聖ミゼリカ教会の戦い 1
聖ミゼリカ教会の前は人で溢れてはいたが、それでも医療班の手腕か、比較的整然としていた。即席ではあるが救護用のテントが建てられ、広場にはきちんとシートが敷かれてその上に怪我人がいる。
俺――パーシィ――が先にこちらに様子を見に訪れた際は、本当に酷かった。さっきまで人びとは押し合いへし合いミゼリカ教会の内部に入ろうとしていたし、救護テントもまだなく、怪我人はミゼリカ教会前の広場に転がされていた。
それが短時間でここまで様になったのは、緊急時においても冷静に場を整えた者たちがいたからに違いない。その中に『水槽の白昼夢亭』の医者クエンがいることを俺は知っていた。
俺はここまで護衛してくれたアノニムに礼を言い、親父さんたちにはミゼリカ教会の中で待機するように伝えた。
怪我人たちの間を、医者もミゼリカ教徒も忙しなく往復している。怪我人が呻いたり泣いたりしているのが聞こえてくる。俺は小さな後ろ姿が泣いている子供の腕を治療しているのを見つけた。
「クエン!」
「パーシィ」
クエンは視線だけで俺を見ると、
「来てくれて助かる! 宿への報告はもういいのか?」
「ああ」
先に訪れたこの場所から夜会への報告のために離れたことを、クエンは責めなかった。
「怪我人にはすべてタグを付けている。お前には赤いタグ、次に黄色いタグの怪我人を優先して治療してもらいたい。緑のタグは僕たち医者の応急手当で何とかなるが、 赤と黄色はそうはいかない怪我人だ」
トリアージだ。治療の優先順位を決めるためのタグだという知識があった。これはミゼリカ教徒の発想じゃない。医者たちが始めたのだろう。患者に優先順位を付けるなんてと文句を言い出すミゼリカ教徒もいただろうに、トリアージの実施を押し切った医者側の苦労は計り知れない。それでもこうして改めてここに来た俺がすぐに治療に参加できるのはトリアージのおかげだった。
見る限り、黒のタグ――優先順位が最も低い、即ちもう死んでいる――が見当たらないことは、きっと僥倖なのだろう。ここに来るまでの道端で、もう手遅れの人間は何人か見たけれど。それでも瓦礫に挟まったとか、悪魔の攻撃を受けてしまったとかで、瀕死の人間は何人かはいた。俺はすぐに治療に取りかかる。
★・・・・
死にかけていた老人をなんとか救ってすぐ、親父さんが俺に声をかけてきた。
「パーシィ」
「親父さん! 何かあったのか……!?」
親父さんは首を横に振ったが、
「いや、ミゼリカ教会の中は定員オーバーでな。外で待機することにしたんだよ。それで、ぼうっと突っ立っているのもナンだから、何かワシにも手伝えることがあればと思ってな」
……聖ミゼリカ教会の容量は無限じゃない。ベルベルント中の人々全員が収容できるはずもない。そろそろあぶれてしまう人が出る頃だとは思っていた。
それでも親父さんは別に恐慌状態にはなかったし、それどころかごく冷静だった。たまたま通りかかったクエンが、
「ああ、じゃあ医療班に飲み物でも配ってくれるか?」
と、ミゼリカ教会から出してきたのだろう、水のたっぷり入った水瓶を指差した。親父さんは「そいつは得意技だ」と笑うと、積み重なったグラスにてきぱきと水を汲んでいく。
俺もすぐに次の"赤"を治療しよう、そう思ったとき、嫌な気配が俺の背筋を這った。咄嗟に振り返ると、悪魔が一匹、空からこちらへ向かって滑空してくるところだった。
迷わず迎え撃つ。光弾を放てば悪魔に直撃し、悪魔はぶすぶすと焼け死にながら落下してくる。外で待機していた人々の悲鳴が上がる。死体は灰になり空中で霧散した。
「まあ、ここを見逃してくれるわけはないよな……! スクード!!」
「ああ」
クエンが呼ぶと、背の高い男性が頷いて立ち上がった。彼も護衛を付けてきたわけだ。アノニムを見れば、すでに臨戦態勢だ。地上からの悪魔は任せてもいいだろう。しかしアノニムは空からの攻めに対応できない。
冒険者ではないミゼリカ教徒も多くいる。その中でも戦える俺は悪魔を迎え撃つほうに集中したほうがいいかもしれない。テントから出ている間に、すでに地上では悪魔との交戦が始まり、怯えた人々がパニックになって騒いでいる。
「ぎゃあ!」
「ぐわ……!」
地上で交戦する冒険者たちが何人か悪魔に槍を突き刺されて倒れた。彼らを引き倒すようにして後方に放り、アノニムが前に出て悪魔を殴り殺す。槍はついと回避し、返す棍棒は的確に悪魔の頭をカチ割っている。練度の低い冒険者は攻撃に怯んでしまい、先ほどスクードと呼ばれたクエンの護衛が彼らに怪我人を奥に移動させるよう指示を飛ばしている。
怪我人の鮮血を見れば人々はたちまちパニックになる。それだけじゃない、空中からも10匹は下らない数が来ていた。見る限りほとんどが低級な悪魔だが、非戦闘員のことは赤子の手を捻るように殺せるだろう。
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