カンテラテンカ

不退転の男 6

 タンジェは斧を握り直し、ハンプティへまっすぐ駆け込む。この距離なら、来るのは間違いなくパーシィによる<ホーリーライト>だ。
 パーシィが普段、これだけの光弾を連発することはまずない。パーシィの力の源は人々の<祈り>とやらで、やつはそれを身体にストックしているが、<祈り>は聖なる力を使うほど消費されていき、やがて枯渇するからだ。
 つまり、パーシィの<ホーリーライト>は、いつか必ず打ち止めのタイミングが来る!
 光弾が降り注ぐ。光の着弾した箇所がみるみるうちに焼け爛れていく。だが、使わせれば使わせるだけ、<祈り>は消費されていく。打ち止めは今じゃなくていい。タンジェが死んだあとだっていいのだ。少しでも<祈り>を消費させろ! それで少しでも勝ち筋を見出したなら、あの腑抜けも考え直すかもしれない。
 アノニムが立ち上がればそれでいい! そうしたらタンジェが死んでもこちらの勝ちだ!
「この程度で……くたばるかよ!!」
 光弾で焼けた身体に鞭打つ。タンジェは吼えてさらにハンプティに突っ込んでいった。黒曜が躍り出てタンジェの振り被った斧を受け止める。
 斧を引くのに合わせて黒曜も青龍刀を構え直す。距離を取ればパーシィの光弾が当たる。痛みはあるが怯まない。
 黒曜の青龍刀は容赦なく無慈悲だ。仲間――恋人だ!――のタンジェを相手にしても、意思がないのだから情けはない。元より殺意のない黒曜との戦闘訓練においてですら、彼に一撃でも食らわせた試しはない。黒曜と打ち合うたびに生傷が増える。
「がんばれ、がんばれー」
 ハンプティの気の抜けるような応援が聞こえてくる。タンジェは舌打ちした。
 体力には自信がある、まだしばらくは打ち合える。身体中が痺れるように痛み、生傷からは血が出ていたけれども、些細なことだった。
 だが、体力が続いたとて、技術に差があれば、いずれ負け筋を引くことは必然である。
 黒曜の青龍刀は器用に斧をすり抜けて、タンジェの脇腹を抉った。痛みに顔を歪めたその一瞬の隙で、青龍刀の返す刃がタンジェの腹を貫いた。貫通している。致命傷だ。
 この青龍刀が引き抜かれたならまず大量出血、たちまち動けなくなり、死ぬだろう。
「……くそ……!」
 諦めるな、脳裏によるぎのは、ただそれだけだった。……諦めるな!!
 タンジェは腹に突き刺さった青龍刀の先にある黒曜の手を掴んだ。
「こんなことで……諦めちゃいねえぞ‼」
 力を振り絞って、黒曜を思い切り引き寄せると、そのまま大きく頭を振りかぶった。そして自分の額を黒曜の額に思い切り打ちつける。タンジェが取り得た唯一の選択肢、シンプルな暴力。頭突きであった。
 普段の黒曜ならこんな攻撃を喰らうことはなかったはずだ。予備動作が大きく、痛みで動きは鈍い。きっとそれを甘んじて受けたのは、所詮は他人のコントロール下だったからなのだろう。黒曜に与えた最初の、そしてもしかしたら最後の一撃が、こんな単なる頭突きとは。
 タンジェの石頭が直撃した黒曜の手から青龍刀が離れ、黒曜はそのまま昏倒した。
 青龍刀に腹を貫かせたままで、⁠タンジェは黒曜の腕から手を離した。荒い息をつきながら何とかハンプティに近づく。とうのハンプティは、タンジェの頭突きがよほど予想外だったらしく、ぽかんと口を半開きにしている。
 ハンプティに近づいても、パーシィの光弾が来る気配はない。そちらを確認する余裕はないが、燃料切れだろうか? それならあとはハンプティをぶちのめせばいいだけだ。
 だがハンプティは、唖然としていた表情からくるりと楽しそうに笑い、別に逃げもせずタンジェを眺めている。気に留めず、タンジェはなんとか斧を振り上げた。
 が、その瞬間に後頭部に衝撃が走った。鈍い痛み。意識を失う前にかろうじて振り返れば、メイスを振り下ろしたパーシィの虚ろな目がタンジェを見下ろしていた。

