カンテラテンカ

モントランの蒐集家 7

 雪景色に染まった教会から出るのには本当に時間がかかった。タンジェはまだ動けるほうだ。出血が凍り付いているためだったが、それを指摘するような余力は誰にもなかった。パーシィは半身が凍り付いていたし、黒曜と緑玉、サナギは凍えて足が動かず、アノニムも膝をついていた。
 身体を引きずってかろうじて教会の外に出たタンジェが、心配そうに教会の外で待機していた領主たちにとにかくお湯を用意するよう頼み、やがて領主と神父、複数のメイドたちが用意した大量のお湯で身体を温めて、それでようやく一同は何とか動けるようになった。
 教会の外も寒かったが、教会の吹雪を経験したあとではいっそ暖かく思える。領主は急いで屋敷の客間の暖炉に火を入れさせ、お湯も追加で沸かさせた。一同を引き連れ屋敷に戻る際には、もちろん、倒れたフロイナを抱き上げて一緒に連れ帰った。
 ようやく一同が口をきけるようになったところで、「で?」と口火を切ったのは本当に意外なことにアノニムで、
「何か言い訳があるんだろうが?」
 と続けて言ったのに、領主はがっくりと肩を落とした。
「本当に申し訳ありません……」
「謝罪は聞いてねえ」
 領主はゆるゆると顔を上げて、
「娘……フロイナに、大雪山の雪女グラクシアが憑依してしまったのは、ふた月ほど前のことでした。グラクシアは結婚したばかりのフロイナの夫を氷漬けにし、その氷像を地下の空き貯蔵庫に安置していました。それから彼女は、彼女の眼鏡にかなった美しい男性の旅人ばかりを選んで氷漬けにし、貯蔵庫に蒐集するようになったのです……今回、本来結婚するはずだった本当のエスクスも、同じ目に遭いました」
 緑玉がオエ、という顔をした。
「それ、何が楽しいの……」
「わ、私には皆目なんとも。このことを知っているのは屋敷の者と、教会の神父だけです。本当に恐ろしい……グラクシアはフロイナの肉体を人質にしていましたし、逆らいようもありませんでした。何より彼女は強い力を持っている。人をたちまち氷漬けにするのですから……」
 権力を持っているとはいえ、領主は妖魔に対しては無力だ。恐ろしいだろう。娘を人質にされて逆らえなかったのも無理はない。だが、
「だからって、わざわざベルベルントから生贄を選ぶとはな」
 タンジェは吐き捨てるように言った。ミスティを使ってパーシィを連れてこさせたのは、パーシィをグラクシアの生贄にするためだったのだろうと思っての発言だったが、領主は必死に首を横に振った。
「ち、違うのです! 私はミスティに、『グラクシアを退治できるような腕利きの冒険者を連れてくるように』と命じたのです。それも、グラクシアに見初められ、グラクシアも疑似結婚を呑むような、見目麗しい男性で。それが……」
 一同は何とはなしにパーシィを見た。パーシィは焼きたての温かいスコーンをマイペースに食んでいたが、視線に気づいてようやく顔を上げ、
「それなら事情を説明してくれてもよかったんじゃないか」
 と、ごく真っ当なことを言った。
「すみません……この屋敷内では、どこからグラクシアに話が漏れるか……それに、こう言っては何ですが、真実をお話して、皆さん引き受けてくださいましたか?」
「妖魔退治を断ることなんてそうはないんだけどな……」
 サナギはミスティが淹れてくれたメープルティーを飲みつつ苦笑いした。と言いつつ、実力差がある相手との戦いは黒曜もアノニムも避けたがるので、確かに、断らない保証があるわけでもないのだった。
「信用していなかったわけではないのですが……いや、本当に、申し訳ない」
「うーん、まあいいよ。結果として、みんな生きていたしな」
 パーシィは気軽な様子で言った。全員、結構な凍傷を負ったり、タンジェは氷柱に穴だらけにされたりしたのだが、すべてパーシィが癒しの奇跡で回復させたので、功労者にそう言われては誰も重ねて文句は言えないのだった。
「本当に……本当に、ありがとうございました」
 領主は深く、深く頭を下げた。
「フロイナさんの予後がよいといいですね」
 サナギがそう気遣うと、領主は頭を下げたまま「はい」と短く答えた。感極まったらしく、声は少し震えていた。ようやく声を上げた領主は、
「そ、それで、報酬なのですが」
「そういや、報酬に糸目はつけないとか言ってたな」
「もちろんです!」
 タンジェの言葉に大きく頷き、
「相場が分からないのですが……6,000Gldお出しします」
「おお、妖魔退治には破格ですよ。いいんですか?」
「もちろんです。娘と町の危機を救ってくださったんですから……」
 それから、と領主は続けた。
「パーシィさん、フロイナを嫁に貰ってくれませんか?」
「ゲホッ! ゴホッ!」
 のんきにスコーンを喰い続けていたパーシィが噎せた。
「いや、……それは、すまない。辞退させていただく」
「もしや、心に決めた方がおられる?」
「そういうことにしておく」
 と、パーシィは言った。妙な言い方なので、タンジェは不審に思って眉を上げたが、まあ、拒否には無難だしマイルドなほうだろう。
「それなのに、神の前で偽の結婚を誓わせて……申し訳ありません」
「え? ああ、別にあんな些末な儀式、神はいちいち見ておられないから……」
 相変わらずの調子のパーシィの口を塞いだサナギが、
「大丈夫です。冒険者には時に、そういうことが必要なこともある」
 無難なことを言って返した。
「そうですか……それなら、いいのですが」
 サナギの様子を不思議そうに見ていた領主は、それでも最終的にはそう納得した。

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