カンテラテンカ

NEMESIS 4

 翌朝早くに目覚め、ランニングついでにパンを買い、サナギの家に戻って朝食。それから大図書館へ向かった。約束の8時より少し早めに着いたが、すでにシルファニは図書館の入り口で俺を待っていた。
「来たか。冒険者は時間にルーズだと思っていたが、お前はまだマシのようだな、タンゴ」
 約束の10分前に来たというのにずいぶんな言われようだ。
 俺はシルファニに連れられて大図書館の中へ入った。天井高くまで伸びた本棚にぎっしりと本が並んでいる。ただでさえ天井が高いのに、さらに上の階まであるようだった。とんでもねえな。
「開館は9時から。夜は21時まで」
「ずいぶん遅くまで開いてるんだな」
「学者の多い街でな。あの手合いは夜型だ」
 俺は夜遅く朝も遅いサナギの顔を思い浮かべる。納得だ。
 すれ違う職員らしき人々に俺のことを簡単に紹介しながら、シルファニはカウンターへ向かった。
「利用者はここに本を返却にくる。私たちはそれを返却処理したのち」
 シルファニは移動式の本棚のようなものを指し示した。
「このブックトラックに本を載せていく。お前の仕事は、それを元の棚に戻すことだ」
「なるほどな」
 簡単そうに思える。しかし、
「本が元々どの棚にあったかなんざ俺は知らねえぞ?」
「それは心配ない。この本の背を見ろ」
 シルファニが差し出した本の背中に四角のシールが貼られている。シールは真ん中で二段になっていて、上には430という数字。下にはMの文字があった。
「ヨンヒャクサンジュウ?」
「ヨンサンゼロと読む。これはこの本の請求記号だ」
「請求記号?」
「図書館にある本にはすべてこの番号が振られている。これはこの本がどのような内容について書かれているのかを示すものだ。たとえばこれは錬金術の本で、著者はジミィ・モルダン。ちなみにこの図書館は共通十進分類を採用している」
 俺がよほど分からねえって顔をしていたんだろう、シルファニは呆れた表情になった。
「まあ、細かい分類を知る必要はない。要するに、数字とアルファベットの順に並べればいい」
 それから実際に図書館の棚を指し示し、ここが0類の棚で、そうそう、0類というのは先ほどの請求記号の一番左の数字を表し――云々。
 理屈にされると混乱するばかりだったが、実際に見てみるとなんとなく分かった。要するに、数字を割り振り、その順番通りに並べることで、似たような内容の本が同じ場所に集まるようになってるってことだ。
 数字とアルファベットの並べ方のルール、それからどの数字がどの棚にあるのかをシルファニから教わりながら図書館をぐるりと見てまわる。
 その途中で、棚と棚の奥に扉を見つけた。シルファニは案内しようとしなかったので、関係ない場所なのだろうとは思ったが、念のため尋ねた。
「あそこは?」
「ああ、あそこはお前が行くことはない。禁書庫だ」
「禁書庫?」
「外に持ち出せない本がある倉庫だ。換えが効かない貴重本や、呪いの類のかかった本など、様々な理由で表には出せない」
「そんなもんまで取っとくのか」
 シルファニは何を当然、というような顔になった。
「あらゆる知は必ず保存され、未来永劫引き継がれなければなるまいよ。それはそうとして禁書庫には絶対に入るな。さっきも言ったとおり、呪いなんかがかかってる本もある」
「分かった」
 厄介事に巻き込まれたくはない。俺は素直に頷いた。
 それから図書館を一周したのち、練習と称して実際に何冊が配架をした。シルファニの確認も入りながらで時間はかかったが、開館の9時までにはなんとか様になった。配架がない時間帯は書架整理、要するに、利用者が読んだ本を戻すことで起こる請求記号の乱れを直す作業をしろ、とのことだ。
 開館直後だから、まだブックトラックに配架の本はない。俺は近くの棚をうろうろして、数字が前後していたり、アルファベットがズレていたりする本を探してはそれを直していった。手が足りていないのか意外と請求記号の乱れが見つかる。
 数十分もすれば、たちまち忙しくなった。俺は配架の本を抱えて図書館を歩き回る。案外本は重い、何より図書館が広い。シルファニが言うとおり、確かにこれは体力がいる仕事だ。
 だが黙々とやれる。トレーニングにもなるかもしれない。こんな本があったのか、みたいな発見もある。「筋トレに効く! 筋肉ごはん」……若干気になりながら、俺はその本もあるべき場所に戻す。

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