カンテラテンカ

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羽化 6

 結婚式が終わって数週間後のこと。俺はリリセに呼び出されて、一緒にお茶をしていた。
「それでね、ヒカゲのやつ、研究用の植物を放っておけないから新婚旅行も後回しとか言い出すのよ!」
 ほとんど一方的に愚痴を聞かされている俺は、紅茶を啜る。
「錬金術師の鑑だね、ヒカゲは」
「真面目すぎるのよ!」
「そこが好きなんだろ」
「そうよ! アンタとは正反対でね!」
 フン、と鼻を鳴らしたリリセが、ケーキの上のイチゴを頬張った。
「あ、そうだ。ここは私が奢るからね。あのときの……6ヴェニー銀貨のお返し」
「ん? あれは儀式的なものだから、別に礼はいらないよ」
 いいから受け取りなさいよ、とリリセに睨まれてしまった。
「あのあと調べたんだけど……6ヴェニー銀貨は、確かにサムシング・フォーのマザーグースの最後に贈られるものとして記載があったわ。300年も前の児童書にね」
 300年前か。何代くらい前の俺の記憶だろう?
「アンタ、何なの? 本当に変わった人」
 改めて問われると、俺は何者なのか、一言で説明はできない。
 でも、確実に言えることはある。俺は笑って、こう答えた。
「俺はサナギ。今も昔もこれからも、変わらず変わったサナギのままさ」


【羽化 了】

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羽化 5

 罵られるとは思っていなかったので、俺は目を白黒させた。
「単純に知識量もキモいし……なんで身長とか私の好みのヒールの高さとかピアスあけたこととか覚えてんのよ!? それが本当にキモい!!」
 リリセはしばらく俺のことをキモいキモいとなじっていた。リリセは元からわりとこういうヒステリーを起こすことがあったので、俺は別にそれ自体は何とも思わなかったが、普段それを諫めるモルが、黙ってそれを見つめてるのは何でだろうなあと考えていた。
「あのね! サナギ!!」
 それを機敏に見て取ったらしいリリセが鋭く俺を呼ぶ。俺は意識をリリセに戻して、返事をした。
「うん?」
「私がなんでアンタに好みのヒールの高さを教えたか分かる!? なんでピアスをあけた報告をしたか分かる!? 分かってないでしょ!!」
 なんで、だって? そんなこと考えたこともなかった。雑談の一部だと思っていたから。
「アンタからプレゼントが欲しかったからよ!!」
 笑っちゃうほど、単純で、それでいて遠回しで、いじらしい……それは、彼女からの告白だった。
「アンタのことが好きだったの!!」
 俺は全部理解した。
 だから彼女は、最後にこんな茶番を思いついたんだ。
「馬鹿サナギ!! アンタ頭はいいくせに、私の気持ちなんか全然気付いてなかった!!」
「俺のことを試したんだね?」
「そうよ! アンタが全部忘れてたら、それでよかったの!! 私のヒールの高さも、ピアスをあけたことも!! なのにアンタ、全部覚えてるじゃない!!」
 リリセは気高い女性だ。決して泣いてはいなかった。
「私のことなんか忘れてればよかったのよ!!」
 そんなことはない。
「そんなことはないよ」
 俺は思ったままのことを言った。
「俺が覚えてても忘れてても、きみはどっちにしたって俺をなじっていたよ」
「はぁ!?」
「いや、きみが俺のことを好きだったことは疑わない。けどさ……きっとその恋はとっくに終わっているんだ」
 だからきリリセは、俺に招待状が出せた。
 だからリリセは、俺にこの挑戦ができた。
「そうじゃなかったら、きみが俺に会えたわけがない。きみは俺という過去の恋から逃げなかった。胸を張っていいよ」
「なんで……そんなことが言えるのよ……!」
「モルがきみを止めなかったからさ」
 モルが顔を上げた。
「モルはね、リリセのことが本当に大好きだ。きみが傷付くようなことに、モルが協力するはずがない」
「バレてたか」
 モルがちょこっと舌を出した。
「リリセが言うんです。この気持ちにケジメを付けなければ、ヒカゲくんとの結婚が誠実でないって」
「モル!! なんで言うのよ……!!」
「だからリリセに協力しました」
 全部サナギくんの言うとおりです、と。
「リリセはサナギくんが覚えていてもいなくても、どっちでもよかった。ただ、サナギくんの気持ちが確かめたかっただけ。それも……もう終わった恋だととっくに気付いてた」
 だってそうじゃなかったら、ヒカゲくんと結婚するなんて言い出さないですよ、と、モルは笑った。
「そうだね。俺に本気の恋をしてたら、リリセは地獄まで追ってくる」
「サナギ!!」
 リリセに怒鳴られて、俺はからから笑った。リリセは振り上げた拳を握り締めて、それを徐々に下ろす。
「私……地獄まで追えるほど、本当は根性ないのよ」
 それからぽつりと呟いた。
「ヒカゲのことは好き。なのに、分かるでしょ? アンタのことを試すくらい、不安なの。ずっとヒカゲを好きでいられるか」
「俺への恋が終わったから?」
「そうよ。いつかヒカゲへの気持ちも終わるかもしれない」
「あはは!」
 俺は思わず笑ってしまった。
「何よ!! 私がしおらしいのが、そんなにおかしい!?」
「違う違う。そんなことを、不安に思っていることがさ」
 リリセは目を瞬かせた。
「リリセ。不安に思うことはないよ。結婚なんて、ヒトの営みの一つじゃないか。気持ちが終わったっていい。きみはミゼリカ教徒じゃないから、離婚だってできる」
「結婚式で離婚の話するの、アンタくらいよ……」
 今度は呆れた顔になるリリセ。おっと、それは悪かったね、と俺は咳払いを一つ。
「まあ、さ。俺が改めて言うようなことじゃないけど……ちゃんと物事はなるべくしてなるよ。なるようにしかならないとも言える。蝶になった先のことを考えて羽化する蛹なんていないだろ」
「……私が蝶と同じ?」
「不満かい?」
「いいえ。蝶は好き」
 そしてリリセは、ようやく笑った。

