カンテラテンカ

モントランの蒐集家 2

 さて、午後の中でも、遅めの時間に出た馬車に乗ってきたので、じきに日も落ちるだろうという時間帯だ。今日はもうこれ以降、モントランから出る馬車はない。黒曜一行は宿をとる必要に迫られた。
 ミスティは黒曜たちの馬車代と護衛の報酬金を出していて、「宿代もお出ししたいのですが……今は手持ちが」と申し訳なさそうな顔をした。
「まあ、せっかくの初来訪だし、観光させてもらおうかな。そのほうが自分たちで宿代を出す甲斐があるからね」
 とサナギは笑っていたが、ミスティは、
「いえ。よければ、旦那様の――領主様のお屋敷に来ませんか? 客室をお貸しくださるかもしれません」
 ありがたい提案である。だがサナギはぱちぱちと何度か瞬きをしてから、
「メイドを送り届けたとはいえ、こちらは一介の冒険者だよ? 領主殿に直接、寄与したわけでもない」
「ですが、あなたがたがいたおかげで、安心してお使いの品を届けることができますわ」
「そのお使いの品、いったい何なんだ? 高価なものなのかい?」
 パーシィが尋ねた。領主のプライベートな使いならわざわざ把握しておくようなことでもないし、タンジェにとっては大して興味もないことだったが、本来なら最初に聞いておくべきだったのかもしれない――もっとも、"本当に必要"だと判断したら、タンジェがどうこう言わなくてもサナギが聞くだろう。サナギにとってもそれほど重要な情報ではなかったのだろう、とは思ったが、
「ああ、これは……スパイスです。料理に使う……」
「スパイス?」
「旦那様はこれを使った料理が大層お好きなのですが、このあたりでは流通が悪くて。相当な高値で売れる物品ですから、そうと知れれば野盗にも狙われます」
「そんなに珍しいものなのか?」
「ベルベルントでも、多少、値の張るものだよ」
 とサナギが言った。ミスティのお使いがスパイスであったことに、さほど驚いている様子はない。「てめぇ、知ってたのか?」とタンジェが尋ねれば、サナギは黒曜のほうを指し示した。ああ――スパイスということは、それなりの香りがする。黒曜の鋭敏な嗅覚が察知し、あらかじめサナギと情報を共有していたのだろう。サナギは続けた。
「このあたりだとざっと5倍の値段になるだろうけれどね」
「な、なるほど……」
 示された金額はパーシィも難しい顔になるようなちょっとした高値である。金銭感覚がいまいちズレているパーシィですらそうなのだから、タンジェにとっては顔が引きつるくらいの金額だ。たかが料理のスパイス一つがこの値段で取引されること、何よりこの金額を出してまでスパイスを欲しがる人間がいることは信じがたい事実だった。だが、モントラン近辺の取引額で買うよりベルベルントまで行ってそちらの金額で買ったほうが、確かに交通費、護衛の報酬込みでも安く済む。めまいがするようだ。
「領主様は皆様のご活躍をお認めになり、歓迎なさると思います。ぜひいらしてください」
 この金額を見せられたからには、自分たちの護衛も真っ当な仕事であったと思われる。黒曜が「そうしよう」と呟いたので、一行はひとまず、ミスティの言葉に甘え、町のいっとう目立つ高台にある領主の館に赴くことにした。

 領主の館の周囲は町の中心地より高い位置にあるからか、とりわけ寒い。山から下りる風は暗くなるにつれいっそう冷え込む。立派な髭をたくわえた壮年の領主は、ミスティと黒曜一行を見回し、それでもう事情を察したらしい、にっこり微笑むとすぐに一同を客間に通した。
 客間は立派な暖炉にもう火が入っていて、外の寒さと対比し暖かさがより引き立つようだ。寒がりが多いので、みんなこぞって暖炉の近くのソファに座ろうとしたのが可笑しく、タンジェは思わず口端を歪めてしまった。タンジェは暖炉から一番遠い席に率先して座り、暖炉争奪戦から離れた。タンジェの頑強な肉体は、多少の寒さではびくともしない。さすがに外は寒かったが、万が一、町中で戦闘があってもいつも通り動けるだろう。
 領主はミスティを労い、お使いで買ってきたというスパイスを確認して喜び、彼女に少し休むよう言った。別のメイドが湯気の立つ温かいお茶を淹れてきて、一同に配った。甘い香りがする。さっそく口をつけると、香りに違わず甘いお茶だった。上品な甘さではあるのだが、タンジェには少し甘すぎる。残すのも悪いので一応飲み干しはしたが、空になったカップに追加で注ごうとするメイドの気遣いは遠慮した。
「このあたりの伝統的なお茶なのですが、お口に合いませんでしたかな」
 はいそうですとは言えず、タンジェはただ苦い顔をした。サナギが、
「すみません、彼は甘味を好まないのです。これは……メープルですか? 美味しいです」
 と、実に軽やかなフォローをしてくれる。
「彼が例外で、甘党が多いので。お土産に買っていこうかな」
「そうですか! 町のね、大通りにある『テイクファイブ』という店が、紅茶の専門店ですが、あそこのは実にいい。ぜひ帰りに」
 領主が身を乗り出して言うので、サナギは「『テイクファイブ』ですね。もちろん、ぜひ」と微笑んだ。
 結果的に領主は逆に上機嫌になり、タンジェはサナギに借りができた形になる。ジトリとサナギを睨むと、サナギはウインクし返してくる始末である。
「それで、ですね……。皆さん、冒険者でいらっしゃる?」
 突然、領主が声のトーンを少しだけ落として、そう尋ねた。サナギは領主に視線を戻し、不思議そうに首を傾げた。
「ええ。ミスティさんの護衛を引き受けました」
「そのぉ、モントランにはそういう生業の者がおらんので理解は浅いのですが、冒険者というのは、謝礼を払えば頼みを聞いてくれる、何でも屋という認識で間違いない?」
「うーん、パーティによって、受ける依頼の方針は違います。どんな依頼も頼むがままとはいきません」
 サナギでなくとも、タンジェですら、明らかに領主が黒曜一行に何か"言いづらい依頼"をしたいのだ、ということが分かった。内心ではさっさと言えよと思いつつ、さすがにこちらも言葉には出せない。こういうときにタンジェよりよほど不躾なのはパーシィで、案の定、
「何か言いづらい依頼でも?」
 と、そのまま聞くので、領主が何度か汗を拭いた。
「いやぁ、はは。それがまあ……そうです」
 ストレートに尋ねられれば、まあ、そう答えるしかないだろう。領主は、
「特にあなた……パーシィさんといったね」
 客間に案内されながら、自己紹介は済ませていた。名指しされたパーシィは紅茶とともに供されていたクッキーを食べ続けていたが、きょとんとしてようやく手を止め、
「俺が何か?」
「その……私の娘と、結婚式を挙げる気はありませんか?」
 パーシィは領主に向かって、「はあ?」と、大きな声で不遜な疑問符を上げた。

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