カンテラテンカ

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羽化 5

 結婚式が終わって数週間後のこと。サナギはリリセに呼び出されて、一緒にお茶をしていた。
「それでね、ヒカゲのやつ、研究用の植物を放っておけないから新婚旅行も後回しとか言い出すのよ!」
 ほとんど一方的に愚痴を聞かされているサナギは、紅茶を啜る。
「錬金術師の鑑だね、ヒカゲは」
「真面目すぎるのよ!」
「でも、そこが好きだったり?」
「そうよ!」
 ふんと鼻を鳴らしたリリセが自信満々に即答する。付け足したことには、
「アンタとは正反対でね!」
 愚痴かと思ったら惚気で、惚気かと思ったらサナギへの誹謗であった。
 あまりにも鮮やかに展開された一連のリリセの言動に、サナギはたまらず笑う。サナギの大笑いの意図をはかりかねたらしく、リリセは憮然とした顔でそれを聞きながら、ケーキの上のイチゴを頬張った。それからふと、
「あ、そうだ。ここは私が奢るからね。あのときの……6ヴェニー銀貨のお返し」
「ん? あれは儀式的なものだから、別にお礼はいらないよ」
 いいから受け取りなさいよ、とリリセに睨まれてしまった。
「あのあと調べたんだけど……6ヴェニー銀貨は、確かにサムシング・フォーのマザーグースの最後に贈られるものとして記載があったわ。300年も前の児童書にね」
 300年前か。何代くらい前の俺の記憶だろう、と、サナギは小さく首を傾げる。
「アンタ、何なの? 本当に変わった人」
 改めて問われると、サナギ・シノニムは何者なのか、一言で説明はできない。
 でも、確実に言えることはある。サナギはまた笑って、こう答えた。
「俺はサナギ。今も昔もこれからも、変わらず変わったサナギのままさ」

【羽化 了】
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羽化 4

「ヴェールの流行りとか知識量もキモいし……なんで身長とか私の好みのヒールの高さとかピアスあけたこととか覚えてんのよ!? それが本当にキモい!!」
 なるほど言われてみればかなりキモかったかもしれない。サナギは自分が語った推理、というより想像が、ほとんど誰かしらの個人情報で成り立っていたことをいまさら自覚して、さすがに反省した。ただ、リリセの癇癪自体はよくあることだ。罵られていることは別に不快ではない。
 もっとも、癇癪を起こしたリリセを宥めるのはだいたいモルの役目だったのに、モルはハラハラした顔をしつつも、口を出さずにリリセの癇癪の行方を見守っていた。
「あのね! サナギ!!」
 リリセはびしりと人差し指をサナギに突き付けた。
「うん?」
「私がなんでアンタに好みのヒールの高さを教えたか分かる!? なんでピアスをあけた報告をしたか分かる!? 分かってないでしょ!!」
「へ?」
 サナギはきょとんとした。もちろんこの世の中にはサナギに分からないことはまだまだたくさんあって、想像の及ばないものもある。人の心なんかその最たるもので、中でもリリセの心中を察するなんてのはまずもって不可能なことである。
 リリセはいっとう大きな声でぶちまけた。
「アンタからプレゼントが欲しかったからよ!! アンタのことが好きだったの!!」
 難解で、きっと深遠で、理解不能なリリセの、無茶苦茶で、でもすごく魅力的で面白いところを、サナギはとても好ましく思っている。それでもここでようやく知れた彼女の内面は、至極単純で、あまりにシンプルだ!
「アンタ頭はいいけど、私の気持ちなんかぜんっぜん気付いてなかったでしょうね!!」
 そのとおり。"頭がいい"サナギをして、反論はまったく思いつかなかった。サナギはちらと笑った。
「俺のことを試したんだね?」
「そうよ!」
 即答で頷くリリセ。
「アンタが全部忘れてたら、それでよかったのよ! 私のヒールの高さも、ピアスをあけたことも!!」
「……」
 それでもリリセが、サナギが"すべて覚えている"可能性を、まったく考慮しなかったとは思えない。彼女は賢い女性だ。
「俺が覚えているとは思わなかった?」
「……」
 素直に尋ねれば、リリセは唇を噛んで俯いた。
「逆なんです」
 不意に、モルが言った。
「逆?」
「覚えてるって、確信があったよね」
「ちょ、ちょっとモル!」
 モルの口を塞ごうと、慌てたリリセがモルに振り向くのだが、モルのほうは慣れた様子で受け流しながら、
「あのですね、サナギくん。リリセはね、きみが好きだったと伝えるタイミングを、ずっと計っていたんですよ」
「ええ?」
「あー! な、なんで言うのよ!」
 リリセが真っ赤になってモルの肩をぽこぽこ叩いている。痛くはなさそうだが、モルはそれで困ったように笑っている。
 徐々にリリセの拳が止まり、リリセはぽつりと言った。
「言っておくけど、終わった恋よ。でも、そのままじゃ、ヒカゲとの結婚が不誠実じゃない……」
 彼女の価値観では、そうなのだろう。始まりすらしなかったサナギへの恋は、彼女の中で不完全燃焼のまま自然消滅し、そしてやがてヒカゲのことを愛するに至った。でも、リリセは、"サナギのことが好きだった過去”に決着をつけなければ、それを不貞だとすら思っているのだ。
「……」
 サナギは少し考えて、やがて、
「"ごめん"!」
 大きな声で言って、頭を下げた。リリセの眉が上がり、彼女は「は?」と言った。
「"リリセ、きみのことは好きだし気持ちは嬉しいけど、俺はきみとは恋人になれない"」
「……」
 サナギは頭を上げ、満面の笑みでリリセを見た。
「どうかな。これで決着ついた?」
「……」
 リリセもまた、にっこりと笑った。
「そうね、ありがとう」
 そして彼女の振り上げた手が目にも止まらぬ速さでサナギの左頬を引っぱたいた。
「最低ノンデリバカ男!!」
「ええ?」
 赤くなった左頬を撫でながらサナギが情けない笑顔で首を傾げる。
「そういう話ではなく?」
「そういう話……そういう話だけど。なんで結婚式に別の男にフられなきゃなんないのよ!」
 リリセは顔を真っ赤にして怒っていたが、でもやがて徐々に肩が震え始め、見る間に笑い出し、
「ほんと、バッカみたい!」
 綺麗な顔に浮かんだ笑顔は、まるきり華のようだ。
 ひとしきり笑ったあと、やがてリリセは少しだけ顔を伏せて、ぽつりと呟いた。
「こんな私が、ヒカゲと幸せになれるかしら?」
「……」
 ともすれば過剰すぎる彼女の誠実な貞淑さは、きっと彼女の臆病さの裏返しだ。
 けれどもサナギは、かつての誇れる仲間たちの未来に、一抹の不安もない。胸を張って言える。彼女たちは大丈夫だと。
 穏やかな笑顔で、サナギは言った。
「蝶になった先のことを考えて羽化する蛹なんていないだろう」
「……私が蝶と同じ?」
「不満かな?」
「いいえ。蝶は好き」
 そしてリリセは、彼女にしては不格好に笑った。

