カンテラテンカ

鏡裡を砕く 2

 日は差していたが、空気は冷えていた。まもなく11月が終わろうとしている。
 ベルベルントにも雪は降る。タンジェの故郷のペケニヨ村でも、年によっては降雪があった。だが不思議と、同時期のベルベルントのほうが寒く感じる。
 辺りは早くも聖ミゼリカ教の聖誕祭のムードで、家々や店は軒並み飾り付けられて銀の星飾りが日の光を反射してぴかぴかと光っていた。
 重ね着をした人々が白い息を吐いて大通りを往来する。風はまるきり、もう冬の冷たさだ。
 中央の広場に、これまた気が早い、巨大なツリーが立てられている。何人もの体格のいい男たちがツリーに登って飾りを付けたり、ツリーの剪定をしたりしていた。
 タンジェはそれを横目に見ながら、はたと気付く。このメモに書かれたものは、どこで買えばいいものだろうか? 雑貨屋? しかし見たことのない単語ばかりだ。草とか書いてあるから、ハーブ屋だろうか……。いったん、サナギに聞きに戻るべきか。しかしここまで来て戻るのも面倒だ……。
 道の端でメモとにらめっこしていると、不意にとんとん、と肩を叩かれた。
「何かお困りですか?」
 タンジェは思いきり眉を寄せて振り返った。背の高い、片眼鏡の男が柔和な笑みを浮かべて首を傾げている。
「……ああ?」
「そのメモを見てずいぶん難しい顔をしていたもので。何かお困りだったら、お手伝いできるかもと」
「……」
 無視しようかと思ったが、肩まで叩かれているので、気付いていないふりはさすがに無理があった。それに、実際に困ってはいる。
 しかしこの男がただ単に親切な人間なのか、あるいはタンジェから金品でも騙し取ろうとしている不審者なのか、迂闊に判断はできない。タンジェは相手の出方を伺うように、ジトリと男を睨む。と、男は、
「あなたは冒険者ではないですか?」
 意図を測りかね「だったらどうした」と答えると、
「冒険者宿を探していたんです。依頼を引き受けてもらえるのは大前提として、何日か宿泊したい。それで、話しかけるきっかけに」
「ああ……」
 まだ胡散臭くはあるものの、目的が知れれば多少ましである。
「言っとくが、俺の紹介なんかじゃ値引きや特典はねえぞ?」
 男は「そんなつもりで言ったわけではないですよ」と言った。客が来ること自体は親父さんにとってはいいことだろう。断る理由も特に思いつかなかった。
「紹介してもいいが……使いを終えてからだ。てめぇ、これがどこで買えるか分かるか」
 タンジェはサナギからのお使いメモを見せた。男はメモをさっと見てすぐに、
「いずれもマジックハーブですね。魔法雑貨屋で揃うでしょう」
「魔法雑貨屋……」
 まったく心当たりがない。だが、男が、
「この街に来てすぐ、ざっと通りを回りましたが……一本向こうの通りにあるのを見かけましたよ」
「そうか。案内できるか」
「ええ、構いませんよ。ですが、そのお使いが終わったあと……」
「分かった、俺の常宿に案内する」
 男はにこりと微笑んで頷いた。
 それから男はタンジェを魔法雑貨屋に案内し、メモを見せればすぐマジックハーブは揃った。サナギから受け取っていた金で代金を払い、おつりを受け取る。タンジェは男を伴い、約束どおり星数えの夜会へと向かった。

