カンテラテンカ

盗賊ギルドの戦い 2

 盗賊役というのは――俺は例外だが――基本的にはクレバーなやつがなるもので、だからこの状況下にあっても、盗賊ギルドはパニックに陥ってはいなかった。だが普段よりはるかに雰囲気は忙しなく、黙ってテーブルについているような奴はほとんどいない。
 俺は察している。俺の師ブルースは、それでもたぶんいつも通り奥のテーブルに突っ伏して寝たふりをしているだろう、と。
 いつもの場所へ行けば、案の定だった。
「おい!」
 思わず強めに声をかけると、ブルースは声を上げて、
「生きてやがったな、タンジェ!」
 俺の無事を喜んだ。
 改めて言うけれども、そもそもブルースが俺に盗賊スキルを教えてくれるのは、やつにそれ以外に金を稼ぐ方法がないからだ。技術はあれど、冒険に出られない臆病者。だからこの期に及んでも、こいつは戦いに出るような真似はしない。それは承知の上だ。
 それより用があるのは、こいつの情報屋としての顔のほうだ。
「敵の数や今、手薄な場所なんかの情報はねえか? それから……片眼鏡の背の高い男……名前はラヒズだ。悪魔の軍勢の指導者だ。居場所を知りてえ」
 後半は黒曜からの指示にはなく、あくまで俺の自己判断だった。ラヒズの居所が知れれば、ラヒズをぶちのめして悪魔どもを送還させるのが一番早えんじゃねえか? と思ったのだ。
「ラヒズ……? 一時期、星数えの夜会に泊まっていた兄ちゃんか? ヤーラーダタ教団って新興宗教の宣教師だよな」
 そこまで分かってんのかよ、さすがとしか言いようがない。だが当然ながらやつが悪魔だという情報はなかったらしく、ブルースは目を白黒させている。
 この様子だと、どこにいるのか知れるのには時間がかかりそうだ。さすがに総大将がすぐに出てくるわけはない、か。
「まあ……情報は集めとくぜ。それを聞きにここまで来たのか?」
「いや……戦いに必要な情報をかき集めて、ベルベルントの各地で応戦中の仲間に伝えるのが、黒曜からの指示だ」
「なるほどな。弟子が立派になっておっちゃんは嬉しいぜ……」
 ブルースが泣き真似をするので、そういうのはいい、と言った。
「冗談にノる余裕もねえか?」
「俺がノったことあったか?」
「ねえが……そうか、普段から余裕ねえもんな、お前」
 何故その結論に至ったのか問い詰めたい気持ちだったが、そんなくだらないことに使う時間がもったいない。ブルースも察して、話を進めた。
「手薄なところと言えば、やはり北門か」
「北門……スラム側だな」
 そこに駆けつける余裕がある冒険者も多くはないはずだ。手薄になるのは止むを得ないだろう。
「スラムにも『ロンギヌスの仮宿』って、最近できたばかりの冒険者宿があるんだが……」
「ロンギ……? ……初耳だな」
「スラムでは慕われてるが、街中にいる奴らにとっては目立つ宿じゃねえだろうな。だが練度は低くねえ。たぶん、そこのやつらが北門で持ちこたえてる」
「でも街中に悪魔は入ってきてんだろ?」
「そりゃ、飛ぶからなあ。悪魔は」
 俺はげんなりした。それはそうか。
「とにかく手薄なのは北門だな。敵の数は?」
「そっちは正確に把握できてねえよ。次から次に攻めてきている、としか」
「……」
 <天界墜とし>は、今もまだ続いているのか?
 だとすれば、天界そのものが堕ちてこなくても、無尽蔵に天界から悪魔が補充されるってわけか? そうなるとどう考えてもこっちが不利だ。サナギの送還術式が成功することを信じるしかない。
「分かった。ほかにどこかに伝えておきたい情報はあるか?」
「ああそうだ。ちょうどよかった。街中の店が店のものは戦いに役立てる限り自由に使っていいという声明を出してる。たぶん、街の外壁側に行くほど伝わってないだろうから門を回ったときに伝えてほしい」
「分かった」
 こんな危機にあっても、のちの賠償責任を恐れて店先の商品の使用を躊躇う気持ちは分かる。そういう声明が出ていることは俺も知らなかった。特に道具屋の傷薬なんかは使っていいと知っているのといないのとじゃ生存率に関わるかもしれねえ。
「それから……特定のどこかってわけじゃねえが、街中には避難所に行くタイミングをなくして途方に暮れてるやつもいるだろう、そういう奴らは避難誘導してやらんといけねえし、南門はドンパチが激しいから練度が低い冒険者は近寄らないほうがいい」
「そうだな、それは各門に行きながら声をかけてみるぜ」
「定期的にまたここに戻ってくるといい」
 よし、その情報量なら、走ったり暴れたりしているうちに忘れることもないだろう。大丈夫だ。
「ああ。分かった」
 そのとき、突然バーカウンターから大きな音がして、棚にあった酒が崩れて何本か割れた。ブルースのいる『いつもの場所』は、盗賊ギルドの奥で見通しが悪く狭い。とはいえ視線を動かすだけでバーカウンターの状況は把握できる――バーテンが酒棚に叩きつけられて、バーカウンターに突っ伏すところだった。
「――敵か!?」
 俺がカウンター側のバースペースに駆けつけたときには、もう何人かの盗賊が、白い影にあっという間に切り裂かれて倒れるところだった。

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