☆・・・・

 タンジェリンの腹が青龍刀に貫かれたとき、アノニムは確信した。終わりだ、と。
 タンジェリンの負けだ。そして、これからやつは死ぬ。そしてやつが死ねば、標的はアノニム1人になる。その前に逃げる必要があった。
 なのに、逃げる算段を整えるアノニムの前で、それでもタンジェリンの渾身の頭突きは黒曜を昏倒させ、ハンプティの眼前まで、やつは食いついた。
 腹に青龍刀が突き刺さったままのタンジェリンはよろよろとハンプティに近づきなんとか斧を振り上げ――その背後に、パーシィが立ったのを、アノニムは見ていた。メイスを叩きつけられて、タンジェリンもまた倒れる。

 何故ぼんやりそれを見ていたのだろう? だが、それでアノニムは確かに、勝ち筋を掴んだ。
 あの距離からわざわざタンジェリンにメイスでトドメを刺しにいったのだ――エネルギー切れだ。
 <ホーリーライト>は打ち止め……!!

 きっと、今だった。
 アノニムの足はとっくに遺跡の出入り口に向いていた。けれど、その足をパーシィに向けて踏み込む。駆け込んでいく。勝てるなら逃げる理由はないのだ。
 パーシィはああ見えてメイスの腕も相当だが、それでも肉弾戦となればアノニムが負ける道理はない。
 突っ込んできたアノニムに気付いたパーシィが振り返る。最低限の動作でメイスを振り抜いたが、かわすのは難しくなかった。アノニムはパーシィの左手を取り、素早く手刀でメイスをたたき落とす。それからそのままパーシィを遺跡の壁に向かってぶん投げた。
 パーシィが壁に追突するのは見届けず、ハンプティに迫る。ハンプティは目を白黒させていたが、
「あのままなら、アノニムは逃げると思ったのにな」
 ぺろっと舌を出した。無視して棍棒を振り上げる。
「待って待って、降参、降参だってば!  ボクは搦め手とかに特化した悪魔で殴り合いは無理なんだって!!」
 ハンプティは両手を挙げて降参の意を示した。関係ない。負けたら死ぬのが道理である。棍棒を振り下ろした。
 かろうじて横転するようにしてそれをかわし、ハンプティは、
「容赦ないよね! 今も<魅了>をかけてるのに、なんで効かないんだろ……!?」
「知るか。死ね」
 もう一回、今度こそ脳天を潰そうとしたとき、後ろからパーシィがアノニムを羽交い締めにした。
「……ちっ! まだ効果切れてねえのか!」
「とはいえもう潮時かな! じゃあね~!」
 アノニムがパーシィを引き剥がしているうちに、ハンプティはあっという間に駆け出し、遺跡の出入り口でこちらを振り返った。
「まあまあ楽しめたよ!」
 それから駆けていく足音が遠ざかっていった。パーシィを振りほどくのは簡単だったし、追う気になれば追えたが、そうはしなかった。ハンプティの気配が消えたタイミングでパーシィの腕を取ると、パーシィと目が合った。
「あ、あれ……?」
 正気に戻ったらしい。
 さっそくで悪いが、とタンジェリンのことを指し示す。腹に黒曜の青龍刀が突き刺さったまま気を失っている。凄まじい光景だ。
「もうひと踏ん張りいけるか?」
「うわあ! なんか大変なことになってないか!? というかこれ生きてるのか……? 全力は尽くすが……」
 言っているパーシィも足元が覚束なくふらついている。<ホーリーライト>が打ち止めになったのだから、<祈り>のストックはほぼないはずである。それでもパーシィはタンジェリンの横に跪いた。
「アノニム、青龍刀を抜いてくれないか。一気に抜くと出血するから、なるべく緩やかに。抜きながら治癒をかけてくよ」
 アノニムへの指示は明瞭だ。黙って従い、青龍刀を慎重に抜いていった。パーシィが治癒の奇跡で傷を癒していく。出血はほどほどあったが、何もせずに抜いたときよりははるかにマシだっただろう。血まみれの青龍刀が抜けきり、出血が止まる。傷跡は残っていたが、きっと今のパーシィにはこれが限界なのだろう。
 大きな傷はこれと脇腹のものだ。パーシィは脇腹のほうにも手を翳した。パーシィの顔色は治癒の術をかける時間に比例して悪くなっていき、治癒の光もなんだかまばらに見える。それでもかろうじてタンジェリンの傷の出血を止めると、パーシィもまた昏倒した。

 アノニムは背にタンジェリンを乗せて、両脇に黒曜とパーシィを抱えると、そのまま星数えの夜会への帰路についた。重くはない。なんてことはない。
 早足に街道を進みながら、考える。自分はどこまで正しかったかを。

 ――いや、俺は、最初から最後まで正しかったはずだ。

 そうでなければ、何かが少しでも間違っていれば、アノニムとタンジェリンは死んでいた。

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