 いつまで待たせるの、とシェジミが控室の扉を激しくノックする。サナギたちは顔を見合わせた。
「じゃ、俺は行くね。見てるよ」
「今日の私は世界で一番可愛いわよ。あんなフりかたしたの後悔させてやるんだから」
「あはは! ヒカゲは幸せ者だね」
 心配そうにサナギとリリセの会話を見届けていたモルも、ようやく安心したように微笑み、退室しようとするサナギに小さく手を振る。
 応じて軽く片手を振ったサナギは、ふと、ひとつ思いついた。
「もうサムシング・フォーは揃っているけど」
 サナギは懐から6ヴェニー銀貨を取り出した。
「俺からはこれを」
 そっとリリセの靴を脱がせ、その中に入れて差し出す。
「……え? 何?」
「あれ? サムシングのフォーのマザーグースには、最後にこのフレーズがなかった?」
「知らないわ」
 訝しげな顔をしていたリリセだったが、やがてはさっぱりした笑顔を見せてくれた。
「でも、もらっとく」

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羽化 3

 サナギはぱちぱちと数回、目を瞬かせてから、
「誰に?」
「知らないわよ。だからそれをアンタに探してほしいの!」
 サムシング・フォー。花嫁に幸せをもたらす4つのもの。
 曰く、なにか1つ古いもの。
 なにか1つ新しいもの。
 なにか1つ借りたもの。
 なにか1つ青いもの。
 そして靴の中には、6ヴェニー銀貨を。
 今ではわりとマイナーというか、廃れ気味の、"古い"風習だという印象だ。我ながらよくスッと出てきたものだなと自分で自分に少し感心する。
 同時に、素敵な慣習だとも思う。リリセはロマンチストだから、式のために用意したのだろうことに違和感はない。
 しかしところで、とサナギは首を傾げた。
「なんで俺に?」
 探すのはもちろんやぶさかではないが、それだけ疑問で先に尋ねた。
「それは……悔しいけど、アンタが一番賢いから!」
 サナギはあの研究室で、自分が一番賢いなんて思ったことは一度もない。研究室の全員が何かに秀で、豊かな人間性を持っていた。サナギは彼らのことを全員、誇りに思っているし尊敬している。
 しかしまあ、リリセがそう言い出すのなら、わざわざ否定することもないだろう。
「まあ、分かったよ。じゃあ、まずは怪しい人を見ていないか、参加者に聞き込みを――」
「待ちなさい!」
 サナギが背を向けようとしたところで、リリセが引き止めた。
「ん?」
「……この部屋から出るのは禁止!!」
「え?」
 さすがに驚き、首を傾げた。そんなサナギを見て、ええと、だから、と、リリセは怒られた言い訳を考える子供みたいな顔をしてから、キッとこちらを睨んだ。
「アンタほどのヤツなら、この部屋からでも犯人とサムシング・フォーのありかが分かるはずでしょ!」
「はは! 俺に、安楽椅子探偵の真似事をしろってこと?」
 面白いことを考える! リリセは昔からこういう、無茶苦茶で、でもすごく魅力的で面白いことを言い出すことがあって、それにいつも同窓生たちは振り回されてきた。サナギにとっては豊かでいい思い出だ。
 モルは心配そうにこちらを見ているが、今さらリリセを止める気はないらしく、話に割り込んではこなさそうだ。サナギは頷いた。
「いいよ。受けて立とうじゃないか」
 リリセはハッとした顔になったあと、また眉をきりりと吊り上げて、腕組みしてサナギを見つめた。

 サナギは部屋をざっと見渡す。
