モントランの蒐集家 3
「もちろん、本当の結婚式ではない。いわゆる『偽装結婚』です」
領主は何とも苦渋の表情で、
「娘はひと月前に夫を亡くしましてね。それで、新たな夫を迎え入れることになった」
「それはあなたのお嬢さんが選んだのか? ずいぶん切り替えが早いな」
普通は思っても親の前で口には出さない。だが止める前にすらすらとパーシィの口から出た言葉だ。出た以上はもうどうしようもない。
「そうですね。町人の中にもそういう者はいる。ただ、娘が求めるなら与えてやりたい親心も分かってほしい」
「親であったことがないからな……」
と、身も蓋もないことを言いつつ、パーシィは続きを促した。
「うむ。それで……その。恥ずかしい話なのですが、結婚式が明日に迫っているというのに、その新たな夫が……行方をくらましてしまって」
「ええ!?」
サナギが軽く仰け反った。
「それは大変なことですね。事件性はあるのですか?」
「う、うむ……いや。分からない。性急すぎる話ではあるので、逃げられたのかもしれん」
確かに、旦那を亡くした娘がひと月で別の男を見初め、即結婚、というのは、なんとも忙しい話だ。拒絶されるのも無理はないかもしれない。
「だが、いなくなってしまったものは仕方ない。そちらを追う気はないのですが……、結婚式の準備がしっかり終わっているので、どうしても結婚式だけは挙げたいのです。町人にももう報せは届けているし、これで新郎に逃げられたと知られたら……」
「赤っ恥だなあ」
パーシィの発言は、逆上されてもおかしくない言葉選びだったと思うが、領主は素直に「……そういうことになります」と肩を落としただけだった。
「お願いします。結婚式の間だけ、新郎のふりをしてくれればいいのです。幸い、きみは新郎になるはずだった青年に体格が近い。用意したタキシードも着れそうだ」
「しかし、その青年も町人の一人だったのでは? 顔は誤魔化しが効かないぞ」
「いえ。娘が見初めた男性は旅人だったので、彼の素性はさほど知られていません。おそらく大丈夫でしょう」
「なるほど……」
と、サナギは言った。
「ミスティは、偽装新郎を探してベルベルントに来たのですね?」
領主の顔がピクリと引きつり、わずかに青くなったり赤くなったりを繰り返し、やがて観念したように大きく息を吐いた。
「その通りです。スパイスのお使いも嘘ではないのですが、本命はその――偽装新郎を探してくることでした」
それなら、ミスティの護衛の依頼にいまいち必然性がなかったことに納得がいく。彼女は最初から、自身を助けたパーシィに偽装新郎としてあたりをつけていた。パーシィたちを強引にモントランに連れ込み、領主と引き合わせることが目的だったのだ。
「近隣の住人だと、偽装結婚のあとが面倒だからね。比較的遠く、根無し草の多いベルベルントまで探しに来たというわけですね」
「はい……」
「どうする? パーシィ」
「俺かい!?」
と、またクッキーを食んでいたパーシィがサナギを振り返る。
「当たり前だろ、てめぇに言われてんだからよ。クッキー食ってんじゃねえ」
タンジェが呆れると、パーシィは、
「アルフのことを考えると、因果なことだなあ……」
ぼそりと呟いた。パーシエルのふりをして結婚詐欺を繰り返し、その名を地に堕とそうとしたアルフ……。確かにパーシィの言うとおりかもしれないが、
「依頼されてやることだし、そこまで深刻に考えることではないと思うけれどね」
サナギは気軽な調子で言った。
「もし引き受けてくれるのなら、報酬金に糸目はつけないつもりです。お願いできませんでしょうか?」
領主がそう言い、頭を下げるのに、パーシィはしばらく考えていたけれども、黒曜を始めほかに返事をする者がいないと分かると、
「それでは、結婚式の間だけ……」
快諾という様子ではないものの、最終的には引き受けた。
「ありがとうございます! もちろん今晩はこの屋敷に泊まっていってください。ディナーもご用意します」
「それを先に言ってくれ!」
パーシィは途端に満面の笑顔になり、
「結婚式でも食事が出るだろうか? 楽しみだなぁ!」
たちまち明日の結婚式に、もといそこで出される食事に思いを馳せる始末である。
★・・・・
「なんで引き受けた」
と、アノニムが言う。領主に貸し与えられた客間はツインが3つで、一同は2人1部屋に分かれて部屋を使わせてもらうことにした。
その中でパーシィと同室になったのは当然というかやはりというかアノニムで、そのアノニムは食事のあとに湯を浴びたら早々にベッドに横になったものの、まだ寝る気配はない。アノニムの問いにきょとんとしたあと、パーシィは、
「なんでって、依頼だからな……もちろん、断ることもできたが……」
冒険者らしいことを言った。
アノニムは不機嫌な様子でごろりと寝返りを打ち、向こう側に身体を向けてしまった。それでも聞こえてくることには、
「ケッコンなんざ、ろくなもんじゃねえ」
「そういうものか?」
「あいつが泣かされて帰ってきた」
パーシィは少し考え、星数えの夜会の娘さんに思い至った。アノニムの義姉ともいえる彼女は、実は過去に結婚していた。ただ、選んだ男が悪かったらしい。間もなく浮気をされ、泣きながら夜会に戻ってきた。親父さんともども怒り心頭のアノニムが旦那をぶちのめし、娘さんはきっぱり離婚した……と聞いている。
アノニムにとって結婚にいい思い出がないことは分かる。ただ、そんなに不機嫌になるほどのことだろうか? アノニムはこう見えて、かなり感情の起伏が希薄なほうだ。他者に興味がなく、ほとんど心を砕くことがないためである。今回のこともてっきり"無関心"一本だと思っていたので、パーシィは内心ちょっとだけ驚いた。
「でもいい食事が出ると思うよ。たぶん、結婚式ってそういうものだと思うし……」
言っているパーシィもそこまで人間同士の結婚について知識があるわけでもないのだが、先日、宿場町ソレルの食堂で出された結婚式前夜の食事が思い出される。前夜であれなのだから、当日はたぶんもっとすごい。まあ地域差はあるかもしれないが。
だがアノニムは、「ふん」と鼻を鳴らして、
「もういい、寝る」
と、取り付く島もなかった。パーシィは首を傾げながらも、
「ああ、おやすみ」
就寝のあいさつをした。寝るには少し早い時間だが、明日は早い。自分ももう寝たほうがいいかもしれない。