カンテラテンカ

ベルベルント復興祭 2

 街はまるで聖誕祭でも待つかのような賑わいで、どこか浮かれて落ち着かない様子だった。しばらく沈んでいたベルベルントだったが、市民たちの活気に溢れて何よりだ。
 普段は役所になんか用はないのだが、場所くらいは知っている。騎士団詰所の横にある、やたら立派な建物がそれだ。街のシンボルは時計塔と聖ミゼリカ教会に譲っているから高さはそれほどないが、ベルベルントの中でも相当古くからある建物である。その歴史ある重苦しい面持ちは迫力があり、こっちはこっちで観光客には人気があるらしかった。
 重厚な扉を開ける。復興祭実行委員会の場所を探すと一階にそれ専用の窓口が設けられていて、様々な催しの手続きをする人々でいっぱいだった。
「ずいぶん混んでやがるな」
 言うと、黒曜は頷いた。
 窓口はさらに小分けされていて、復興杯係の受付もなかなか人が途切れない。番号札を手に入れて順番を待つ手順のようで、俺は窓口の横に置いてある札を取った。
 列から外れたところに見かけた顔があるのに気付く。思わず声をかけた。
「ブランカ」
 金髪に派手な金色の鎧を身につけた男は、ベルベルントが悪魔に襲われた際に知り合った。あれ以来会いもしていかなかったが、無事だったらしい。
「おお、タンジェではないか!」
 ブランカは軽く手を振って応じた。
「タンジェも復興杯に出るというわけか?」
 俺は頷いた。ブランカにも同じ問いを返すと、
「うむ。こんな楽しい催し、出ないほうが損というものだ」
 賞品目的ではなさそうだ。戦闘を楽しむタイプの人間なのだろう。
「そうか。参加者はどのくらいいるんだ?」
「さてなあ。すべての宿の戦士役が出るとしたら100人規模になるのではないか? 予選でどこまで削られるかは分からん」
 と言いつつ、ブランカは「まあ、俺は戦士役ではないのだが」と付け足した。俺もだ、と返すと、ブランカは、
「お前ほどの戦闘力でも戦士役ではないのか。練度の高いパーティなのだな」
 褒め上手かよ。俺なんか怪力だけで、まだ修行中の身だ、と言った。だいたい、同じことがブランカのパーティにも言えるだろう。
「てめぇのところの戦士役は出ねえのか?」
「アロゥは興味がないと言っていたな」
 防衛戦のときにも聞いた名だ。会ったことはないが、そいつがブランカのパーティの戦士役らしい。
 黒曜もそうだが、実力者でも一定数、復興杯に興味がないやつはいるようだ。
「19番でお待ちの方ー」
「おっと、では一足先に参加申込みをしてくる!」
 ブランカは自分の札が19番であることを確認しながら受付へと去って行った。
 入れ替わるようにして、また見た顔に会った。復興杯係の窓口から離れ、こちらに歩いてきたのは『午前3時の娯楽亭』のリカルドだ。
「お前は……」
 リカルドのほうもこちらに気付いたらしい。
「リカルドも復興杯に出んのか?」
「そんなわけないだろ」
 リカルドは渋面を作った。まあ、戦士役には見えねえしな。だが、そうだとしたらこんなところに何の用が? 俺が問う前にリカルドから言った。
「復興杯で、観戦者が勝敗を賭けるシステムを導入する、という案があった」
「はぁ?」
 思わず眉を寄せてしまった。自分の勝負が賭けに使われるのか? 俺は別に賭け事に対して潔癖というわけではなかったが、自分の戦闘スタイルが観戦者全員に値踏みされるのは面白くない。そんな案はできれば通ってほしくなかった。
「ベルベルントにはカジノはないからな。賭け事に関しては一番造詣が深い娯楽亭にその相談が持ちかけられたんだ。だから俺が来たわけだが……安心しろ。案は棄却した」
 リカルドは腕を組んだ。
「慣れない運営が付け焼き刃で賭けのシステムを整えたところでトラブルの元だし、祭りそのものの治安悪化の懸念もある。そして何より……」
 最後のは独り言だろう。だが、確かにこう聞こえた。
「優勝者なんてほとんど決まってるみたいなもんだ」
 リカルドほどのギャンブラーにもなれば、勝敗なんかやる前から決まっている、とでも?
「やる前から勝敗が分かるもんかよ?」
 聞き流してもよかったが、思わず問い詰めてしまった。
「……」
 肩を竦めるリカルド。
「まさか、八百長でも仕掛けられてんじゃ――」
 思い至ったことを思わず口に出すと、リカルドは「そんな興醒めことはしないだろう」と呆れた顔で言った。
「単に、参加者の中に……並外れた戦闘技巧者がいるんだ。あいつ以外の優勝はまずない」
 だから賭けなんかしたって不毛だ、つまらん、と続けた。
「そんなに強えのか?」
「俺が知る限りはな」
 もっとも、とリカルドは言った。
「あいつが出たがったってわけじゃない。勝手に昔の知り合いにエントリーさせられたらしいな。本人にやる気はないから、案外さっさと負けて戻ってくるかもな」
「名前は?」
「ズィーク」
 そこで、俺の持っている番号札の数字が呼ばれた。リカルドはそれに気付くと軽く手を挙げただけで別れのあいさつとしてさっさと役所を出て行った。
 手続きは簡単で、受付の窓口で復興杯への出場の意志を告げ、申込用紙に名前と所属を書いておしまいだ。それから、予選会の日時と、武器に関しては怪我や不正防止のため主催側で用意した木製武器を使用する……などの連絡事項を説明された。まあ、お祭り剣闘で生死の心配をしたくはない。慣れた武器でないのは誰しも同じ、公平を期すのにも悪くない条件だ。
 黒曜は役所の隅で待っていた。俺が手続きを終えて戻ると、黒曜は、
「友人が多いのだな」
 と言った。ブランカとリカルドのことだろう。
「友人ってほど親しくはねえよ。だがまあ、交流は広まったな」
 そうか、と黒曜は浅く頷いた。外に出る。
 何故か黒曜がほんの少し寂しそうに見えたので、帰り道に手でも繋ごうか、と迷う。しかし往来は人が多い。そっと手を出そうとしてみるものの、照れが入り握るところまでいかない。手を引っ込めてはまた手をほんの少し浮かせ、人が近づけばすぐに下ろす。
 そんなことを続けていたら、黒曜の手が動いて俺の手を取った。思いがけず「ォワ」と変な声が出た。今日はなかなかの暑さだが、黒曜の手は冷えている。黒曜は俺を覗き込んで目を細めた。
 黒曜は俺のやりたいことや言いたいことを察してこうして行動に移してくれる。嬉しいのだが、それに甘えてばかりいるというのもよくない。しかし生来の意地っ張りな気質がなかなか俺を素直にさせないのだった。

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