ニセパーシエル騒動 4
翌日になり簡単に朝食を済ませた俺たちは、給仕の娘に天使パーシエルの居場所を尋ねた。
「パーシエル様は、今は町外れのお屋敷に住んでおられるはずです」
娘はテーブルを拭きながら答えた。
「ローラさんとの結婚式後、そこで新婚生活を送られるんですって! 素敵ですよね!」
「結婚式はいつなの?」
「今日の夕方からです。昨日よりさらに町が盛り上がると思いますよ!」
俺たちは顔を見合わせた。早めにケリを付けたほうがよさそうだな。
「ああ、それと……奇跡で生き返ったという猟犬の……飼い主の猟師の家はどこかな?」
「山の近くです。パーシエル様のお屋敷とご近所ですよ」
地図を描きましょうか、と言うので、ありがたく受け取ることにした。
娘が描いてくれた地図はかなり簡略化されていたが、最低限の体裁は整っている。これならすぐに着けるだろう。
「ありがとう」
サナギが礼を言うと、娘は笑って「どういたしまして!」と答えた。
俺たちはパーシエルの屋敷に行ったが、不在だった。 まだ昼まで時間があるので、先に猟師のほうに話を聞いてまた来よう、ということになる。しかし、
「かなり早い時間だが、どこに行っているのだろうか」
パーシィが呟く。
「結婚式の打ち合わせとかかな?」
サナギが無難なことを言った。
なるほど、それなら町長の家や結婚式場にいるかもしれないな。目立つ男だろうから、町で聞き込みすれば居場所は掴めそうだ。
ともあれ俺たちは猟師の家のほうに向かった。娘はご近所だと言っていたが、猟師の家は町外れのパーシエルの屋敷よりさらに山寄りで、10分ほどは歩かねばならなかった。
猟師の家はパーシエルの屋敷に比べれば遥かに小さい。が、しっかりした造りの丸太小屋に俺は好感を持った。丸太小屋の前で猟犬が元気よく吠えている。こいつが例の、生き返ったとかいう……。
「どうした、ハイド。お客さん?」
吠える猟犬に応えるように、中から猟師が出てきた。思ったよりも若い。20代前半というところか。猟師は俺たちを見て怯んだ顔をした。
「だ、誰だい? あんたら……」
「急に大人数で押しかけてすまない。聞きたいことがあるんだ」
パーシィが一歩前に出て、尋ねる。
「天使パーシエルに蘇生させてもらったというのは、この猟犬かい?」
「あ……ああ! そうさ」
猟師は頷いた。
「そうか……」
パーシィは猟犬をちらと見た。吠えていた猟犬は不思議そうに首を傾げた。
サナギが後ろから、
「その蘇生の奇跡について調べているんだ。何、軽い好奇心さ」
猟師の顔がにわかに青くなる。
「そ、そ、蘇生の奇跡に、う、う、疑うところはないよ。間違いなくパーシエル様は、その……ハイドの蘇生をなさった」
嘘が下手すぎるだろ。俺でも分かるぞ。
「そうなんだ。ところでこちらのパーシィは本物の天使なんだけれど……」
サナギはパーシィを指して紹介した。猟師は目を剥いて「へえ!?」と変な声を出した。
「もし天使パーシエルさんの起こした奇跡に不正があったなら、大変なことだよ。パーシィが怒るかもだ」
「いや。そ、それ……は……」
ずいぶんゴリ押しな説得だが、根が気弱らしい猟師はまんまと視線を泳がせている。
「今話してくれれば、もしかしたらきみのことは見逃せるかも」
サナギがもう一押しすれば、
「す……すみませんでしたっ!!」
あっさり素直に、謝罪した。サナギはちょっと物足りないというような顔をしたが、
「自作自演? それとも、怪我を治したというだけ?」
「じ、自作自演ですらないです。嘘をつきました」
猟師は恐る恐るといった様子でパーシィの顔を窺っている。この調子でよく町人が信じたもんだよな……。
「なぜ?」
パーシィが尋ねると、
「ぱ、パーシエル様に頼まれました。金を山分けしてくれると言うので」
「……『山分け』?」
妙な言い方だ。まるで、これから何らかで大金が手に入るような。
サナギは早々に察したらしく、苦笑いした。なるほどね、と言ったあと、
「じゃあもう、パーシエルはあの屋敷には戻らないね」
「……はい。俺に約束通りの分、金をくれて、もう発ちました」
「おい待て、どういうことだ?」
俺のことを振り返ったサナギは、
「結婚詐欺だよ」
と、短く言った。
「はい、あの、察しの良いお嬢さんで……」
猟師が頷く。お嬢さん、と呼ばれたサナギは別段それには突っ込まず、
「きみはグルになってパーシエルを天使だとでっち上げたんだね?」
「……はい」
「それでローラ嬢とその家から金品を貢がせて、さも結婚するように振る舞い、そして……結婚式当日になったら、どこかへ消える。そういう手順だったわけだ」
「そうです……」
猟師はすっかり小さくなってしまった。
「わ、悪いことだとは思いました。しかし俺は……この性格だからあんまり……狩りにも向いてなくて。親父が遺した金も、もう少なくて……」
もういいよ、とパーシィが遮った。
「そこのところを責めるつもりはない。そもそも用があるのはきみじゃないし……」
へ、と猟師が顔を上げる。怒られる、罪に問われるとばかり思ったのだろう。
「そういうことらしいよ。で、パーシエルがどこに向かったか分かる?」
サナギが尋ねると、
「山へ……。今からなら追いつけるかも……」
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