ベルベルント復興祭 11
大通りに出れば、また喧騒が蘇ってくる。初めて屋台の出ている通りを見たらしい黒曜は、一見いつも通りだったが、耳が僅かに、だが確かに忙しなく動いていて、とうとう若干イカ耳になった。
「はは」
耳の様子を眺めていてつい笑いが漏れる。黒曜は少し驚いた様子で俺の顔を見た。しまった、五感が敏感な黒曜にとっては、俺よりはるかにこの喧騒は不快かもしれないのに、耳の様子が微笑ましくて思わず……。
だが黒曜も、俺の顔を見て「ふふ」とほんの少し笑った。びっくりした。思いがけず笑い合う形になり、照れやら何やら、俺は顔を隠したい気持ちを抑えて、
「じゃ、じゃあ。どこから回る?」
「まずは何か食べないか」
「おう、そうだな。確かに腹減った」
黒曜の提案は魅力的で、俺はすぐさまそれに乗った。朝に軽く食べて以降、何も食っていない。
「何が食いたい?」
たぶん黒曜は俺に任せると言うだろうな、という想像が何故かついた。だが一応聞いてみる。
「お前に合わせる」
予想通りの返答だった。俺も黒曜のことが少し分かってきた気がする。
「と言ってもな。何の出店が出てるのか俺もよく知らねえし……とにかく端から行ってみっか」
俺と黒曜はとりあえず出店の出ている大通りを端から歩いて行くことにした。すぐに立ち止まる。肉の串焼き屋台から食欲をそそるいい匂いがしてくる。
「……」
「買うか」
立ち止まった俺を見て、黒曜がすぐさま財布を取り出す。
「そうだな、串焼き一本くらいならまだ……他にもいろいろ食えるし」
俺も財布を取り出そうとしたが、黒曜に手で制止される。見る間に黒曜がよく焼けた牛肉の串焼きを購入した。一本を俺に差し出す。奢られた形になる。
「いいのか? ありがとよ。次は俺に出させてくれ」
黒曜は頷かない。こいつ、祭りの飲食全部奢る気か!?
「おい! 次は俺が出すからな!」
黒曜はそっぽを向いて牛串を齧っている。頑固め! 隙を見てなんとか奢り返してやりたいところだ。
かぶりついた牛串は香辛料で味付けされているらしく香ばしく美味い。
「ん……! 美味いなこれ」
黒曜も頷いている。
歩きながらあっという間に平らげてしまった。そこそこ大きな串焼きだったが、まだまだ腹は減っている。俺は普通よりは食うほうだと思っているし、黒曜はそれに輪をかけてよく食べる。というより、俺のパーティメンバーはサナギがやや小食くらいで、あとはかなり大食漢だ。
「よし、肉食ったし、次は魚か……野菜もあるといいな」
黒曜のイカ耳が若干垂れた。肉食なのだ、こいつは。
「はは、肉もまだまだあんだろ。なんでも食えばいいんだよ……おい、あれなんだろうな?」
俺が指差したのは、円柱状の籠のようなものが積み重なった屋台だった。
「せいろだな」
黒曜がすらりと答えるので、俺は少なからず驚く。
「セイロ?」
「蒸し器だ。俺の故郷のものだ」
なるほど、どおりで見覚えのないものだと思った。
「蒸し器か。何作ってんだろうな?」
暑い中せいろとやらの面倒をみるのは大変だろう。だが、蒸し終えたそばから表に出されるパンのようなものが気になる。
「饅頭……のように見えるが」
「マントウ?」
「簡単に言えば蒸しパンだな。中に具が入っているなら、包子」
「なるほど、そのパオズってものだとしたら、中身は何なんだ?」
「肉だったり野菜だったり多様だ。小豆で作った甘いあんのこともある」
「へぇ、面白えな。買おうぜ。お前の故郷の料理、食ってみてえし」
黒曜のイカ耳だったり垂れたりしていた耳が軽く前のめりになった。
屋台のおばちゃんに声をかける。
「なあ、こいつの中身は何なんだ?」
「いらっしゃい! 中身かい? 豚肉やタケノコなんかを混ぜて作った肉あんと、こっちは小豆を煮込んだ甘い餡子だよ!」
なるほど、しょっぱい系と甘い系を揃えてるってワケだ。美味そうだな。今はとにかく腹が減ってるし、しょっぱい系の気分だ。
「じゃあ肉あんのほうを……」
言って財布を取り出している間に横から黒曜がスライドしてきて、
「肉あんのほうを二つくれ」
「はいよっ!」
財布から二つ分の金を取り出し、素早く支払ってしまった。おい! また奢られたぞ!
「おい黒よ……もぐ」
問い詰めようとしたら口に包子を突っ込まれた。
もぐむぐ言いながら包子を食むと、生地はほんのり甘く、具に達するとホカホカの肉あんが甘じょっぱくて、タケノコの食感もいい。美味い!