 控室にはアクセサリーボックスがあり、中にはネックレスやちょっとしたイヤリングやピアスなんかが入っていた。
 壁には花嫁の衣装がいくつか掛けられている。ヴェールは椅子の背もたれに掛けられて、少しくたりと型崩れしている。
 ドレッサーの下には綺麗に磨かれたヒールが並べられていた。目測で右から5センチ、8センチ、12センチのヒール。テーブルには友人たちからのものだろうか、色とりどりの花束が置かれている。それからちょっとしたお菓子と飲み物。飲み物の横にハンカチが添えられていて、Mの字が刺繍してあった。

「なるほどね」
 サナギは頷いた。リリセの眉がますます上がる。
「……分かったの?」
「うん。まず、サムシング・フォーのありかだけど、全部この部屋にある」
 リリセの目が見開かれたあとに、平静を装った彼女の瞼が何度か瞬きする。
「あくまで盗まれたというのなら、犯人はきみ自身ということになる。あるいはモルかな?」
 動揺したらしく、モルの瞳が揺れてリリセに向く。だがリリセは堂々としたものだ。ふん、と鼻を鳴らした。
「私の自作自演だって言うのね? じゃあ、当ててみなさいよ。この部屋にあるもののうち、どれがサムシング・フォーなのか」
「まず、何か1つ古いもの。椅子に掛かったヴェールだね。あの柄が流行ったのは数十年は前だよ。新しいのがウリのこの式場ではあれは貸さない。たぶん、時代的にきみの祖母から受け継いだものだね」
 数十年前といえば、『前のサナギ』が当時の知り合いの結婚式に呼ばれたタイミングだから覚えている。それと柄が同じだ。
「何か1つ新しいもの。きみの履いているヒールだ。新郎ヒカゲの身長は、研究室にいた頃と変わってなければ179cm。成人男性の身長がこの数年で大きく伸びるとは思えない。ところできみの今の身長は俺の目測だと166cmだ。つまり新郎との身長差は13cmってところ。きみは研究室にいた頃、8センチ以上のヒールが好きだと俺に教えてくれたけど……」
 リリセは黙って続きを促したので、サナギはそれに応えた。
「うん、それで、新郎新婦の理想の身長差って、10cmなのさ。シェジミはあの性格だから、きみにきっかり3cmのヒールを用意しただろう」
 それが新しいものさ、とサナギが言うと、リリセは「じゃあ、残りの2つは?」と挑戦的にこちらを睨んだ。
「なにか1つ借りたもの。そのハンカチだね。モルのものだ」
 モルが息を呑む。
「イニシャルがMだからね。それに、研究室で見たことのある柄だ。モルの手持ちのハンカチとして。さっき、モルは自分のハンカチは持っていたから、きみに貸すためのハンカチだろう。まあ、衛生面の不安からハンカチを2つ持ち歩くというのもありえるけど、荷物が制限されるドレス姿でハンカチを2枚持つほど、モルは潔癖というわけじゃなかったからね」
「まだあるわよ。青いものは?」
「なにか1つ青いもの。そこのアクセサリーボックスにあるピアスだ。イヤリングやネックレスにも青いものがあるけど、ネックレスはすでにしているし……きみの耳にはピアスがあいているのに、わざわざイヤリングを選ぶこともないだろう。きみはピアスをあけたとき俺にも報告してくれたから、よく覚えてるよ」
「……」
 リリセとモルは同時にため息をついた。
「答えを聞いてもいいのかな?」
「アンタさぁ……」
 サナギの言葉に、たっぷり数秒溜めたあと、リリセは吐き捨てるように言った。
「ほんっっと……キモいのよ!!」
「えっ!?」
 罵られるとは思っていなかったので、サナギは目を白黒させた。

