不退転の男(Side:アノニム) 2
星数えの夜会に帰る頃には昼近くになっていた。
「ただいま」
声をかけると、親父たちが次々にあいさつを返してきた。俺に気付いてつかつかと歩み寄ってきたタンジェリンが「依頼だ」と俺をとっ捕まえ、テーブル席に座らせる。
テーブル席にはガキが一人座っている。こいつが依頼人らしい。名前はハンプティ。
いつも話を聞きながら何かメモしているサナギは、緑玉と出かけているそうだ。まあ、話はどうせ黒曜が聞いている。俺はガキの話を聞き流した。
俺が話を聞いていなかったと見て、のちにパーシィが声をかけてきた。要するに遺跡に行ってガキの両親を探す、それだけの依頼らしい。分かりやすくていい。
「ラヒズの気配がするから気を付けろよ」
パーシィは説明ついでにそう付け足した。気を付けろと言われても、俺にできることは殴るだけだ。しかし、6人でかかってもうまくいなされる相手だ。4人で何とかなるかは分からねえ。
だが今回の依頼で気を付けるべきはラヒズではなかった。気付いたときには手遅れで、俺たちは一瞬で危機に立たされていた。
★・・・・
★・・・・
――遺跡の最奥で、依頼人の両親どころか誰ひとりいないことを確認したタンジェリンがこちらを振り向く前に、
「タンジェ!! ――かわせ!!」
黒曜が突如、青龍刀を抜いてタンジェリンに躍りかかった。
先の注意が功を奏したらしく、タンジェリンが間一髪でそれを避けたのも見えた。――何が起きた?
「……何の冗談だ?」
「やられた……! 身体が動かん……! 何とか避けろ、タンジェ!」
「ふざけんなてめぇ! どうなってやがるんだ!?」
二人が何故戦闘を始めたのかは分からない、黒曜とタンジェリンのどちらに加勢するべきかも測りかねる。だが、二人の会話から察するにどうやら異常事態が起きているのは黒曜のほうらしい。俺は少しだけ逡巡した。――黒曜を相手にはしたくねえ。
パーティを組むとなったとき黒曜に歯向かって、容易く床に転がされた経験があった。できれば戦いたくはない相手だ。だが、タンジェリンのほうに集中している今なら――?
「く……!」
俺が逡巡している間に、パーシィがハンプティを向く。それから利き手の左手を翳し、聖句を唱えようとしたところまで確かに見えた。
「それを向ける相手は、ボクじゃないよね?」
だがハンプティの視線に射貫かれたパーシィは、躊躇うことなくタンジェリンのほうを振り返り、
「タンジェ、すまない、少し痛いと思う……! <ホーリーライト>!」
光の弾がタンジェリンに当たる。
「パーシィ、てめぇ!」
「俺の意思じゃないんだ……!」
理解した。洗脳だ。今の流れを見ていれば俺だって分かる。
「ハンプティ、てめぇだな……!?」
「あはは! 大正解ー! パパとママがいるなんて、真っ赤なウソでした!」
ハンプティが元凶だ、それを理解したとき、俺の脳裏に過ったのは、いかに黒曜と刃を合わせずにハンプティを殺るか、だった。
黒曜とパーシィは現時点で敵の駒とみなす。つまり、俺とタンジェリンは数の上ではすでに不利。
タンジェリンが黒曜とパーシィの標的であり、ハンプティもタンジェリンとの会話に集中している今なら――。
パーシィの<ホーリーライト>がタンジェリンに向かったタイミングで、まっすぐにハンプティへ駆ける。パーシィは普段は<ホーリーライト>を連打することはほぼないから、安全に仕掛けるならここだ。
だが、そこは見込みが甘かった。攻撃がパーシィの意思でないなら当たり前だ。
ハンプティが俺の間合いに入るより先、ハンプティと俺の間に光弾の雨が降り注ぐ。
「……ちっ!」
それから一瞬でタンジェリンから俺へと標的を変えた黒曜が割り込み、青龍刀を逆袈裟に振り上げた。これはかわしたが、頬に一閃、傷が入った。
ハンプティを最優先で守るように洗脳されている、と見た。
やりにくい。
黒曜が本来仲間だから、とかではない。単純に、戦闘スタイルが噛み合わず、戦いづらい。棍棒を突き出す。相当力が乗っているはずだが、青龍刀の刃で簡単に攻撃の方向を逸らされる。
取っ組み合いまで持ち込めれば負けないだろうが、武器を持った状態では分が悪い。だがそんなことは向こうも承知らしく、決して俺に不必要に近付こうとはしなかった。
俺はそれでも追い縋り、何度か棍棒を打ち付けたが、青龍刀でいなされるどころか武器を振り下ろした隙を突かれて傷をこさえる始末だった。
少なくとも俺一人じゃ無理だ。俺はタンジェリンのほうへいったん退く。
タンジェリンはハンプティとまだ何か話している。
「だからボクもさ、悪魔なんだよ、あ・く・ま!」
「てめぇが悪魔ならパーシィが見逃すはずねえだろ!」
ようやく耳に入ってきたのはそんな会話だった。
パーシィは確かに、人よりは悪魔の察知能力に優れているかもしれない。だがそもそもパーシィだってラヒズの正体を最初から見抜けていたわけじゃねえ。不快感がある程度だった、それがあんな悪魔だったもんだから、それ以来あいつは悪魔の気配を過剰に探ろうとしている。パーシィは完璧じゃない。元天使とはいえ、あいつはすでに地に堕ちている。こんな見落としが起きることくらい、俺にとっては何も不思議じゃねえ。
俺はパーシィを見る。パーシィはすでに自我が落ちているようで、虚ろな目でこちらを眺めていた。……やりづらい。
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