NEMESIS 3
いっぱいになったゴミ袋を捨てる役に名乗り出た。そろそろ外の空気を吸いたかったからだ。
両手いっぱいのゴミを抱えながら指定のゴミ捨て場を探して少しさまよう。程なくゴミ捨て場は見つかり、身軽になった。そのまま帰ろうかと思ったが、不意に空を見上げると高い建物がすぐそこにあることに気付いた。例の図書館だ。
それで、何とはなしに横道を行くと、図書館前の広場に出た。
「……」
やはりでかい建物だ。案の定特別な感情は沸いてこなかったが、見上げるほどのこの建物いっぱいに本が詰まっていることを考えると少しだけめまいがした。俺は本なんかは読まないたちだ。
広場には掲示板が立っていて、そこにいろいろな掲示物が貼ってあった。眺める。作家が来て講演会をするだとか、子供向けに絵本の読み聞かせをするだとかって内容のものばかりだったが、その中にこんなチラシがあった。
――配架・書架整理アルバイト募集!
日給80G。誰でもできる簡単なお仕事です。
半日のみでもOK!
「ハイカ……ショカセイリ?」
聞いたことのない単語だが、整理、ということは、何かしらを整える作業なんだろうか。
「図書館に戻ってきた本を棚に戻す作業が配架、乱れた書架……要するに本棚を整理するのが書架整理だ」
突然横から声がして、けれど別にこんな街中で敵ということもなし、俺は顔だけそちらに向けた。
銀髪を肩で切り揃えた眼鏡の女がこちらを見ている。
「見たところ冒険者のようだが……冒険者ふぜいが図書館に興味なんかあるのかね?」
言い方にはカチンときたが、言ってることはもっともだ。
「図書館に興味はねえが……」
俺は言った。
「予定が早く終わって、時間を持て余しそうでな。日給80Gはでけえな。半日なら40Gか」
図書館内の整理整頓、つまり命の危険がないところでの作業で1日80G。悪くないどころか、かなりいい条件に見える。
「お前が思っているより体力の要る仕事だぞ?」
女は人を小馬鹿にしたように言った。負けじと、
「はっ、あいにくその体力を売る商売だ」
鼻で笑ってやると、女は口端を釣り上げた。
「なるほど。なら明日、1日やってみるか?」
「あ? てめぇ、図書館の関係者か?」
女は眼鏡をクイと上げた。
「図書館司書のシルファニだ。多少の人事に融通はきく」
なるほど、と俺は頷いた。
「俺はタンジェリン・タンゴだ。明日は何時から?」
「8時に来てくれ。お前は図書館を何も知らなさそうだ。一から説明してやろう」
それは少しめんどくさい気もしたが、今後の冒険者生活で図書館を利活用することもあるかもしれない。勉強になる上、80Gももらえるのは得だ。
俺は頷いた。
★・・・・
サナギの家に帰ると、サナギが茶とクッキーを用意して待っていた。黒曜とアノニムが不在で、二人は食材の買い出しに行ったとのことだった。
「なんだよ、言ってくれたら買い出しもゴミ捨てついでに行ってきたのによ」
「頼もうと思ったらもう出てっちゃってたからさ。追ってまで頼むことはないって黒曜が」
黒曜のことだ。俺の負担を考えたのかもしれない。別に買い出しくらいなんてことはないんだがな。
「まあ、ゆっくりしなよ」
パーシィが茶を飲んでいる。それを用意したのは確実にてめぇじゃねえだろ、と思ったが、まあどこでも我が物顔なのはいつものパーシィだ。
「それはいいけどよ……その茶葉とクッキーはどっから出した?」
「ああ、心配しなくていいよ。これは俺がベルベルントから持ってきたものだから」
そういえば馬車で緑玉がクッキーを食っていたっけか。あれとまとめて持ってきていたらしい。
「食器も念入りに洗ったし」
「そうか。それならいただくとすっか」
サナギが手渡してくれたタオルで手を拭き、クッキーをつまんでひとくち食べた。バターの香りがする。美味いな。飲み込んでから、
「そうだ、ゴミ捨てついでに図書館を見てきたぜ」
「へえ! 興味があるとは思わなかったな」
俺が紹介したとき生返事だったじゃないか、とサナギはからから笑った。
「ついでだ、っつったろ。そんでバイトを募集してたから受けてきた」
「何のバイト?」
「本棚の整理だ。日給80Gもらえるとよ」
「いいじゃないか。こっちの掃除はもう終わるし、思ったより早く済んだんでみんなには本格的に観光でもしてもらうつもりだったんだ」
別に予定より早く帰ってもいいんだけど、せっかく五日もかけて来たしね、とサナギは続けた。俺は頷く。
「宿代もタダだしな」
「そうそう、自分の家だと思ってくつろいでよ」
「ん……そういや結局、<魅了>に対抗できそうな研究はあったのか?」
もしかして掃除の合間に研究成果を見つけてやしないかと聞いてみると、
「全部見られたわけじゃないけど、今のところは空振りだね」
「そうか」
言っている間に、黒曜とアノニムが帰ってきた。その量、いるか? というぐらいの食材を抱えている。
しかし適当に分担して――パーシィには使った調理器具を洗わせた――料理を作ったら、あっという間に食材を使い切ってしまった。
その分料理を大量に作ったということなのだが、それも全部ぺろりと平らげた。
普段は親父さんや娘さんが作る料理や旅先で限りある食材を使った料理を食べているから、いざ腰を据えて自分たちで作って食べるとなったとき加減が効かないのだった。
だがまあ、量は満足だし味も良かった。これはパーシィを料理から外した采配が功を奏した。パーシィだけは料理に参加させてはならない。野菜を洗うことすらさせていいか疑問だ。
それから俺たちは順番に湯を浴びて、綺麗にした部屋に横になって寝た。
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