カンテラテンカ

密やかなる羊たちの聖餐 1

 パチパチと暖炉の火が爆ぜる音がする。
 安楽椅子に座った女は、ゆったりと紅茶に口を付けて、それを傍らのサイドテーブルに置いてから、「冒険者というのは」と、口火を切った。
「どんな依頼でも、お金さえ用意すれば遂行するものだと伺いました」
 悪逆非道な依頼でも、神に反する依頼でも――。
 そう続けて、きぃと安楽椅子を軋ませた。女が、こちらを見つめる。黒曜はこう答えた。
「そこまで保証はできないが」
 一拍おいて、続ける。
「検討はしよう」
 女は頭を下げた。
「よろしくお願いします」
 依頼人となった女は、そこでようやく俺――タンジェリン・タンゴ――たちに、ソファを勧めた。といっても、男六人の大所帯が全員座れるほどの幅はない。俺は黒曜とサナギに席を譲り、その後ろに立った。別に、黒曜とサナギを気遣ったわけじゃない。俺が真剣に聞くより、賢くて頭の回転が速い二人が前に出たほうがいいだろうと思っただけだ。
 依頼人は話の早い女で、「結論から言うと」と言った。
「私の死んだ恋人が、死に至った原因を特定していただきたいのです」
 サナギが手帳にメモをしている。
「恋人は自殺でした」
 つまり、自殺に至った理由の特定、ということだろうか。
「優しく穏やかな人だったのですが、死ぬ数ヶ月前から酷く乱暴になり……」
 依頼人の拳が、開いたり閉じたりした。思い出すような、絞り出すような、けれど淡々とした口調で、女は言った。
「よく分からない何かに怯え……混乱し……」
 自殺しました。と。
 サナギは手帳から顔を上げた。
「薬物……たとえば、麻薬だろうか」
 その推測が、今の時点で出ることに、俺は少なからず驚く。
「町医者もそう言っておりました」
 正解だったことにも、驚く。
「じゃあ、それで終わりじゃねえか」
 思わず呟くと、依頼人は、ソファの後ろに突っ立っている俺に視線を寄越した。俺は、粗雑な口調と、会話に割り込んだことを咎められるかと思ったが、依頼人はむしろ、頷いてこう続けた。
「ええ、そこまでは分かるのです。私が知りたいのは、誰が彼に薬物を売ったのか、ということです」
「売った?」
 首を傾げるサナギ。
「間違いないのかい?」
「彼が急に乱暴になった頃、彼は誰かと手紙のやりとりをしていましたし、突然お金に困るようになりました」
 ああ、それなら確かに、誰かに薬物を売りつけられたのかもしれない。俺だけでなく、他のみんな――もっとも、アノニムは腕を組んで立ったまま半分寝ているようだったが――も、納得するように小さく首肯した。
「彼がやりとりをしていたその手紙は、残ってはいませんか?」
「彼は来た手紙はすべてすぐに燃やしていたようです」
 その厳重さも怪しい。
「ですが、彼宛の手紙を、たまたま私が誤って受け取ったことがあり……それは、修道院からの手紙でした」
「修道院」
 これに食いつくのは当然パーシィだ。
「そういえば近くに大きいのがあったな。あそこは聖ミゼリカ教の修道院だよ」
「はい。修道院に彼の友人知人がいる話は聞きません。あの手紙が薬物の売買に関わるものだとしたら……売人は、修道院の中にいるのかもしれません」
 俺は、パーシィが怒り出すかもしれない、と思った。聖ミゼリカ教の修道院を疑うことは、侮辱と同等だろう。
 だがパーシィはいたって冷静な様子で、
「もし修道院の中の修道士が薬物で金儲けをしているのだとしたら、それは聖ミゼリカ教の基本的精神たる清貧とはほど遠い……許せないな」
 そっちかよ。
 依頼人の恋人を死に至らしめたことより、修道士が宗教の基本的精神を侵したことのほうが、パーシィにとっては重要らしい。まあ、パーシィらしい、といえばそうなのだが……。
「修道士を疑うことは、神を疑うことと心得ております」
 依頼人は、パーシィの様子を少し眺めていたが、やがてそう言った。
「納得……そして、真実と……もし本当に犯人が修道院にいるのならば、……反省と、然るべき罰を。……それが私の望みです」

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