ニセパーシエル騒動 1
「ベルベルントがこんなことになっているとは、露ほども思いませんでしたよ」
商人はしきりに、参った参った、と言って、汗を拭いている。
「いつも頼りにしている冒険者が捕まらなくてねえ。仕方なくこちらに依頼を出したわけです、はい」
仕方なく、の部分は要るのか。問い詰めようかと思ったが、やめた。些細なことだ、と、俺――タンジェリン・タンゴ――は自分に言い聞かせた。
先の悪魔との戦争が終わり、ベルベルントは復興を進めている。それに際し、お使いや手伝い程度の依頼は激増していた。ベルベルント中の冒険者が、あれをどこに届けてくれだの、ここを直すのを手伝ってくれだの、そういう依頼で忙しくしている。
比較的損傷が少なく、すでにほとんど元通りの星数えの夜会はといえば、ほかより比較的落ち着いていて、パーティもフルメンバーが揃っていた。
だからこうして遠出の必要がある依頼が舞い込んだのだ。
内容は要するに荷馬車の護衛。
商人の所有する馬車に揺られて、三日の道中。提示された依頼料の金額は多くも少なくもない相場通りの値段だ。親父さんが夜会は心配ないから行ってこい、と言うので、小遣い稼ぎも兼ねて行くことにした。
街道沿いに進み、一山を越える。三日後に目的の街に無事に到着し、依頼はここまで。依頼料を受け取り、俺たちはすぐにベルベルントに戻ることする。先にも述べたとおり、ベルベルントは忙しい。俺たちが空いていたのはたまたまで、帰ればまたいろいろな軽作業が待っているだろう。
さて、俺たちは乗合馬車に乗って宿場町ソレルまでたどり着いた。これで道程は半分。いったんここで馬車を乗り換えねばならない。
日は既に落ちており今日はこれ以降の馬車はないから、俺たちは町の大通りにある食堂兼宿屋に部屋をとった。大部屋を一部屋。着いてすぐ、めいめい荷物を降ろした。
夕食は有料だったが宿泊客には優しい値段だったので、俺たちは満場一致で食事をつけてもらった。
さっそくそれを食べに階下の食堂に降りる。大通りの一等地にある宿だからか、大繁盛といった様子だ。いや、いくらなんでもこんなに混むもんか? 小さなテーブルに男が六人もつけばぎゅうぎゅうだったが、席はそこしか空いていなかった。
「ごめんなさいね! 狭いところで!」
周囲の喧騒に負けないよう、大きな声で給仕をしていた少女が言った。以前行ったエスパルタの『情熱の靴音亭』が脳裏をよぎる。まるっきり似た様相だな。だが今は聖誕祭などのイベントの時期ではない。
「気にしないでくれ! メニューをもらえるかな?」
パーシィが大きな声で言って返すと、にかっと笑った少女が手書きのメニューを持ってくる。くるくるよく働く娘で、また別の村人に呼ばれてそちらへと駆けていった。
「すごい盛況ぶりだな。お祭りかと思ったよ」
メニューを見ながらパーシィが言うと、
「週末というわけでもないし、もしかして町独自の祝日とかかな? 見てよあのテーブル。あれはニワトリだね。丸焼きにしてるよ」
サナギが応答して、視線だけ中央のテーブルに向けた。豪勢なごちそうが並んでいて、男も女もみな嬉しそうに酒を飲んだり食事をしたりしている。
アノニムが、
「俺もあれが食いてぇ」
と言い出すので、パーシィはぱらぱらメニューをめくった。
「メニューにはなさそうだが……」
首を傾げる。
黒曜もアノニムも意外に緑玉も肉食なので、丸焼きに完全に魅入られていた。
「聞いてみれば案外出てくるかもよ」
と笑ったのはサナギだが、俺は、
「メニューにねえのに、あんないいもんをよそ者に出すかよ」
