カンテラテンカ

カーテンコール 5

 妖魔は火を使わないものだ。日が高くてよかった。鬱蒼とした森は陽の光を遮り、暗い影をタンジェの手元に落としてはいたが、それでも視界は悪くない。広場で丸太が横にされただけの簡易的なベンチに腰掛けたタンジェは、叔父が穴倉の奥から戻ってくるのを待っていた。黒曜はあくまで警戒しているらしく、タンジェの一歩後ろで直立している。
「待たせたな」
 と、叔父が戻ってきた。
 先ほどの3体のオーガは、こちらもまた黒曜と同様に、囲むように叔父の背後に立っていて、彼を守ろうとしているようだった。叔父はこの群れの中でもそれなりに高い地位で、慕われているらしいことも伝わってきた。
「改めて自己紹介しよう。私はお前の……叔父にあたる。名前は……、人間の発音で一番近いのは、バレンだろうか」
「バレン……」
 そう聞き取れた。復唱すると、バレンは頷いた。
「お前の産みの両親はすでに死んでいて、私が最後の血縁だ。そもそもの話、オーガが親類というのが、お前にとっては耳を覆いたくなるような話だろうが……」
「……」
 タンジェはさりとて、傷ついてもいなかった。
「まあ、それはいいぜ。それで……話なんだが……」
「ああ」
「向き合う覚悟ができたっつうのか。以前会ったときも多少の話は聞いたが……何か、聞き漏らしてんじゃねえかって思ったんだ。それで……」
 バレンは頷いた。
「正直、どうするべきか悩んでいた。来てくれてよかった」
「あ?」
「もう二度と、こんな機会はないだろうと諦めていたが……」
 と、バレンはタンジェに、一冊の本を差し出した。
 いや、本ではない。ところどころ焼け焦げ、ボロボロになっていて分かりづらいが、それは日記だった。
「日記……?」
「私は族長筋でね。お前のことがあって、少しだけだが、人間の共通語というものが読めるように学ばされた。書けもしないし話せもしないのだが……、だが、だからここから、私はすべての真実を知った」
「誰の……日記なんだ」
 動揺を悟られないように意図したわけではないのだが、タンジェの胆力はこんなときでもタンジェの声を震えさせはしなかった。
「お前を引き取った夫婦の、女のほうだ。お前の人間としての……育ての母だ」
「……」
 バレンの言葉に、タンジェは日記に視線を落とす。
「おふくろの……」
 タンジェの手の中で今にも朽ちそうな日記は、沈黙を保っている。
 先の発言からするに、バレンはこれを読んだ。そして、タンジェも読むことを望んでいる。
 タンジェは周囲に見守られながら、静かに日記を開いた。

 日記は分厚く、最初の頃は些細な日常だ。タンジェのことも所々に記載がある。どうやらペケニヨ村が襲われ壊滅したあの日の数か月前から綴られている。タンジェの手が、あるページで止まった。
『村の近辺で妖魔の姿を見た、という村人が現れた。緑色の肌で大きな身体をしていたそう。ゴブリンだと思いたかったけど、もしかしたらオーガかもしれない。赤子を抱えているオーガを見かけたのはもう16年前になる。そのオーガは地面に優しく赤子を置いて、その場を立ち去った。あれ以来、オーガなんて見かけていなかったけど……。今回目撃されたのは、あのときのオーガだろうか? だとすれば、もしかして成長したタンジェを探しに来た?』
『オーレンと相談したけど、オーガに手紙を書いてみることにした。あのときのオーガの優しい手つきを考えると、悪者とは思えない。もしかしたら共存ができるかも。オーガって文字は読めるのかな? 分からないけど、書いてみる。これは下書き』
『プロポント山中に住むオーガの皆さんへ。
私どもはペケニヨ村に住む夫婦、オーレン・タンゴとアマンダ・タンゴです。
あなたがたオーガのおひとりが森に安置した赤子を拾って育てた者です。
あなたがたは、この赤子が成長したのち、この子を取り戻しにいらっしゃるのでしょうか? 不安で夜も眠れません。
この子にはタンジェリンと名を付けました。村の気風に合わずちょっと気の短い子ですが、本当にかわいい子です。真面目で、誠実で、うそをつかない優しい子です。私どもの大切な子です。
もし取り戻したいとお思いなら、お話の機会をいただけませんでしょうか。
あるいはオーガの皆さん方と、共存とまではいかなくても、これまで通り互いに互いを傷つけることなく過ごしていけたらと思います。
私どもはみな、プロポント山の恵みに生かされる同士ではでありませんか。
オーガの皆さんの中にこの文字が読める方がいたらよいのですが』
『どうなのだろう? オーレンはなかなかいいと言ってくれたけど。でも、文字を読めるオーガがいなかったらあんまり意味はないかも……。それでも気持ちは通じるだろうか?』
『オーガの場所も知らないし、オーガの群れに行く勇気は、さすがにない。たまたま訪れた冒険者に、手紙を託すことにする』
 日記を持つタンジェの手が震えていた。
 オーガへの手紙? 親父とおふくろが?

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