 星数えの夜会に戻り、すぐ、タンジェは親父さんに声をかけて片眼鏡の男を任せた。それからサナギの研究室に向かう。サナギはうずたかく積まれた本の横に座り込み、熱心に何かを読んでいた。
「戻ったぞ、サナギ」
 声をかけると、サナギは顔を上げた。
「おかえりタンジェ。ありがとう」
 サナギは立ち上がり、入り口に立っていたタンジェのほうへと器用に歩いてくる。さっきまでは動いていなかったいくつかの機器がコポコポと音を立てたり、クルクルと回ったりしていた。
 マジックハーブとおつりを渡すと、サナギはマジックハーブだけ受け取り、おつりをタンジェに返した。
「あ?」
「お礼!」
 にこりと笑うので、そういうことならばと受け取る。金額にして15Gldほどだったが、あの程度のお使いなら充分すぎるくらいだろう。
 サナギはマジックハーブを検品しながら言った。
「ありがとう。助かったよ、タンジェ。結構急ぎだったんだ」
「急ぎ?」
 サナギはタンジェの前から離れ、実験器具らしきものの前に行く。検品を終えたものを投入しながら、
「うん。実は、俺がずいぶん昔に作った術が、いくつか盗まれたらしいんだよね」
「……?」
 タンジェは首を傾げた。
「ずいぶん昔? 作った術? 盗まれた『らしい』?」
 ああ、とサナギは言った。
「最初から説明するね。今の俺のひとつ前の代だから……だいたい60年くらい前のことかな? そのときの俺は……」
「待て、それ本当に最初からになってるか? 前提がよく分からねえんだが……。なんで60年前にお前がいることになってる?」
「そうか、そこからだよね」
 実験器具がぐつぐつと煮えたつ。
「俺はホムンクルスなんだよ。俺とそっくり同じ身体がいくつかあって、俺は死の危機に瀕すると次の俺の身体に記憶や意識を移し替えているのさ」
 何を言ってるのかよく分からない。
「何を言ってるのかよく分からないって顔だね。まあ、そういうわけだから、今の俺の身体の前の身体……前の代があるんだよ。その身体は結構長生きしたんだけどね、その身体がまだ若い頃の話」
 言いたいことはいろいろあったが、割り込んだっていいことはなさそうだ。サナギは相変わらず手元を忙しなく動かしながら、
「その頃の俺はいろいろな術を作るのにハマっていて、たくさん術を作ったんだ。術を作るってのは、要するに……こういう手順でこういうことをすればこういう結果の術になる、っていう設計図を作るみたいなこと。分かる?」
「そりゃまあ、何となく」
 頷くと、サナギはニコリと笑った。続ける。
「でも俺も作るだけ作って満足しちゃうタイプでさ。別に作った術のスクロールも要らないし、錬金術連盟に寄贈したんだよね。それが今になって錬金術連盟から盗まれたって報告があったというわけ」
「……なるほどな」
 だから、盗まれた『らしい』、か。
「理由も犯人も不明だけど……盗まれたなら悪用されるだろうと思って、今、過去の日記を漁って、当時の記録を確認しながら解除の術式を作ってたんだよ。きみたちにお使いを頼んだのは、それの術式回路の発火に使う材料なんだ」
 だいたいの話は分かった。分かったうえで、タンジェは頭を抱えたい思いだったが、
「……まあ、まだ悪用されてるわけじゃねえんだろ? 先に手を打てるならまだマシか」
「その通り! まあ盗まれた術は人を殺せるようなものじゃないけれどね」
「たとえば?」
「<眠りへのいざない>とか。広範囲に催眠を誘発する霧を発生させて生物を眠らせる術だよ」
 タンジェは目を瞬いて、首を傾げた。
「普通に冒険にも役立ちそうじゃねえか? なんで寄贈なんかしたんだよ、勿体ねえ」
「うん、味方も自分も寝るからだね」
 使えなさすぎる。
「だからこそ、今になって解除術式なんか組み立ててるわけで」
「当時から作っとけよ、そんなもん」
 それはもっともだね、とサナギは笑った。
「でも当時の俺はそういうの投げっぱなしでさ。解除術式より新しい別の術式を作るのに時間を使いたかったんだね。だからこうして過去の俺の投げっぱなしを今の俺が引き受けているというわけ」
「……なんつーか、不毛だが……まあ、自分のケツを自分で拭くのは当たり前のことだな」
「手厳しいねえ」
 サナギは言葉ほど凹んだ様子はなかった。
 会話が終わったらしいと判断し、タンジェがサナギの研究室を辞す。タンジェの背中に、「本当にありがとうね!」と、サナギから改めて礼がかかった。タンジェは片手を軽く挙げるだけで応じ、扉を閉めた。

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