ベルベルント復興祭 6
それにしても、一回戦だけでも実に20試合近くあることになる。40人近い数のトーナメントだから、全部の試合もだいたい40戦くらいだ。制限時間はなく、決着――戦闘不能、降参、あるいは武装解除、つまり武器が使えなくなった時点で敗北だ――がつくまで試合は続くが、そうなれば試合の時間はまちまちだ。
とはいえ午前九時から正午までの三時間だから、一試合の時間は四分から五分くらいを想定してるんだろう。当然、それより早く決着がつくものもあれば、それより長引く試合もあるだろうが。
参加者は待機室で待っていてもいいし、立ち見席でよければ客席に出て試合を観戦してもいいとのことだった。俺とラケルタの試合は12番目。少し時間があるので暑いが試合を観戦することにする。
観客席は満員の大盛況で、歓声やら応援やらで騒がしい。最上段には立ち見席を兼ねた通路があって、たとえばホットドッグやらの、片手で食べられるフードの屋台がいくつか出ていた。
往来の邪魔にならない位置に立って試合の様子を見ていれば、予選会で参加者が絞られただけあってずいぶんレベルが高い。
知り合いの参加者といえばブランカだ。やつの試合運びは鮮やかで、相手も雑魚ではないだろうに、一太刀も浴びぬまま攻勢を崩さず勝ってしまった。それはそれとして、観客の黄色い悲鳴が凄まじい。
まあ確かに見目もいい。
リカルドが言っていたズィークという名の参加者はどれだろうか? 圧倒的な強さ、という視点でいえば該当しそうなヤツは何人かいて判断できなかった。まだ試合の順番が来ていない可能性もある。そういえば、俺にはあまり関係ないと思ってよく見ていなかったが、シードもあるようだった。
試合を見届けている審判は冷静かつ平等で、試合の交替もスムーズだ。手際はよく、運営にゴタつきはなさそうだ。マナーの悪いヤツはだいたい予選会で落とされたのだろう、負けて変に食い下がる輩もいない。
観客は大いに盛り上がっていた。これぞお祭り剣闘、運営側もやるかいがあるというものだろう。
だいたい30分ほど試合を眺めて、そろそろ待機室に戻ることにする。太陽に照らされて頭のてっぺんが暑い。屋台で売られているエールやドリンクは飛ぶように売れていた。
★・・・・
★・・・・
待機室ではこれから試合のやつらがいて、リラックスした様子で過ごしている。敗者も特に後腐れなくどんどん立ち去っており、人数は減るばかりだ。当たり前だ、一回戦で参加者は半分の20人近くまで減るのだ。
「緊張しているか?」
隣に腰掛けてきたラケルタが尋ねた。
「いや」
素直に答える。この手のイベントの参加は初めてだが、俺は自分でも驚くほど緊張していない。まあほとんど度胸だけで冒険者をやっているみたいなところもあるからな……。
ラケルタも大して緊張しているようには見えなかった。ここで緊張して動けなくなるようなら、そもそもお祭り剣闘なんか参加しないとは思うが。
「若いのに大した胆力だな」
褒めすぎだ。たぶんここにいる中で緊張しているやつなんかほとんどいない。
「そういや、アノニム見かけたか?」
ふと思いついて聞いてみる。朝も見かけなかったし、ウォーミングアップもタイミングが違ったのか会わなかった。トーナメント表では名前が並んでいたので、アノニムの試合は俺たちの直後のはずだ。
「先ほどまでいたよ。もう間もなく試合だ、選手入場口まで移動しているのではないか」
私たちもそろそろ移動しよう、と言うので、二人で選手入場口まで移動した。入場口には試合を待つ数人の参加者がたむろしていて、その中に確かにアノニムもいる。目は合ったが、特に会話するでもなく自然に視線を逸らした。
現在進行形で進んでいる試合が終わると、入れ替わるように参加者二人が舞台へと出ていった。そいつらが11番目の対戦カードらしい。そうなるとその次は俺とラケルタの試合だ。特に呼びかけがなかったので気付かなかったが、思ったよりギリギリだったんだな。
前の対戦は3分ほどで決着。名前も所属も知らない男が勝っていて、名前も所属も知らない男が負けている、としか言いようがない。向こうにとっても俺とラケルタの試合はそんなもんだろう。
11番目の試合の二人が勝敗を決し、戻ってくる。入場を促されたので、入れ替わりで舞台に出た。
暑い。
拍手と歓声。太陽が地面に反射してまぶしい。
武器を選ぶように言われて、この数週間で特訓を重ねた大剣を手に取った。
ラケルタも武器を選んでいる。彼は剣士だ、当然ながら手に取るのも片手剣である。
審判に指示されるまま、開始位置に立った。剣を構えるラケルタと向かい合う。
「では――はじめ!」
審判が号令をかける。
先手はもらう! 守りに徹するのは性に合わない。大剣を構えたままラケルタに突っ込み、まずは上段から振り下ろす。
ラケルタは受けるのではなく回避で初撃を流し、俺の右手側に回り込む。ラケルタが素早く袈裟斬りに振った剣は、強引に引き戻した大剣の刃部分で受けた。しばし鍔迫り合い。だが、技術はともかく怪力なら負けやしない。
分が悪いと悟ったらしくラケルタはすぐに剣を引く。俺も合わせて大剣を構え直す。
次はラケルタからの攻撃だ。顎を狙った鋭い切り上げ、木製武器だろうが当たったら一発で意識を持ってかれる。半歩下がって回避し、ラケルタの追撃は大剣で弾いた。
ラケルタの剣戟は特別、疾くはない。回避はできる。一撃が重いということもない。受けることも可能だ。ただ、とにかく隙がない。剣を構え直すほんの一息や、視線を俺から外すような油断の一瞬もない。どう攻めたものか……。
そこでラケルタの背後、俺の視界の端に、何か光るものが見えた。――なんだ?