と思わず口に出した。たぶん、あの丸焼きがある席にいるのは町の人々だ。この騒々しさからして、町に何かいいことがあって、それの祝いに出ている特別なメニューだと思ったのだ。
「聞いてみなければ分からないじゃないか。ぜひ食べたいし」
とパーシィが軽く手を挙げて給仕の娘を呼んだ。何でも食うが、こいつも大概肉食だ。
「はいはいっ! 注文お決まりですかー!?」
「あのテーブルにあるニワトリを焼いたもの、あれと同じものを俺たちにも出せるかい?」
渋られるかと思ったが、給仕の娘はあっけらかんと言った。
「出せますよー! めでたい日ですから、うんと用意してあるんです!」
すぐにお持ちしますね! と給仕の娘は各々が個人で頼んだものをメモして厨房に消えていった。
「……聞いてみるもんだな」
意外に思った俺が思わず呟くと、
「よかったねえ。めでたい日と言ってたけど、何があるんだろう?」
好奇心旺盛なサナギがそわ、と落ち着きを無くした。飲み物を運んできた給仕の娘に、
「今日は何かのお祭りの日なのかな?」
と尋ねると、娘は天真爛漫に笑う。
「前夜祭ですよ! 町長の娘さんが明日、ご結婚なさるんです!」
「おや、それはめでたいね。おめでとう」
思ったような好奇心を刺激される出来事ではなかったようだが、さりとて態度を崩すわけでもなくサナギは応答した。
「ただの結婚じゃないんですよ! なんと……」
言いたくて仕方ない、という様子で娘は身体を乗り出す。
「天使様と結婚なさるんです!」
「へえ? この町には天使がいるのかい?」
「はい。一ヶ月ほど前にいらした、それはそれは立派な天使様なんですよ!」
思わずパーシィを見ると、彼は曖昧に笑う。パーシィは誤魔化すように、運ばれてきた水を飲みながら、
「に、人間界に降りてきて、さらに人間を見初めて娶るというのは、珍しい話だね。えーと、なんという名前の天使なのかな?」
「パーシエル様です!」
パーシィが水を吹き出した。思わず飛び退く。
「なんだよ汚えな!」
「……どこかで聞いたような名前」
喧騒に消えそうな緑玉の声が端的に感想を漏らす。
パーシエル様はとても素晴らしいお方なんです、と給仕の娘はうっとりと言った。
「金の長髪に青い瞳……、心優しくたくましく、まさに天使! というお方で! 町長の娘さん、ローラさんというんですけれども、もう美男美女で、お似合いなんですよ!」
そ、そうなんだ……と、パーシィが咳き込みながら、引き攣った笑みを浮かべた。
「ちなみに、その……パーシエルさんは、どんな奇跡をもってして、きみたちに天使たることを証明したのかな?」
その聞き方は失礼じゃねえのか、と思ったが、娘は気を悪くした様子もなく答えた。
「それがすごいんです! 猟師さんのところの猟犬が、最近熊にやられてしまって、死んでしまったのですけど……パーシエル様は、天使の奇跡をもってその猟犬を蘇らせたのです!」
これにはサナギが振り返った。
「蘇生? とんでもないね。それなら本物かもしれないね」
「ええ、まさに! 本当の奇跡ですよ!」
そ、そんな馬鹿な、とパーシィが小声で呟く。喧噪に紛れて娘には聞こえなかったようだったが、それは幸いだっただろう。
「蘇生術? 地上で? そんな高位の天使がこんな片田舎に降りてくるなんてことあり得るか? そもそもそんなことは神の御意思なしでは……」
「何をブツブツ言ってる、パーシィ。うるせえぞ」
隣の席のアノニムに小突かれたパーシィに、娘が目を丸くする。
「まあ! パーシィさんとおっしゃるんですか? パーシエル様とお名前が似ておられますね。これも天使様のお導きかもしれませんね!」
「アハハハハ……」
パーシィは青い顔で笑った。
