星数えの夜会の戦い 3
騎士団の詰所の場所は南門のほうだ。2人は大通りを南下していく。
言いたいことはたくさんある。しかし何もまとまらないし、そもそも言葉にすることに意味があるのかも分からない。ただ、やることだけは決まっていた。そうしたい、したくないに関わらず、サナギを詰所まで送り届けることが今の緑玉に与えられた役目だ。緑玉は今も昔も、それに逆らえない。
大通りはところどころ燃えていて、崩れた家の瓦礫がたくさんある。死体もあった。緑玉は故郷のことを思い出して嫌な気持ちになる。
ふと、泣き声が聞こえた。見れば、瓦礫の前に子供がいて泣いていた。足から血を流した子供がもう一人、力なく瓦礫の上にもたれている。
サナギが立ち止まった。
「怪我をしている。それに……避難場所が分からないのかな? 聖ミゼリカ教会に連れて行ってあげよう」
緑玉は紙束を持ったままのサナギの手を引いて止めた。
「聖ミゼリカ教会は騎士団詰所とは逆方向だ。移動距離が伸びることはリスクでしかない。無視するべきだ」
サナギは何度か瞬きをして緑玉の顔を見つめる。ちょっとびっくりしている、という感じで、緑玉に対して軽蔑や失望といった感情は伺えなかった。
緑玉は重ねて、
「<天界墜とし>の送還術式を書けるのはサナギしかいないんでしょ。サナギを喪うリスクは一つでも増やしたくない」
それから、視線から逃げるようにそっぽを向く。サナギは瓦礫の前の子供たちと緑玉を見比べて、やがてぽつりと言った。
「……過去の俺の因果応報だ、俺には<天界墜とし>に対する責任がある」
「分かったら、行こ」
緑玉はサナギの手を引いたけど、彼は動かなかった。
「でも、それって見捨てる理由になるかな? 俺の責任はこのベルベルントにいるすべての命から負っているんだよ」
そして緑玉を見て何故か微笑むのだ。
「大したことじゃないよ。ただちょっと寄り道するだけじゃないか」
「たった2人の、しかも片方は死にかけてる、あんなちっぽけな命のために危険を負う必要はないんだ!」
思わず大きい声が出てしまった。サナギは緑玉の激昂を静かに受け止めてから、
「でも、生きてて、生きたくて、なのに見捨てられたら、それって悲しいことじゃない?」
そんなのは、と、緑玉は思う。サナギがその身を危険にさらす理由にはならないじゃないか。
サナギは緑玉の腕を優しく振りほどくと、子供たちのほうへ向かっていった。軽く身体を屈めて「大丈夫?」と声をかけている。
「ああ……あ、弟、ぼくの弟なんです。た、たすけて……」
子供はワッと泣き出し、血まみれの子供のほうを指し示す。瓦礫の上でぐったりしている子供の顔を見れば、2人が双子であることはすぐに分かった。
サナギは大通りを見渡し、小走りで道具屋に駆け寄ると、ほとんど地面に散らばって割れている瓶の中から無事なものを見つけ出してきた。傷薬だろう。
紙束を小脇に挟み、ハンカチに傷薬を染み込ませたサナギは子供の怪我をゆっくりぬぐっていき、最後に一番深い足の傷に巻き付けた。
「心配しないで。さあ、避難所に行こう」
緑玉はそれをただ眺めていて、そして、たまらなくなった。
だって、そんなの……、緑玉だって、そうされたかった。
優しい手で救われて、「心配しないで」って微笑みかけられたかった。
でも現実は、緑玉は何もできずに捕まって痛い目に遭って、それだけだ。緑玉の人生に、"サナギ"は現れなかったのだ。
突然、気配がしてそちらを向けば、崩れた店と店の間から何者かが現れた。悪魔だ。まっすぐに双子とサナギを狙っている。サナギは反応して銃を向け、子供がヒッと息を呑んだ。だが、悪魔の槍が届くよりも、先んじて走り出し悪魔との距離を詰めた緑玉のトンファーが突き刺さるほうが早かった。
悪魔の頭蓋が割れて血飛沫が上がるのに子供が怯え、「ひぃ……ッ!」と情けない声を上げた。緑玉はそれにもイライラする。
「ありがとう、緑玉」
サナギは銃を下ろした。緑玉は無言を返す。サナギが子供を治療してる間、大通りを警戒するふりをして、ほんの数m、その場を離れた。そうするしか気持ちを収める方法がなかった。
あのままサナギの顔を見ていたら、泣き喚いてサナギに当たってしまいそうだった。そんなことになったら、緑玉はもう自分自身に耐えられない。
大通りの陰から複数の気配がする。悪魔だろう。ほんとうに多い。一様に、淡い紫っぽい色の肌に、黒い鎧を身につけている。天界に悪魔の軍とかがあるのだろうか。
出会い頭。むしゃくしゃついでに即、1体殴り倒す。悪魔が臨戦体勢に入るときにはもう1体、頭を潰していた。まだ3体残っている悪魔が一斉に武器を振るう。槍が腕を掠める。剣2本を続けざまにトンファーで払う。
隙の大きい槍の悪魔の懐に入り込み顎を一閃。それから剣の悪魔に回し蹴りを食らわせて吹き飛ばした。
最後の1体と対峙した瞬間、再びの銃声。悪魔はこめかみを的確に撃ち抜かれて崩れ落ちた。
見れば通りの向こうで、サナギが構えた銃を下ろすところだった。
「……」
「……」
緑玉とサナギは数秒だけ見つめ合って、でも特に何も言わずに、緑玉から視線を逸らした。