 いつまで待たせるの、とシェジミが控室の扉を激しくノックするので、俺たちは顔を見合わせた。
 俺は退室する前に、ひとつ思いついた。
「もうサムシング・フォーは揃っているけど」
 俺は懐から6ヴェニー銀貨を取り出した。
「俺からはこれを」
 そっとリリセの靴を脱がせ、その中に入れて差し出す。
「……え? 何?」
「あれ? サムシング・フォーのマザーグースには、最後にこのフレーズがなかった?」
「知らないわ」
 訝しげな顔をしていたリリセだったが、やがてはさっぱりした笑顔を見せてくれた。
「でも、もらっとく」

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羽化 4

 俺は部屋をぐるっと見渡す。
 控室にはアクセサリーボックスがあり、中にはネックレスやちょっとしたイヤリングやピアスなんかが入っていた。
 壁には花嫁の衣装がいくつか掛けられている。ヴェールは椅子の背もたれに掛けられて、少しくたりと型崩れしている。
 ドレッサーの下には綺麗に磨かれたヒールが並べられていた。目測で右から5センチ、8センチ、12センチのヒール。テーブルには友人たちからのものだろうか、色とりどりの花束が置かれている。それからちょっとしたお菓子と飲み物。飲み物の横にハンカチが添えられていて、Mの字が刺繍してあった。
「なるほどね」
 俺は頷いた。リリセの眉が上がる。
「……分かったの?」
「うん。まず、サムシング・フォーのありかだけど、全部この部屋にある」
 モルがごくりと喉を鳴らしたのが聞こえた。リリセの目が見開かれたあとに、平静を装った彼女の瞼が何度か瞬きする。
「あくまで盗まれたというのなら、犯人はきみ自身ということになる。あるいはモルかな?」
 ふん、とリリセは鼻を鳴らした。
「私の自作自演だって言うのね? じゃあ、当ててみなさいよ。この部屋にあるもののうち、どれがサムシング・フォーなのか」
「まず、何か一つ古いもの。椅子に掛かったヴェールだね。あの柄が流行ったのは数十年は前だよ。新しいのがウリのこの式場ではあれは貸さない。たぶん、時代的にきみの祖母から受け継いだものだね」
 数十年前といえば、『前の俺』が当時の知り合いの結婚式に呼ばれたタイミングだから覚えている。それと柄が同じだ。
「何か一つ新しいもの。きみの履いているヒールだ。新郎ヒカゲの身長は、研究室にいた頃と変わってなければ179cm。成人男性の身長がこの数年で大きく伸びるとは思えない。ところできみの今の身長は俺の目測だと166cmだ。つまり新郎との身長差は13cmってところ。きみは研究室にいた頃、8センチ以上のヒールが好きだと俺に教えてくれたけど覚えてるかな」
 リリセは黙って続きを促したので、俺はそれに応えた。
「うん、それで、新郎新婦の理想の身長差って、10cmなのさ。シェジミはあの性格だから、きみにきっかり3cmのヒールを用意しただろう」
 それが新しいものさ、と俺が言うと、リリセは「じゃあ、残りの二つは?」と挑戦的に俺を睨んだ。
「なにか一つ借りたもの。そのハンカチだね。モルのものだ」
 モルが息を呑む。
「イニシャルがMだし……さっき、モルは自分のハンカチは持っていたからね。衛生面の不安からハンカチを二つ持ち歩くというのもありえるけど、荷物が制限されるドレス姿でハンカチを二枚持つほど、モルは潔癖というわけじゃなかったと思うし。きみに貸すためのハンカチだ」
「まだあるわよ。青いものは?」
「なにか一つ青いもの。そこのアクセサリーボックスにあるピアスだ。イヤリングやネックレスにも青いものがあるけど、ネックレスはすでにしているし……きみの耳にはピアスがあいているのに、わざわざイヤリングを選ぶこともないだろう。きみはピアスをあけたとき俺にも報告してくれたから、よく覚えてるよ」
「……」
 リリセとモルは同時にため息をついた。
「答えを聞いてもいいのかな?」
「アンタさぁ……」
 俺の言葉に、たっぷり数秒溜めたあと、リリセは吐き捨てるように言った。
「ほんっっと……キモいのよ!!」
「えっ!?」

