暗中ディスカバー 6
それからまた30分ほど経った。カーマイン一行が訪れる気配はない。
「あいつら、どんだけボンクラなんだよ」
と、まんまと突き飛ばされた自分を棚に上げ、タンジェはぼやいた。トキはずっとタンジェに民話や怪談を聞かせてくれて、タンジェが退屈しないように気を回してくれていた。そのことはありがたいが、トキの体力だって無限ではない。トキは疲れを顔に出しはしなかったが、
「確かに、そろそろ昼食の時間も近いだろうな。昨日の残りのシチューを温め直さないと」
と、弱音らしきことを呟いている。言われて空腹なことにも気づいた。
しかし考えてみれば、空腹なのは黒曜たちだって同じだろう。タンジェがトキを呼びに発掘現場を移動し始めてから、ずいぶん時間が経っている。さすがに遅いと、様子を見に来てもおかしくはない。が、もちろん、様子なんか見に来なくても、おかしくはない。
カーマイン一行がしかけを突破してここに辿りつくか、あるいは黒曜たちが異変を察して駆けつけてくれるか。正直なところ、どちらも大して確率は高くないように思えた。ただ、依頼人のトキが行方不明である以上、黒曜たちだって現状を無視はしないと思いたいが……。
「タンジェリンは私を呼びに来たんだろう? 黒曜たちには?」
「もちろん、言ってきたぜ。もう1時間半近くは経ってるから、異変に気付きゃあ、駆けつけてもおかしくはねえ。てめぇがいるからな」
「私?」
「依頼受けてる立場で、依頼人を放っておきはしねえだろ」
と、考えたことをそのまま言えば、
「おかしなことを言う。一時の付き合いの私なんかより、仲間のお前を探しに来るのが順当じゃないか」
トキはそう言って笑った。
普通ならそうだろう。だが、黒曜たちは良くも悪くも淡白だ。仲間の情があるのかどうか微妙なところだと思っている。
ただ、<罪の鏡>のおり、黒曜がタンジェを助けてくれたのは確かだ。"偶然"であれ、居合わせた以上は助けてくれるのであれば、希望はまったくないわけではない、か。
タンジェはまあな、とは言ったが、
「ただ、黒曜は……どうだろうな。こんなざまじゃ、足手まといだろ。足手まといを助ける道理はねえ」
「ふむ」
「何回も助けてくれるほど、気が長いやつでもねえだろうしな」
「何回も?」
以前も助けられてな、と、<罪の鏡>の件を思い出しついでに言った。それ以上余計なことを言う必要はないから、タンジェはそれきり黙ったが、あのとき黒曜がくれた言葉は未だにタンジェの腹の奥にあって、タンジェのことを奮い立たせる――"強くなることだ。自分が弱いと思う暇もないくらいに、……お前ならそれができるだろう?"
こちらを眺めていたトキが、ふ、と笑った。
「なるほど」
「あ?」
「黒曜のことを語るとき、お前はいい顔をしている」
「ああ?」
タンジェは本気で困惑した。"いい顔"? "いい顔"ってなんだ?
「黒曜のことが気に入っている。何なら好き――そういう顔だ」
ぽかっと口を開けて、トキを見た。――俺が黒曜を気に入っている、何なら好き? 何なら好き!?
「何わけわからねえこと言ってやがる」
「まああまり気にするな、他人の邪推だよ」
「気にするなってのは、無理な話だろ!」
言葉の調子から察するに、あまり深い意味のない発言だったのかもしれない。だが、タンジェは追い縋ってでも否定しようと、
「だいたい、相手は一回りも年上の男だぜ。好きだの嫌いだのの話は無理があるだろうが!」
「そうか? 男こそ、いい男に惚れこむものだと思うがな」
と、トキは雑談のときと同様、なんでもないように言った。
確かに黒曜は、タンジェの憧れとするところではある。強いし、動じない。ただ、いい男かと言われると首を傾げたくなる部分もあり、
「あいつは合理主義だからな。人柄に関してはいい男だってのも違うだろうぜ。まあ悪いやつじゃねえとは思うが……」
「否定できる要素がスッと出てくるのも、よく見ている証拠じゃないか」
よく見ているということは、気に入っているということだ、とトキが言う。タンジェは口ごもった。これは何を言ってもそっちのほうに持っていかれそうだ。この話題を嫌って、タンジェはそっぽを向いた。
「俺が黒曜を好きか嫌いか、そんなことはどうでもいいんだよ。それより――」
そのときだった。轟音が鳴り響き、地面が揺れたようだった。瞬間、何がと思う間もなく石像がけたたましい音を立てて割れ砕け、土埃を上げて降り注いだ。タンジェは咄嗟に頭を守る体勢になった。土や破片が入らないよう、目と口をしっかり閉じる。
天井から怒涛のように土と瓦礫が降り注ぐ。防御姿勢になるのが早かったため、多少大きな瓦礫が身体に当たっても、致命傷に至ることはなかった。
