カンテラテンカ

神降ろしの里<後編> 9

 カンバラの里の神降ろしも、今日で最終日だ。
 昨日と同様に屋台が出て、外は賑わっているようだった。
 身支度を整えていると、らけるが宝刀を抱えて窓辺にいることに気付いた。タンジェに気付いていないようだったので、別にその必要もなかったのだが、声をかけた。
「らける」
「わあ! あ、タンジェ、おはよ!」
「……おはよう」
 昨日はとうとう寝る直前までラケルタだったので、真実を――帰れないと知ったあとのらけると対面するのは初めてだ。
 タンジェはらけるの横に座って、
「帰りの護衛もしっかりやるぜ」
 言った後に、少し考えて、こう付け足した。
「依頼だからな」
「うん……」
 らけるは気のない返事をした。
 会話は終わったと判断し、タンジェはすぐに立ち上がろうとした。
「タンジェさ……」
 声がかかる。タンジェは中腰の状態でらけるを見た。
「ご両親亡くなってるんだって?」
「……」
「もしかしてさ……タンジェが会った仏……シェイプシフターって、ご両親だった?」
「ああ」
 タンジェの両親のことは――親父さんにでも聞いたのかもしれない。そこから推察すれば、確かにあのときタンジェが追いかけた2人の仏が両親であっただろうことは分かるだろう。タンジェは頷いた。
「その……これからずっと家族に会えないってさ……」
 らけるの声が震える。
「結構きついよね……」
「……」
 突然家族と引き離され、もう二度と会えない。その辛苦をタンジェも知っている。
 らけるは、途中で不安に押し潰されても、絶望に挫けてもおかしくはなかった。それでも彼が折れずにここまで来られたのは、本人のポジティブさと希望があったからに他ならないのではないか。なら、それがなくなったなら?
「父ちゃんにも母ちゃんにも姉ちゃんにも、もう会えないんだ……」
 らけるの目が潤んだ。
「急すぎるじゃん……お別れも言えてないし……。きっとみんな俺のこと探すよね……ずっと、探すんだ……」
 ニッポンにいもしない俺を、と、らけるは言った。
「……」
 親を殺された立場からなら、どうとでも言えるかもしれなかった。だが何を言って慰めても、今のらけるの深い悲しみの前では浅く、陳腐だ。
 タンジェは素っ気なく言った。
「50年、待てばいいじゃねえか」
「え?」
「50年で30%、結構じゃねえか。サナギを使い倒してやれよ」
「……」
 らけるは目をぱちぱち、と瞬かせてタンジェを見つめたあと、くしゃくしゃの笑顔になった。
「タンジェ、あの話聞いてたのかよ!? てかそれ、俺、爺さんになってんじゃん!」
「25年で15%まではいくかもしれねえぞ」
「そんな単純な話じゃないと思うなー! でも、ワンチャンある!?」
 らけるはげらげらと、涙が出るほど笑っていた。

 帰りの14日の航海はやはり長く、退屈は人を殺すかもしれない、とタンジェはまた思う。
 けれど、本当に人を殺すのは、剣だし、鈍器だし、銃だし、きっと悲しみだし、絶望だ。
 らけるがそれに殺されないように、タンジェたちが、そしてあるいはラケルタが、きっと守ってやらなければならないのだろう。
 石竜子らけるは弱く、ちっぽけで、でも――『いいヤツ』だからだ。

 久しぶりのベルベルントはとても寒い。
 暖炉で爆ぜる火を見ていると、数日経ったというのにまだカンバラの里のことを思い出す。
「タンジェ!」
「あ?」
 らけるがホットチョコレートを持ってきた。ご丁寧にタンジェの分まである。甘いものはそこまで好きというわけではない。だが、らけるの好意だと思ったので、受け取ってやることにした。
 さっそく口をつけようとしたが、思ったより熱い。ふうふうと冷ましていると、
「なあタンジェ、俺、冒険者になろうと思う!」
「……あ?」
 らけるは目を輝かせて身を乗り出し、ご機嫌で続けた。
「ラケルタがいれば俺でもいけるんじゃないかと思うんだよね、冒険者! 結構船旅も楽しかったしさあ! 怖い目にも遭ったけど……でも冒険者になって、強い男になって、翠玉さんとお近づきになる……めっちゃいい作戦じゃね!?」
 なるほど――タンジェは察した。こいつ、大人しくしてる気、全然ねえ!
「なあタンジェ、もっちろん、応援してくれるよな!」
 ラケルタや俺の気も知らねえで、という思いが、なくはない。けれども、
「チッ……仕方ねえな。まあ、応援してやってもいいぜ。協力はしねえがな」
「やったー! ありがと! タンジェ、大好きー!!」
「抱き着くんじゃねえ! 気持ち悪ぃんだよ!」
 タンジェはらけるをひっぱたいた。それから素っ気ない態度で、さっさとホットチョコレートを飲み干して席を立とうする。が、まだまだ熱い。飲み干すどころか一口さえ飲み下すのに苦労する始末だ。
 らけるが不意に「マシュマロ入れたら美味そうじゃね!? 親父さんにマシュマロないか聞いてくる! タンジェもいるだろ?」と言い出し、返事を待たずに暖炉から離れていく。

 その背中を見て、思う。
 絶望は人を殺す。だが、それを超えるポジティブは、絶望を殺すらしい、と。

 タンジェに守られるまでもなく、らけるは強い男だ。絶望に勝てる人間なんてそうはいない。誰も恨まず、誰にも怒らず、らけるは笑ってタンジェと肩を組む。まあ……それは鬱陶しいので払うが。
 タンジェは、まるで反対だ。恨み、怒り、復讐を動力に動いてきた。誰と肩を組むこともない。もちろん今は、それでなくても動けることは知っている。それでもタンジェは、きっとらけるのようにはなれない。他人にもホットチョコレートを淹れてきて、マシュマロがあればもっと美味しいはずだと立ち上がるようには。

 けれど、それでいいのだろう。⁠憧れる意味はないし、そのつもりもない。そんなふうになる必要もない。
 ただ、らけるのような友人が、一人くらいいてもいい。⁠
 絶対にそんなことを、本人に言ってはやらないが。

【神降ろしの里<後編> 了】
 
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