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羽化 3

「おっそい!!」
 本日二度目! リリセとシェジミは、錬金術連盟の中でも苛烈な性格で有名なのだ!
「アンタねぇ、この私をいつまで待たせる気なのよ!?」
 黙っていれば可憐な美少女なのだけどね、口を開けばこんな感じ。もちろん、俺はそんな彼女を嫌いじゃない。
「はは、ごめんごめん。まさかこうして控室に呼ばれるなんて思ってもいなかったからさ」
「そうだよリリセ」
 モルが俺の援護射撃をする。
「リリセのワガママなんだから」
「本日の主役がワガママ言って何が悪いのよ!」
 この傍若無人ぶりにはさすがのモルもため息をつく。
「ごめんなさい、サナギくん」
「いいよ、いつもの調子で結構じゃないか。それで、なんで俺は呼ばれたのかな」
 リリセが一瞬、迷うように視線を彷徨わせたのを俺は見逃さなかった。気まずいときのリリセの仕草だということがすぐに分かる。新郎ヒカゲの研究成果に紅茶をぶちまけたとき、同じ顔をしていたっけな。ヒカゲは許していたけれど。あの二人が結婚かあ。
 考えている間に、リリセは俺に向き直って、こう言った。
「サムシング・フォーが盗まれたのよ!」
 俺は目を瞬かせた。
「誰に?」
「知らないわよ。だからそれをアンタに探してほしいの!」
 サムシング・フォー。花嫁に幸せをもたらす四つのもの。曰く、なにか一つ古いもの。なにか一つ新しいもの。なにか一つ借りたもの。なにか一つ青いもの。そして靴の中には、6ヴェニー銀貨を。
 今ではわりと廃れ気味の風習だと思っていたけど――俺もよく覚えてたな――リリセは割とロマンチストだから、式のために用意したのも納得だ。
「なんで俺に?」
 探すのはもちろんやぶさかではないけれど、それだけ疑問で先に尋ねた。
「それは……悔しいけど、アンタが一番賢いから!」
 俺はあの研究室で、自分が一番賢いなんて思ったことは一度もない。研究室の全員が何かに秀で、豊かな人間性を持っていた。でも、リリセがそう言い出すんなら、わざわざ否定することもないのかな。
「まあ、分かったよ。じゃあ、まずは怪しい人を見ていないか、参加者に聞き込みを――」
「待ちなさい!」
 俺が背を向けようとしたところで、リリセが引き止めた。
「ん?」
「……この部屋から出るのは禁止!!」
「え?」
 どういうこと?
「だから……アンタほどの人間なら、この部屋からでも犯人とサムシング・フォーのありかが分かるはずでしょ!」
「はは! 俺に、安楽椅子探偵の真似事をしろってこと?」
 リリセって発想が面白いんだよな。モルは心配そうにこちらを見ているが、今さらリリセを止める気はないようだ。
「いいよ。受けて立とうじゃないか」
 リリセはハッとした顔になったあと、また眉をきりりと吊り上げて、腕組みして俺を見つめた。
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羽化 2

