モントランの蒐集家 4
翌朝、タンジェはいつも通り早い時間に目覚めた。同室の黒曜も、朝弱いわけではないのだが、いくらなんでも寒すぎる。元より寒さに弱い黒曜のこと、布団に全身くるまって丸くなっており、その様子が猫のようなのでタンジェは微笑ましく思った。
こんな時間に無理に起こすことはない。そもそも、起きてはいるかもしれない。布団から出られないだけで。
タンジェは階下に降り、もう活動を始めているメイドに洗面所を使う許可を取り、手早く身支度を整えた。
それにしても、寒い。洗面所の手押しポンプからくみ上げた水は凍っていないのがおかしいほどで、北にある町の極寒が身に染みる。まだ10月だというのに……。
日課のランニングがてら町を見て回ろうかとも考えたが、結婚式前に汗だくになるのもどうかと思ったので、やめた。一応、新郎役のパーシィ以外に、タンジェたちも参列者として同行を求められている。
ただ、早く起きすぎて暇なので、タンジェは屋敷の中を、常識の範囲でふらふらすることにした。
厨房で慌ただしく働くメイドたち。すでに暖炉に火の入った客間。さすがに領主たちの私室側は入るのは憚られたので、そこを避けると意外と行ける場所は少なかった。タンジェのうろつける範囲の限界はせいぜい中庭までだ。その中庭の小さな噴水のふちに、女が一人腰かけていることに、タンジェは気が付いた。
白肌に長い金髪の女だ。昨日は見かけなかったし、服装からメイドでないことも分かった。件の領主の娘らしい。
結婚式前夜、見初めた男に逃げられた娘・フロイナを気遣った領主から、彼女との対面が許されたのは新郎役のパーシィだけだった。パーシィは夕食後のごく短い時間、フロイナと対面し、ごく普通に戻ってきて、それからも別に変わった様子もなく過ごしていた。
偽装結婚する相手への感想は聞けたが、これにも別に興味はなかったので聞かなかった。どうせ今回限りの縁だ。本当に結婚するわけでもなし。パーシィも特に思い入れた様子もなかったし、そもそも聞くまでもないだろう。
ふと、フロイナが視線に気づいたのか、彼女の青い目がタンジェのほうを向いた。フロイナはしばらくタンジェを上から下まで見ると、
「中の中というところね」
と、唐突に言った。意味は分からなかったが、少なくとも褒められたわけではなさそうだ。思わず、
「あ?」
「いいえ、なんでも。あなた、パーシィさんの旅人仲間?」
威嚇するような声を上げたタンジェに、さりとて怯むこともなくフロイナは、
「今日はよろしくお願いするわね」
と首を傾けて微笑んだ。
「別に、よろしくお願いされるようなことねえよ。俺たちはただの茶番の参列者なんだからな」
「あら、手厳しいのね」
フロイナは目を細め、口元に手をあて奥ゆかしく笑った。ともすれば魅力的な仕草だったが、ことタンジェに至ってそんな要素が心に響くわけもない。タンジェは特にこれ以上の会話に必要性も感じず、それでも一応、
「じゃあな」
とだけあいさつをして、中庭を離れる。
この寒いのにフロイナがネグリジェ姿で中庭に出ていたことに、とうとうタンジェが関心を向けることはなかった。