カンテラテンカ

密やかなる羊たちの聖餐 11

 実際どうなんだ、と、俺は尋ねた。
「何が?」
「てめぇはイエスともノーとも答えなかったじゃねえか」
「へえ? きみがそこに突っ込んでくるとはなあ」
 おかしそうに笑って、サナギはこう答えた。
「まあ、答えはノーだね」
「だろうな。それなら気を持たせるような言い方するんじゃねえよ」
 すでにヤンとレンヤはウワノ修道士に引き渡し、俺たちは夜中だというのに慌ただしく修道士たちがイリーマリーの栽培現場を調査しているのを眺めていた。
「反省の一助になるかなと」
「反省?」
「納得、真実、反省、そして然るべき罰。それが依頼でしょ?」
 俺は目を瞬かせて、サナギを見た。
 俺は、犯人を見つけて捕まえれば、それで依頼人の気は済むと思っていた。
 犯罪に納得があるわけがない。犯罪者に反省があるわけがない。あるのは、真実と罰だけだ。
「依頼人のためってんなら、分からんでもねえが……てめぇ、ヤンにも少しいい思いをさせてやるつもりだったろ」
 へえ、結構鋭いね、とサナギは頬杖を突いて言った。それから、まるで独り言のようにこう続けた。
「あの道具たちは、かなり古いものだったよ」
「あん?」
「きっと、何代にも渡って、イリーマリーの栽培と麻薬加工は受け継がれてきたんだ」
 この修道院で。
 それはレンヤが言っていたこととも一致した。
「受け継ぐ者をどう選んできたのかは知らないよ。バレた人を口封じに引き込んだのかもしれないし、使徒職がたまたまハーブ園なだけで引き継がざるを得なかったのかもしれない。でも、共通しているのは、きっと『何も知らずにいられたかもしれない』ということさ」
 サナギは立ち上がり、尻に着いた埃を軽く払った。
「それって、すごく気の毒なことだと思わない?」
「思わねえな」
 俺は即答した。
「現状を打破できねえのは、そいつらが弱かったからだろ」
「タンジェらしいね」
 てめぇに俺の何が分かる、と言いたかったが、やめた。サナギと言い争っても碌なことにならない。
 サナギはこう続けた。
「誰もがタンジェみたいに強いわけじゃないよ」
「俺だって……」
 強いわけじゃない、とは、言わなかった。言ったら負ける気がした。自分自身と、サナギの優しさに。
 黒曜たちがハーブ園のほうの立ち合いから戻ってくる。その機を見てウワノ修道士が俺たちに言った。
「我が修道院の不実なるところを見つけてくださったのには、感謝しています」
 たぶん、ウワノ修道士は、焦っていた。
「この件に関しては、後処理のいっさいをこちらが引き受けますので、どうか他言無きよう」
「あなたも知っていたのではないですか?」
 急にサナギがそう言った。ウワノ修道士は真っ赤になってぶるぶる震え出した。
「あの二人がそう言ったのですか?」
「いいえ? 俺の憶測です」
「ならば口を噤むことです。沈黙は金ですよ」
 サナギは笑った。
「あの『稼業』は、長くこの修道院に利益をもたらしたでしょうね?」
「何のことだか分かりませんね」
「何代も作り手を変え作り続けられてきた麻薬を、上の者が知らないなんて、そんな都合のいいことはないでしょ?」
 追及するサナギに、ウワノ修道士は、
「そうだとして、証拠は何も無い!」
 と怒鳴り散らした。それからゴホンと咳払いを一つして、
「いいですか、とにかく、他言無用です。公表などしようものなら、神罰がくだりますよ!」
「神罰だぁ?」
 俺は思わず口にした。
「そんなものがくだるとしたら、てめぇらにだろ?」
「お黙りなさい! 神意は我らにあります!」
 パーシィが、話にならないといった様子で軽く肩を竦める。
「もうここに用はないでしょうね! 早急に出て行っていただきたい!」
 その通りだ、もう用はない。さっさと出て行くことにした。俺とサナギは寄宿舎に戻り、手早く荷物を整えた。
「何があったの? タンジェ!」
 部屋に行くと、騒がしい廊下を見て、困惑した様子のドートが尋ねてくる。クーシンはこの騒ぎでもまだ寝ていた。
 俺は寝間着から私服に手早く着替えると、
「世話になったな」
 とだけ告げて、そのまま部屋を出た。
 待ってよ、と声を上げて追ってこようとするドートだったが、二段ベッドから降りてくる頃には、俺はとっくに寄宿舎を出ていた。
 サナギもすぐに戻ってきて、黒曜たちと合流する。俺たちは闇の中、ベルティア修道院をあとにした。

 依頼人にすべてを話すと、彼女は満足したようだ。
 報酬を受け取り、貸し倉庫から荷物を回収すると、俺たちはベルベルントへ帰った。

 その数週間後のことである。あのときの依頼人の女から、星数えの夜会へ一通の手紙が届いた。

『ベルベルント 星数えの夜会
黒曜一行様

 皆様におかれましては、お変わりなくご健勝のこととお慶び申し上げます。

 あれからわたくしは、ベルティア修道院のイリーマリー麻薬被害者の会を立ち上げ、ベルティア修道院を詰問いたしました。
 長く沈黙を保っていたベルティア修道院ですが、つい先日、ようやく、イリーマリー栽培および加工、売買を認めましたわ。
 主犯格の二名を聖ミゼリカ教から破門し、修道院から追放したとのことです。
 けれども、皆様は、主犯格の二名だけでなく、上層部にも一部事情を知っていた者があるとおっしゃっておりましたね。
 わたくしは、皆様を信じて、今後もベルティア修道院で取引されたイリーマリー麻薬を追及していく所存です。

 あの閉鎖された場所で行われた非道を解明し、他言無用とされたそれをわたくしにだけは明かしてくださった皆様。
 そのおかげで、わたくしは志を同じくする仲間とともに、かの罪に然るべき罰を与えるために、生きてゆくことができそうです。
 本当に、ありがとうございました。
 皆様の今後のご活躍をお祈り申し上げます。

 追伸
 ベルティア川に遺体が上がりましたわ。
 茶髪の痩せた男性のもの。眼鏡を身に着けたままの男性のもの。紺色の髪のそばかす顔の男性のもの。
 着衣がなく、身元は未だ分かりません。
 みな一様に、ロザリオを握りしめておりました。』

【密やかなる羊たちの聖餐・了】

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