「んま」
口に包子が入ったまま美味いことを伝えようとしたら情けない声が出た。横で包子を静かに食べていた黒曜と目が合う。黒曜の顔がほころぶ。めちゃくちゃ恥ずかしくなり、包子の入った口を押さえて黒曜の肩に平手を入れた。
とにかく、なんとか俺も黒曜のために金を出したい……! 少なくともこの調子で奢られ続けるのは納得いかない。
大通りはまだまだ先がある。歩き進めば、飲食の屋台に紛れて、ちょっとした遊戯が楽しめるらしい屋台も目に付いた。
例えば、簡易な水槽を泳ぐ小魚を掬うゲームだったり、おもちゃの銃で景品に弾を当てるゲームだったり。どれもなかなか趣向が凝らされていて面白そうだが、興じているのが子供ばかりなので参加するのは憚られた。
その中に比較的客の年齢層が高い屋台があって、覗いてみるとクジ引きらしかった。ハズレなし、1回7Gか。
「やりたいのか」
黒曜が財布を取り出してスタンバっている。そうはさせるか!
「なあ、二人でやって出た景品交換しねえか?」
「? 二人でやるなら、俺が二人分出すが……?」
「出すが? じゃねえ! 俺が自分で出さなきゃてめぇが俺に景品くれるだけになるだろうが!」
黒曜は釈然としない顔をしていたが、そんな顔をされる筋合いはない。景品交換という方法を取れば、確実に俺が自分で金を出せる。そうじゃなきゃ交換は成り立たねえからな。
しかし申し出ておいて何だが、景品が黒曜に似合わなかったらどうしようか。そもそもこういうクジってのは、何が景品になってるものなんだ?
展示されてる景品の一部のうち、下位賞が菓子の詰め合わせだったので、それなら悪くないか、と判断する。
ようやく自分の財布から金を出すことができた俺は、店主に7Gを渡した。ボックスの中にクジが入っていて、中に手を突っ込んで一枚選ぶって寸法だ。らしくなくなんだかワクワクする。手に当たった一枚を選んでボックスから手を引き抜いた。
クジを見ると75と書かれていて、それを確認した店主がニコニコして小箱を持ってきた。
「兄ちゃん、運がいいねェ! これはいい品だよ!」
7Gのクジでいい品、と言われてもな。モノによっては菓子の詰め合わせのほうがよかったんじゃねえか……と思いながら小箱を開けると、中には懐中時計が入っていた。洒落たデザインだが華美ではない。おい、マジでいいものじゃねえか!
「本当にこれが7G?」
「型落ち品なんだよ。ここだけの話、普通の市民は時計塔があるから懐中時計なんて持ち歩かんでしょ? かといって上級市民は型落ち品なんか好んで買わん。要は売れ残りでさァ……」
「あー……」
納得してしまった。
「それでも7Gで手に入るもんじゃないよ! 言ったろ、いい品だって」
「そうだな、こいつはいい」
時計は基本的には高級品だ。わざわざ時計を持ち歩く冒険者もあまりいない。このサイズなら旅先にも持っていけるし……。
「ほらよ、黒曜」
何より、少し古めかしい懐中時計は黒曜によく似合った。黒曜は俺の顔と懐中時計を交互に眺めていたが、
「いいのか」
「おう」
少し躊躇った様子を見せたあと、大事そうに丁寧に受け取った。それから、
「俺も1回」
黒曜も財布から7Gを取り出して店主に渡した。景品交換に応じてくれるということだろう。引っ張り出したクジの番号は80。店主はそれを見て、また箱を持ってきた。さほど大きくはないが、懐中時計より大きそうだ。
「80番はこいつだ」
俺たちは二人で店主の手元を覗き込んだ。
開けられた箱の中には、どうやらガラス製らしい、黒猫があしらわれたプレートのようなものが入っていた。そこにぶら下がるようにして、多面体にカットされたガラス玉がいくつか繋がっている。プレートは上のほうに細かなチェーンが結ばれていて、どこかに引っ掛けて使うものなのだろうと分かった。ドアプレートだろうか?
「これは……サンキャッチャーか」
黒曜が呟いた。
「サンキャッチャー?」
今日は黒曜に聞いてばかりだな。
黒曜は頷き、プレートのチェーンを持ち上げて日に翳して見せた。太陽光を浴びたプレートやプレートにぶら下がったいくつかのガラス玉がきらきら光って地面に虹色を落としている。
「へぇ、綺麗なもんだな」
素直な言葉が出た。
「窓辺に飾って、窓から入る太陽の光に当てるものだ。風水的にも縁起がいいな」
「フウスイってのは?」
「……」
黒曜は少し考えたあと、
「説明が難しいが……簡単に言えば、吉兆をコントロールするための概念だ。占いの一種だと思ってくれ。俺もそこまで精通しているわけではない」
そういうことなら、事細かに説明されたって俺は理解できないだろう。俺は黒曜の言葉で納得した。黒曜は店主から箱を受け取り、サンキャッチャーを改めて箱に収め、俺に渡した。
「お……あ、そうか」
景品交換だったな。俺はサンキャッチャーを受け取った。帰ったら窓辺に飾ろう。日の昇る朝が楽しくなるな。
「ありがとよ」
礼を言うと、黒曜は目を細めた。
サンキャッチャーの箱を財布とまとめてポーチの中に入れる。頑丈そうだったが、ガラスはガラスだ。大事に扱わねえとな。
プロフィール
カテゴリー
最新記事
(01/01)
(08/23)
(08/23)
(08/23)
(08/23)