カンテラテンカ

花通りの戦い 1

 パーシィの戦いぶりは圧倒的だった。
 その影響は地上で戦っている俺――アノニム――にも明らかだった。押しかけてきていた悪魔は、巨大化した悪魔ですら為す術もなく灰になっていったことにビビって及び腰になっていた。
 そうなれば、雑魚でしかない。そもそもさほど強いとも感じない相手だった。また一体、殴り殺す。
 俺の周囲には数人の冒険者らしき奴らがいて、俺と同じように悪魔たちを迎え撃っていた。すでに練度の低いやつは怪我で後方に下がっており、今の前線は快適だ。
 その最中に、俺は、悪魔の向こう側にようやくここに辿り着いたらしき避難民を見つけた。避難民は全員が女で、建物の影でいつミゼリカ教会に駆け込もうかとタイミングを窺っているようだった。
 無視して、他の奴らが気付くのを待ってもよかった。その女たちに、見知った顔がなければ。
「ちっ……!」
 俺はいったん前線を離脱し、女たちに向かって走る。こちらを窺うことに夢中の女たちは、その背後に迫る悪魔に気付いていなかった。駆け寄った俺は、女たちに今まさに武器を振りかざしていた悪魔を殴り殺す。
「アノニム!!」
 肩を寄せ合って震える女たちは、花通りの娼婦たちだった。
「避難が遅くねえか? 何をやってやがる!」
 娼婦たちは俺と顔見知りのやつばかりだ。
「は、花通りがおかしいんだよ! みんな逃げようとしなくて……アルベーヌが残って説得しているんだけど……!」
「あいつも避難してねえのか……!」
 俺は舌打ちした。
「アノニム、お願い……!」
「仕方ねえ……! 俺が見に行く、てめぇらは教会の敷地内にいろ!」
 娼婦たちを教会に連れて行ってやり、それから俺は花通りへと駆け出す。少なくともパーシィがいる限り教会は安全だ。

 花通りに向かう途中にタンジェリンとすれ違った。まだ乾ききっていない青い液体が、やつの斧の刃先から滴っている。ついさっきまで悪魔と交戦していた、という感じだった。今のベルベルントはどこに行っても悪魔との遭遇を回避することはできない。戦闘の際に怪我でもしたのか、悪魔の青い返り血の中にちらほら赤い血が滲んでいる。
「アノニム」
 俺のほうからは特に用はなかったが、向こうから声をかけてきた。
「あん?」
「そこら辺の店のもんは自由に使っていいとよ。戦いに役立てる限りな」
「そうか」
「あと北門が手薄で南門は激戦区だ」
「どっちにも用はねえ」
 タンジェリンは呆れた顔をしたあと、
「さっき、空が白んだな。ミゼリカ教会は?」
 パーシィが巨大化した悪魔に放った光弾の嵐はベルベルント中を照らしただろう。
「悪魔が巨大化したのを見なかったのか?」
「巨大化ぁ?」
 見ていないらしい。よくは知らねえが、盗賊役は情報収集が役目の一つだったはずだ。のんきなもんだな。鼻で笑うと、顔を歪ませたタンジェリンは、
「さっきまで悪魔とやりあってたんだ、よそ見してるヒマねえよ!」
 と吐き捨てた。
「とにかく、ミゼリカ教会は無事なんだな。で、てめぇはどこに行くんだ?」
 答えようとしたところで、物陰から不意の一撃があった。
 槍だ。狙いは俺だったが、難なく回避する。悪魔が5体躍り出てくる。二撃目の槍撃は棍棒で殴り飛ばすように弾いた。
「チッ……くだらねぇ話で時間食ったぜ。とんだ足止めだ」
 文句を言うと、
「急いでんだな? ここは俺が引き受ける、てめぇは先に――」
 出やがった。わけの分からん自己犠牲だ。俺がタンジェリンを睨むと、やつは「な、なんだよ」と狼狽する。
「こんな雑魚に手間取ると思うか?」
「じゃあ文句言ってんじゃねーよ!」
 囲まれた俺たちはその気はなくとも自然に背中合わせになり、得物を構える。踏み込み、棍棒を振るのと同時に、背後でタンジェリンも悪魔に斬りかかったのが分かった。
 一発殴るだけで悪魔の頭は粉々に砕け散り、青い血が噴き出す。
 この低級な悪魔どもは武器の扱いしか知らないようだ。その武器の扱いだってお粗末なもんだ。数は多いが何てことはねえ。
 瞬く間に二体目を潰せば、ちょうどタンジェリンもやつにとっての二体目を薙ぎ払ったところだ。残りの悪魔は一体。俺たちは同時に武器を振るい、肘と肘がぶつかった。
「邪魔だ!」
「ああん!?」
 俺とタンジェリンが怒鳴り散らすのを悪魔は見逃さない。どちらを先にという逡巡すらなく、悪魔は槍をまっすぐに俺たちに放った。
 俺たちは左右に散開してそれをかわす。図らずも挟み撃ちの形になる。俺が左手側から頭を潰すのと、タンジェリンが右手側から胴体を両断するのはほぼ同時。悪魔は血飛沫を上げて倒れた。
「……」
「……」
「今のトドメは俺だ」
「いや俺だろ」
 俺とタンジェリンは数秒睨み合ったが、
「……こんなことしてる場合じゃねえ」
「そうだな」
 不毛なことだと察してお互いに引いた。
「俺は花通りに行く」
 タンジェリンは「花通り」と復唱した。あまりピンときていない顔だった。縁がなさそうだからな。それでも盗賊役がベルベルントを把握してねえのはどうなんだ?
 だがそれを言えばまた言い合いになるだろう。時間もねえし面倒だ。
「じゃあな」
「ああ、気を付けろよ」
 誰に言ってやがる。気を付けるのはてめぇのほうだ、死にたがりが。

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