カーテンコール 1
タンジェは黒曜と二人、乗合馬車の中にいた。
普段は依頼――特に護衛の――を受けて乗ることがほとんどだが、今回に限ってはそうではない。2人は自身の意志でもって馬車に揺られていた。
馬車の目的地はエスパルタ。ラヒズの謀略で訪れて以来だ。もうあれから半年以上になる。
エスパルタまでの3日間の道のり、街道は快適で、乗合馬車は路線によって混んだりすいたりした。タンジェと黒曜はどちらもおしゃべりなたちではないので、その間あまり会話はなかったが、沈黙は別に気まずくはない。
ただ、中継地点の小さな町プロセコからエスパルタの間で、タンジェは不意にこんなことを思い出していた。
・・・
――オーガどもを殺す。そのためには強くならなくてはならない。
ペケニヨ村がオーガの襲撃に遭い、からくも生き延びたタンジェリン・タンゴは、ペケニヨ村から下山しエスパルタに来たときにはもう復讐を志していた。
戦闘の基礎を学び、妖魔相手の実戦を重ね、戦いを身体に叩きこむのだ。そのためにまず、冒険者になる。
稀にペケニヨ村に来た冒険者たちは、幼いタンジェたち村の子供に冒険譚を聞かせてくれることがあった。その中で何度も妖魔に打ち勝ってきた冒険者はタンジェにとっては強さの象徴で、短絡的なタンジェは「強くなる」ことを、すぐに冒険者と結びつけた。
冒険者になるならば、本気でやる。冒険者大国と聞くベルベルントに行くべきだ。
実はエスパルタにも冒険者宿はあるのだが、タンジェが出会ってきた冒険者はみんなベルベルントから来たという者たちばかりだったので、タンジェはこちらもまた単純に、冒険者はベルベルントにしかいないものだと思い込んでいた。
しかしながら、タンジェが乗合馬車でベルベルントへ向かうことはなかった。
路銀はぎりぎりだったがあったし、乗合馬車側に乗車を拒絶されたということもない。ただ、タイミングが悪かった。
当時のベルベルントは流行り病が猛威を振るい、都市封鎖をしていたのである。
だからそもそも、ベルベルントに向かう乗合馬車が運休していた。
「どうにかならねえのかよ」
と、タンジェは御者に頼み込んだが、タンジェ一人の要求が通って馬車が走るわけもない。もちろん、どうにもならなかった。
前述したとおり路銀はぎりぎりだったので、エスパルタで余計な宿泊をしたくない。とにかくタンジェはすぐにでもベルベルントに行きたかったし、行かなければならなかった。そこで困り顔の親切な御者から提案されたのが、商隊に乗り合わせることであった。
「商隊? 食料だのを運ぶ馬車隊か。それなら出んのか?」
「ベルベルント側で都市封鎖をされているので、今はほぼ出ません。ですが今日はたまたま例外があって……」
聞けば、ベルベルントは流行り病に効くという薬を周辺諸国から買い集めている。エスパルタからもその特効薬を買い付け、今まさに特効薬を積んだ商隊が発つところなのだという。
御者に簡単に礼を告げ、タンジェは急いで商隊のもとへ向かった。ちょうど特効薬を荷馬車に積んでいるところに居合わせることができて、タンジェが口下手ながらにどうしても今すぐにベルベルントに行きたいこと、商隊に乗せてほしいことを告げると、
「まあ、人手は足りてないから欲しいがね。ひとまず荷物、積んでくれるか」
商隊長にそう言われたので、タンジェは俄然はりきって大量の特効薬をあっという間に荷馬車に積んだ。特効薬の注がれたガラスの小瓶がぎっしり詰まった木製クレートは一箱一箱がかなり重かったはずだが、タンジェにとってはまったく大したものではなかった。
感心した商隊長は、
「おう、助かったよ。そんじゃあ連れてってやる」
と、タンジェが乗り合うことを承諾してくれた。
この商隊には、商隊長と2人の商隊員、それからタンジェともう一人、護衛だという黒衣の男がいた。この黒衣の男は獣人で、タンジェをごく無感情な瞳で一瞥しただけで、まったくこちらに関心を向けた様子はなかった。
タンジェはこの男の第一印象をあまり覚えていない。今からしてみれば、少し勿体ないことをしたと思う――これがタンジェと黒曜のファーストコンタクトだった。
ベルベルントに向けて出発した商隊。最短距離で行くから、宿場町には寄らない。途中で野営をする必要があるが、2日でベルベルントに行けるという。野営をするという都合上、護衛を雇っているとのことだった。
このとき黒曜と何か会話を交わしたか、というのは、第一印象を覚えていないタンジェでも思い出せる。"ない"。タンジェと黒曜はまったく言葉を交わさず、荷馬車の積み荷の間に乗り合い、ただただ無言で馬車に揺られていた。
もしこのまま荷馬車が何の滞りもなくベルベルントに着いたなら、商隊はベルベルントで解散して2人も二度と会うことはなかっただろう――だが、そうはならなかった。
2日目の朝、野営を片付けさあ出発、というところで一同はゴブリンの群れに襲われた。
数は多かったが、黒曜にとって大した相手ではない。だが当時のタンジェにとっては――オーガを除けば――初めての妖魔との相対だった。
もちろん恐怖はない。タンジェは肝は据わっている。ただ手持ちの武器といえば戦斧ではなく手斧で――ド素人のタンジェは、本気でこの手斧が武器になると思っていた――それをぶん回して、向かってくるゴブリンを遠ざけるくらいが精いっぱいだった。
それでも何とか、黒曜がゴブリンの首を次々はねる間、商隊員たちを守ってやっていたつもりだ。黒曜の青龍刀がはねたゴブリンの腕が、持っていた棍棒ごと勢いよく飛んできて、危うく積み荷に当たりかけたときも、タンジェは手斧で何とかそれを払った。
商隊員たちや積み荷を守ることは、タンジェにとってそれほど深い意図があってのことではない。彼らが害されればベルベルント行きが滞る。何より反射と咄嗟が先行し、タンジェは必死だった。
けれどもその最中、タンジェの目に、黒曜の見事な体捌きと、流れるような鮮やかな剣技が焼き付く。
生まれて初めて見る、「戦闘」だった。
・・・