不退転の男(Side:アノニム) 5
翌日にはタンジェリンが目覚めた。
しばらくは黒曜とサナギが出入りしていて、俺はその間昏睡するパーシィを眺めていた。
<ホーリーライト>の連発でエネルギーをほとんど使い切ったところに、タンジェリンへ治癒の奇跡を使ったことで完全に燃料切れになったらしい。サナギが言うには「貧血みたいなもの」だそうだ。俺は貧血とやらになったことがないからよく分からねえが、サナギは特に深刻そうな表情をしていなかったので、たぶん問題はないんだろう。
<ホーリーライト>の連発でエネルギーをほとんど使い切ったところに、タンジェリンへ治癒の奇跡を使ったことで完全に燃料切れになったらしい。サナギが言うには「貧血みたいなもの」だそうだ。俺は貧血とやらになったことがないからよく分からねえが、サナギは特に深刻そうな表情をしていなかったので、たぶん問題はないんだろう。
――黒曜とサナギが席を外したタイミングを見計らって、俺はタンジェリンに文句を言いに行った。
「ふざけるなよ」
とりあえず開口一番タンジェリンにそう告げると、上体を起こして鉄アレイを上下していたタンジェリンは鬱陶しそうに顔を歪めた。
「なんだよ。何がだ?」
「勝手に納得して死ぬんじゃねぇ」
「死んでねえだろうが」
死ぬところだった、ということに気付いていないのか、気付いていても気にしていないのか、どちらにしても腹が立つ。
「お前も、あの女も、………自分のことしか考えてねぇ、腹が立つ、死んだら終わりだ」
思ってもいなかったが、自然と口からそう零れた。タンジェリンは訝しげに、
「はぁ?」
と、正直な反応を返した。俺は吐き捨てた。
「勝ち筋があろうが、てめぇが死んだら終わりだっつってんだよ」
「勝ち筋……」
タンジェリンはしばらくして、
「てめぇが腑抜けてたからだろうが!?」
まったくもって心外、というような顔でデカい声を出した。まったくもって心外なのは俺のほうだ。
「あの場で一番勝ち筋があったのは、一旦退いて応援を呼んでくることだった。なのにてめぇは退きもしねえ話を聞きもしねえ!」
「応援呼んでる間に黒曜とパーシィごとどっかに逃げられたらどうすんだよ!!」
「追う手段なんざいくらでもあるだろうが!! 死んだら終わりなんだぞ!!」
俺が怒鳴り返す。タンジェリンはいよいよもってイライラしたという様子で、
「俺が死んでもてめぇが何とかしただろ!!」
「死んだら終わりだっつってんだろうが!!」
「てめぇがいるなら何も終わらねぇだろ!!」
「終わるんだよ!! てめぇが!!」
ベッドサイドの小さなテーブルを叩いた。乗っていた水挿しがガチャンと音を立てる。
「……終わりなんだよ。この死にたがりがよ……!!」
今まで山ほど見てきたから、知っている。
身をもって知っているのだ。
俺のすぐ隣にある死という終わり。
それはきっと、タンジェリンの横にも何食わぬ顔で佇んでいる。
「誰が死にたがりだよ! 勘違いしてほしくねえな。俺はあれが最善だと思ったからやったんだ」
タンジェリンは隣に死があっても、何も気にせず話すのだ。視界に入っても、恐れることも怯えることもない。
死と俺が口にするたび、タンジェリンの瞳に情熱が宿る。それはやはり恐怖でも悲嘆でもなく、きっと、ただひたすらにまっすぐ前を向く意地、執念、そして不屈だった。
「後悔だけはごめんだ。後悔しながら生きるくらいなら、俺は俺が思う最善で死ぬことなんざ怖くねえ」
俺は隣にいる死がいつ俺に牙を剥くかを考える。答えは決まっていて、それは俺が負けたときだ。
だがタンジェリンは、不意にその死が目の前に回り込んできたとて、怯むことはない。
本当にそれが嫌だった。腹が立つ。ムカついた。
タンジェリンが死ぬことが怖いんじゃない。
きっと俺は、俺が今まで守り抜いてきたこの命を否定されるのが嫌なのだ。
あるいは何を犠牲にしてでも守り抜いてきたこの命は、俺にとっては誇りそのものだった。
誰だってそうだ。生き抜くためにはそれ相応の戦いがあり、それに勝ったから命はここにある。
それをこいつは、大事なもののために捨てることは惜しくない、と言う。
きっとタンジェリンは、今まで何を犠牲にして生を勝ち取ってきたのか、そんなことを考えもしないのだ。
だからそんなフウに、死を前にしたとて退かずに前を向くのだ。
「アノニム」
タンジェリンは言った。
「でも、結局てめぇが何とかしたんだろ。その……」
そっぽを向く。
「た、助かったぜ。ありがとうよ……」
てめぇなんかに。
仲間を助けるための最善を、そのためなら命を賭してでも、なんて馬鹿げたことを考えているてめぇなんかに。
そんなことを言われたところで、俺は嬉しくも何ともない。
俺とタンジェリンは相容れない。同じ世界に生きていて、たまに交わる線の上にいて、交わった途端に喧嘩になる。
こいつに殴り合いで負けることはない。
だがこのままだと、タンジェリンはいつか勝ち逃げをする。それはきっと摂理の歪んだ、死を伴う勝利だ。エリゼリカがそうだったように。
俺がそうして負けたとき、命より先に誇りが死ぬ。
この不退転の男に、俺の誇りは容易く脅かされる。
「言いたくもねえ礼をしたってのに無視かよ」
タンジェリンが吐き捨てる。
俺だって、言われたくもねえ礼だ。
【不退転の男(Side:アノニム) 了】
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