俺の一瞬の隙を見てラケルタが斬り込んでくる、が、俺はラケルタの攻撃をかわしたあとラケルタの腕を掴んで無理やり横に引き倒した。咄嗟の判断だった。急に引かれたラケルタの手から木製武器がすっぽ抜ける。
剣が転がった先は今さっきラケルタがいた位置で、そこに突如、炎の玉が二発突き刺さった。剣が炎上する。舞台の地面は砂なので燃え広がることはないだろう。ただ、その炎の玉は明らかに反対側の選手入場口から放たれたものだった。
俺たち復興杯の参加者は、全員が西側の選手入場口から出退場している。東側の選手入場口は誰もいないはずだ。しかし目をこらせばそこに人影が見え、そいつは身を翻して立ち去ろうとするところだった。やつが突然、ラケルタに向かって火を放ったのだ!
「てめぇ!!」
俺が追おうとするのを、立ち上がったラケルタが制止した。それから、
「武器が使えなくなった、私の敗北だ! 私が追う!」
審判と俺に言い放ち、選手入場口へ駆けていく。
「待てよ、そうはいかねえだろ!!」
確かに武器が使えなくなった場合も敗北条件に数えられている。しかし外部からの攻撃によるものだ、あんなので決着はナシだろ!?
だいたい、なんで俺たちの試合に邪魔が!?
犯人を追うラケルタをさらに追う。背後から審判が、
「と、ともかく規定に則り、ラケルタ選手は武器を使えなくなったものと判断します! 勝者はタンジェリン選手! 二回戦までに戻ってくるように!」
観客は戸惑うようにザワついていたが、俺のほとんど不戦勝に近い勝利にブーイングはなさそうだ。俺としては不本意だが、文句を言っている間に犯人とラケルタは遠くに行ってしまう。
トラブルがあっても、復興杯は続く。次の試合はアノニムだが、やつなら問題なく戦うだろう。
★・・・・
★・・・・
俺とラケルタの試合を邪魔した犯人は、頭からボロ布を被っていて、後ろ姿では男か女かも判断できない。ようやくラケルタに追いつき横に並ぶと、
「何故ついてきた!?」
「炎の魔法を使う相手なんだ、戦いになるかもしれねえ。一人より二人だ!」
しかも、ラケルタは丸腰だ。ラケルタはしばらく黙ったあと、
「分かった、二人で捕まえよう。素性と動機を聞き出す!」
俺は頷いた。
前方を駆ける犯人は、闘技場の廊下を突っ走り、観客席へと躍り出た。屋台の並ぶ立ち見席の隙間を走り抜けていく。
俺は屋台の店先にあったジュースの瓶を掴んだ。
「金は払う!」
店主に言って、店主が目を白黒させている前で俺は瓶を振りかぶった。こう見えて、投擲にはちょっとした自信がある。
俺がぶん投げた瓶は吸い込まれるように犯人の頭に向かっていき、そして、ぶつかった。
「ぐえ!」
犯人が頭を抱えて蹲る。俺が瓶を投げている間にもラケルタが追い続けていて、立ち止まった犯人をようやく捕まえた。
瓶は地面に転がったが、幸い割れはしなかったようだ。犯人の頭への衝撃も、記憶がぶっ飛ぶほどじゃなかっただろう。これでゆっくり話が聞ける。
俺は瓶を拾い上げ、ジュース屋台に金を支払ってから、犯人とラケルタと一緒に参加者の待機室へと向かった。犯人はもう抵抗はしなかったが、こんなところで詰問したら周りの観客が不快に思うだろう。
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