ベルベルント復興祭 10
親父さんが休憩から戻ってきて焼きそば係を交代し、祭りを見終えて店番しにきた娘さんにあいさつする。
「タンジェさんもらけるさんも店番ありがとうございます」
娘さんが頭を下げるのに、らけるは、
「いいんだよ! おかげでニッポンの人にも会えたんだし」
娘さんは不思議そうな顔をしていたが、らけるがあとで詳しく話すと言うとすぐに話題を変えた。
「復興杯、無事に終わったそうですよ」
「そうなんだ! アノニムどうだったの? 優勝した?」
「アノニムは三位だったみたい」
三位。入賞じゃねえか、やっぱあいつ強いな……。
しかし、それでも三位か。世の中には強いヤツがいるもんだ。
「上に二人もアノニムより強い人がいるのかぁ」
らけるも感心したように頷いている。
「でも三位でも500G分の商品券がもらえるし、あとでアノニムを褒めてあげなくっちゃ」
娘さんはご機嫌だ。
「優勝したのは誰だったんだ」
「『午前三時の娯楽亭』の人みたい。ジークさん……っていってたと思います」
リカルドが言っていたズィークのことで間違いないだろう。やつの予想通り優勝したか。
「じゃあ二位は?」
今度はらけるが尋ねる。娘さんは少し思い出すような仕草をしてから、
「確か『Cafe&Bar グリモ』の……」
「それ、冒険者宿なのか?」
「そうですよ。冒険者宿はウチみたいに食堂を兼ねてるところも多いですし……グリモさんは昼はカフェ、夜はバーになるんです」
「はっ。洒落たもんだな」
言いつつ続きを促す。
「そこのグラナートって人だったみたいですよ。準優勝」
「よく覚えてるね、娘さん」
「商売柄、そういうの覚えるの得意なんですよ」
えっへん、と胸を張る娘さん。日頃から客の名前と顔がよく一致するもんだなと思って眺めていたが、なかなかどうして、大したもんだと思う。
「それにしてもこのベルベルントで三番目に強いのがアノニムってことだし、仲間として誇らしいな〜!」
アノニムのほうがらけるを仲間と認識しているかは微妙だが、実際のところアノニムの活躍で宿の知名度や評判も上がっただろう。今後いい依頼が舞い込むかもしれない。ただ、
「はっ、黒曜みてえな参加してねえ強者がいることを忘れんなよ」
アノニムがベルベルントで三番目に強い、かどうかは、はっきりとは言えないはずだ。
「そうかもしれないけど、でも観戦してた人たちにとってはアノニムが三番目じゃん?」
「……」
それは、正論だ。確かにそうだな、と俺は頷いた。無闇に噛みついたって仕方ない、少なくとも客観的に見てアノニムはこの街で三番目に強い。俺はそいつに二回戦で負けた。これが事実だ。
「あ、そろそろ夜会に行かないと!」
らけるが時計塔を見上げて言うのに、俺も一緒になって時計塔を見上げた。13時前だ。ちょうど黒曜との約束の時間なので、らけると一緒に俺も星数えの夜会に向かうことにした。横並びで歩きながら、
「夜会に戻って何すんだ?」
尋ねる。
「へへ……翠玉さんと合流! 実は、午後は翠玉さんと祭り見るんだぁ!」
なるほど。そいつはよかったな、とだけ言っておいた。祭りは午前中に見終えただろうにわざわざ二週目とは、翠玉も人がいい。
「まあ、緑玉とサナギも一緒なんだけどね」
「いや何でだよ」
らけるは遠い目をした。
「タンジェは知らないのかぁ……緑玉がめちゃくちゃ俺を警戒してること……」
「警戒?」
人間嫌いの緑玉だ、おまけにらけるはこの性格だし、そもそも気は合わないことは想像が付くが……。
「緑玉さ、翠玉さんのことめっちゃ大事にしてるんだよ。守ってるんだ」
「……てめぇのような悪い虫から、ってことか」
「俺はいい虫だよ!」
虫も否定しとけ。
「とにかくさ、俺と翠玉さんが二人きりで出かけるのは気に入らないみたい」
「それであの緑玉が人混みに出かけるってんなら、相当だな。で、なんでサナギまで?」
「緑玉と仲良いからじゃん?」
……緑玉とサナギが特別仲良し、というのを俺自身が実感したことはないのだが、別に否定する材料もなく、最近ではそういうものとして受け止めつつある。
「でもさ、警戒されてるってことは、脈ありってことだよね!?」
「そうはならねえだろ」
「でも警戒するに足らないって――要するにワンチャンもないって思われてたらさ、わざわざ緑玉は来なくない?」
ポジティブ野郎め。
「緑玉がてめぇを脅威に思ってるかは知らねえが……まあ、せいぜい楽しんでくるこったな」
「うん! そういえばタンジェも先約があったんだっけ」
らけるは俺の顔を覗き込んだ。
「誰とお祭り行くの?」
「……」
黒曜と俺の関係について、少なくとも俺は他言してはいない。黒曜だって言いふらすタイプじゃないだろう。でも何となく察しているやつはいて、サナギあたりはもう確信しているんだろうなと思う。隠したいというわけじゃなく、そういうのを言いふらすのは軽薄だと俺は思っている。
らけるにも相手が黒曜であることは言わないつもりだった。しかし考えてみれば、祭りを回っている最中にばったり会ったときのほうが言い訳はしづらい。
「……黒曜とだ」
「へー、黒曜こういうの参加するんだぁ」
俺が想像したよりはるかにあっけらかんとらけるは言った。俺と黒曜が二人で祭りを回ることに対しては特に疑問はないらしい。だったらこっちも堂々としていればいいか。やれやれ。
らけるとくだらない話をしながら大通りを離れ、星数えの夜会へ。さすがにこの辺りまでくると祭りの喧噪は遠く、いつもより人の出入りも少なく静かだ。
夜会の中には留守番している所属冒険者が何人か食堂でのんびりしていた。らけるは俺に「じゃあね!」とあいさつしてから翠玉たちのほうへ小走りで近付いてった。食堂を見渡せば、さすがに暑いのか日当たりを避けたテーブル席に黒曜がいる。何をしているかと言えば、いつも通り特に何もしていない。
「よう」
声をかけると、閉じていた目を開いた黒曜が俺を見上げた。
「おかえり。残念だったな」
「あ?」
「二回戦」
「見てやがったのか!?」
思わず尋ねると、
「いや。休憩に来た親父さんと少し話をした」
「……」
まあ、復興杯の結果などいずれ分かることだ。あの無様なまでの敗けっぷりを直接見られなかっただけでもヨシとしよう。それに、気を遣われて話題を避けられるよりはこうして先に言われたほうがマシってもんだ。
「武器は折らなかったか?」
黒曜が俺を覗き込む。たぶんだが……俺をからかっているような、冗談に近い言い方だった。そういう素振りを黒曜が見せるのは珍しい。
「折りはしなかったが、まんまと武装解除させられた。次の特訓は武器を取り落とさない方法だな」
肩を竦めて応じると、黒曜は目を細めた。
「課題が見つかるのはいいことだ。お前との戦闘訓練は楽しい」
「……おう」
ストレートに好意をぶつけられて若干たじろいでしまった。黒曜がしばらく俺の様子を眺めるので、俺は平静を保って――いるように見せかけるのに精一杯だった。黒曜はやがてテーブル席を立ち上がった。
「では、行くか」
「そ、そうだな!」
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