには及ばない。焼き魚は串に刺してかぶりついたほうが早いと思う。
「んまいよね!」
らけるが焼きそばを頬張りながらニコニコ笑っている。
「この紅ショウガがまた最高に合うんだよな!」
「ああ……てめぇ、箸使うの上手いな」
「ニッポンでは箸もスプーンもナイフもフォークも使うんだぜ!」
タンジェはらけるからニッポンの話を聞くたびに、どんな場所なのかぼんやりイメージしようとしてみるのだが、もともと想像力豊かなほうではないので、毎回失敗しているのだった。屋内で靴は脱ぐのに、フォークやらを使う飯が出る……混沌としている、という印象だ。
「タンジェにもニッポンを紹介したいよ」
「無理だろ。てめぇですら帰れるかどうかって話なのによ」
「そうだよな……」
らけるがだんだんしょぼくれてくるので面倒に思っていると、黒曜が横にやってきた。
「タンジェ、これもうまい」
「なんだそれ?」
「オコノミヤキと言っていた」
「オコノ……ミヤキ……?」
見ると黒曜の持っている皿の上に円盤状に焼かれたホットケーキのようなものが載っている。
「口を開けろ」
言われるがまま口を開けると、黒曜が一口大に切ったオコノミヤキを放り込んだ。こちらもソースの味がする。歯ごたえのある食感は、味からしてキャベツだろう。なるほど、確かにこれもうまい。
「うまいな」
「ああ」
視線を感じて、咀嚼しながら振り返ると、タンジェと黒曜の様子を見ていたらけるが目をまんまるにしていた。
「え!? 今の何!?」
「何でもねえよ、飯を分けてもらっただけだろ」
言ったあとに恥ずかしくなってきた。いわゆる、「あーん」だ。確かに男同士でやる所作ではなかった。二口目を渡してこようとする黒曜に拒否の意を示すと、黒曜の耳が少しだけ動いた。しかし、見られて恥ずかしい、ということを伝えるのも恥ずかしい。タンジェは口籠った。
黙ってしまったタンジェを、黒曜は問い詰めなかったし、強引に「あーん」をしてくるようなこともなかった。しかし渋々といった様子でオコノミヤキの切れ端を自分の口に入れる黒曜を見ると、罪悪感と……ちょっと、損をした、という気持ちも湧いてくる。八つ当たり気味にらけるを睨んだ。
「なんで睨むの!?」
「うるせぇ!」
そんなこんなで買った屋台飯を食べ終える頃には、すっかり日は沈んでいた。