商人はしきりに、参った参った、と言って、汗を拭いている。
「いつも頼りにしている冒険者が捕まらなくてねえ。仕方なくこちらに依頼を出したわけです、はい」
仕方なく、の部分は要るのか。問い詰めようかと思ったが、やめた。些細なことだ、と、俺――タンジェリン・タンゴ――は自分に言い聞かせた。
先の悪魔との戦争が終わり、ベルベルントは復興を進めている。それに際し、お使いや手伝い程度の依頼は激増していた。ベルベルント中の冒険者が、あれをどこに届けてくれだの、ここを直すのを手伝ってくれだの、そういう依頼で忙しくしている。
比較的損傷が少なく、すでにほとんど元通りの星数えの夜会はといえば、ほかより比較的落ち着いていて、パーティもフルメンバーが揃っていた。
だからこうして遠出の必要がある依頼が舞い込んだのだ。
内容は要するに荷馬車の護衛。
商人の所有する馬車に揺られて、三日の道中。提示された依頼料の金額は多くも少なくもない相場通りの値段だ。親父さんが夜会は心配ないから行ってこい、と言うので、小遣い稼ぎも兼ねて行くことにした。
街道沿いに進み、一山を越える。三日後に目的の街に無事に到着し、依頼はここまで。依頼料を受け取り、俺たちはすぐにベルベルントに戻ることする。先にも述べたとおり、ベルベルントは忙しい。俺たちが空いていたのはたまたまで、帰ればまたいろいろな軽作業が待っているだろう。
さて、俺たちは乗合馬車に乗って宿場町ソレルまでたどり着いた。これで道程は半分。いったんここで馬車を乗り換えねばならない。
日は既に落ちており今日はこれ以降の馬車はないから、俺たちは町の大通りにある食堂兼宿屋に部屋をとった。大部屋を一部屋。着いてすぐ、めいめい荷物を降ろした。
夕食は有料だったが宿泊客には優しい値段だったので、俺たちは満場一致で食事をつけてもらった。
さっそくそれを食べに階下の食堂に降りる。大通りの一等地にある宿だからか、大繁盛といった様子だ。いや、いくらなんでもこんなに混むもんか? 小さなテーブルに男が六人もつけばぎゅうぎゅうだったが、席はそこしか空いていなかった。
「ごめんなさいね! 狭いところで!」
周囲の喧騒に負けないよう、大きな声で給仕をしていた少女が言った。以前行ったエスパルタの『情熱の靴音亭』が脳裏をよぎる。まるっきり似た様相だな。だが今は聖誕祭などのイベントの時期ではない。
「気にしないでくれ! メニューをもらえるかな?」
パーシィが大きな声で言って返すと、にかっと笑った少女が手書きのメニューを持ってくる。くるくるよく働く娘で、また別の村人に呼ばれてそちらへと駆けていった。
「すごい盛況ぶりだな。お祭りかと思ったよ」
メニューを見ながらパーシィが言うと、
「週末というわけでもないし、もしかして町独自の祝日とかかな? 見てよあのテーブル。あれはニワトリだね。丸焼きにしてるよ」
サナギが応答して、視線だけ中央のテーブルに向けた。豪勢なごちそうが並んでいて、男も女もみな嬉しそうに酒を飲んだり食事をしたりしている。
アノニムが、
「俺もあれが食いてぇ」
と言い出すので、パーシィはぱらぱらメニューをめくった。
「メニューにはなさそうだが……」
首を傾げる。
黒曜もアノニムも意外に緑玉も肉食なので、丸焼きに完全に魅入られていた。
「聞いてみれば案外出てくるかもよ」
と笑ったのはサナギだが、俺は、
「メニューにねえのに、あんないいもんをよそ者に出すかよ」
と思わず口に出した。たぶん、あの丸焼きがある席にいるのは町の人々だ。この騒々しさからして、町に何かいいことがあって、それの祝いに出ている特別なメニューだと思ったのだ。