 今世代の俺にはあまり友達がいないけれど、パーシィに説明した通り、所属していた団体の同窓生はいる。
 俺のいた研究室は俺を含めてたったの六人しかいなかったけれど、その中の二人が結婚するんだという。もちろん新郎新婦どちらも友人というわけだ。
 錬金術師というのは、だいたい大きなコミュニティを築くことはないので、きっと二人も小ぢんまりとした式にすると思う。その中で、俺を呼んでくれたのは本当に嬉しかった。
 ベルベルントの人びとはほとんどミゼリカ教会で結婚式を挙げるものだけど、最近は無宗教の人に配慮して、独立した式場なんかもできている。若い子はミゼリカ教会の式は堅苦しいって言って、式場でのフランクな式を好むみたいだね。
 新しくできたメリアル式場は、小さいけど奇麗で評判がいい。メリアル式場にいる唯一のブライダルプランナーは、驚いたことに、錬金術師仲間のシェジミだ。もちろん、錬金術師としては異例の職先だ。連盟にまだ名は連ねているけれど、早々に就職して真っ先に研究室を出た彼女に、一同は目を丸くしたものだ。
 メリアル式場の小さいけれど華やかな庭先を通り抜けると、受付らしきカウンターに、カッチリとしたスーツに身を包んだ眼鏡の女性がいる。件のシェジミだ。
「やあ。久しぶり」
 シェジミは書類から顔を上げ、俺を見てハッとした顔をした。
「遅いわ!」
 ぴしゃり。
「あなたが参加者最後の一人よ! ルーズなところは変わってないわね!」
 いやぁ、シェジミは本当に神経質というか。細かくて、超がつくこだわり派だった。もちろん、それは研究者としてはすごく適正のある性格なんだけど、ブライダルプランナーなんて職に就いても変わってないみたいだ。とはいえ、
「いやいや、まだ11時だよ。予定時間の30分も前じゃないか」
「……普段ならそれで許すのだけど」
 眼鏡のブリッジを抑えて頭の痛そうな顔をしたシェジミはため息をつく。俺は首を傾げた。
「何かあったの?」
「それが……」
 シェジミは少し逡巡したようだったが、やがてこう言った。
「リリセがあなたに会いたがってるのよ」
「え?」
 リリセ・クリサリス。今日の主役の一人。つまり、花嫁だ。
「もう控室にいるんじゃないの?」
「いるわよ。とっくに調整も着替えもメイクも終わってるわ」
「それ、俺が入って見ちゃ駄目だよね?」
「当たり前よ!」
 シェジミは肩を落とした。
「でもリリセって昔から言い出したら聞かないじゃない? あなたに会わなきゃ結婚式を始めないって言うのよ……」
「何か理由があるのかな」
「聞けてないわ」
 リリセが俺に会いたがる理由、そんなの今分かるわけない。本人に聞いてみないことには。
「とにかくリリセのワガママを何とかするのに、あと30分じゃ足りないわよ。今回は花嫁たっての希望だし、本当に特別よ……さっさとリリセに会ってちょうだい」
「分かった」
 俺が花嫁の控室に案内を頼もうとすると、奥の部屋から小走りで小柄な女性がやってきた。花嫁リリセの大親友、モルだとすぐに知れた。
「やあモル。久しぶり」
「ああサナギくん、来てくれたんですね……!」
 何故だか汗をかいていて、モルは小さなハンドバッグから取り出した水色のハンカチでしきりに汗を拭っている。
「シェジミちゃん、本当にごめんなさい。リリセがワガママを言って」
「いつものことじゃない、いいわよ、サナギを連れて行って」
 モルは頷いて、俺に呼びかけると、足早に先を歩いた。俺もついていく。
 小さな式場だ。花嫁の控室にはほどなく到着し、ノックしたモルが「モルよ。サナギくんが来てくれたよ」と中に声をかけた。
「入って」
 リリセの応答があり、モルが扉を開ける。
 窓辺に佇むウェディングドレスの女性。いつもツインテールにしていた長い金髪は頭の上で結っている。長い睫毛が揺れてこちらを見た。

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プロフィール

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一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
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