カンテラテンカ

暗中ディスカバー:裏 5

 アイビーとスズを殺害し、昏倒しているカーマインをさあどうしようかというところで、凄まじい地響きが起こり、崩れ落ちてきた天井にカーマインが呑み込まれていった。とどめを刺すまでもなく、彼も助かりはしないだろう。
「崩れるかもね」
 と、天井を眺めまわしたサナギが言った。
「……入り口まで戻る?」
「……」
 黒曜は一瞬、思考した。まだ見つかっていないトキとタンジェリンのことを考える。もしどこかに閉じ込められていれば、生き埋めになるだろう。だが、このままここにいては緑玉の身も危険だ。
「黒曜」
 その緑玉が黒曜の名を呼ぶ。見れば緑玉の視線は崩れた壁の一角を向いていて、そこには崩落で崩れて露出したらしい通路があった。黒曜の鋭敏な聴覚は、地響きの合間に、その通路の奥から微かに人の声を聞いた。
「先に外に出ていろ」
 と、黒曜は緑玉とサナギに告げた。2人は一瞬、黙ったが、すぐにリーダーたる黒曜の言葉に従った。
「了解。無事でね、黒曜」
「……」
 とはいえ緑玉は不満そうな顔ではあったが、リーダーと参謀の2人がそう決断したなら、反抗できる材料がない。しぶしぶ、サナギに連れられて先に引き返した。
 黒曜は足早に露出した通路を進んでいった。黒曜の耳に入る声は少しずつ明瞭になっていく。

――しまっては、酸欠の……ほうがいい。私のことを殺すと……お前ひとりなら……ここを脱出……そのロザリオと石像の欠片を……『逢う魔が時亭』のイグニス……なら、……買い取ってくれる……。
――てめぇよ。ふざけたこと言ってるヒマ……呼吸を静かに……。俺は少し動く……呼吸が荒くなる……。2人でゼェゼェ言って……もつもんももたねえ……。

 このときにはもう、黒曜はこの声をトキとタンジェリンのものだと確信している。

――タンジェリン。
――黒曜は来ねえかもしれねえし、俺たちは死ぬかもしれねえが、それと俺が諦めねえことは別問題なんだよ。

 言葉はより明瞭に。
 2人の気配は、通路の向こうにより近く。

「他人を殺して助かろうだの、それで手に入れた宝を換金するだの、そんなことして、どんなツラしてこれから生きていくのか……考えるだけで反吐が出るぜ。俺はな、そんな後悔、追加で抱えて生きてくのなんざ、ごめんなんだよ!」

 黒曜の足が一瞬だけ止まり、間もなくまた進んだ。突き当たりには壁がある。
「お前は高潔だ。胸を張っていい。ありがとう」
「ああ?」
 もう2人の声は目前だ。黒曜の聴覚を信じるならば、タンジェリンとトキはこの壁の先だ。おそらく隠し扉の類。黒曜は近くの壁を探った。
「諦めてたまるか」
 その声の直後に、突き当りの壁が大きな音を立てて揺れた。タンジェリンが何かを壁に叩きつけたらしい。壁は崩れはしなかったが、黒曜の探っていた手元が連動して震え、それで黒曜は壁にある隠しスイッチに気付いた。
「ちっ、駄目か……」
 と、奥で呟くタンジェリンをよそに、黒曜はスイッチを押す。音を立てて開いていく壁。
 カンテラを向け、壁の向こうにタンジェリンとトキの姿を認めた黒曜は、一言だけ告げた。
「遅くなった」

 ――遺跡は半壊して、カーマイン一行の行方は知れない。というのはタンジェリンの視点であって、黒曜と緑玉、サナギからすればカーマイン、アイビー、スズの行方は知れている。そしてまた、パーシィとアノニムからすれば、ゼニスの行方は知れている。どこかへ逃げ去ったレグホーンとクロッカスが戻ることはとうとうなかった。だが、誰もがタンジェリンにカーマイン一行の顛末を語るのは避けた。
 カーマイン一行の行方を尋ねて来たタンジェリンに、黒曜は「見なかった」と言った。ほかのメンバーがそれに同調してくれた理由は知らない。だが、黒曜がタンジェリンにそう告げたのは、タンジェリンへの、敬意だった。

 死を目前にしても、タンジェリンは決して他人の命を踏み台にしようとか、自分だけ生き残って財宝も手に入れようとか、そういうことを考えない。
 たくさんの卑しく、非道で、自分勝手な人間ばかりを見てきた黒曜は、それでもタンジェリンの言葉を、そして行動を、信用に足ると思った。
 タンジェリンはきっとカーマイン一行の顛末を聞けば傷つくだろうという判断であり、同時にそれは、そうであってくれ、という、黒曜の願いだった。

 黒曜はタンジェリンのことを考える。暗やみの中を手探るようなそれではない。タンジェリンは暗やみにはいない。
 暗やみの中にいるのは自分であって、だから黒曜がタンジェリンのことを考えるとき、それは光を考えるときだった。

【暗中ディスカバー:裏 了】

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