カンテラテンカ

不退転の男 5

 目が覚めると、見慣れた俺の部屋だった。
 ぼーっと天井を眺める。鳥の鳴き声が聞こえる。朝?
 起き上がろうとすると、全身にびりびりと痛みが走った。
「いってぇ!!」
 思わず叫ぶと、横からバッと黒い影が手を伸ばしてきて、俺を無理やり寝かせた。黒曜だ。
「……! ……!!」
 言葉にならない、といった様子の黒曜が、何かを言おうとしては口を閉ざし、を何度か繰り返したのちに、水挿しから水を汲んで、俺に飲ませた。明らかに俺より黒曜のほうが動揺していて、水を飲んで落ち着くべきは黒曜だったが。
 それから黒曜はらしくなく、立ったり椅子に座ったりを繰り返したあと、
「大丈夫か」
 と俺に尋ねた。
「いや、てめぇが大丈夫か? やたら落ち着きがねえぞ」
 思わず聞き返すと、
「……記憶がないのか? パーシィに頭を思い切り殴られたようだからな……」
 ――それで、思い出した。
 俺は身体をがばりと起こした。
「俺たち、ホックラー遺跡から生きて帰ったんだな!?」
 黒曜ははっとした顔をしたあと、静かに頷いた。
 それから俺の手を取って握りしめ、
「お前には……深い傷を負わせた。責任を取る……!」
「責任……? 切腹するとか言い出すなよ? 操られてたんだから仕方ねえだろ」
 黒曜は無表情のままだったが、頭から生えた黒豹の耳が僅かにぺたりと寝た。
「アノニムとパーシィも無事なのか? ハンプティは? あのあとどうなった……?」
「俺も気絶していたから又聞きになるが、アノニムが……何とかしたようだ」
 あいつ、負けたら死ぬとか言っていたが、結局戦ったんじゃねえか。俺は安堵した。
「ハンプティの行き先は分からない。アノニムは、深追いはしなかった、と言っていた」
「まあ、仕方ねえよな……」
 それが正解だ、と思う。本当に死んでもおかしくはなかった。
「俺は途中から記憶がないのだが」
 黒曜はそう先に述べてから、どうやら俺が今回の功労者であったことと、それへの感謝を述べ、頭を下げた。
「すまなかった」
「いや、今回は誰も悪くねえだろ……」
 パーシィがハンプティを悪魔だと気付けなかった時点で、回避できない危機だっただろう。
 だったら全員生きて帰ってこられただけで良しとすべきだ。
「しかし、なんで俺とアノニムはやつの<魅了>が効かなかったんだ?」
 純粋な疑問を口にする。黒曜に分かるわけがないと思ったが、黒曜は俺の顔をじっと見て、少し言い淀むような仕草をした。
「きみのピアスだよ」
 いつの間にか俺の部屋の入り口にサナギが立っていた。救急箱を持っている。サナギは続けた。
「バレンタイン以来、きみがしているそのピアスは、破魔の力が込められたマジックアイテムだ」
 その言葉に、俺は存在を忘れるほどつけてて当たり前になっているピアスに触れた。確かにバレンタイン以来、穴を開けてずっとつけている。これは黒曜にもらったもので、――俺は黒曜を見た。
「確かにそのタンジェリンクオーツには、俺の故郷に伝わる破魔のまじないをかけた」
「天使の意識すら奪う悪魔の<魅了>を跳ね飛ばすんだから、大したものだよ」
 黒曜は椅子から立ち上がり、サナギにそれを譲った。サナギは俺の包帯を取りながら、
「実に愛されているじゃないか」
 と、にっこり笑った。悔しいことに顔が熱くなった。サナギを睨んだが効いていないらしい。
「じゃあ、アノニムはどうなんだよ」
「実は……よく分からないんだよね。最低限のことしか聞いていないんだ」
「最低限のこと?」
 サナギは、昨日の夕方にアノニムが意識のない俺と黒曜、そしてパーシィをたった一人で抱えて連れて帰ってきたことを話した。アノニムによれば、ハンプティは逃がしたが、それで正気を取り戻したパーシィがなんとか俺の傷を癒して命を繋ぎとめた。が、そのパーシィのほうも燃料切れだ。俺の傷を完治させることはできないままぶっ倒れ、今も昏睡しているらしい。
「だから俺がこんな医者の真似事をしているわけだ」
 サナギは俺に残る傷を丁寧に消毒しながら笑った。痛え。どいつもこいつも手加減くらいしやがれよ。
「とはいえ、俺が生きてるのはパーシィのおかげだろうな……。パーシィは大丈夫なのか?」
「ぜんぜん問題ないよ。ただのエネルギー切れ。自分の心配したほうが建設的だよ」
 きみも元気そうだけれどね、とサナギは言った。
「本当にタフだね。こんなタフな盗賊役、他ではちょっとお目にかかれないな」
「ま、それが取り柄みてえなもんだからな」
 だから黒曜も、そんな心配そうな顔をするんじゃねえよ、と思う。
 別に怪我なんか治る。それに今回のことはいい経験になった。ガキ相手にも油断しちゃ駄目だ。パーシィにだって察知できない危険はある。悪魔はクソ。短距離と遠距離で波状攻撃されたらマジで強え。
 それから、諦めることはやっぱり最悪の選択だ。

 のちにサナギがこう言って笑う。「きみは不退転の男だね」、と。

【不退転の男 了】

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