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羽化 2

 今世代のサナギにはあまり友達はいないのだが、パーシィに説明した通り、所属していた団体の同窓生はいる。
 サナギのいた研究室はサナギを含めてたったの6人で構成されていた。そしてその中の2人が、此度、結婚する。つまり新郎新婦どちらもサナギの同窓生で、友人というわけだ。
 錬金術師というのはだいたい大きなコミュニティを築くことはないし、研究者は不要な派手も華美も好まない者が多いから、きっと2人も小ぢんまりとした式にするだろう。それでもその少ない招待客の中にサナギの名を入れてくれたことは本当に嬉しかった。

 ベルベルントの人びとはだいたいみんな聖ミゼリカ教会で結婚式を挙げるが、最近は無宗教の人に配慮し、独立した式場なんかもできている。若い子は聖ミゼリカ教会の式は堅苦しいと言って、式場でのフランクな式を好むようだ。
 新しくできたメリアル式場は小さいが綺麗でサービスも行き届いていると評判がいい。メリアル式場にいる唯一のブライダルプランナーは、驚いたことに錬金術師仲間のシェジミだ。もちろん、錬金術師としては異例の職先である。連盟にまだ名は連ねているものの、早々に就職して真っ先に研究室を出た彼女に、一同は目を丸くしたものだ。
 メリアル式場のおしゃれな庭先を通り抜けると、受付らしきカウンターにカッチリとしたスーツに身を包んだ眼鏡の女性がいる。件のシェジミだ。
「やあ。久しぶり」
 シェジミは書類から顔を上げ、サナギを見てハッとした顔をした。
「遅いわ!」
 ぴしゃり。
「あなたが参加者最後の一人よ! ルーズなところは変わってないわね!」
 シェジミは昔から本当に神経質だ。細かくて、超がつくこだわり派なのである。サナギも別に自分をルーズだとも無頓着だとも思ってはいないのだが、シェジミには昔からよく遅い、自堕落、雑などさまざま罵られたものだ。
 もちろん、神経質のこだわり派というのは、研究者としては悪くない性質だ。ただ……、学んでいた分野とはまるきり違う進路に進み、ブライダルプランナーなんていう職業にもなれば、少しは変わってしまうものかなと思っていた。うーん、まるで変っていない。
「いやいや、まだ11時だよ。予定時間の30分も前じゃないか」
「……普段ならそれで許すのだけど」
 眼鏡のブリッジを抑えて頭の痛そうな顔をしたシェジミはため息をつく。サナギは首を傾げた。
「何かあったの?」
「それが……」
 シェジミは少し逡巡したようだったが、やがてこう言った。
「リリセがあなたに会いたがってるのよ」
「え?」
 リリセ・クリサリス。今日の主役の1人。つまり、花嫁だ。
「もう控室にいるんじゃないの?」
「いるわよ。とっくに調整も着替えもメイクも終わってるわ」
「それ、俺が入って見ちゃ駄目だよね?」
「当たり前よ!」
 言ってから、シェジミは大きなため息をついて肩を落とした。
「でもリリセって昔から言い出したら聞かないじゃない? あなたに会わなきゃ結婚式を始めないって言うのよ……」
「何か理由があるのかな」
「聞けてないわ」
 リリセがサナギに会いたがる理由……、サナギのほうには、特に心当たりはない。考えても分からないだろう、本人に聞いてみないことには。
「とにかくリリセのワガママを何とかするのに、あと30分じゃ足りないわよ。今回は花嫁たっての希望だし、本当に特別よ……さっさとリリセに会ってちょうだい」
「分かった」
 サナギが花嫁の控室に案内を頼もうとすると、奥の部屋から小走りで小柄な女性がやってきた。花嫁リリセの大親友モルだとすぐに知れた。
「やあモル。久しぶり」
「ああサナギくん、来てくれたんですね……!」
 走ってきたから少し汗をかいていて、モルは小さなハンドバッグから取り出した水色のハンカチでそれを拭った。
「シェジミちゃん、本当にごめんなさい。リリセがワガママを言って」
「いつものことじゃない。それよりサナギを連れて行って、さっさとあのお姫様の癇癪をなんとかしてちょうだい」
 モルは頷いて、サナギに呼びかけてから足早に先を歩いた。ついていく。
 小さな式場だ。花嫁の控室にはほどなく到着し、ノックしたモルが「モルよ。サナギくんが来てくれたよ」と中に声をかけた。
「入って」
 リリセの応答があり、モルが扉を開ける。
 窓辺に佇むウェディングドレスの女性。いつもツインテールにしていた長い金髪は頭の上で結っている。長い睫毛が揺れてこちらを見た。
「おっそい!!」
 本日二度目! リリセとシェジミは、錬金術連盟の中でも苛烈な性格で有名なのだ。
「アンタねぇ、この私をいつまで待たせる気なのよ!?」
 見た目は可憐な美少女なのだが、口を開けばこんな感じである。連盟の別の研修室から「黙っていればいいのに」と陰口をよく言われていたのを知っているが、サナギからすればとんでもない! リリセの歯に衣着せない辛辣な態度を、サナギはむしろ好ましく思っているのだ。
「はは、ごめんごめん。まさかこうして控室に呼ばれるなんて思ってもいなかったからさ」
「そうだよリリセ」
 モルがサナギをフォローする。
「リリセのワガママなんだから」
「ふん! 本日の主役がワガママ言って何が悪いのよ!」
 この傍若無人ぶりにはさすがのモルもため息をつく。
「ごめんなさい、サナギくん」
「いいよ、いつもの調子で結構じゃないか。それで、なんで俺は呼ばれたのかな」
 リリセはサナギのほうを見て、一瞬だけ、迷うように視線を彷徨わせた。
 実際は迷いというより、気まずいときのリリセの所作だ。新郎ヒカゲの研究成果に紅茶をぶちまけたとき、同じ顔をしていたのが懐かしく思い出される。ヒカゲのほうはのんびりした男で、別になんてことはないと許していたけれど。言われてみれば、リリセとヒカゲは昔からわりと仲は良かったか?
 考えている間に、リリセは腰に手を当て、
「サムシング・フォーが盗まれたのよ!」
 はっきりとそう言った。