やがて轟音も揺れも収まり、タンジェはゆっくりと防御姿勢を解いた。土埃に咳き込みながら周囲を見回す。崩れた石像からロザリオが外れて落ちていて、その先でトキが倒れていた。
「トキ!」
タンジェが駆け寄ると、トキは顔を上げ、
「ああ、生きているよ」
と、しっかりした反応を示した。胸を撫で下ろすより早く「だが」と続ける。
「無事とは言えないな。ちょっと動けそうにない」
トキの身体は半分、崩れた石像と柱に挟まれている。ちょうどうまい具合に挟まったらしく「足の感覚はある。挟まれてひしゃげたこともなさそうだ」とのことで、それはよかったが、下半身を引きずり出すことは難しそうだ。
タンジェは、急に崩落が起きたためにずいぶん狭くなってしまったスペースを見回した。上に繋がっていたはずの穴も埋まり、完全に密閉されてしまっている。まったく身動きが取れないわけではないが、これは――まずいかもしれない。
だがそのことを顔には出さず、タンジェはトキの身体の上に乗ってしまった瓦礫をどかそうと、彼の隣に移動した。
力を込めるが、上の土がしっかり瓦礫を抑えてしまっていて、なかなか動きそうにない。場所や力を込める位置を変え試行錯誤するタンジェに、静かな声で、トキが言った。
「素敵な提案をしよう、タンジェリン。お前は私を見捨てるべきだ」
タンジェは手を止め、トキのことを見た。特に悲壮な覚悟を決めたという顔でもなく、ごく穏やかな表情のトキが続けた。
「こうなってしまっては、酸欠の心配をしたほうがいい。私のことを殺すといい。お前ひとりなら助けが来るのを待てるかもしれないからな」
「……」
「そしてここを脱出できたなら、そのロザリオと石像の欠片を持っていけ。『逢う魔が時亭』のイグニス・カーレンテなら、事情を話せば買い取ってくれるだろう」
ご丁寧なことだ。トキはそれで、まるで万事解決するかのようにひとつ頷いた。
「てめぇよ」
と、タンジェは言った。
「ふざけたこと言ってるヒマあったら、呼吸を静かにしてろ。俺は少し動くから、呼吸が荒くなるかもしれねえ。2人でゼェゼェ言ってたら、もつもんももたねえだろ」
「タンジェリン」
「黒曜は来ねえかもしれねえし、俺たちは死ぬかもしれねえが、それと俺が諦めねえことは別問題なんだよ」
瓦礫の一つに手をかける。ぐ、と少し力を込めれば、わずかに動く箇所がある。いったん離れて、ここを動かした場合に連動して動く場所、あるいは逆に崩れてしまう箇所はないか、慎重に見極める。そうしながら、
「他人を殺して助かろうだの、それで手に入れた宝を換金するだの、そんなことして、どんなツラしてこれから生きていくのか……考えるだけで反吐が出るぜ」
「……」
「俺はな、そんな後悔、追加で抱えて生きてくのなんざ、ごめんなんだよ!」
だからてめぇは黙ってろ、と言って、タンジェはこの瓦礫をよけることが比較的安全そうだと見当をつけると、力を込めて横に押し出そうとする。少しずつ動きだした瓦礫は、やがて大きな音を立ててトキの上からのけられた。また崩れてくる前に、素早くトキに手を貸して瓦礫の隙間から脱出させた。
トキは目を細めて、タンジェに静かに言った。
「お前は高潔だ。胸を張っていい。ありがとう」
「ああ?」
褒められたくてやった行為ではないから、タンジェは眉を上げた。だが別にわざわざ言い返す意味もないだろう。また周囲を見回す。
「諦めてたまるか」
呟く。タンジェは、ここに何か"最善の手"があったとして、それを為すためなら死んでもいいと思っている。後悔するくらいなら死んだほうがマシだ。それが復讐を志しながらも、故郷ペケニヨ村の壊滅に切歯扼腕の悔恨を残すタンジェの生きざまだった。
けれど、ここに特別、すべてが解決するような最善手はなく、だからタンジェは、死ねない。復讐の志半ば、こんな無意味に死んでたまるか。
崩れた石像の腕が転がっていることに気付き、拾い上げる。タンジェはかろうじて残った壁を叩きながら、向こう側に空洞がありそうな場所を何とか特定すると、その箇所に向かって振り上げ、勢いよく叩きつけた。
石像の腕は大きな音を立てて粉々に砕け散り、壁は揺れたものの、ヒビも入りはしなかった。
「ちっ、駄目か……」
だが、諦める気はない。タンジェはまた次、壁に叩きつけるための石像のかけらや瓦礫を探そうとして、そのとき微かに物音が聞こえた気がして振り返った。
「……?」
トキも視線をさまよわせ、音の位置を探ろうとしているようだ。
そうこうしているうちに、今しがたタンジェが石像の腕を叩きつけて揺らした壁が、震えた。軋んだ音を立てながらゆっくりと壁が開いていく。
「……!」
奥からカンテラの温かな光が漏れて、眩しく思ってタンジェは目を細めた。カンテラの向こうに黒衣の無表情があって、それは、一言、こう言った。
「遅くなった」