カンテラテンカ

ニセパーシエル騒動 2

「この町の人々は、騙されてると思う」
 部屋に戻って開口一番、パーシィが言った。
「天使との結婚のこと?」
 すぐに察したサナギが聞き返せば、パーシィは頷いた。
「蘇生の奇跡とやらは相当に胡散臭い話だ。はっきり言う。ありえない。天使はそんな施しを人間には、犬にも、しない」
「それは分かるけどよ」
 天使だろうが何だろうが、蘇生なんてものができるわけがない。だが、
「少なくとも町の奴らにそう信じ込ませる何かしらは起きたってことだろ」
 パーシィはしばし考え込んだが、答えは沸いてこないようだった。サナギが横から、
「まあ、そうっぽく見せるとすれば、自作自演か、仮死状態のものを蘇生させたように見せる医療術か治癒術というところかな。人間が騙っているとして……自作自演だとすればその猟師に話を聞けば何か分かるかもね」
 その言葉はもっともだ。
 だが、依頼でもなし、こんなところの結婚話に首を突っ込む理由がない。
「俺は興味ねえよ。もう寝ようぜ、明日の朝には出発だろ?」
 パーシィは少し躊躇った様子を見せたあと、意を決した、というような顔でこう言った。
「俺が天界から堕天し地上に堕とされた元天使だということは、ずいぶん前に話したとおりだ」
「ああ……」
 ベルベルント防衛戦において、パーシィは自身が天使であることを身をもって証明した。元とは言え、あの姿と戦いぶりが天使でなかったら何なのか。俺はそこでふと思い付いて尋ねた。
「もしかして、知り合いか?」
 パーシィは難しい顔をした。
「知り合いどころの話じゃない。俺の名なんだ。天界にいた頃の俺の天使としての名が……パーシエルというんだよ」
「……」
 俺たちは顔を見合わせた。
「たまたま同じ名前ってことは」
「それはない。ヒトと違って、天使は別個体で同じ名を授かることはない」
 そうなのか。そんなこと考えもしなかった。
「つまり、この町にいるという天使パーシエルは、その名を騙るニセモノ、ということだね」
 サナギが簡潔にまとめた。でもよ、と俺は思わず言う。
「それが何だってんだ? 別に天使を騙って結婚するくらい、まあ……ろくでもねえ野郎だとは思うが、大したことじゃねえだろ」
「……」
 そりゃ勝手に名を使われて気分が悪いのは分かるが、と言うと、パーシィはぽつんと呟いた。
「パーシエルを"知っている"ならば、その名を使うはずはないんだ……」
 どういうことだ、と、俺が尋ねると、パーシィは俯いてしまった。
「……」
「ははあ」
 サナギがパーシィの顔を覗き込む。
「きみは堕天使だ。天界から追放された、その際の罪状を俺たちは知らないけれど、つまり、よほどのことをやらかしたというわけだね」
 パーシィは黙っていたが、ほとんどそれは肯定だった。
「パーシエルを知っているならその罪も知っているはず、というわけだ」
「あの罪を知っているのなら、気軽に名乗れる名じゃないんだ!」
 パーシィは急にデカい声を出した。パーシィは過去のことになると少し感情的になるよな。カンバラの里で古い友人とやらに化けたシェイプシフターを見たときもえらく動揺していた。
「つまり……どうしたいんだ? パーシィ」
 黒曜が結論を尋ねると、
「俺は少しここに残りたい。パーシエルを名乗っているのが何者なのか、何の意図があって名乗っているのかを確かめなければ、俺はベルベルントに戻れない」
 パーシィは言って、続けた。
「ニセパーシエルは有名なようだし、そこまで時間も手間もかからないだろうから、みんなは明日、先に馬車に乗って戻ってくれ」
 黒曜は頷いた。
「分かった。そういうことなら、俺たちは明日の昼の乗合馬車で出よう」
「……え?」
「昼までに解決すればそれでよし。それ以上掛かるなら、お前の言うとおり俺たちは先に戻る」
 ……そうなるか。
「いや、しかし、朝に出発の予定だったじゃないか。そこまで付き合わせるのは悪いよ」
 パーシィが遠慮するので、そんなこと言えるんだなこいつ、と内心で思いながら、俺は言い添えた。
「エスパルタに行ったとき、俺も気持ちの整理を付けるのにみんなに一日付き合ってもらった。俺は構わねえ」
 本音だ。パーシィの過去に興味はないが、やつにとって必要な時間だというならそのくらい待ってやっていいと思う。
 サナギは目を輝かせている。
「俺は猟犬を蘇生したという術が気になっていたんだ。ニセパーシエルを調べるうちに分かるはずだよ」
「……」
 その横で、心底「早く帰りたい」って顔してるのは緑玉だ。エスパルタのときもこの調子だったな。
「明日の昼までだ、耐えろ」
 緑玉が何かを言う前に黒曜が先回りしたので、緑玉は緩慢に頷いた。
 アノニムはすでにベッドに横になっていたが、「話聞いてたか?」と俺が尋ねれば、「出発は明日の昼」と短く返ってきた。聞いていたらしい。
「みんな……すまない、ありがとう」
 パーシィは丁寧に頭を下げた。よせよ、と俺は言った。
「てめぇがそんな殊勝な所作してるの、気味が悪いからよ」
「……」
 パーシィは俺を見つめて無言を返す。さすがに怒ったか、と思ったら、パーシィは突然こう言い出した。
「タンジェ、少し夜風に当たらないか?」
「は?」
 本気で意味が分からず聞き返す。あ、怒ったのか、表に出てタイマンしようぜってことか、と思い至り、
「ああいいぜ、受けて立つ」
 と言って返した。パーシィは不思議そうな顔をしたが、それはありがとう、と言って、立ち上がって廊下に出た。俺も続こうとして、黒曜の視線に気付いた。
「心配すんな、怪我はしねえしさせねえよ。負けるつもりもねえ」
 黒曜は「そういうことではないと思うが」と小さく呟いたが、俺のことを止めはしなかった。

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