「聞いてみなければ分からないじゃないか。ぜひ食べたいし」
とパーシィが軽く手を挙げて給仕の娘を呼んだ。何でも食うが、こいつも大概肉食だ。
「はいはいっ! 注文お決まりですかー!?」
「あのテーブルにあるニワトリを焼いたもの、あれと同じものを俺たちにも出せるかい?」
渋られるかと思ったが、給仕の娘はあっけらかんと言った。
「出せますよー! めでたい日ですから、うんと用意してあるんです!」
すぐにお持ちしますね! と給仕の娘は各々が個人で頼んだものをメモして厨房に消えていった。
「……聞いてみるもんだな」
意外に思った俺が思わず呟くと、
「よかったねえ。めでたい日と言ってたけど、何があるんだろう?」
好奇心旺盛なサナギがそわ、と落ち着きを無くした。飲み物を運んできた給仕の娘に、
「今日は何かのお祭りの日なのかな?」
と尋ねると、娘は天真爛漫に笑う。
「前夜祭ですよ! 町長の娘さんが明日、ご結婚なさるんです!」
「おや、それはめでたいね。おめでとう」
思ったような好奇心を刺激される出来事ではなかったようだが、さりとて態度を崩すわけでもなくサナギは応答した。
「ただの結婚じゃないんですよ! なんと……」
言いたくて仕方ない、という様子で娘は身体を乗り出す。
「天使様と結婚なさるんです!」
「へえ? この町には天使がいるのかい?」
「はい。一ヶ月ほど前にいらした、それはそれは立派な天使様なんですよ!」
思わずパーシィを見ると、彼は曖昧に笑う。パーシィは誤魔化すように、運ばれてきた水を飲みながら、
「に、人間界に降りてきて、さらに人間を見初めて娶るというのは、珍しい話だね。えーと、なんという名前の天使なのかな?」
「パーシエル様です!」
パーシィが水を吹き出した。思わず飛び退く。
「なんだよ汚えな!」
「……どこかで聞いたような名前」
喧騒に消えそうな緑玉の声が端的に感想を漏らす。
パーシエル様はとても素晴らしいお方なんです、と給仕の娘はうっとりと言った。
「金の長髪に青い瞳……、心優しくたくましく、まさに天使! というお方で! 町長の娘さん、ローラさんというんですけれども、もう美男美女で、お似合いなんですよ!」
そ、そうなんだ……と、パーシィが咳き込みながら、引き攣った笑みを浮かべた。
「ちなみに、その……パーシエルさんは、どんな奇跡をもってして、きみたちに天使たることを証明したのかな?」
その聞き方は失礼じゃねえのか、と思ったが、娘は気を悪くした様子もなく答えた。
「それがすごいんです! 猟師さんのところの猟犬が、最近熊にやられてしまって、死んでしまったのですけど……パーシエル様は、天使の奇跡をもってその猟犬を蘇らせたのです!」
これにはサナギが振り返った。
「蘇生? とんでもないね。それなら本物かもしれないね」
「ええ、まさに! 本当の奇跡ですよ!」
そ、そんな馬鹿な、とパーシィが小声で呟く。喧噪に紛れて娘には聞こえなかったようだったが、それは幸いだっただろう。
「蘇生術? 地上で? そんな高位の天使がこんな片田舎に降りてくるなんてことあり得るか? そもそもそんなことは神の御意思なしでは……」
「何をブツブツ言ってる、パーシィ。うるせえぞ」
隣の席のアノニムに小突かれたパーシィに、娘が目を丸くする。
「まあ! パーシィさんとおっしゃるんですか? パーシエル様とお名前が似ておられますね。これも天使様のお導きかもしれませんね!」
「アハハハハ……」
パーシィは青い顔で笑った。
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