密やかなる羊たちの聖餐 4
俺とサナギは、それぞれA棟とB棟でそれぞれ部屋が分けられてしまっている。
俺はサナギと離れ、5番部屋を探してB棟をうろついた。誰にもすれ違わなかったので聞くこともできず、少しだけ手間取る。
修道士たちは、確か……教えられたスケジュールによれば、今の時間は午前の仕事をやっているはずで、部屋にいるやつはいないのだろう。
5番部屋がようやく見つかった。誰もいないことを察しながらも、一応、ノックをして部屋に入った。質素な部屋で、二段ベッドが二つと小さな椅子が四脚、机が一つ。それからクローゼットがあるだけだった。
「あれ、新人さん?」
いないと思っていたのに急に声をかけられたので、俺は反射的に腰に手を伸ばした――普段腰に下げているナイフを取ろうとしたのだ――先に言ったとおり、装備はほとんどを置いてきてしまったので、急に腰に手を当てただけになったが。
顔を上げると、二段ベッドの上で大あくびをしている男がいる。紺色の癖毛で、顔にそばかすがある。人懐こそうな丸い目は、薄い茶色だった。
「ずっと3人だったからね、新人さんが来てもおかしくないかぁ。あ、着替えるならそこのクローゼット使いなよ。でも、その服の上からローブ着るだけでも大丈夫だよ」
「……今は、使徒職? とやらの時間じゃねえのか?」
俺が思わず尋ねると、男は、
「えー、もうそんなことまで習ったの? きみ、結構真面目なタイプ?」
こんなへらへらしたやつが、修道院にいるなんて思わなかった。
俺は自分の顔が歪むのを感じた。別に、修道士のあり方についてどうこう言う気はない。馴れ馴れしさに苦手意識を持っただけだ。
ただまあ、この服の上からローブを着るので問題ないというのはありがたい。単純に動きやすい服だし、この服の中に、盗賊用の道具をいろいろ隠し持っている。ローブを着ると、二段ベッドの上から「ブフッ」と吹き出す声が聞こえた。
「似合わないねー!」
「……」
俺は二段ベッドの上を睨んだ。
「へへ、ごめんごめん。だってきみ、修行僧とかやる体付きだもん。信仰心を高めに来たの?」
「……まあ、そんなところだ」
俺自身の設定なんざ決めていないので、適当に話を合わせた。
「なあ、きみ、名前なんつーの? 俺はドート!」
「……タンジェリンだ」
少し考えたが、確かサナギは偽名を使っていなかったので、俺はそのまま答えた。
「タンジェ、これから12時になったら昼だし、一緒に行こ」
やっぱり馴れ馴れしいな!
サナギも込みで俺のことをタンジェと愛称で呼ぶやつは多い。
それは別に、馴れ馴れしいとは思うが、長い名前なので、仕方ないとも思う。別に気も悪くはないのだが、ドートといったか? こいつは距離が近すぎてやりづらい。
「食堂の場所は教えてもらった。一緒に行く義理はねぇ」
冷たくあしらおうとすると、ドートは二段ベッドから降りてこようとした。
その仕草が、わずかに左腕を庇っていたのを、俺は見逃さなかった。
怪我か? だが、特に興味が湧かなかった。
二段ベッドから降りてきたドートは、
「そう言うなってー。先輩風吹かさせてくれよ」
と、肩を組んでこようとしたので、さすがにそれは避ける。
「……どっちにしろ食堂に向かうなら同じ方向だろ」
「それもそうか。ま、仲良くしようなー」
ドートはにこにこ笑っている。
「……で、なんで部屋にいたんだ?」
「え? ……へへ。体調不良!」
「左腕か?」
何気なく尋ねると、ドートは目を見開いたあと、少し視線を逸らした。それからほんの僅かに沈黙があり、
「すごいね、よく分かったね」
「……」
少し、目ざとすぎたかもしれない。俺は、適当に「まあな」と言った。
「実は、ちょっとケガしちゃって」
「……」
「俺の使徒職、庭の手入れなんだけど、腕使うからさ。結構困ってんだー」
ドートは、はは、と笑った。
「そうかよ」
言ったあと、素っ気なさすぎたか、と思い直し、
「身体は資本だろ。大事にしやがれ」
と付け足すと、ドートは明るい顔になり、「タンジェ、めちゃくちゃいい奴じゃん!」と、俺の腰に抱きついてきそうになったので、それも避けた。
昼食のために部屋から出て、ドートと一緒に歩いていると、A棟とB棟の合流地点でサナギと出会った。
サナギはドートを見て少し驚いた顔をしたが、「もう友達ができたの?」と、屈託なく笑った。
「……そういうわけじゃねえ」
「きみ、美人だねえ! タンジェの知り合い?」
ドートが後ろからでかい声を出すので、俺は顔をしかめる。
「ベルベルントから一緒にこの修道院に来たんだ」
サナギは設定通りのことを言った。
「ベルベルントから? あんな都会から、よくこんな田舎まで来たね」
「だからいいんじゃないか。俺たちは自然派なんだよ――俺はサナギ。きみは?」
「ドートだよ」
ドートとサナギ、両方を変人だと思っている俺は、二人がまともにコミュニケーションが取れていることに驚く。
そんな俺を余所に、握手をしたサナギとドートは、話を続けた。
「ところで、ドートはなんでタンジェと一緒に?」
「同じ部屋なんだよ」
「俺の部屋には誰もいなかったよ。今は仕事の時間じゃないの?」
「体調不良で休んでたのさ」
ドートは俺に対して言ったのと同じことを言った。
今見る限りでは元気そうなので、サナギは不思議そうな顔をしたが、深く突っ込みはしなかった。
二人の会話を眺めていると、鐘の音が鳴った。
「正午の鐘だよ。行こ!」
さっき、食堂の場所は教えてもらったと言ったのに、ドートは率先して先頭に立って、俺たちを先導した。
俺は呆れながらも、サナギと並んでそれについていく。サナギはドートに聞こえないように小声で言った。
「さっそく、いい情報源を見つけたじゃないか」
「……苦手なタイプだぜ」
「ふふ、お互い頑張ろう」
ドートから得られる情報が有益かは分からないが、確かに聞き込みしやすい状態ではあるのかもしれなかった。だが、四人部屋ということはあと二人、あの部屋には誰かがいるわけで、ドートと二人きりで話せる時間は多くはないだろう。
「とにかく、夜か」
「そうだね」
俺たちは頷き合った。
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