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羽化 1

 鏡の前に立って、サナギは一回転する。燕尾が遠心力でくるりと回って、正面でぴたりと止まったサナギ自身より少しだけ長い間揺れた。
 ネクタイが曲がってないか、服にシワがないかを確認。オッケー! 髪の毛も整えて、今日はシンプルな髪留めにした。
 自室を出て階下に下りると、みんなが物珍しげにこちらを見てくる。
「なんだよ? その格好」
 タンジェの質問に、サナギは満面の笑顔で答えた。
「正装だよ。なかなかどうして、似合うだろ?」
 『一代前の俺』が若い頃用意した、古いやつなんだけどね、と聞かれてもいないのに説明した。
「いやぁ、きちんととっておいたかいがあったな」
「なんでまたそんな格好を?」
 今度の質問はパーシィから。
「なんでって、冒険者が正装する機会なんかそう多くはないだろ?」
「だから聞いてるんじゃないか」
「結婚式に呼ばれたんだよ」
 パーシィが目を瞬かせる。彼は結婚式とか、そもそも結婚の概念とかは分かるのだろうか。
「誰の?」
 あ、分かるんだ、と思いながら、サナギは答えた。
「この宿に来る前に、俺は錬金術連盟に所属してたんだけど、その連盟には研究室……まぁ、要は志を同じくする者たちが集まる小さなグループがあってね。そのグループで一緒だった人だよ。同窓生とか言えばいいかな」
「サナギにそんな関係の人がいたとは、知らなかったな」
 研究室とか同窓生とかの意味はよく分からなかったかもしれないが、それでも反応はごく真っ当で、
「何はともあれ、めでたいことだな。行ってらっしゃい」
 と、にこりと微笑んだ。
 元天使のパーシィにとってヒトの営みは理解しがたいこともあると思う。たまにそれが口に出てしまうパーシィだったが、サナギはそんなパーシィがぜんぜん嫌いじゃない。

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プロフィール

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一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
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